<MC YUZIプロローグ【マニフェスト】>





            ※※※爆発的な歓声※※※
          ※※※床に落ちて蒸発する汗※※※
         ※※※火照ったまま冷めない心の熱※※※
※※※スポットライトに照らされた王のための舞台――キング・オブ・ステージ※※※

『KOH関東予選チャンピオン、MC YUZI! ウイニングラップ、カマせェー!』

           ※※※囃し立てる司会者※※※
         ※※※期待に沸く観客たちの笑顔※※※
         ※※※イカしたビートをかけるDJ※※※
          ※※※ぶっ倒してきた好敵手※※※
           ※※※支えてくれた仲間※※※
     ※※※これから出会うであろうヒップホップなヤツら※※※
           ※※※オヤジと、オフクロ※※※

※※※全ての者たちへのリスペクトを込めて、俺はマイクロフォンを握り締める※※※



『――――――――――――……ッ!!!!!』







 希望崎学園、旧校舎エリアの一角。
 番長グループがたむろするプレハブ小屋――無造作に置かれたソファの上で午睡(ごすい)に耽っていたYUZIは、それを聴いた。
『――視察……お邪魔させていただきたくお願い申し上げる国は……日本です』
「……んが?」

 顔の上に載せていた雑誌を払いのけ、声がした方を向く。
 ダンボールの上――映像端末(タブレット)で再生される、ドレスを着た少女のスピーチ。
 少し前までくつろいで(チルアウト)いたはずの不良生徒たちが、みな一様にそれを見ていた。

「……なんだこれ? 企画モノのビデオ?」
「しっ、今いいとこなんだよ」

 制止する不良たちの顔には、バトルアニメに心躍らせる少年めいた期待感がにじんでいる。
 どうやらこいつはただごとじゃないぞ、とYUZIのヒップホップ嗅覚も告げていた。

『世界の常識を塗り替えるほどに、何かを強く想うことができる。それはこの上なく素敵なことだと、私は思います』

「だれだ、この子」
「エプシロンの王女だよ、知らねーのか?」
「ふーん、今知った」
 YUZIは以前まで、世俗やマスメディアといったものに嫌悪を抱いていた。最近は徐々にアンテナを張るようになってきたが、それでもまだまだ知らないことは多い。
 しかし偏見なく見てみると、この王女サマとやらもなかなか良いことを言っているではないか。

『自分が他の誰でもなく、誇るべき自分自身であると断言するように――自分の能力を、全力で揮える。そんな光景を、いつかこの目で見ることができれば、私の中を流れる日本人の血も、きっと歓喜に震えてしまうのでしょうね』

 と、そこで映像は切り替わり、ニュース番組のスタジオが映し出される。
『この声明を受けた政府は本日、バトル大会【グロリアス・オリュンピア】の開催を宣言しました』
 スーツを着たいかにも真面目そうな男性キャスターが、厳粛にそう読み上げた。

「「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」

 歓声を上げる不良たち。YUZIにもなんとなく、事の次第が分かってきた。
 つまりは、国家公認の天下一武道会が開かれるということだろう。盛り上がる気持ちもわかる。
 男の子なら――あるいは女の子も、いや、ジジイやババアだって、みんな最強が大好きなのだ。YUZIだって同じだった。
 けれど一つだけ、引っ掛かりを覚える。己の中のヒップホップが、それを看過したままではいられなかった。

「……これは狂言(きょうげん)じゃねえ、リアルな挑戦(ちょうせん)情熱(じょうねつ)証明(しょうめい)する俺のウォーゲーム」

 つま先でタン、タンと床板を打ちながら、YUZIは(ライム)を刻んだ。
 あえて言葉にすることで自らを奮い立たせる、清教徒(ピューリタン)祈り(プレイ)めいた音楽屋(ミュージシャン)遊戯(プレイ)
 しん……と静まり返る室内。みなの視線が、YUZIへと向けられていた。

「えーっと、ユージ……つまり、どういうことだぜ?」
「俺もその大会に出るってことだぜ。オーケイ?」
「「「「「「「……うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」

 再び喧騒が爆発し、プレハブ内を熱気が渦巻く。

「マジかよ!」「頑張れよな!!」「絶対優勝しろよ!」「勝って焼肉おごってくれ!!!」
 そんな仲間(マイメン)たちの興奮とは裏腹に、YUZIは口の端を吊り上げてそっと笑んだ。

 彼は知っている。あのKOH関東予選大会のステージで、身をもってそれを体験している。
 人生が光り輝く瞬間とは、どんな時に訪れるのかを。

 あの王女やその周りの人間は、おそらくまだ知らないのだろう。これから知るだろう。

 ただ自分が自分であることを誇る、魂の哲学が既に存在することを。

 それに気づくきっかけは、魔人への劇的な覚醒や、物理的な命のやりとりの先だけにあるとは限らない。
 ほんの小さな一歩さえ踏み出せるなら、誰でもその流儀に(なら)う資格があるということを。

 素晴らしいと感じたものを誰かに伝える欲求。
 それはある種、人間の持つ本能のようなものだ。
 YUZIはただ、それがしたかった。

 世界を塗り替える火種(ヒップホップ)が今、静かに(おこ)りつつあった。
最終更新:2018年02月18日 19:41