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試合開始から四時間と五十分が経過。
残り時間は十分。戦いは今、最終局面を迎えようとしていた……!
「これは、でかいな……」
巨人の家、その玄関付近で叢雨雫は思わずつぶやいた。
その目線の先には巨大な傘立て。そして、その中にあるのが彼女の欲するもの……すなわち家と同スケールの『巨大な傘』だった。
雫がこれを求めるのには理由がある。
ここまでの四時間と五十分の戦闘の中で、彼女が持ち込んだビニール傘五百本はそのことごとくがへし折られてしまい、すでに武器となる物が一つも残っていないのだ。
傘のなければ雫の能力『太陽の傘(ヒーローシェルター)』も発動できない。彼女は仕方なく武器を現地調達することにしたのである。
だが、戦場は巨人サイズの家の中だ。その中にある傘もまた巨人サイズ……すなわち人の身で振るうには、あまりにも大きすぎた。
「使えるのか、あれを……?」
雫の口から不安げな声が零れる。あまりにも巨大なそれが、彼女の心を威圧してくる。
しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。残された時間はあとわずか、迷っている時間などないのだ……!
「よし……!」
雫は気合を入れ直すと、巨大傘を手に入れるために傘立てに上り始めた。
一方そのころ!
「これは、でかいな……」
巨人の家、その玄関付近で女女女女女は思わずつぶやいた。
その目線の先には巨大な傘立て、そしてその上にいるのが彼女の欲するもの、すなわち家に勝るとも劣らぬスケールの『巨大なおっぱい』だった。
女女がこれを求めるのには理由がある。
ここまでの四時間と五十分の戦闘の中で、彼女の目はすっかりその巨乳に魅入られてしまい、すでに他の事を考える余裕が残っていないのだ。
おっぱいがあれば女女は拳法でおっぱいを揉むことができる。彼女はおっぱいにつられて雫のあとをこっそりつけることにしたのである。
だが、戦場は巨人サイズの家だ。その中にあるおっぱいもまた巨人サイズ……ではないが、人の身にしては大きすぎた。
「揉めるのか、あれを……?」
女女の口から期待に満ちた声が零れる。あまりにも巨大なそれが、彼女の心を魅了してくる。
しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。残された時間はあとわずか、迷っている時間などないのだ……!
「よし……!」
女女は気合を入れ直すと、巨乳を手に入れるために傘立てへと近づき始めた。
「ハッ!? そこかッ!!!」
雫は近づいてくる気配を察知すると、傘立てから抜いたばかりの巨大傘をそれに向かって突き出した!
魔人の筋力と巨大傘のリーチの相乗効果により、その切っ先の速度はリニアモーターカーをも超える。並の魔人では避けることは不可能だ!
だが!
「ふう、あぶなかった……」
雫が見たのは、突き出された傘の上に直立する女、女女女女女の姿だった。
女女は突き出された傘を見切り、その上に飛び乗ったのである!
「ちぃッ……!」
雫は柄を握り直すと、巨大傘を引き戻そうとする。巨人サイズのそれを扱うにはどうしても動作が大振りに、そして遅くなってしまうのだ。
「待った!!!」
だが、そこで待ったが掛かった。
叫んだのは、傘の上に直立している女女である。
「大切な話がある、待ってほしい」
「……ッ!?」
大切な話、というフレーズに雫の手が思わず止まる。
彼女はヒーローだ。大切な話と言われて、聞かない訳にはいかないのだ。
「……なんだ、大切な話ってのは。聞いてやるから言ってみな」
「うむ、それがな……」
話を続けるように促す。
すると女女はすこし苦々しそうな顔をして、その『大切な話』を口にした。
「……降りられなくなってしまった」
「……は?」
「だから、降りられなくなってしまったのだ、傘から」
「はあ!!?」
「どうしよう……困ったなあ」
なんということか、女女は自分で乗った傘の上から降りられなくなってしまったのだ!
さすがにこれは雫にとっても想定外である!
「降りられなくなった!? なんで!?」
「高いし、不安定だし。怖い……」
「自分で乗ったんだろ!?」
「降りるところまでは考えてなかった……」
「バカかてめえ!!?」
傘の上でしょんぼりと肩を落とす女女。
なんか最近同じような感じの猫を見た気がする。雫はぼんやりとデジャビュを覚えた。
「だから、降りられるようになるまで待って欲しい……」
「待てってお前……もう残り十分ないんだぞ!?」
そう、彼女たちに残された試合時間はあと十分を切っている。
そして、時間切れは両者敗北として扱われるのだ。それだけは避けたかった。
「早く降りろよ!」
「そんなこと言われても、できる気がしない……」
「あーもう……できる! お前ならできるって! がんばれ!」
怯える女女。必死に応援する雫。もはやその様相は、戦闘とは程遠い。
「がんばれ! 絶対に大丈夫だ!」
「そ、そうかな? 絶対大丈夫?」
「ああ、絶対だ! だから行け! 降りろ!」
「……うう、やっぱり駄目だ! 無理!」
「だあーーーッッッ!!!」
どれだけ勇気づけても、女女は一向に降りられないままだ。
彼女たちはこのままタイムアップを迎えてしまうのか!?
だがしかし!
勝利の女神は、まだ彼女たちを見放しはしなかった!
「ハッ、思いついた!」
「なんだ!?」
女女の脳裏に、一つのアイデアが降ってわいた。
そう、それさえできれば、彼女は安全に傘から降りることができる。
その方法とは……。
「おっぱいを、揉ませてくれないか」
「…………バカ?」
雫は、まるで今世紀最高のバカを見るような表情で女女を見た。
「馬鹿ではない。君のおっぱいをクッションにすれば、きっとうまく降りられる」
「なるほど、バカなんだな」
きっと恐怖で頭が駄目になってしまったのだろう。雫の心の中が憐れみで満たされた。
「駄目かな?」
「いいや、駄目じゃねえさ……病院に行こう、きっと良くなる……」
「??? えっと、つまり、良いってこと?」
女女の表情が目に見えて明るくなる。
きっと話の内容が理解できていないのだろう。雫はそう思い、うんうんと頷いた。その目には、少しの涙。
あまりの憐れみにより雫がちょっと母性に目覚めそうになった、その時!
「では、いくぞ……!」
周囲の空気が一変した。
「ッッッ!!!」
雫が正気を取り戻す。
見れば、女女が傘の上で奇妙な構えをとっている!
傘の柄を握り直す。
しかし、上に乗られた今の状態からでは攻撃に移ることはできない。
ではどうするか……!
「セイッーーー」
女女が、傘の上から跳ねた!
狙うは正面、雫の胸元だ!
だが!
バサアアアッッッ!!!
その視界が、一瞬で覆い隠される!
「なっ……うわあッ!?」
さらに足元から衝撃。女女の身体が空中に撥ね飛ばされた!
なにが起こったのか?
事は簡単、雫が傘を開いたのである。女女を上に乗せたまま!
通常の傘であれば、上に人を乗せたまま開くことなど出来はしない。
だが、この傘は巨人スケールの大きさなのだ。当然内蔵されたスプリングも巨人サイズ、そのパワーは尋常ではない。
それを雫の『太陽の傘』でさらに強化し、そして女女の跳躍した一瞬を狙うことで、瞬時に展開することを可能にしたのである!
撥ね飛ばされ、空中に浮かんだ女女。雫はそれを見据え、開いたままの傘を構えた。
傘は一度開けば閉じるのに労力がかかる。そんな暇はない、開いたままやるしかない。
だが切っ先の伸びたその形状は、まさしく死神の鎌。命を刈り取る形をしている!
「オラァッッッ!!!」
空中でなら回避行動も出来まい。落ちてくるであろう場所を予測し、傘を振りぬく!
しかし、女女の行動は予想外の方向にいった。
撥ね飛ばされた彼女はそのまま上昇し、そしてついに天井に達した、その時!
なんということか。逆さに着地すると、そのまま天井を蹴って加速したのである!
「ッ!? 味なマネを……ッ!!!」
傘が間に合わない! 加速した女女の後方を切っ先が通り抜ける!
そして。
そしてッ!!!
むにっ。
女女の両手が、雫の巨乳を……掴んだ!
「まだ、まだだァァァーーーッッッ!!!」
雫は傘から手を離し、拳を握りしめる!
この距離ならば、殴った方が早い!
……だが、その拳が届くことはなかった。
「ーーーッう!!?」
身体が前方に引っ張られる。
そして……雫の身体が、宙を舞った。
「な、あァッ!!?」
ここでようやく、雫は投げられたことに気づいた。
掴まれたおっぱいを起点にして、投げられたのだ!
これぞ女女の修めたおっぱいを揉む拳法(仮称)、そしてそこから派生した彼女だけが持つ究極奥義(ウルティモ・アーツ)……揉み投げ!
おっぱいを揉む劣情だけに終わらず、その先を考える理性をも持ち合わせた女女にのみ使用可能な秘拳である!
滞空する雫。
このまま落ちれば大ダメージは必至、受け身の体勢を取ろうとする。
だが。
(い、痛ったぁぁぁーーーッッッ!!?)
おっぱいが、痛い!
当然だ。おっぱいという体から出っ張った部分を掴まれ、そのまま投げられたのである。
その根元には、通常では考えられないほどの負荷がかかったのだ!
端的に言うと、千切れそうなくらい痛い!
あまりの激痛に受け身をとることさえままならない。
だが、雫であればまだ方法がある。
傘だ。傘の『空気抵抗』を強化し、文字通り落下傘のように使えば、着地できる……!
しかし、そこまで考えて、雫は思い出した。思い出してしまった。
つい先ほど。拳を握るために、傘を手放してしまった。
今の彼女の手には……なにも、握られてはいなかった。
体感時間が引き延ばされる。落下が避けられなくなり、脳がブーストしたのだ。
動きが泥のようになった視界に、自分を投げた相手が映った。
両手を見つめ、わきわきと動かしている。
その表情は……とても、嬉しそうだった。
(ああ……)
それを見て、雫の中の何かが、すとんと落ちた。
自分はなんのために戦ってきたのか。『彼』がなりたかったヒーローとは、何なのか。
それは、握った拳で誰かを傷つける者ではなく。
(いい、笑顔だ)
その手で、誰かを笑顔にする者なのだ。
そして叢雨雫はフローリングの床に激突し、激痛が彼女の意識を刈り取ったのだった。
(おわり)
【勝者・女女女女女】