SSその1


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 はい、どうも。おはようございます。グロリアス・オリュンピア第1回戦すごかったね。
 豪華客船。あれ、ゴールデンタイムに全国放送されましたよ。超感動巨編ナウオンエア。生放送で。モザイク処理間に合ったの? イエーイセーフセーフ。

(カンペ)

 あ、さすがにね。教育委員会的な何かから都議会に電話が殺到してるってさ、抗議の。そういうのは五賢臣に言ってよね~。知事(ぼく)に言われても困るわぁ。あれさ、うちだけじゃなくて国のプロジェクトだからさ。

 あ、ヤバい。低評価つけないでっ。支持率急落するから。
 うおおおおおおお、20%、19、17、10、9、8……こうなったら思い切って、

「東京都議会解散総選挙します!」

♪(オープニング曲流す)

 と、いうわけで今日のゲストは、GO第1回戦で大活躍ファイヤーラッコさんです。
 ファイヤーラッコさん、選挙出馬は初めて?

「俺が都議会議員になったら、ガス水道電気使用量を100%経費で落とせるように都条例改正するから、バシバシ票くれよな!」

 立派な公約ですね。
 はい、本日のゲストはファイヤーラッコさんでした。都議会チャンネル次回も見てね~。

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◆◆◆


 時は2018年!
 東京都で即公示即投票即開票の暗黒選挙が行なわれ、知事から後援を受けたファイヤーラッコは見事当選。東京都議会議員兼YouTuberのファイアーラッコが爆誕した。それでいいのか。ほんとうにいいのかファイヤーラッコ! なんか、こう、おまえは優勝賞金で機材買うとかそういう目的でGOに参加したんじゃないのか。
 でも就職おめでとう。

「東京都議会議員広報担当YouTuberおじさんのファイヤーラッコでーす。都議会チャンネルでGO第2回戦の激闘を俺視点ライブ配信でお届け予定だからch登録よろしくっ! 広告~、収入~!」

 このあとも引き続き、GO第2回戦の模様をお楽しみください。


◆◆◆


 試合開始前、数日の準備期間を、七月 十は高級ホテルの一室で過ごす。特等席で試合を観戦してほしくて、天元山に住む祖母もこちらへ呼び寄せた。
 だから、いま部屋には七月 十と祖母のふたりだ。

「おばあちゃん、これどう思う?」
 七月 十が祖母に問いかけるのは、テレビ画面に映るGO1回戦各試合の録画について。ふたりは今後戦うことになる相手を事前調査していた。
「このひと、相手の攻撃を全部受け切るのが信条なんだって」
 七月十は、全力で殴っていい相手を求めている。そんな彼女が大隈 サーバルの試合に目を留めるのは運命と言ってよかった。ウキウキする。あのひとと戦ってみたい。

 だが、祖母は難しい表情をする。
「よく見てみな、(カンナ)
 画面は第1回戦古城の録画、最後の一幕。黒いモヤに包まれた女が叫んでいた。慟哭。
 本来の段取りでは、勝利者インタビューが行なわれるはずであった。しかし勝者の怪我の程度が重いのか、そのまま担架で運ばれていく。
「願いを間違えてるやつを相手するのは、難儀するよ」


◆◆◆


 時間を少しさかのぼり、新国立競技場の医務室にて。
 大隈 サーバルは苦しんでいた。1回戦を終え、エプシロン王国特製の秘薬で怪我はすべて治るはずであった。

「怪我は治ったのに。ちょっとこれ、試合前より悪化してない!?」
 フクハラPが叫ぶ。横たわるサーバルに覆い被さる黒いモヤは、上野動物園の隠し部屋で苦しみ喘いでいたときよりさらに濃く、分厚くなっていた。
 サーバルの意識はまばらでまともな受け答えすらできず、呼吸も浅くなっている。

「試合中についた嘘が原因なら、時間経過で薄くなっていってもいい。これはちょっと異常よ。まるで現在進行系で嘘をつき続けてるみたいじゃない!」
 慌てふためくフクハラPを担当医が押し退け、サーバルに酸素マスクなどの呼吸補助器具を装着させる。
 体内で行なわれている生命活動、特に外部からその様子を観測できる”呼吸の動作”が、悪霊の視線によって阻害されているのだ。

「これが能力の効果? これがサーバルちゃんの望み!? アタシは信じないわ!」
 フクハラPの表情が後悔の色に染まる。苦渋の決断を迫られ、絞り出すように言う。
「……GOは棄権しましょう」

「待て、フクハラ」
 そのとき医務室にやってきたのは、連絡を受けて駆けつけた父パンダであった。
「たとえ棄権したとしても、その黒いモヤは晴れないだろう」
 アロハ姿の、父パンダ有給休暇verである。

「弟くんとした、優勝の約束を果たすまで?」
「そうだ」
「でも、サーバルちゃんは1回戦を勝ち抜いて優勝に一歩近づいたはずなのに、黒いモヤは晴れるどころか濃くなったのよ。アタシはサーバルちゃんにこれ以上無茶をしてほしくないの」


「……勝って……ない」
 サーバルが息も途切れ途切れに言葉を吐き出す。呼吸を阻害され、一言発することもつらいだろうに、それだけは主張しなければならないのだと。
「私は届かなかっ……勝ちを譲って……だけ。……強くなって今度こそ、私は……」

「サーバルちゃん、ゆっくり。ゆっくりでいいから」
「フクハラP、約束を、守って……最高の舞台に、連れて…………」
 そうして、今度こそサーバルは意識を失った。


「棄権は許さんぞフクハラ」
「ええ、わかったわ。アタシも覚悟を決める」

「もし、サーバルが戦えないなら、オレが替え玉で出場する」
「……ねぇ、アタシたち、いま、真剣な話をしてるの」
「ダメか。……そうかダメか」
 父パンダは、肩を落とした。





第2回戦SS:闘技場STAGE 『呼吸さえ、許さない』



◆◆◆


 炎を操るYouTuber希望者
 ファイヤーラッコ
 VS
 龍を模した拳法・玉龍拳の継承者
 七月 十
 VS
 獣正拳大隈流の継承者
 大隈 サーバル


◆◆◆


 対戦カードの報告を受けたとき、フェム王女は笑いを堪えきれない自分に気づいた。
「ふふっ……」
 来日期間中に王女が過ごす居室は、安全のため一般人にはその場所が秘匿されている。長距離を一瞬で移動させる魔人能力が存在することを思えば、都内である必要性すらなかった。
 秘密を知る数少ない人間のうちのひとり、五賢臣の男が、王女のこぼす笑みを訝しむ。

 王女は笑顔を隠さない。
「2回戦もまた、面白い組み合わせになりましたね。特に、ふふっ、闘技場などは。ファイヤーラッコさんと七月 十さんと大隈 サーバルさんですか。これは試合がどう転ぼうとも、楽しいことになるに違いありません。ぜひともこの目で見なければ」

 対戦カードの決定に大いに関わった五賢臣の男は、仕事が上手くいったことを喜び、「恐縮です」と頭を下げる。

「そう、この目で見なければならないでしょう。……モニター越しではなく」
「それは、いったいどういう?」

「不躾なお願いなのは承知しております。ですがこの試合、戦闘地形にワープさせるのではなく、新国立競技場、つまりわたくしの目の前で戦う、というふうにしていただくことはできませんか?」 ほら、新国立競技場も観客席に囲まれた円形ステージでしょう、とフェム王女は無邪気に言う。

「そ、それはさすがに警備の観点から少し難しく……」
「フェム様、申し上げますと」 見かねて侍女ピャーチも口をはさむ。 「七月様の全力は地形破壊を伴います。七月様の性格からして、フェム様や観客たちに気を遣い、力を抑えてしまう可能性も」

「そう。そうね。残念ですが諦めましょう」
 引き下がるフェム王女であったが、五賢臣の男にはひとつ代案があった。
「フェム王女、VRという技術をご存知ですか?」


◆◆◆


「新国立競技場が、再び盛り上がる!」 カメラ目線の女性アナウンサーが宣言する。
「グロリアス・オリュンピア第2回戦、闘技場STAGEの試合が、もう間もなくスタートします!」

 新国立競技場には無数の観客。
 中央ステージを撮影する無数のカメラ。
 しかし1回戦と様子が違うのは、観客たちがヘッドマウントディスプレイを装着しているということである。

 ”VRHMD”、現在の価格はひとつ5万円から10万円。それが、5万人の観客全員に貸し出されていた。
 VR技術にいたく感動したフェム王女が、エプシロン王国の名義でそれらを一括購入したのだ。それがグロリアス・オリュンピア、ひいてはエプシロン王国と日本国との交流によってもたらされる巨大な利益のかたちのひとつ。

 王女様を喜ばせるためのショービジネス。指先ひとつ、機嫌ひとつで億単位の金が動く。
 その歯車の中心に、3人の闘士が立つ。

 周囲に撮影用のドローンを飛ばしてはしゃぐファイヤーラッコ。
 冷静なまなざしの、その瞳の奥にわくわくドキドキを隠せない七月 十。
 黒いモヤに纏わり憑かれ、すでにグロッキーな様子の大隈 サーバル。

 三者三様。ステージ上で戦闘地形への転送を待つ。
 観客たちの熱気が最高潮に盛り上がる戦闘開始カウントダウン。

「3!」
「2!」
「1!」 転送!


◆◆◆


 円形闘技場アンフィテアトルム。
 その言葉から想像されるのは、まずローマ・コロッセオであることだろう。しかし今回GO運営が用意したそれは、石造りの遺跡とは違い、より現代的なコンクリートの大建築。直径100m×70mほどの楕円形をした土の舞台の周囲を、さらにグルリと観客席が一周している。建物全体は、口の広いお椀状と言えば良いか、天井は無くひらけており、青い空が見えている。

 一言で表現するなら、サッカー場、あるいは陸上競技場である。

 ワアアアアアアアアと、人々の歓声が響いていた。
 新国立競技場にいた5万人の観客たちの声が、VRHMD付属マイクを通じてこの闘技場にまで届いているのだ。
 この闘技場に、観客の姿や実体はない。声だけの存在だ。ただ、彼らの熱狂は本物だった。彼らのまさに眼の前で、3人の闘士の戦いが始まった。


◆◆◆


「ちょっと待って、待って待って。思ってたより狭くねぇ!?」
 まず最初に中央へ飛び出したのはファイヤーラッコである。持ち込んだ撮影ドローンにチラリと目線をやりつつ主張する。
「他の戦闘地域はふつう1km四方あるじゃん! え、なにここ。100m四方もなくない? しかも完全フラットで隠れる場所ないじゃん。ここで三つ巴しろとか、バッカじゃないの!」

「しかも俺の相手、ゴリラとパンダじゃん!」
 ゴリラの方が、その圧倒的な脚力で空中に飛び上がっている。上空からファイヤーラッコに向かって降り注ぐ流星のようなドロップキック! それをファイヤーラッコが間一髪で躱す。

「GKコール! 三つ巴より、1対1の試合を3回やる総当たりルールがしたいです!」

(神の声)ダメです。

「おーしやるぞ。俺はやるぞ。広告収入が俺を待ってる」
 即座に気分を切り替えたYouTuberファイヤーラッコが、改めて構えを取る。両手から翼をひろげるように火炎を生成し、七月 十の突進を牽制。そして自由自在に跳ね回り、遅れて中央へ進み出た大隈 サーバルの背後へ。

「これが三つ巴戦術、羽交い締め! へいへーい、七月さーん、こいつぶっ飛ばしてくださいよおおお。先にひとり脱落させるとか俺超頭脳プレイじゃないかなブヘラッ」
 両方まとめて漫画みたいにブッ飛ばされたのでラッコは天才博士ではなかった。

「ちょおおお、あぶねぇ。一発で場外負けありえるだろシャレにならねぇ!!」
 一回戦で見せた通り、ファイヤーラッコは火炎生成である程度の空中姿勢制御ができる。七月 十の冗談みたいな拳に吹き飛ばされながらも、場外負けラインギリギリで踏みとどまる。

 中央を見ると、こちらも一回戦で見たような黒いモヤの静止の力で踏みとどまる大隈 サーバルが居て、七月 十と殴り合っている。

 七月 十の拳が振るわれるたび、衝撃と暴風が大気を巻き上げる。
 そんな暴威にさらされながら、大隈 サーバルは立ち続けている。

「やべよあいつら。なんであれ受けられるの。こりゃあ、俺は、状況を整えるのが先だなぁ」
 ファイヤーラッコは中央には近づかず、周囲を旋回しながら火炎生成を維持し、闘技場を火の海へと変えていく。


◆◆◆


 七月 十は、大隈 サーバルと向かい合う。今回の敵は、全力を振るうに値する相手。
「さっきの私の一撃、後ろで羽交い締めにしてたラッコさんへ上手く衝撃を逃したね」
 それが咄嗟にできるサーバルは功夫強者だ。

「1回戦の相手はすごく強かった。2回戦の相手も強くて私は嬉しい。お互い精一杯楽しい勝負をしよう」

 サーバルは無言だ。呼吸も浅い。しかしその視線が闘志を示す。
 七月 十は、全力を出すと多くのものを傷つけてしまう。だがGOには、彼女の全力を受け切ってくれる強者がゴロゴロいる。なんて素晴らしいイベントなのだろうか。

「さぁ、願いを言え! 私の玉龍拳に耐え切ってみせろ」


◆◆◆


 どうしてこんなことになってしまったのか、と大隈 サーバルは思う。七月 十の拳が突き刺さる。
 苦しい。
 痛い。

 黒いモヤの重さが苦しい。こんな重さは背負い切れないはずなのに。
 七月 十の拳が痛い。受けた自分の両腕はボロボロで、すでに拳を握れず棒きれと変わらない。

「願いを言え」と七月 十が叫んでいる。 「私の拳は、どんなクソヤローの願いでもひとつだけ叶えてみせる拳だ」

 それは、大嘘つきの願いも叶えるのだろうか。こんなに真っ黒な私でも?

「私は、強くなりたい」

 それが大隈 サーバルの願いだ。私は勝ちたい。祝福の歓声を浴びたい。
 だってこれまで、他人から与えられる勝ち負けしか得られなかった。ガーデンリーグで戦っていたときも、先日のGO1回戦のときだってそうだ。勝ち取る、という快感を知らなかった。
 勝利が羨ましい。私もそれが欲しい。
 それがあれば、これからもきっと戦い続けられるはずなんだ、と言い聞かせる。

 そうやって心に嘘をつく。

 大隈サーバルを覆う黒いモヤが、より濃くなる。より酷なる枷を嵌める。
 嘘をつかないと逃げ出してしまいそうだった。
 真実を認めてしまえば戦えなくなるとサーバルは思った。

 悪霊は嘘を許さない。
 嘘つきは呼吸すら許さない。

 苦しい。痛い。
 黒いモヤが濃くなるたびにサーバルの動きから精彩が失われていく。七月の視線が失望に曇っていく。
 七月 十が大隈 サーバルに向けるそれも、期待の視線。その意味が反転する。

「私に期待しないでくれ。私にこれ以上、背負わせないでくれよ」
 サーバルは精一杯声を絞り出す。
 苦しい。痛い。そして、期待を裏切ってしまうのがつらかった。


◆◆◆


「おばあちゃんが言ってた。おまえの言葉は嘘ばっかり。おまえの願いは間違ってる」
 そんな願いを叶えるのはまっぴらごめんだ、と七月 十が吠える。
「おまえの本当の願いを言え! そうしてくれないと楽しく戦えないだろ!」

「楽しく戦うってなんなんだ。わからない。私はただ勝ちたいだけ、約束を果たしたいだけだ」

 サーバルの返答を聞き、七月 十が沸騰する。期待は怒りに裏返っていく。
 周囲が熱気に包まれている。

 コォォ、と七月 十は玉龍拳の奥義、龍の呼吸を実践していた。拳に力を込める。

「勝ちたいのも嘘!」 右拳の一撃が突き刺さる。
「強くなりたいのも嘘!」 左拳の一撃が突き刺さる。

 七月 十の踏み込む脚が大地にクレーターをつくる。濃縮ゴリラ67匹分、10トンもの体重が生み出す凶悪な破壊力が地形をめくり上げる。

「そのうえ、戦いたいのも嘘なら、私がその願いを叶えてやる!」

 周囲が熱気に包まれている。
 大隈 サーバルの防御のうえから、七月 十の息もつかせぬ怒濤の連撃が降り注ぐ。
 ボディーブロー、ボディフック。
 七月 十怒りの連撃は、サーバルに呼吸すら許さない!

「クソヤローに躊躇する拳は持ち合わせてない!」

 サーバルは、七月 十の拳が光輝くのを見た。

「玉龍拳奥義・果報! 大願成就!」

「一」!「念」!「一」!……「ッッ殺」!

 周囲が熱気に包まれている。ファイヤーラッコによる攻撃だ! 七月 十は紙一重で火炎を回避する。
 大隈 サーバルは拳の衝撃により吹き飛んでいく。サーバルは意識が遠のくのを自覚する。


◆◆◆


 七月 十は状況判断する。邪魔が入ったが、大隈 サーバルは再起不能にできたはず。少なくとも両腕を完全破壊した感触はあった。確実に命中した。たとえ生き残っていても、戦いたくないという願いを叶えたのだから立ち上がっては来ないだろう。もし、そうでないなら……

 周囲が熱気に包まれている。
 火の海である。
 意識を、ファイヤーラッコに振り分ける。

「七月 十、マジやばいだろ、そのゴリラっぷり。でも、俺にそれは当たらないぞ!」
 いつの間にかファイヤーラッコの姿が見当たらない。
 炎の壁ができており、視界を遮っている! ラッコはこれを狙っていた!

「こんな大量に火炎生成使えるなんて、都議会議員最高だな。でもおかしいな。都議会議員になったのに来月のガス代がめっちゃ心配なんだけど。ヤバ……。経費だろ。100%経費だろ! 待てよ! ガス代がめっちゃ心配なんですけど! 再びGKコーール!」

特殊能力『ファイヤーラッコ』
 ファイヤーラッコは、炎を操るラッコめいた男だ!
 ただし、火炎生成を使うほどにガスの利用料金が心配になるぞ!

(神の声)仕様です

「クソおおおおおお」
 ファイヤーラッコが虚空に向かって叫んでいる。叫ぶので位置が丸わかりだ。
 七月 十は炎の壁を突き抜けて、ファイヤーラッコに殴りかかる。

「ウッソだぁ、俺、都知事に騙されたじゃん。許さねぇ、都議会議員なんて辞めてやる!」
 そうですね。そうしたほうがいいと思います。

「俺は、俺は有名YouTuberになるんだ。こんなところで負けられねぇ!」
 そう叫ぶファイヤーラッコの肉体に、七月 十の拳が突き刺さる! だが何事もなく突き抜ける! それは、幻影だ。蜃気楼とかそういうやつだ。火炎の熱気が蜃気楼を生み出している! 納得の戦法!

「暑っつ……」
 七月 十の額に汗が流れる。しかも、喉がだんだんヒリヒリしてきた。拳圧で炎を消せるか試してみたが、ひと区画かき消したところで、もはや焼け石に水! 火の勢いは収まらない。

「ソイヤ! ソイヤ! 炎追加だ!」
 陽炎と共に背後からファイヤーラッコが突如現れ、火炎生成。広範囲に撒き散らされた炎を回避しきれず、七月 十の服に引火! スカートの裾が焦げる! 胸元に火の粉で穴が開く!

「ああ! 私のお気に入りが!!」
 カンカン帽と中華衣装風のワンピースにスカート姿という、七月 十のトレードマークとも言える衣装が、これでは中破状態だ。炎の勢いをこのまま黙って見過ごせば大破してしまう!

「広告~、収入~!」
 なんということでしょう。ファイヤーラッコの持ち込んだ撮影ドローンが七月 十を取り囲み、無慈悲な赤い撮影中ランプを灯しているではないか! 大切な男の子に自分の戦う姿を見てもらいたい、という参戦動機を持つ七月 十にとってクリティカル大ダメージを与える戦法! 広告収入と一挙両得。すごいぞファイヤーラッコ!


 炎が振り撒くススと熱気が、七月 十の喉を焦がす。肺を焦がす。酸素を焦がす!
 相手に呼吸すら許さない火炎攻撃! これでは玉龍拳奥義、龍の息吹も使えない。

「ヤァアアアアア、ハァアアアアアッッ……!!」
 このままではマズイ。そう判断した七月 十が選択したのは、地面! 大地に全力の拳を突き立てる!
 地形すら激変させる、破壊の一撃。この闘技場の地面は土。拳の接地点から半径30mもの範囲が陥没しクレーターとなる。大地から巻き上げられた土と砂が雨のように降り注ぐ。

 一時的にだが、七月 十の周囲から炎がかき消える。
 そして、陥没に足を取られて転倒したファイヤーラッコの姿が見える。
 服の大破を防ぐなら、早期決着しかないぞ七月 十。行け! いやらしい視線からお肌を守り抜け!


◆◆◆


 炎に身を焼かれながら、大隈 サーバルは倒れ伏す。意識を保てない。
 自分がいまどこにいるのかもわからない。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

(勝ちたいのも嘘)
 その通りだ。それは周囲からの期待だ。サーバルの心からの願いではない。

(強くなりたいのも嘘)
 その通りだ。獣正拳を修める幼き日々の記憶がよみがえる。強くなるとは苦しいこと。

(戦いたいのも嘘)
 その通りだ。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。殴り合うのも、血を流すのもつらかった。 

 周囲のひとたちが、サーバルに期待した。
 たくさん勝ってね、優勝してね、と弟が願った。
 強くなるしかないんだと、と父が願った。
 今日も頑張って戦ってね、とフクハラが願った。

 たくさんの”期待の視線”があった。
 大衆の視線(マスストーカー)
 重さの視線(マスストーカー)だ。

 でも、それらはサーバルに期待して、願うだけで。誰も彼女の気持ちを聞かなかった!
 願われるばかりで、サーバルの気持ちは澱の底に沈んだまま、誰も見向きしなかった!
 最初から嘘だらけ。
 こうして他人から嘘を突きつけられただけで折れてしまう、儚きもの。

 身体よ動けと、嘘を重ねる。心のなかのもうひとりの自分がそれは嘘だと断罪する。
 勝ちたいなんて嘘だ。強くなりたいなんて嘘だ。戦いたいなんて嘘だ。

 約束なんて嘘だ。
 守れるはずがなかった。優勝なんて。最初からシナリオは決まっていたのに。


「ねぇ、なぜこの病室には誰もいないの?」
 それはね、ここにいた誰かは、もう死んじゃったからさ。

「ねぇ、死んでしまったら、そのあとどこへいくの?」
 それは、ここ。ここさ。私の肩のうえ。死んだものの気持ちは、生者がその背に負うのさ。

 期待の視線と化した背後霊。
 私には、その重さを背負い切れなかったみたいだ。


サーバルちゃん!!
 聞き慣れた声がする。

さぁ、立ち上がってサーバルちゃん!! 大勢のファンがあなたを見てるわ!! みんなあなたの戦う姿に期待してる。いまこそ立ち上がって、華麗に勝利を示すときよ!

 試合中のはずだ。
 なぜ、その声が聞こえるのだろうか。

「サーバルちゃん!」
 私を呼ぶ声が聞こえる。だから……


◆◆◆


 立ち上がった。
 完全に無意識の動作。
 身体に染み付いてしまった反射行動。ルーチンワーク。
 ショーファイターとしての才能。呼ぶ声がある限り、立ち続けるということ。

 ワアアアアアアアアアアアアアアア、と。5万人のざわめき、歓声が聞こえる。
 姿は見えなくても、観客たちは確かにそこにいた。
 期待の視線が確かにそこにあって、大隈 サーバルに注がれている!


 サーバルの両腕は動かない。完全に使い物にならなくなっていた。
 ニットセーターは燃え落ち、ジーンズは煤けていた。

 だけど身体が軽くなったような気がする。
 ひさしぶりに濃い空気を吸っている気がする。


 大隈 サーバルの身体に、黒いモヤはかかっていない。

 背後霊が消えてしまったわけではなかった。悪霊はまだ彼女の背後に確かに存在している。
 だがその視線はサーバルではなく、誰もいない観客席の一点へと向かっている!

 観客席。サーバルを呼ぶ謎の声。
 この異常な事態を引き起こした心当たりが、ひとりだけいる。

あの嘘つき野郎!! 手出ししないって言ったのに!! 約束を破ったなフクハラP!!」

 すべてを察した次の瞬間には、サーバルは凶悪な笑顔で駆け出している。
 闘技場の中央、今なお続いているファイヤーラッコと七月 十の攻防のなかへ。
 このチャンスを無駄にしてはならないと、一直線に。


◆◆◆


 サーバルが行なったのは、ただの走り幅跳びである。それは高さ10m、距離は50mを越える大ジャンプ。
 まるで目で追い切れぬ超スピードでも発揮したかのような素早さで、ファイヤーラッコの死角からその頭部を思いっきり蹴り飛ばす!

「いきなり、なんでさああぁぁぁぁぁ……」
 位置的に七月 十よりファイヤーラッコの方が近かったからという理由で、彼は衝撃のまま漫画のように吹き飛ばされていく! 完全なる不意打ち。意識外からの攻撃だ。その絶叫は画面外フェードアウト!!


 そしてサーバルは即座に残るもうひとり、七月 十と相対する。
 立ち上がったサーバルを目にした七月 十は、目をまんまるく見開き、笑顔だ。

 七月 十の全力を拳を受けて、まだ立ち上がる。
 それが意味することは、サーバルの真の願いが、戦いのなかにこそあるということ。
 大隈 サーバルが、七月 十の欲する”楽しい戦い”に相応しいファイターであるということ。

「サーバルさんの願いは、”戦いたくない”、なんかじゃなかった」

 七月 十が拳を構える。だが、先手を取ったのはまさかのサーバルだ。 「そんなことないさ」 と、七月 十の言葉に応えるサーバルは、すでに七月 十の真横に回り込んでいる。
 超スピードだ。

 サーバルの腕は動かない。脚技を中心に構成し、攻め立てる。
 右脚回し蹴り。それを戻すことなく振り切り、軸足を変え、飛び上がっての、左脚後ろ回し蹴り。

「私はやっぱり嘘つきだからさ。ホントは戦いたくなんてないのに、こんなことしてるんだ」

 サーバルの連撃は止まらない。

「勝ちたいなんて嘘。強くなりたいなんて嘘。戦いたいなんて嘘さ」

 七月 十が受けに回る。サーバルの蹴り、ひとつひとつが重い。
 あの功夫強者、七月 十がジリジリと後退を余儀なくされる。

「でも、期待には応えたいんだ。そういうことなんだ。それが私の気持ちだった」


◆◆◆


 幼いころ、父とふたりで向かい合う、修行の日々。
 父の道場からひとが去り、いつか忘れ去られるのだとしても。父は、偉大なのだと言いたかった。
 苦しいのは嫌。痛いのも嫌だけど。どうしても父の技を受け継ぎたかった。
 期待に応えたかった。それがどれだけ難しく、重い愛であっても。


 ガーデンリーグでの戦いの日々が始まり、多くの観客たちの期待が降り積もった。
 勝ち負けひとつで巨大な金が動くのを身近に感じていた。
 とても、ひとひとりが背負い切れるような重圧じゃなかった。
 でも、私だって夢を見た。フクハラPが言うように、大勢の期待に応えるのは素敵なことなのだと信じていた。
 だから、逃げ出すことだけはしなかった。期待の重圧に耐え続けた。


 弟と交わした取り返しのつかない約束。
 優勝するだなんて、出来もしない約束。でも、無理だなんて言いたくなかった。
 落ち込む弟の顔なんて見たくなかった。
 その純粋な期待を、裏切りたくなかった。最初から嘘だとわかっていて、その罪を自分から背負った!


 魔人能力『期待の視線(マスストーカー)』。大隈 サーバルの、”嘘つきは重い罪”だという認識が具現化した力。
 一番の大嘘つきである自分自身を苛む枷にしかならない能力。
 期待なんて、願いなんて、重くて重くて背負い切れないけど。
 もしも背負えるのなら、と願わずにはいられない。
 私は、その期待の視線の重さを背負える自分になりたかった。だから……


◆◆◆


「私は、変わりたい。それが私の、願いだ!!」
 大隈 サーバルは、真実の願いを告げる。その言葉に、一点も嘘偽りはない。

「そうだよ。そうこなくちゃ。私が全力で殴る相手は、こういうひとが一番いい!」
 サーバルの蹴りに、七月 十は拳で返す!
 衝撃が対消滅する。

 龍を模した拳法、玉龍拳の継承者である七月 十の超高密度の筋骨重量は、およそ10トン。上級戦闘魔人の肉体ですら軽く吹き飛ばす規格外の怪物。だのに衝撃の対消滅が起きる!
 大隈 サーバルの肉体に、いったい何が起きたというのか。


 龍の力に対抗するには、龍の力!
 獣正拳大隈流大熊猫の型・龍気(たつき)


 ひと昔前、人々に愛されたアクション映画シリーズがあった。
 おデブなパンダがカンフーを極めるべく奮闘する、コミカルで、でも重厚な筋書きの物語だ。
 その作品では、カンフーを極めたパンダは龍の戦士と称賛され、受け入れられた。

 でもそれは映画のなかだけ話だ。
 大隈サーバルは獣正拳大隈流奥義・龍気(たつき)の正体を知り得ない。

 だがもし、動物のようなしなやかで強靭な肉体を追い求める功夫の流派に、龍を模した型が存在するならば!
 同じく龍を模した拳法、七月流・玉龍拳と同じ結論に達したとしてもおかしくない!

 すなわち、規格外の高密度筋繊維の獲得。
 しかし、いつそんな修行を!?

 その理由こそ、魔人能力『期待の視線(マスストーカー)
 重さを背負える自分に変わりたいという、大隈 サーバルの願いによってかたち作られた魔人能力。
 その”効果”は、自分自身に枷を嵌めること。

 嘘をついたら叱ってくれる、間違っていたら正してくれる、優しくて厳しい導き手。
 期待を裏切れば罰が下り、期待に応えれば祝福を与える悪霊にして精霊。
 サーバルを縛り付ける重い足枷であり、鍛え上げるトレーニングツール。

 呼吸すら許さない厳しさは、例えるなら低酸素の高地修行!

 七月 十は、そんなサーバルの望みを叶えてしまった。
期待の視線(マスストーカー)』によって鍛えられたサーバルの筋骨重量は、いまや1トンに届く。七月 十の10分の1ではあるが、確かにいまサーバルは、七月 十と同じステージに立っている。


「すごい。すごいよ! 私の拳を受けられるひとに出会えるなんて、やっぱりGOは最高のイベントだ。5時間制限なんてもったいない。もっともっと戦おうサーバルさん。この試合が終わっても、また一緒に戦おう」

 七月 十が告げる。
「私がこの大会に優勝したら、フェム王女様に、第二回グロリアス・オリュンピア開催をお願いする!」

 ふたりの視線が交じりあう。お互いが、お互いだけを見る。
「だから、この試合も負けられない!」
「ああ、私も負けられない。期待に応えられる自分になるために、優勝をこの手で勝ち取る」

 そうして向かい合い、名乗り合う。
「玉龍拳継承者、七月 十! 私の拳は山をも砕く! この全力の拳に耐え切ってみせろ!」
「獣正拳大隈流継承者、大隈 サーバルが、その力を受け切ってやるよ!」

 七月 十の拳が光り輝く。
 それが、彼女の全力の証!

「玉龍拳奥義・果報! 大願成就!」
「忘れてるようだけれど、私は大嘘つきだし」

「一」! 「念」! 「一」! 「殺」!
「この勝負は三つ巴なんだよな」


 七月 十の全力の拳が突き出される。
「ウオオオオオオオオ、5億円欲しいでええええええええすっっ!!」
 しぶとく生き残っていたファイヤーラッコが突然飛び出してきて、拳をインターセプト! 七月 十の魔人能力をその身に受ける! もちろんファイヤーラッコには耐えられない! ラッコ死亡脱落!
 5億円という、大量の紙幣が闘技場に舞い踊る!

「あ、あれ!?」
 戸惑う七月 十の、その隙をサーバルは見逃さない。
 身体よ動けと、嘘を重ねる。その嘘を咎めるものはどこにもない。

 サーバルの姿がかき消える。
 まるで目で追い切れぬ超スピードでも発揮したかのような素早さ。
 まるで、ではない。事実そうなのだ。
 黒いモヤがなければ、大隈 サーバルはそのスピードで動ける!

 サーバルは超スピードで七月 十に組みついた。
 空中側転の勢いで身体を上下反転させた両足カニバサミで、だ!

 両足で、七月 十の首を極める。
 そして側転回転慣性と、遠心力により、アクロバティックに投げ飛ばす。

 七月 十の身体が、闘技場の観客席へと突き刺さる。
 闘技場という真剣勝負の場において、そこは舞台の外側。戦闘領域外!


◆◆◆


 試合決着。
 グロリアス・オリュンピア第2回戦。
 闘技場STAGE

 炎を操るYouTuber希望者
 ファイヤーラッコ
 VS
 龍を模した拳法・玉龍拳の継承者
 七月 十
 VS
 獣正拳大隈流の継承者
 大隈 サーバル


 勝者、大隈 サーバル


◆◆◆


 周囲が歓声に包まれている。 サーバルの勝利を祝う、祝福の声だ。
 大隈 サーバルは、新国立競技場のステージに戻ってきた。
 勝者として。

 中央ステージに立ち尽くすサーバルは満身創痍だ。
 両腕は完全に破壊されており、失血死の危険すらあった。

「サーバルちゃん!」
 フクハラPが駆け寄る。その姿を悪霊が見つめている。フクハラPの顔が黒いモヤに包まれる。

「ごめんなさいサーバルちゃん。アタシ、手は出さないつもりだったんだけれど、思わず口が出ちゃったわ」
「……この嘘つき野郎。約束を破るやつは許さないからな!」
 声は怒気に満ちているが、その表情には笑顔がある。

「うん。でも、ありがとう」
 サーバルは、周囲を見渡す。5万人の観客が自分を見ている。
「化粧、ちょっとは意味あったな」
 そういうサーバルの表情が、また少しずつ黒いモヤに覆われていく。それに応じるように、フクハラPを包んでいた黒いモヤが薄れていく。ふたりのうち、どちらがより重い嘘つきか、証明するように。

 大隈 サーバルを包む黒いモヤが晴れるとするなら、それは優勝の約束を果たしたとき。

「私、勝ったよ」

 悪霊は、サーバルの涙を隠さない。


『呼吸さえ、許さない』END
最終更新:2018年03月26日 01:03