<0>
場所は静岡県、富士山麓。
そこで今、二人の拳士が相まみえようとしていた……!
ひとりは老人。 対するは若い女性。
師と、その弟子。
視線を投げ合う二人。老人の目線は女の胸元に、
女の視線は富士山麓の綺麗な風景に向けられている。
一瞬の静寂。
ーーそして。
男の胸には女の両手が突き刺ささり、それは背中まで貫通した。
女の手は男の命を掴み、男の手はおっぱいマウスパッドを掴んだ。
男はこの結果を承知していた。弟子と相対すれば死あるのみと。
だが、彼は賭けたのだ。
≪命を失う代わりに、女のおっぱいを揉める可能性に……!≫
■
ダンゲロスSS5 第1回戦
「乳殺拳は邪拳に含まれますか?」
■
<1>
試合前夜の日本大使館最奥。
この日のために増設されたVIP専用建屋の最上階。
従者に髪を解かせながら、王女フェムは目の前の≪鏡≫に目を落とす。
それは、就寝前の至福の時。
≪鏡≫が映すのは大会予選における選手の様子だ。
「叢雨……雫」
恋人の名を呼ぶような甘さを孕んだ声であった。
≪鏡≫には、豪快にビーチパラソルを振り回し、他の候補者を吹き飛ばす黒いスーツの女性が映っている。
「彼女はいい……。 最強の魔人を決める戦いに、一人は欲しいキャラクター」
陶磁のように細く美しい指が≪鏡≫を横に撫でる。
それに対応し、映し出される動画が入れ替わる。
「叩き上げの実力者」
何度かの入れ替わりを経て映し出された動画には、
黄色の子供向け傘を懸命に振るう童女の姿が映っていた。
目元に二つ連なる泣きボクロ。
叢雨の幼き日の姿だろうか。
その身は誰のものかわからぬ血に染まり、大きな瞳からはとめどない涙が流れている。
傷だらけの身体、乱れた黒色の衣服、恐怖に染まった表情。
「魔人は成長する」
王女の指が次の動画を選ぶ。
それは、かつて行われた世界最大の魔人格闘大会の様子。
器用に≪鏡≫を操作し、二つの映像が同時に流れる。
映される人物は同じだが、対戦相手と動きの練度が異なる。
「すごいでしょう? こちらが大会の初日、こちらが最終日。
≪認識≫を力の源とする魔人は、死線を超える度、自己の強さを≪認識≫し、成長できる。
……体も、能力もね」
今一度、≪鏡≫は叢雨を映す。
「その点、彼女は素晴らしい。
何度も何度も数えきれない死線を超えて、ここまでの存在になった。
『特にない』ーーなんて、≪私への願い事≫も清くて素敵だわ。
過去を見るに死者の蘇生を願いそうなものだけど……。
きっと、≪霊薬≫の限界に調べがついているのでしょうね」
ぺたんと、王女の両手が≪鏡≫に触れる。
「ふふっ……ふふふ……!
だからこそ、明日の戦いは面白い!」
侍女が薄い笑みを浮かべる。
能力バトルのこととなると饒舌になる主人の悪癖を愛おしく思ってのことだ。
「女女女 女女」
新たに画面に映し出されるのはジャージ姿の女性。
予選の映像ではクンフーのような、そうでないようなくねくねとした動きを見せている。
映像が移り変わり、富士山麓を映す。
放たれる渾身の手刀と、その結末。
「この子はすごいわ……!
雫を鍛えられた日本刀と例えるなら……女女はガトリングガン……いえ、隕石ね」
ぼんやりとした例えに、思わず従者が口を挟む。
「……質の違う強さということでしょうか」
「ふふ、それは明日のお楽しみ」
画面は女女女の修行風景を映している。
壮絶な、腹筋×20回、背筋×15回という修行を……!
彼女が師の元で過ごした≪2週間≫がダイジェストのように流れる。
「女女は≪願い≫も独特で面白いわ。 ……私の……ふふっ、ふふふふ。
……こんなになだらかな丘をさすって、楽しいものなのかしら」
王女は自らの胸元に目を落とし。ささやかな膨らみを覆うように手をあてた。
しばしの沈黙。従者はすまし顔で主人の髪をすいている。
「『こんなになだらかな丘をさすって楽しいものなのかしら』……ねぇ、ピャーチ」
名指しされた侍女は、それでもなお、だんまりをきめこんだ。
■
<2>
「きみはもうッッ!! 戦闘中エロの良さを知っているかァーーーッ!!?」
「「「ウォオオオオオオオオオオオ~~~~~!!!」」」
開戦直前のスタジアム!
非公式実況者の叫びに呼応し、地震のような雄々しい歓声が上がる!
戦闘中エロが見たい! その純粋な願いが天を衝く!
美しすぎるエロ拳法家と乳のデカい美女が戦う!
その事実が、数多の漢達を奮い立たせたッ!
この騒動において質屋に入れられた女房の数は数えきれない。
都内の質屋は女房でパンパンであり、今連れて行っても査定拒否される有様。
この予想外の盛況には、マッチングを行った五賢臣もニッコリ!
豪華客船を組んだ同僚がシベリアへ左遷された傍ら、彼には勲章が送られた。
「戦闘中にエロいことをされる女の子が見たいッ!!
≪俺たち≫はそういう、確かな情熱を胸に宿している!!
……≪俺たち≫。 そう、きみもだ。 きみも宿している! 大丈夫だ、宿しているッ!!」
大歓声、再び! 試合がーー始まるッ!!
■
<3>
スタジアムの喧騒とは対極。
戦いの火蓋は静かに切って落とされた。
叢雨雫の初手は索敵だった。
転送直後、素早く目視による確認。
(開けた空間、床は板張り、蛇口にソファー。
……リビングダイニングキッチンか)
周囲の地形と迫る敵影の無きことを確かめ、能力を発動した。
≪傘アンテナ≫
開いた傘を逆さにした状態で頭上に掲げ、先端を額に押し当てる。
不可視化されたその傘は「収束する形状特性」を強化されており、
音や振動をはじめとしたエネルギーを鋭敏に拾い、骨伝導で術者に伝える。
さながら、レーダー。
戦闘以外では迷い猫を探すのに便利な応用。
その傘が人間の足音を捕らえた。
NPCが存在しないと明言されているフィールドにおいて、それは敵のものに違いない。
神経を集中する。
軽快な足取り。 部屋の外からのようだが、決して遠くない。
こちらへ一直線に向かって来ているわけではない。まだ、居場所は割れていない。
そのような分析の最中ーー
「ねぇーーっ!! どこーーー!!?」
ーー大声!
アンテナを通じて神経を研ぎ澄ませていた叢雨にとって、それは過剰な音量。
「ーーッ!」
傘を取り落す。 落下音。
「そっちか~~!!」
一直線に足音が向かって来る。
叢雨は舌打ちをして迎撃準備に入った。
持ち込んだ武装を次々とパージする。
キャンプ用のテント傘、黄色の児童傘、和傘……必要最小限の傘を残して、
全て床へと落とした。
近接戦において過剰な装備は動きの妨げとなる。
先手をとり、罠を張り、有利な状況で仕留める手が使えなくなった以上、
不要なものは斬り捨てなければならない。
足音が……近づく!
「見つけた~~!」
ジャージの女が廊下より入室、にこやかに手を振りながらこちらへ向かって来る。
牧歌的な雰囲気。しかし油断はできない。
持ち込んだ武装が一つ、≪傘袋に入ったビニール傘≫を構える。
左手でビニール製の薄い傘袋を優しく覆い、右手を傘の持ち手にかける。
体の左奥に刀身を隠すーーさながら居合抜きの構え。
腰が深く沈む。 足に力が溜められる。
一触即発。
神経を研ぎ澄ました叢雨雫には自分の攻撃範囲が≪円≫のように感じられていた。
(入ったらーー斬る)
ジャージの女がピタリと≪円≫の外で止まった。
そして深々と頭を下げた。
「どうも! はじめまして、女女女 女女という者だ!」
挨拶!
ーー踏み込み、斬りかかるべきか否か。
何らかの能力トリガーを訝しみつつも、叢雨は返事を返した。
これまでの戦闘経験から、目の前の敵が能力を発動していないと踏んだのだ。
「……ハッ! 元気のいい嬢ちゃんだな」
「え、待って」
女女女が眉をひそめる。
「……今『嬢ちゃん』って言った?」
「んァ? ……お、おう」
「え~~~、えへっ、えへへへへ……!
いくつくらいに見える?」
「はァ……? 二十歳はいってねェんじゃねぇの……?
知らんけど」
「え~~~~~~ッ!! それは流石に言い過ぎだぞ~~~!!」
言葉とは裏腹に、女女女は照れ照れしながらジャージのポケットを漁り、
小さなカップゼリーを取り出した。
「お世辞にしても嬉しかったから、これをあげるぞ!
師匠からもらったけど気色悪くて食べてなかった、『おっぱいが大きくなるゼリー』だ!」
「ンなもんいらねぇよ……!」
「あっ、そうだな……自分が要らないものを他人にあげるなんてよくなかったな……。
もっと≪叢雨さん≫の好きそうな……ん?」
女女女が首を傾げる。
「……叢雨さん叢雨さん。 アナタは『叢雨さん』? ……それとも『叢雨ちゃん』?」
「ア? なんだって?」
「ああごめん、歳はいくつなのかってこと」
「……22」
「え~~~~~ッ!! と・し・し・た~~~~~!?
しかも思ってたより離れてるんだな! 私は26だから4つも違うぞ……!」
ーー叢雨は困惑している。
これから殺し合おうという意気込みで臨んだこの戦い、
まさかこのような平和ボケした会話を挟む余地があるとは思っていなかった。
戦略的な意図もまるで掴めない。ただただ翻弄されている。
「こんなに離れてるなら……いっそ雫ちゃんと呼んでしまおうと思うのだが、イヤか?」
「……カッ!」
もういい加減、わけがわからなくなってきた叢雨は吐き捨てるように笑った。
「好きに呼びな」
「雫ちゃん!」
「……おう。ところで、≪お前≫ーー」
言葉の途中で、あからさまに女女女はむっとした。
「……『女女さん』あるいは『美しき拳法家・女女女』と呼んで欲しい!」
「わぁーったよ! 女女さん、テメェ……さては……いい奴だな?」
むふんと胸を張る女女女。
「なんかよォ……めちゃくちゃやりにきィの。 わかる?
『ぶっ殺してやンぜ~~!』って気持ちで来たんだがよ、なんか……こう……なぁ?」
「おっ! やるか! 私はいつでも戦えるぞ!」
なにやらカンフーっぽい動きをしながら、女女は言った。
「や、オレ、ヒーローだからさ……。
いい奴ブチのめすのはあんまり気が進まねぇんだよなぁ~……。
……なぁ、女女さん。 怪我する前に降参してくんね?」
「やだ」
なにやらヨガのような動き。
「……なに、私のことなら気にするな、殺す気で戦ってもらっても構わないぞ?
2週間、地獄の特訓でみっちり拳法を覚えたから、そう簡単には怪我もすまい。
受け身だって覚えて来たし! 腹筋もうっすら割れてきた!」
そう言って、ジャージをぺろんとめくって見せた。
「いや……割れてねぇけど」
「それはきっと……遠近法だな! 触ればわかるぞ!」
「……かーーッ! やりにきィ~~~~!」
にんまりと、女女女は笑んだ。
「いい奴なのは雫ちゃんの方だな。 ……だが、本当に遠慮はいらない。
私だって予選を通って来てるんだ、弱いハズがないだろう」
それにな、と言葉を続ける。
「怪我をしたって薬で治してくれるんだろう?
だったら楽しまなきゃ損だ! 力一杯ぶつかろう!」
叢雨の口角が僅かに上がる。
戦いに対して楽しさを見出すなど、考えたこともなかった。
「わーったよ」
構えの緊迫感が増す。
「叢雨雫 ーー ≪ヒーロー≫、参る」
「……えっ、なにそれかっこいい! ずるい!
えーっと、『女女女 女女 ーー ≪拳法家≫、いくぞ!』」
■
動いたのはほぼ同時。
ゆるりとした歩み足ーー女女女。
重心を安定させ、いかなる方向へも瞬時に舵を切ることが可能な達人の歩方。
対して叢雨は拳法家の苦手とするミドルレンジの攻防を選択。
中距離攻撃により、初撃撃破を目論む。
≪アメノハバキリ≫
初手、必殺。
数多の応用のうち、銘を冠する域にまで到達せし、至高の技。
内部に雨水を溜めた鞘より抜かれし傘が、中空に水の線を引く!
「弾く力」の強化による連なる水撃!
膂力と抜傘時のスピードを乗せた、空間断裂斬!
突如出現した接死の線を、女女女はゆるりと最小限の動きで躱した。
女女女の使う拳法ーー「おっぱいを揉む拳法(仮称)」はその名の通り、
おっぱいを揉むことに全ての焦点を合わせ練り上げられた武術である。
おっぱいを攻めるプロフェッショナルーーそれは多種多様なおっぱいに対する攻め手を知る者であり、
裏を返せば、おっぱいを守るに長けた者だ。
おっぱいを揉む拳法(仮称)を極めし者に対して、おっぱい及びその周囲を脅かす攻撃は、
強固なガードに阻まれ、効果が薄い。
叢雨の二手目。
初撃を避けられたことに動揺は無い。ただ、淡々と次善を打つ。
納刀、そして抜刀。 接死の線、再び! 崩れた体を狙い撃つ!
ハラリと女女女の髪が数本宙を舞う。
またしても体捌きによる回避。
叢雨は鞘を捨てた。
間合いは既にミドルからショートへと移りつつある。
拳法家のターンがーー来る!
右手の傘を開き、前方へ。
左手を腰の後ろへ。 ≪見えざる傘≫に手をかける。
左手に剣を! 右手に盾を!
ショートレンジの攻防!
ーーむにっ
「ーーは?」
歴戦の猛者、叢雨をして思考が停止するほどの動揺。
油断はなかった、万全の迎撃態勢だった……それなのに。
傘の盾の内側には拳法家、女女女。超至近距離!
そしてその右の五指は叢雨の豊満なバストに深く突き立てられていた!
ーーむにゅん!
死の気配に怯む隙を縫って、指先に力が加えられる!
「んっ……ァァァアアアアアアアッ!!」
その甘い刺激が、叢雨の思考を戦闘へと引き戻す!
左手に持った傘による力任せの一撃、女女は飛び退く! 同時に叢雨も引いた!
「ハッ……! ハッ……!」
一瞬で、息が乱れる。
(名前、叢雨雫)
(性別、女性)
(年齢、22)
(今はーー魔人の格闘大会に参加中)
精神に異常のないことを確認。
次いで身体の異常、そして周囲に異変がないか。
叢雨雫は戦闘経験豊富な魔人だ。
故に「魔人に直接触れられること」の恐ろしさを誰よりもその身に刻んでいる。
魔人研究家の間で「同マス能力」と呼ばれる能力への警戒。
直接の肉体接触をキーとする魔人能力は強力な効果を発揮するものが多く、
それは屈強な魔人ですら、一撃で死に至らしめる威力を誇る。
触れただけで眠らせる能力然り、触れた者を妹に変える能力然りだ。
ーー壊れんばかりに鳴る鼓動、尋常ではない発汗。
動揺から来るそれらの生理現象を除いて、異常は認められない。
傘を振ってからここまで、コンマ数秒。
女女女を睨み付け、叢雨は言う。
「オレに……何した……!」
答えが返ってくるとは思えない愚問。
それこそが、揺れる叢雨の心情を映し出す。
女女女はゆるやかに半身の姿勢をとり、肘から先をゆったりとした動きで回し、
手のひらを叢雨に向けた。
そして、ぐっぐっと指に力を込めて見せる。
「ーー揉んだ!」
ニッと笑って女女女は答えた。
■
ーーそう、ただ純粋に揉んだだけなのだ。
繰り返しになるが、女女女の用いる武術ーー「おっぱいを揉む拳法(仮称)」は、
おっぱいを揉むことに全ての焦点を合わせ練り上げられた武術である。
流派開祖にして永久名誉童貞・乳房好々爺が練り上げしその武技は、
「おっぱいを揉むこと」が終点として設定されている。
故におっぱいを揉んだ先のことは分からない。
乳房好々爺をして、生涯おっぱいを揉むことは無かったのだから、そうなのだ。
■
<4>
ライブビューイング会場!
「こういことだぞッ! わかったかァ~~~~~!!」
実況者の魂の叫び! 応える大衆!
スクリーンには揉みしだかれるたわわな胸が、三方向からアップで映し出されている!
更にはスーパースローを駆使したリプレイも流れ出す始末!
柔らかな乳袋に指が食い込み、弾性を伴い変形していく様が余すところなく映し出される!
あまりに扇情的ッ!! ファアアビュラスッッ!!
カメラアングルを取り仕切る者も……映像編集者も……圧倒的に、わかっている!
君は……わかっているのか!?
「戦闘中エロとは、『女の子にとって』戦闘中ということが重要なのだッ!
これはエッチな攻撃の応酬で戦うような、いわゆるバトルファックとは明確に区別されるジャンルッッ!!
すなわちーー」
リアルタイムの映像がモニターに映し出される。
傘を持った乳のデカい女は、心技体を尽くして相手を倒そうと何やら頑張っているようだが……。
ーーむにっ
しかし、無駄!
何度頑張っても、おっぱいを揉まれ、防がれてしまう。
『ンっ! ……ふッ……!
くそっ……テメッ!! ふざけてんのか!!』
『失敬な、大真面目だぞ』
新たなるおっぱいムービーに沸き立つ場内!
モニターには恥辱の色に染まりし、顔のイイ女!
おっぱいだけではなく、歪む表情にフォーカスするこの映像手腕ッ!
圧倒的にッ!! わかっているッ!!
「ーーこういうことだーーッ!! わかったか!? わかっているのか!! 本当だろうな!?
……戦闘中エロとは、女の子の気持ちを無視するところがエロいのだッ!
『敵を倒す、ひいては命を奪う』と覚悟を決めてる女の子はシリアスだ。
だが対戦相手はそんな土俵には立ってくれない!
ただひたすらに欲求のまま、性的な悪戯を仕掛けてくる……!
……戦闘中ッ! ……なのにッ!!
その温度差に宿る尋常ではないエロさ……!
それを……それを~~ッ! わかっているのかと! 聞いている!!」
もちろん、わかっている! バカにするな!
わかっているからこその、この熱気!
ーーまた、おっぱいが揉まれる。
ーーまた、会場が湧いた。
■
<5>
四度の交差をして、四度胸を揉まれた。
完全敗北。
叢雨の戦闘に対する価値観から言えば、既に四度死んでいる。
今立っていられるのは、ただ相手の情けを受けた結果に過ぎない。
傘を置き、両手をあげた。 顔には諦観が浮かんでいる。
「話がしたい」
命の賭かった戦場ならいざ知らず、これは魔人の格闘大会だ。
心が負けたと思ったなら、潔く投了すべきと傘使いは考えた。
ーーむにっ
「ほぁっ!? ……オイッ!! 話がしたいっつッッてんだろッ!!」
反射的に放たれた鋭い蹴り足を、しゃがむように躱した女女女は、
トトンと数歩下がってから口を開いた。
「すっ、すまない……! ついおっぱいが目の前にあったのでな……!」
「……ちっ。 まぁいいさ。 ーーなぁ、女女さん。
オレぁもう……この戦いを降りようと思うんだが、……その前に一つ、頼みを聞いちゃくれねェか?」
「降りるって……! まさか、降参か!? ……待て! 待て待て待て! 落ち着け!
ダメだダメだ! 早まるんじゃない! おっぱいが揉めなくなるのはダメだぞ!?」
「……カッ! これ以上オレを惨めにするんじゃねぇよ……。
こんだけ力の差があンのに、続けたって仕方ねぇだろ……!」
叢雨の言葉に嘘はない。
「そう……か……? そんなことないと思うけど……。
でも、まぁ……そちらにはそちらの考えがあるのだろうし……!」
あからさまにがっかりし、肩を落とした女女女であったが、
「まずは話を聞こう」と手のひらを上に向けた。
「ありがとよ……最初に当たったのが女女さんで良かった」
そう言って、叢雨はぽつりぽつりと語りはじめた。
ーー敗退となった後に選手間でコンタクトをとるのは、何かと手間がかかる。
もしかすると、これが会話できる最後の機会かもしれない。
そんな考えがツラツラと言葉を紡がせる。
「ーーオレはよ、この大会に悪りィ奴らを叩きに来たんだ……!
昔っから目ェつけてたクソほどクソな奴らが、隠れ蓑を脱いで暴れに来るって聞いてな……」
車と融合する能力を有したワールドワイドな犯罪者ーー兼、YouTuber。
人体をいとも容易く分割すると噂される怪異存在ーー正体不明の人攫い。
神出鬼没の虐殺バトルシップーー時代錯誤の海賊女王。
彼女が宿敵と認めた相手は、その誰もが犯罪史に名を残すであろう強力な敵≪ヴィラン≫だった。
大会の優勝賞品である≪金≫と≪願いの力≫を与えては、絶対にいけない人種だった。
叢雨は燃えていた。
大会に出場し、≪本物のヴィラン≫と闘う機会を得て、彼女が目指す≪本物のヒーロー≫になるのだと。
「ーーだけどよ……あいつらっ……! ほん……っとに! もーっ!! ……わかるか!?」
「え、ごめん、……何もわからないぞ」
困惑する女女女を置いてけぼりにし、乳のデカい女は拳を握り、熱弁する。
ーーやっとの思いで掴んだ本戦への切符。
しかし本戦出場者が明らかとなった時、叢雨は絶望した。
そこには、恋い焦がれし盟友≪ヴィラン≫達の名が一人たりともなかったのだ。
「ふがいねぇ!! なに全員揃って予選落ちしてやがんだよ……チクショウが!!」
「や、やめてさしあげろ……! 事情はよくわからないが……!
誰だって、落ちたくて落ちたわけじゃあないんだから、……そこはもっとオブラートに包んで……!」
「わーってるよ!
でもな、あいつらはなァ……予選で振り落とされるような、そんなタマじゃなかったんだ……!」
ーー本戦出場者の中に、叢雨の見知った名前がいくつかあった。
その名から、日本の治安を司る組織が、各々の部署の威を競うように、
最強の人材を投入してきたのだと、察することができた。
五賢臣の指示があったのか、それとも自主的な活動か。
どちらにせよ暗躍があり、事前に悪なる者を間引くような動きがあったのだろう。
こうして戦前に盟友≪ヴィラン≫を亡くし、ヒーロー叢雨は戦う意義を無くした。
平和な大会にーー英雄≪ヒーロー≫は要らない。
「それでも……『もしかしたらオレの知らねぇ悪い奴が潜んでるかもしれねぇ』なんて考えてよ、
そんなやつと当たるまでは頑張って勝ち抜いてみようかと思ってたんだが……このザマだ」
力なく叢雨は笑んだ。
「ケドよォ……最初に当たれたのが女女さんで本当に良かった……!
アンタほど強くて気持ちのいい奴になら……安心してオレのやりたかったことを託せる。
ーーでな、頼みってェのそれだ。『勝って欲しい』……勝って、勝って、勝ち抜いて……!
そんで……もしそン中で悪い奴と当たったら、そいつは入念にブチのめして欲しい……!
オレの……! 代わりにな……!」
ふむふむと思案し、女女女は軽快に答えた。
「つまり、負けなければいいのだな……?
それなら、雫ちゃんに言われるまでもない」
ポンと、小ぶりだが整った形の胸を叩いて女女女は言う。
「私はな……生まれてこのかた負けたことがないんだ!」
「ほう、言うじゃねぇか……!」
すっかりリラックスしきった様子で、叢雨は楽しそうに合いの手を入れた。
「それに、私には優勝して叶えたい願いがあるからな……!
絶対に勝つという強い意志があり、実力があり……そうだ、つまるところ……無敵なのだ!」
「ヒュ~! 惚れるぜ!」
もはや楽屋裏のようなノリで、二人はわいやわいやと親交を深める。
「……そういや、女女さんは何を願うんだ?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、女女女は瞳をキラーンと輝かせる。
そして天に向かい片手を突き出し……中空を力強くーー揉んだ!
「フェム王女のロイヤルおっぱい……!
世界一のおっぱいーー王女っぱいを……この手に掴むッ!」
「はァ~~~? なんだソリャ!? 意味わかんねー!」
ケラケラと叢雨は笑った。
「掴むほどねェだろ? あの王女様のはよォ」
「な!? なんてことを言うのだ……! 国辱だぞ……!」
口の横に手を添え、ヒソヒソと諭すように言う女女女。
「カッ! 王女のおっぱいを揉もうとしてる奴に言われたくねーよ!」
それもそうだと、二人して笑った。
ーーそれは、和やかな空間だった。
戦闘中でありながら、まるで事後の感想戦のような、そんな……。
「しかしよォ、なんだって王女のおっぱいなんて揉みてェんだ?
さては女女さん……ロリコンか?」
「ちがうぞ……! 私はどちらかといえば露骨でだらしないおっぱい派……!
そう、王女っぱいよりは断然、雫っぱいの方が好みだ!」
「ハッ、うるせぇバーカ! じゃあ……なんだって王女を狙うんだ」
ーー何気ない談笑の続き。しかしここが明確なターニングポイントとなる。
「ああ……それは師匠の悲願だからだ。
師匠が死の間際に『世界一のおっぱいをその手に掴め』と言ったのだ……!」
「おっと……ワリィ、踏み込んだこと聞いちまったな……」
師匠の死。叢雨雫は人の死に敏感だ。
「いやいや、そんなかしこまらないで欲しいぞ。
師匠が死んだのは……半ばギャグみたいなものだったし……!」
「いやいやいや……! 人の死にギャグも何もねェだろ……?
取り繕わなくていい、気を遣わせてすまねェ……。 本当に、悪かったよ」
「いやいやいやいや!
師匠は最後の最後まで『おっぱいを揉ませて欲しい』なんて言ってたんだぞ……?
雫ちゃんが気に病むことは何も無い」
「最期を……看取ったのか……」
叢雨は自分の境遇と目の前の女性を重ねて、更に気を重くした。
最愛の者の死を看取った、あの日の光景が脳裏をちらつく。
「むぅ……雫ちゃんは真面目というか……シリアスだな……!
どうか笑い飛ばしてくれ……! そうじゃないと浮かばれないーー
ーー死んだ師匠も、殺した私も」
突如として空気が一変する。
「……ア? 殺……した……?」
「ああ、そうだぞ!」
てらい無く、天真爛漫な様子で女女女は言ってのけた。
王女の胸を揉むと宣言した、あのはしゃいだノリのままで。
ごくりと、叢雨は唾を飲み込んだ。
彼女の≪ヒーロー≫が、ざわついた。
「いや……やめろよ、そんな言い方……! 勘違いしちまうじゃねェか……!
なんか、……なんか理由があってやむ無く殺したんだろ……? なぁ……そうだよな!」
「理由は……なんだったかな……?
おっぱいを揉みたいって言われて、決闘することになって……。
あとは……そういう流れだったから殺しただけで……言うなれば、その場のノリ……的な?」
沈黙。
叢雨の血が入れ替わる。体が作り替わる。
「……お師匠さんを憎んでいたのか? 実は、親の仇だったり……!」
「何を言っているのだ……? 私と師匠は赤の他人だぞ? 一緒にいたのは半月ほどだ。
それでも、師匠のことは結構好きだった。 一緒に居てなかなか飽きなくてな、楽しかった」
「じゃあ……なんで……!」
「だから……あれはその場のノリだったって言ってるだろ……。
急にどうしたんだ、雫ちゃん……顔が怖いぞ……?」
叢雨の手が、ベルトにかかった不可視の傘へと伸びる。
彼女の≪ヒーロー≫が、直感が、警鐘を鳴らしていた。
ーーここで、負けてはいけないと。
「いっこだけ……聞かせてくれ……。
お師匠さん以外にも、誰かを殺ったことは……あるか?」
小首を傾げて女女女は答える。
「ーーさぁ……覚えていないな」
叢雨は深く息を吐いた。
生ぬるい気を、全て外へ放出する。
「わりいな女女さん……気が変わった。
もうちょっとだけ……粘ってみたくなっちまった……!」
傘を剣のように振りかざす。
「おおっ! それは大歓迎だ! 私はもっと遊びたかった!」
小さく前ならえのポーズ。 開かれた両の手が、わきわきと動く。
ーーけたたましい電子音がフロアに鳴り響いたのは、その直後だった。
■
<6>
オルゴールめいた電子音をスタートの合図とし、
二人を目がけ、部屋の隅より大型トラックほどの黒く大きな影が急発進した!
圧倒的重量! 圧倒的速度! そして圧倒的ーー清掃力!
高速回転する硬質シリコーンと吸引音、そしてモーター駆動音。
10倍スケールの家に合わせ、スケールもスピードも清掃力も10倍!
家内に侵入せし虫二匹を吸い取らんと迫るその物体は、丸型自動清掃機であった。
ーーその突然の起動は、定期清掃の時間によるものか。
あるいは動きの無い試合で王女が退屈してしまうことを恐れた、
五賢臣によるカンフル剤的介入行為だったのかもしれない。
「うわああああああ! なんかくるぞおおおおおお!!」
遊園地のアトラクションに目を輝かせる子供のように、大仰なリアクションをとりつつも、
女女女の回避は的確だ。 直線的に向かって来る清掃機の想定進路から転がり出る。
しかしその時! 清掃機の外周がモノアイめいて赤く発光した!
【ゴミガ……シャベルナ!】
エプシロン王国のエンジニアが開発せし、ゴミ感知センサーが女女女の発した声に反応!
その進路がカクンと直角に折れる!
「うわああッ!!? ちょ、ちょっとタンマ!」
【ゴミガ……シャベルナ!】
またしても進路を切り返すが、追尾が早い!
「わわっ、なんでこっちばっかり!? 雫ちゃんヘルプヘルプ!!」
ヘルプに呼ばれた雫ちゃんはといえば、既にちゃかりとその場を脱していた。
清掃機の強襲と同時に女女女とは別の方向に回避行動をとり、そのまま廊下へと逃げた。
今は傘を鉤爪のように駆使し、背丈の倍以上もある階段を昇っているところだ。
四度女女女と対して、近接戦における地力の不利は嫌というほど身に染みていた。
一度、距離をとって思考する時間が必要だと考えた。
ーー直後、階下より爆発音。
「ヘルプって言ったのにィ~~~!!」
次いで、咆哮が聞こえて来た。
ーー考える時間は、あまりなさそうだ。
■
2階廊下。
太陽の差し込む明るい空間。
足元まで全面ガラス張りの大きなスライド窓が特徴的。
そこからは熱心に手入れされた階下の庭が見える。
廊下より連なる扉は5つ、ーーしかしその先を探索してまわる猶予など無い。
階下よりーー間も無く女女女が上って来る……!
音でそれを察した叢雨は速やかに現状把握を行う。
ビニ傘の残弾は5本。それと、隠し玉の折り畳み傘がーーない?
スーツの内ポケットをまさぐる。
戦いの最中に落としてしまったのか……?
いや、そんなヘマはすまい。
「……ちっ」
先の応酬の隙を縫って、盗まれたのだろう。
ーー女女女はその飄々とした言動と見た目とは異なり、老獪極まる武を有する。
対処不能のセクシャル攻撃を除いても、体術のみで完封されてしまうやもしれぬという地力の差を、
数度の対峙より叢雨は感じ取っていた。
まるで半世紀以上をかけて研鑽されたかのような、重厚な拳だ。
あの若さで、一体どんな修練を積めばあの極地に至れるというのか……!
それをもってすれば、攻防の間に相手の戦力を盗み・削ぐ程度のことは朝飯前なのだろう。
「置いてくなんて……ヒドイぞ……!」
不可視の傘の投擲ーー≪傘槍投げ≫をひょいと二指で挟み止め、階下へ投げ捨てた女女女は、
悠々と二階廊下への到達を果たした。
その手には、叢雨が一階に捨て置いた黄色の児童傘が握られていた。
「……なんのつもりだ」
ビニ傘を構え、睨み付ける叢雨。
「雫ちゃんのを見てたら、私もやってみたくなってな……!
傘で戦うって、かっこいいよね……!」
「ふざけーーーーッ!!」
挑発には乗らず、あくまで対処の余地があるミドルレンジでの戦闘を画策していた叢雨の思惑が、
一瞬で瓦解した!
正面からの奇襲! 歩法と緩急による、速度偽装!
叢雨が女女女の移動を感じ取った時には、既にその身は最高速に乗っていた。
急いで後ろに飛ぶ叢雨であったが、詰める方が早い!
ショートレンジの攻防!
「くっそっ……!」
そこが必敗の間合いであることは学習済み。
どうあがいても胸を揉まれてしまう。
ーーぱぁん!
「おスネ!」
胸を揉まれることに備え、身を固くしていた叢雨の右脛が、児童傘により、甘く打ち据えられた。
「やった、一本! 私の勝ちだ!」
「なめんじゃ……ねぇ!!」
ビニ傘の振り下ろし! 児童傘による受け流し!
魔人同士のーー高速攻防。
目にも止まらぬ剣戟の中、悠々と女女女は語る。
「雫ちゃんの剣はまっすぐでいいな……!
素直なクンフーと、一生懸命さを感じるぞ……!
ただ……少し軽いな……? この剣は、誰かの模倣か……?」
「うるッ……せぇ!!」
渾身の横薙ぎを事もなげに受け流し、またも甘い一撃にて叢雨を打ち据えた。今度は、腿。
「ほい、二本目!」
「グッ……!! オオオオオオオオオオオオッ!!」
「元気がいいのはよろしいが……!」
ーーぱぁん!
「単調になってはいけないぞ……! 三本目」
ーー叢雨の見立ては正しかった。
女女女の地力は遥か天上。
女女女の振るう児童傘は正真正銘ただの市販品だ。
対する叢雨の武器はビニ傘とは名ばかりの理不尽な暴力の塊だ。
≪荒れ狂う聖剣≫と銘を打たれたその応用は、
「傘の強化」「傘の不可視化」「弾く特性の強化」の三重強化からなる。
まるで突風のように、打たれたことに気付かせず吹き飛ばすーー不殺の剣。
それ、なのに……!
ーーぱぁん!
「四本目! ……これ、何本勝負にしよっか……?」
またしても一方的に打ち据えられる……!
叢雨のビニ傘を日本刀とするならば、女女女の傘はつまようじだ。
それなのに、打ち負ける。
剛性と反発は逸らされ、不可視であることは有利に働かない。
純是たる、技量の差……!
「ウオオオオオオオオオーーーッ!!」
剣筋の変化! 叢雨が仕掛ける!
ーー傘は、剣ではない。
傘は剣であり、槍であり、杖であり、棒であり、トンファーであり、ゴルフクラブだ。
故に、その運用は剣術の域に留まらない。
一瞬の溜めを経て、ビニ傘がうなる!
カーブした持ち手に添えた人差し指を起点とし、遠心力を乗せた杖術戦技!
ーー≪飛燕≫
飛翔する燕の如きその傘の先端!
それにかぶせるように、女女女も人差し指を起点とし、遠心力でもって傘を振り下ろしていた!
「は」 「や」 「ぶ」 「さーーっ!」
振り上げの≪飛燕≫の対の戦技ーー振り下ろしの≪隼≫!
ーーぱぁん!
「いぇい! 5本目!」
ぐらりと……不屈を誇るはずの叢雨の心が折れかけた。
嫌な予感はあったーーそれが今、確信に変わったのだ。
「『アメノハバキリ』『荒れ狂う聖剣』……『飛燕』に『隼』……!
雫ちゃんの奥義は漏れなく名前がかっこいいな……! どうやって考えてるのだ!?
電子辞書とか……使ってる?」
技の名を発声したことなど一度もない……!
≪自分の技がーー盗まれている!≫
■
<7>
女女女 女女。
彼女の魔人能力の内容は、彼女自身も自覚していない。
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」は技能であって、魔人能力ではない。
もしかすると、女女女は魔人ですらないのかもしれない。
しかし、彼女の周りで起こった出来事から、彼女の持つ特殊な能力の一端を推察することはできる。
彼女は大会の直前、乳房好々爺という人物に接触し、
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」をその身に宿した。
特筆すべきはその習得期間。たった2週間で奥義の神髄を極めてしまったのだ。
……だが、実際にはそうではない。
彼女が師の元に滞在した期間は2週間であったが、そのうちのほとんどは無意味な修行……。
修行と呼ぶのもおこがましいような、中学部活レベルの肉体鍛錬やお遊びだった。
腹筋、背筋、腕立て伏せ然り、コメダ喫茶店の全メニュー制覇然り。
そう、「おっぱいを揉む拳法(仮称)」の習得は初日ーー否、はじめて対面した瞬間に完了していたのだ。
そして最後の日……女女女は乳房好々爺を殺害し、破っている。
師よりも高い域へ「おっぱいを揉む拳法(仮称)」を昇華させたのだ、恐らく、対面した一瞬で……!
ふざけた名の拳法だから、底の浅い拳法だから……そのようなことができたのだろうか。
それは違う。
かの高名な童貞道の高弟の中にも乳房好々爺を≪乳仙≫として崇める一派があった。
彼の技は至高にして究極。
童貞をこじらせ、淫魔人堕ちする者達がいるなかで、
好々爺だけは純粋におっぱいのことだけを考え続け、拳の研鑽に一生を賭したのだ。
生涯童貞にして、生涯非魔人を貫き通した老師の技は、人間のものでありながら、
因果律を超越した魔人能力の如き効果を発揮する。
その逸脱をもって、非凡なる流派の証左足りうるだろう。
七十余年を賭して磨かれし拳はあまりにも重厚だった。
しかし、それを、その歴史をーー女女女 女女は一瞬でラーニングした。
それが、効果なのか、効果の一端なのか、ともすれば制約なのか……。
判断することはできない。
ただ、確実に言えるのは女女女 女女は学びたいと思ったものを、
≪瞬時に学びとり、最高のレベルまで昇華させることができる≫
女であることを完成させ、その拍子に女女女 女女という名になったように。
叢雨の十年かけて編み出した傘技形態を完成させ、攻撃を見切ったように。
■
<8>
ーーぱぁん!
七本目!
二階廊下での攻防!
もう……何度死んだかわからない。
胸を揉まれること四度、傘で打たれること七回。
「ーーウオオオオオオオッ!」
しかし、未だヒーローは健在!
剣戟! 乱舞!
彼女の強みは暴力性でも豊かな胸元でもない。
折れない心、どんな絶望的な状況下でも、活路を見出しもがく貪欲さ。
そしてこの戦においてもそれは発揮される。
ーー既にッ! 彼女は活路を見出しているッ!
傘と傘が打ち合わされる瞬間、能力発動!
一方的に女女女の傘が壊れ、はじけ飛ぶ!
児童傘の持つ「振り回すとすぐ壊れる」という特性を強化したのだ!
≪女女女は魔人能力までは再現できない≫ーー死にながら掴んだ知見その1!
その一瞬の隙をついて、放たれた片手突き!
ーー≪傘牙突≫
昭和終盤生まれの男性の、およそ5割が取得済みと言われる、もっともポピュラーな刺突技!
くわんという予兆を経て、ーー轟音。
突いた先はーー外に面した壁際のガラス!
粉々になった欠片が二人へ降り注ぐ!
「わわわっ……!」
女女女は室内側へ緊急退避!
叢雨は、その身を窓から投げた!
「ええーーーっ!!? 大丈夫か!!?」
破片が落ちきったのち、窓際へ駆け寄る女女女。
「ーーあっ、大丈夫だ! よかった!!」
フワリと傘で落下の速度を落とし、庭へと着地する様子を目視。
能力によりパラシュート的形状特性を強化。
女女女は破片をいくつか外へ蹴り出し、その後を追って窓から飛んだ。
トントンと飛び石の要領で空中の欠片を経由し、庭へと降り立つ。
そこに飛来したのはーーガラスの欠片……! だけではない!
砂利、ビンの蓋、砂、バッタ! ありとあらゆるものが飛来してくる!
≪傘ゴルフ≫
女女女は決して無敵ではない。攻撃を避けるという行為がその裏付けとなる。
事実、初手で髪を斬り落とすことに成功している。
回避が異様に上手いだけで、当てさえすれば耐久はさほど高くないーー
ーーこれが死に覚えしながら得た知見その2!
そしてその3! ショート、ミドルレンジは女女女の得意射程!
ならば、答えはおのずと絞られてくる……!
乱れ飛ぶガラス片! 小石! ムカデ! 葉っぱ! プルタブ!
無節操に、手当たり次第に打ち出されるその様はーーさながらガトリングガン!!
ロングレンジの攻防! ーー否! アウトレンジからの蹂躙!
拳法家が拳で戦う以上、避けられぬ弱点。
火が水に弱いように、水が電気に弱いように……武術家は、ガトリングガンに弱い!
単発の銃弾を躱すのは、人体を熟知した武道家であれば可能。
しかしそれは銃弾を見て躱しているわけではなく、人の動きを先読みして躱しているに過ぎない!
その点、ガトリングガンは違う!
ガトリングガンは射手の練度やモーションに関わらず、一定の効果を発揮する!
どんな下手くそなガトリング斎が放っても、熟練の使い手を打ち取ることが可能なのだ!
凄まじい密度で打ち込まれる弾丸をいなすことは、
武術家にカテゴライズされる者にとって、専門外なのだ!
ーーそれでも、叢雨の弾幕はガトリングには及ばない弾密度だ。
だからこそ、近接を許すまいと工夫を織り交ぜる。
さながら雷の如きジグザグの軌跡で、叢雨の射線を避けながら近づこうとする女女女であるが……!
≪傘ゴルフ≫
大量の砂が面でその進路を塞ぐ……! 意図的下手くそバンカーショット!
砂の薄壁を目くらましに! 壁を突き破って小石が襲来!
「楽しい……! 楽しいぞ……雫ちゃん!!」
追い立てられているはずなのに、女女女はそう言い笑った。
ーーガシャン!
黙れとばかりに、轟音!
一階のガラス破壊! 弾丸の補充!
乱れ飛ぶ次なる弾丸! 避ける拳法家!
ガトリングゴルファーと拳法家ーーその優劣の秤は徐々に拳法家に傾きつつあった!
叢雨の殺人ゴルフ攻撃は、決して本家のガトリングに及ばない。
あくまでその特性を模倣しているだけだ。
故に付け込む隙はある!
包囲の円を狭めるように、徐々に徐々に女女女は叢雨への距離を詰めていく!
そんな折!
ガイン!ガイン!と金属音が鳴り響いた!
叢雨はそのタイミングを見計らっていた……!
女女女が避ける方向と、≪その位置≫が一致する、そんな時を!
飛弾と対処に注力する女女女の思考リソースは、上部に割かれることを余儀なくされる。
降り注ぐ、滝の如き水!
ーー2階での戦闘の折、叢雨は目ざとくその蛇口を見つけていた!
前方より散弾! 上方から水!
前に出て、散弾を弾く。
これまで能動的な防御をしなかったのは、手が痛くなるため。
しかし、水に濡れたり、石が当たったりするよりはこちらの方がマシと判断してこの行動に出た。
「ウオオオオオオオオオーーーッ!!」
しかし、その、前方には……! 既にヒーローが詰めて来ている!
傘を前方に差した状態での突進ーーさながら、突撃槍!
その速度は彼女の肉体が出せる限界を超えている!
踏切り時に傘を踏んで、「はじく力」によりドーピングを加えたのだ!
「つ・ら・ぬ・けェーーーーーッ!!」
ーーおいおい
ーーそりゃ、悪手だぞ?
圧縮された体感時間の中で叢雨は確かにそう聞いた。
ーーもにゅ
パイタッチ一閃! 傘の内には拳法家・女女女!
近距離戦における不利は何も解決していない。
あれだけ中近距離の戦闘を嫌った叢雨が、ショートレンジの攻防を選んだ。
一見すれば、それは愚策中の愚策ーーしかし!
胸を揉まれながらも、叢雨の勢いは止まらない!
その為の加速! 前へ! 前へ! 慣性の法則!
女女女の指が深く乳房に食い込むが……止まらない!
「……くっ!」
質量に耐えられず、武を行使! 体を入れ替え、いなす!
それは胸を揉まれることを前提とした特攻だった!
叢雨の姿が、水の中へ消える! 至近距離には、女女女!
条件は整った! 今こそ、決着の時!
「ヒィィィィロォォォォォォオ!! ……シェルッ!! タァーーーッ!!」
能力リソースを手に持つ傘に一極集中!
腰に提げていた傘の不可視化が解かれる!
水柱がーー爆ぜた!
シンプルなーーそれでいて最も強力な能力運用。
「水を弾く」ーー!
飛沫の一発一発が致死威力を持つ!
ゴルフが劣化ガトリングならば、こちらは強化ガトリング!
水柱が爆ぜる揺らぎを感じ、大きく後ろに飛び退いた女女女であったが、しかし。
そこはまだ有効射程だ!
四方八方に飛び散る、接死の点!
生存可能領域なし!
ーーついに、被弾。
半身の姿勢をとり、ダメージを軽減、この死地からの離脱に向けた動作をとる。
全力の撤退!
「ウオオオオオオオオォーーーーーッ!」 弾く! 弾く! 弾く!!
「ーーーーーくうっ……! ふっ……!」 受ける!下がる!耐える!
拳法家が後ろに向けて飛ぶのと同時に、
みしりと傘が軋んだ!
「く・た・ば・れェーーーーッ!!」
降り注ぐ大洪水の圧に逆らい、傘の柄に力を込める!
傘が、回る! 水弾の威力・射程が増す!
被弾! 被弾! 被弾! 被弾・被弾・被弾!
ーー水のガトリングが、拳法家に牙を剥く!
被弾被弾被弾被弾被弾被弾……!
ーーボフン!
軽い炸裂音! 拳法家の居た場所に突如としておっぱいマウスパッドが出現!
≪変わりおっぱいの術≫
本体がガトリングの射程外に出現。
叢雨を一瞥し、割れたガラスの箇所、屋内へ滑り込んだ。
逃げ……られた!
叢雨は水柱から出て、思案する。
追うべきか、それとも距離をとり、次の会敵に備えるべきか……!
この場に居座る選択肢は無い。いくら無尽蔵の水があるからといって、
居場所が知られていては有利はとれない。
ーーこの攻防で仕留めきれなかったのは痛恨の極み。
もう水の近くには寄って来てはくれまい。
それに、屋内に入る時のあの目……!
眠れる獅子の尾を踏んでしまった。
次が命を懸けた最後の攻防であると予感させられる、不吉を孕んだ目つきだった。
ーーそのような思考の中で、叢雨は視界に異物を捉えた。
それはーー女女女が離脱の為に投げ売った、おっぱいマウスパッド。
それはーー乳仙が人生の最後に壮絶な決意を持って揉み込んだ、おっぱいマウスパッド。
光に吸い寄せられるように……叢雨は二つの膨らみに手を当てた。
■
<9>
ーーその老人の心は長く生きた樹木のように穏やかだった。
七十余年、武と乳房に捧げた人生だった。
これまでの日々に悔いはなく、
これからのことーー向こう半年以内に寿命を迎えるであろうという事実すらも、
何もかも愛おしかった。
悩むことや苦しむことは、若いうちにやりつくした。
残された日々を穏やかに過ごす為、故郷へ戻って来た。
若い頃に一度、死ぬために樹海へ入ったことがあった。
その時の森は、魔界へ繋がる穴のように感じられ、ただただ恐ろしかった。
今となっては、自然の力強さ、そして美しさだけが心に留まる。
はじめの一ヶ月、ひたすらに歩いた。 緑を愛で、彷徨える魂があれば、揉んで天に返した。
次の一ヶ月はふらりと山に登ってみた。 半世紀ぶりに見る頂きの景色は、何も変わっていなかった。
そして次の一ヶ月に、その子は現れた。
「どうも! はじめまして、女女女 女女という者だ!」
樹海の深いところでのことだ。
それだけで、目の前の若者が只者では無いと想像がついた。
話を聞けば弟子募集の折り込み広告を見て来たというが……!
確かに一度だけ広告を出したことはあった。
だがそれは若気の至り。何十年も前の話だ。
弟子ができればイチャイチャして、おっぱいを揉めるのではないか……などと、
性の魔性に取り付かれていた時期が確かにあった。
不思議に思ったがーーそれ以上は考えなかった。
経緯など、どうでもよかった。
大切なのは弟子になりたがっているという事実。
受け入れる理由も無かったが、断る理由も無かった。
ならば、なりたいと言っている者の意志を尊重するのが良いように感じられた。
ーーそれからすぐに、この出会いが天命だったと感じる出来事があった。
弟子が、おっぱいを揉む拳法(仮称)を一夜のうちに我が物としたのだ。
老人には、まるで目の前の存在がまるでおとぎ話の怪物のように感じられた。
これまでの人生で多くのものを見て来た老人は、少しだけ深く弟子について見えるところがあった。
弟子は決して悪人ではない。
だが、頑なところがある。
徹底的な個人主義で、どんな時でも我が道を行くという特性がある。
悪に転びうるーー危うさが。
恐らく魔人なのだろう。
魔人の力は自我の強さに概ね比例する。
そうであれば、この途方も無い力にも納得がいく。
老人は弟子のことを考えるうちに、やがて憐れみを覚えるようになる。
この子は自分にしか興味が無い。
それでも人であるが故に、他人との関わりを欲する。
その矛盾の発露が、ーーこの能力。
≪他人の真似≫と≪自己最上≫が同居する歪んだ能力。
「……ふむ」
弟子をとって一週間。
老人は意を固めた。
もとより枯れるのを待つばかりだった命だ。この子のために使ってみようと。
その子には危うさがあった、放っておけばコロリと死んでしまうような。
あるいは、恐ろしい事件を起こしてしまうような。
……何より、放っておけなさがあった。
あと七十歳若ければ、きっとこの可憐さに恋をしていただろう。
それからの一週間、老人は自身を鍛えた。
弟子が寝た後に、獣となって闇夜を駆け、風となって山を吹きつけた。
そして迎えた運命の日。
≪視線を投げ合う二人。老人の目線は女の胸元に、≫
≪女の視線は富士山麓の綺麗な風景に向けられている。≫
ーー既に弟子の興味は既に自分から離れている。
いつ飛び出して行ってもおかしくない状況だった。
ここへも、そうしてたどり着いたのだろう。
あらゆることに興味を持ち、あらゆることを一瞬で極め、興味を失い……。
やがてやることが無くなって、この一代限りの拳法へたどり着いたのだろう。
だが、違うのだ……。
お前が極めて来たのは、表層に過ぎない。
真に理解すべきなのは、人の心なのだ。
それを分からせるためのひと揉み。
自己だけで形成される魔人に他者の存在という一石を投じるためのひと揉み。
≪命を失う代わりに、女のおっぱいを揉める可能性に男は賭けたのだ……!≫
その意志の元、練り上げた至高のひと揉みはしかし、おっぱいマウスパッドを掴まされた。
七十余年の全てを込めた一撃は、柔らかなクッションに吸い取られた。
まさか無念の中で死ぬことになるとは思ってもいなかった。
死に瀕した老人はしかし、最後の最後にあがいた。
『女女よ、我が弟子よ……世界一のおっぱいをその手に掴むのじゃ……!』
老人は、王女のおっぱいになど興味はなかった。
彼が望んだのは弟子が大会に出場すること。
大会に集うであろう猛者達が、この子を打ち負かし、救ってくれることを祈った。
誰とも知らぬ義勇の者が女女女のおっぱいを揉んでくれることをーー!
■
<10>
スタート地点のリビングダイニングキッチンに二人の人影あり。
「靴下濡れちゃったから……ホテルに帰りたくなった……!
雫ちゃん、ごめんねだけど……降参してくれなだろうか……?
一刻も早く靴を脱ぎたいのだ……!」
一人は拳法家、女女女 女女。
もう一人のスラリとした体格の女性がふるふると首を振った。
その瞳から一筋の涙が頬に線を引いている。
「そうか……じゃあ『場外』と『死亡』ならどっちがいいだろうか……?
なに、私と雫ちゃんの仲だ、好きな方を選んでいいぞ……!」
「女女っ……さん……! わたし……おれ! オレは……! オレは……っ!!」
只ならぬ様子の叢雨雫。
その心中は乱れている……!
おっぱいマウスパッドから逆流した思念による影響。
七十余年の全てを賭した願いの残滓が、彼女の中で叫ぶ。
≪おっぱいを揉め!≫ーーと。
「……るせェ……! うるせェ!!」
力強く、叢雨は自らの両の頬を張った。
「オレはッ! オレの好きなようにやる!! 黙ってーー見てろ!!」
大声を発した叢雨に、女女女は無関心だ。
既にーー興味を失っている。
彼女の興味は濡れた靴に移ったのだ。
「オレはッ! ヒーロー! 叢雨雫!
ーー義によって……貴様の胸を、揉み砕く!」
自分に言い聞かせるように叫んだ。
「え、やだ」
女女女は胸を隠し、体をよじり、頬を赤らめた。
■
ーー合図なく、最終攻防は始まった。
傘の投擲ーー≪傘槍投げ≫ーー二連!
躱すまでもないといった風に立ち尽くす拳法家の背後で、バチリという音が鳴った。
家中の電気が一斉に落ちる!
ーー叢雨が狙った先は丸型清掃機の発進位置の近く……コンセント!
二つの穴にはビニ傘が突き刺さり、バチリバチリとショートを起こしている!
その異変の隙をついて、叢雨は駆けていた。
ショートレンジの攻防を挑む!
傘を振り上げーー能力を発動する!
つまらなそうに、女女女も拳法を発動する。
ーー女女女は既に遊びに飽きていた。
だから、最短最速で殺しにかかった。
拳法発動によって問答無用で胸を揉み、その状態から相手の背後に手を回し、再発動。
ーーこれで終わりだ。
女女女は「おっぱいを揉む拳法(仮称)」を完成させている。
その拳でおっぱいの無い男を打てばどうなるか……実例を持って知っている。
故に、それを応用した女の殺し方も知っている。
この拳法は必ずおっぱいにたどり着く特性を持つ。
女性の背面から放てば、体を貫通し表面のおっぱいにたどり着く。
それだけの単純な話だ。
ーー女女女の指が、叢雨の胸へと食い込む!
叢雨雫は戦いの中で、独自に能力に対する考察を行い、対策を立てていた。
そこに残留思念ーー「おっぱいを揉む拳法(仮称)」の源流知識が入ったことで、
仮定の対策は必勝の策にまで練り上げられた。
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」のシンプルな弱点は、
必ず一度おっぱいを揉む必要があるという点だ。
初撃は必ず胸に来る。 そこまでは洞察できていた。
そして発動可能な間合いも十分過ぎるほどに図る機会があった。
だからこそ、そこに策を敷いた。
ーーむにょ~~ん!
「ーーーッ!」
ほんのわずかな……しかし生死を分ける一瞬の動揺が、女女女に走った。
それは、残留思念によりもたらされし知見。
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」は魔人能力ではない、武道の一種、達人の技だ。
例えば居合の達人が僅かな手の内の怪我でその技を振るえなくなるように、
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」もまた、僅かな差異に大きな影響を受ける。
そこをーー突いた。
「おっぱいを揉む拳法(仮称)」が必ず行きつく先、おっぱいに差異を持たせたのだ。
下着のーー脱衣。
よく見れば、叢雨の白いシャツは水に濡れ、肌色を浮かべている。
ノーガード! ぶらり戦法!
人に興味を持たなかったこと、何度も雫のおっぱいを揉み、
知らず知らずの内にその感触を学習していたこと……その全てが凶を呼ぶ!
ーーここに、決着はついた。
動揺から立ち直り、反撃に転じる時間など無い。
≪傘を振り上げーー能力を発動する!≫
交差のタイミングを見計らって、既に攻撃は打ち込まれている。
秒速200km超の、高速攻撃が……!
ーーバチリと爆ぜる音がして、二人の闘技者は同時に倒れた。
ダブルノックダウン。
ーーショートしたコンセントからの誘電。
叢雨雫は傘の「避雷針としての特性」を強化した。
■
<11>
素早く、先に立ち上がったのは叢雨だった。
電撃が来ることが分かっていた。 覚悟の余地があった。
そして彼女には電撃に対する経験と僅かばかりの耐性があった。
叢雨は千を超える魔人との戦闘を超えた猛者だ。
雷を使う魔人にひどい目に遭わされたこともあったし、
一般人にスタンガンで嬲られたこともあった。
ーーガンッ! ガンッ!
手早く、最後の2本ーー虎の子のビニ傘をフローリングに打ち込んだ。
持ち手のアーチ部が、女女女 女女の両腕を頭上で拘束する。
「……ぅ……ぁ……?」
いまだ痺れが抜けない女女は、何をされたかわからずにいる。
電撃で衣服はところどころ破れ、トレードマークの髪留めも焼け落ちている。
無防備な髪が床の上に広がる。
叢雨の衣服もボロボロだ。
同じく髪留めが焼け落ち、平時は輪のようにまとめている髪が、
無造作に揺れている。
叢雨はスーツの上着を脱ぎ捨て、ブラウスの袖をまくった!
そして、女女女の骨盤のあたりに腰を下ろす。
マウントポジション!
ーー命を賭して女女女の在り方を正そうとした老師の意志を引き継ぎし十指が、
ジャージを盛り上げる小高い丘へと伸びる。
「ーーひゃッ……ぅ!? ふぁっ……!!?」
半覚醒だった意識が、快感により一瞬で呼び戻される!
叢雨雫の手管は冗談では済まない凶器だ。
女女女が試合中に行ったような、小学生の悪戯や、
アイドルプロデューサーのコミュニケーション的パイタッチとは異なる、
ーー純然たる……性の暴力!
叢雨は千を超える魔人との戦闘を超えた猛者だ。
そして今大会の参加者からも分かるように、魔人の2~3割は性に関する能力者だ。
それは魔人の覚醒タイミングが思春期に集中することと関連する。
小学校を中退し、駆け出しヒーローとなった直後、
淫魔人達の毒牙は容赦なく彼女をカモにした。
ーーその経験から、彼女は徐々に護身の性を学んでいった。
その発現こそが、この手腕!
「うっ……ぁ! あ……っ! あ゛~~っ!」
細い指が蠢く。
時に撫でるように優しく、時に抉り込むように厳しく!
女女女の反応に合わせ、絶妙な緩急が最適化されていく!
女女女にとって、その快感は到底耐えられるものではない!
彼女は他人からの接触、干渉を極端に拒んでいた。
当然、胸を揉まれるなんて経験は、これまで一度もなかった。
自分で揉んだことだってない!
壊れたサイレンのように、嬌声をあげつづける。
快感の波が引いた一瞬……!
彼女は耐え難い快楽から逃れるため、降参を宣言しようとした!
しかし……!
『まだじゃああああああああああああああああああああああああッッ!!!』
叢雨の中の乳仙が吠えた! 女女女はまだーー救われていない!
「やぁ……やめっ……! こうさ……っ! こうさ……ふッ!? ン~~~~ッ!!?」
女女女の口が塞がれる! 降参権のはく奪!
両手の塞がっている叢雨は、口で口に蓋をした!
それは、口づけなどという甘いものではない……!
親犬が子犬の噛み癖を躾ける時のような、歯で顎の関節部を噛みつけ、
口を閉じないようにする手法!
そうでもなければ、舌や唇を噛みちぎられてしまう。
事実、そうやって叢雨は淫魔人達の不意を突いてきた。
口を塞がれ、胸を揉まれ……!
窮した女女女は……!
(ーーーーーだ)
(ーーーーやだ)
(ーーやだ! やだ! やだ!)
思考が吹き飛ぶような快感の中で、それでも女女女は他人を否定する。
余裕が無くなったからこそ、地金が露呈する。
彼女の本質はーー拒絶。
そして、能力を発動した。
≪おっぱいを揉む拳法(仮称)≫
それは、因果を超えて必ず対象の胸へと両手を到達させる絶技。
ただの武芸の奥義でありながら、その効果は魔人能力の域にまで高められている。
体勢は関係ない。 遮蔽物も関係ない。
何度も、叢雨の傘の内側に出現したように、
傘の持ち手の拘束を抜け、女女女の両椀はマウント女の胸を掴んだ!
「はあああぁっ!!?」
反転! 強襲!
女女女はーー己が内で≪完成≫させた。
叢雨の持つ淫らな技能をッ!
「んッ! ん゛ッ!! ……ひんッ!」
高い耐淫性を持つ叢雨をして耐えられぬ、高強度な淫技!
魔神ーー降臨!
≪必ずおっぱいに触る能力≫と、≪おっぱいを揉んだ相手を即オチさせる技能≫
考えうる限り……最悪の組み合わせ!
おっぱいを揉んだ後の隙が弱点だった≪おっぱいを揉む拳法(仮称)≫はここに完成するッ!
≪おっぱいを揉む拳法(仮称)≫
改め
≪おっぱいを揉み、性奴と化す拳法≫
おお、なんということだ……!!
乳仙が人生をかけて編み出した武術の完成形がこんな形だと言うのか!!?
乳仙はこんな結末を望んだというのかァーーッ!!?
『バッカモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』
否ァーーーーーーッ!! 断じて、否!!
その慟哭を、二人だけは確かに聞いた!
その一瞬の硬直を突き、叢雨の腕が怪しく光る!
またしても女女女の胸が揉まれるがッ! しかし! その手管は叢雨のものではない!
まるで性を知らぬ初心な手つき……! それは、他ならぬーー!
ーー乳仙が晩年たどり着いた境地。
性が枯れ、性的な目でおっぱいを見ることができなくなった後でも、
変わらず残ったもの……それは感謝と愛だった。
性的な意味を持たずとも、おっぱいは癒しであり、愛の象徴だった。
人生の大半を共に歩み彩を添えてくれたそれに、乳仙はずっと感謝の意を示したかった。
手腕などーーハードに過ぎない。
大切なのは、おっぱいを揉み、何を伝えたいか……!
≪おっぱいを揉む拳法(仮称)≫
改め
≪おっぱいを揉み、愛を伝える拳法≫
「ううっ……ぐぅっ………!」
そこで、勝負は決した。
苦しみから逃れるため、女女女は乳仙の≪愛による乳殺拳≫をラーニングし、
その胸に……その心中に技と不可分な≪愛≫を≪完成≫させたのだ。
■
ーー時々、とても怖くなることがあった。
殺してしまった師匠のことは好きだった。
なのに殺してしまった。殺す理由もなかったのに。
深く考えようとすると、頭が痛くなった。
だから考えないようにした。
『わぁ! これなるは、シロノワール……! はっ、師匠……!
次なる特訓というのは……まさか!』
『ふぉふぉふぉ、物分りの良い弟子をもって幸せじゃよ……!』
■
「し……しょう……」
くたりと、女女女は気を失った。
その瞳からは一筋の涙が零れていた。
ーー起き上がった彼女は、今後どのような道を歩んでいくのだろうか。
「ハッ……ハッ……」
肩で息をしながら、叢雨は外を見た。
雲のような、幽霊のようなモヤが、彼女には見えた。
人のよさそうな翁の形をしたそれは徐々に青空へと吸い込まれて行く。
その最中、確かに叢雨の方を向いて、モヤは言った。
『ありがとおっぱい』
「……ちっ」
叢雨は右手の中指を立て、高く掲げた。
「うるせーよ! さっさと逝けや、クソジジイ……!」
■
ダンゲロスSS5 第1回戦
「乳殺拳は邪拳に含まれますか?」
「ーーいいえ、乳殺拳は愛に含まれます」
<完>