◆◆◆◆
転送前にあれほどいた観客達はいない。
大隈サーバルは周囲を見渡す。
彼女が立つのはアリーナ。それを取り囲む大理石の建造物。
ここはローマの円形闘技場。コロッセオだ。
(観客達はモニターを通してこの試合を見ているのだろう)
「見せつける。私の勝利を」
大隈サーバルは呟き、そして目の前に並び立つ二人の闘士を見た。
一人は獣の頭をした男、ファイヤーラッコ。
もう一人はカンカン帽を被った中華風民族衣装を纏った少女、七月十。
自分は、ジーンズ、キャミソ、ニットセーターのアーバンスタイルの女、大隈サーバル。
一対一対一。これは三つ巴の戦いだ。三つ巴には三つ巴の戦い方がある。
試合開始のゴングはもう鳴っている。
臨戦態勢に移るべく、大隈サーバルは両腕を高く掲げ、片足を上げる。
選択したのは抽象的で捕らえどころのない構え。力に抗するのではなく、先の後を取るための防御の型。
それは父に教わった、大隈流大熊猫の型。
大隈サーバルの構えに呼応するように、七月十が拳を構える。
三者の距離は離れている。それぞれ目測でおよそ13歩。攻撃は届かないだろう。
全員がにらみ合う中、七月十は口を開いた。
「…お前達の願いを言え」
「勝利こそ私の願い。それ以外に求めるものはない」
サーバルは決然と答えた。
瞬間————大隈サーバルの体を黒いモヤが覆う。
能力発動「期待の視線」。嘘つきに取り憑き、動きを重くする悪霊。
能力の対象は彼女とて例外ではない。むしろそれが彼女を苛むのだ。
勝利。勝利が欲しい。だが、それが自分の本心でないことは、その言葉を初めて口にした時からとうに分かっていた。
(慌てるな。動きが遅い、体が重いことはデメリットじゃない)
父の言葉を思い出す。ここまでは全て当初の予想から外れていない。
自滅しそうになるサーバルを、ラッコと七月十が心配そうな目で見つめる。
「七月十。私の願いは弟の蘇生なんだ。」
そう答えながら、サーバルは一人で考える。七月十の能力を知った時からずっと考えていた。
おそらく最終的に、自分の本当の願いはそれになるのだろう。
願いを叶える。そんな奇跡が叶うなら、願うことなど人の命以外にありえない。
しかし、だからこそ。
「ならば俺も言っておこう。俺の願いはユーチューバーになり、楽して収入を得ることだ。」
ファイヤーラッコが割り込むが、これを積極的に無視して、サーバルは自分の発言を続ける。
「死んだマーゲイは大切な弟だった。その弟に優勝を約束していてね。だから一人の姉として、お前に殴られるわけにはいかない、というのが私の願いさ」
次の瞬間、七月十が飛びかかる。同意の代わりに拳を交えようというつもりだ。
だが、その拳は意外にもファイヤーラッコが食い止める。
ファイヤーラッコは両腕を十字に構え、七月十の拳を受けていた。山を砕く拳を受け止めるほどの、野生動物の筋力!
「さっきから勝手に話を進められても困るんですけど。これは三つ巴なんだぜ」
サーバルを包む黒いモヤ…悪霊がラッコに視線を送る。だが、ラッコに異変はない。表裏のない正直な発言に、「期待の視線」は発動しない。
ラッコを挟んで、七月十とサーバルの視線が交錯する。
「すごいね。弟のために戦うんだ。なら私も手加減はしない」
(違う。結局、私は自分のために戦っているのに)
ラッコを挟み、視線が交錯する。
七月十が構えを変えた。姿がおぼろげになり、体が67体のゴリラに分裂する。
「玉龍拳奥義、ゴリラ拳。」
サーバルはこの技を既に知っている。第1回戦の試合映像で七月十が見せたフィニッシュブロー。
その正体は、ゴリラ67体に幻視するほどの67連撃だ。
まさか、構えただけでゴリラに分裂するとは。
七月十も全力でサーバルの弟を復活させるつもりなのだと、サーバル自身が自覚した。
強さは想定以上だ。だが、焦る必要はない。
(試合映像は見た。奴は稚拙なリップサービスを好む)
次の七月十の発言を待つ。サーバルが動かない限り、必ず七月十は次の言葉を放つ。
「かかって来いよ。戦おう、二人まとめて願いを叶えてやる」
「えっ俺も叶えてくれるのか!?すごい!」
七月十の太っ腹にラッコが歓喜する!すごい!そう、とてもすごい!
すごい、すごーい!
「私に期待するな」
(私が七月十に願ったのは、あくまで"この試合での勝利")
そうだ。何もすごくない。サーバルの体を包む黒い悪霊がゴリラの群れに視線を送る。
瞬間、ゴリラの群れが黒いモヤに包まれる。「期待の視線」発動。
サーバルは確信する。七月十は…サーバルの願いを叶える気はない!!
(やはりだ。七月十が"私の勝利"を願うはずがない。言葉にすれば、それは嘘となる)
サーバルの勝ちたいという願いを跳ね除け、彼女の心の奥底の願望、弟を復活させたい思いに掛けるつもりだ。
なんにしろ、これでもう七月十は動けない。ただの一箇所に集まったゴリラの群れだ。ウホウホ。
「いわばこれは、お前がマーゲイを復活させるか、私が勝利するかの駆け引き。七月十、お前なんかに私の弟は復活させない」
自らの発言を受け、黒いモヤはさらにサーバルを包む。七月十だけではない。サーバルもまた自らの能力の影響下にある。
だが、そんな中で能力の影響を受けていないラッコが一匹。
策は成った。
「目指せ不労所得っ」
ラッコ特有の甲高い鳴き声を上げながら、サーバルを無視して七月十に殴りかかる。その両拳は炎に包まれていた。彼は火炎系のラッコだ。
衝突する。爆炎、、、煙の中から、ラッコとゴリラの群れが姿を現した。
だが、さすがの七月十の筋力。ゴリラ67体のどれひとつとして傷を負っていない。
サーバルは知っている。筋力の前には炎など跳ね除けられると。
「俺はファイヤーラッコ!」
彼はファイヤーラッコ!
「私は七月十!」
彼女は七月十!
挨拶を交わすと、七月十のゴリラがファイヤーラッコの胴体を殴る。しかし、ラッコもまたダメージを負わない。むしろラッコの着ていた服が炎に変化していく。自らの炎を衣服に見せるほどの…火炎系能力者!
最近は火炎系能力者は炎を衣服のように変形させて着こなすのだ。
(口裏は既に合わせてある。それだけではない。私とラッコは、既に組んで戦っている)
安全圏いるサーバルを遠巻きに、ラッコの炎がゴリラ達 67体を包む!「ウホウホ」「ウホ」ゴリラの幻影達は呻き苦しむ!
「七月十、お前みたいな危険人物を一人で相手するわけないだろ。これは三つ巴だぜ?俺たちは事前にタッグを組んでいたんだよ」
ラッコが笑う。サーバルとラッコは、既にタッグを組んでいた。
二対六十七。一見不可思議に思えるが、数の上ではサーバルとラッコが圧倒的優位。これが三つ巴だ。
計算づくで作り出した好機。これを逃す手はない。
サーバルは黒い悪霊に取り憑かれ動けない状態で、ゆっくりと地を踏み鳴らす。
震脚。
「動きが遅い、体が重いことはデメリットじゃない。私は龍気を感得することが得意なフレンズなんだよ」
サーバルの足元が割れ、大地から白い人影が姿を現した。
「大隈流大熊猫の型・龍気」
龍気、感得。
七月十が驚きを口にしようとするが、高音の炎の中では不可能だ。
「龍気、感得」
震脚を極めることで至る武の境地。それはサーバルに取り憑く悪霊と対を成すかのような。白色の幻影。
「私はこの"1年間"で既に龍気を感得していたんだよ」
龍気を感得するためだけに費やした1年間。
求めるものは勝利。そのためなら手段は選ばない。
続いてサーバルは腰に帯びていた銃を龍気感得に手渡す。
勝つためには手段を選ばない。そのためなら龍気感得に銃すらも握らせる。
武の境地に至ったことで得た、龍気感得が握るごくありふれた普通の銃弾が…ゴリラの群れに炸裂した!
◇◇◇◇
時は遡る。
第2回戦開始より5日前。大隈サーバルは対戦相手を自らの隠れ家へと招いた。
「私はユーチューバーになるんだ」
サーバルは言い切った。
第1回戦で勝利の美酒を味わったサーバルは、手段を選ばない行動に出た。予め、対戦相手の一人を味方につける作戦に出たのだ。
まずは甘言で惑わす。ラッコの人となりは既に調べてある。このラッコ、実はユーチューバーを目指しているのだ。ならばそれを餌にするのみ。
「私は2回戦にむけての修行風景をユーチューブに流すつもりだ。そこで君に提案がある。第二回戦、私と共闘しろ。ラッコ」
「えっマジで」
寝耳に水といった表情で、ラッコは驚いていた。食いつきは良い。
「第一回戦の試合を見たが、七月十はマトモに戦って勝てる相手では無い。一人では奴に及ばない。」
相手はゴリラに分裂して敵を倒すほどの力量。ゴリラ67体にボコられて生きている者などいない。
共通敵の脅威を煽り、危機感を募らせる。
ラッコは周囲を見渡していた。動物園の檻の中にいるのは初めてなのだろう。近くにいるのは全員が大隈サーバルの協力者達。
フクハラP。父のパンダ。そして…林健四郎。
ラッコはしばし思案したが、やがて結論を出した。
「いいぜ。俺は楽をしたいだけだ。そのためならお前とも協力しよう。具体的な作戦はあるのか?」
「今の私には龍気がある。一年で、これを完成させる。」
龍気、震脚。震脚を極めた先にある武の境地。
それは同じ大隈流である父ですら至っていない、龍気、感得だった。
「ちょっと待て。一年!?長くない?一年も修行すんの?」
ラッコの疑問に、フクハラPが解説を入れる。
「ここに第1回戦でサーバルちゃんが倒した林ケンシロウおじいさんも連れてきてるワ。彼の能力「精神と時と野菜の部屋」は1秒で1年間の修行が出来るの。野菜空間で、三人で修行するのよ。七月十を倒せるレベルまで。その修行風景をユーチューブに流す」
「よろしく」
林健四郎おじいさんが元気よく挨拶しました。
(勝つためにはなんでもする。今度こそ完全なる勝利を得る。他人の命だって掛けてやる。)
「そいつは第一回戦の対戦相手だろ?本当に味方になってくれる保証なんてないだろ」
「安心せい。儂は既に負けておる。いまさら勝者に手を出すはずがない。むしろ儂はたつき感得を見たいのじゃ。だから協力する。ラッコにも一年間の食事と機材を提供してやる」
「ただ飯!?」
目先の欲にラッコが食いついた。彼はこういう感じで釣った方が早いかもしれないとサーバルは感得した。
「もちろん七月十はユーチューブに気づく。奴とて暗殺家系。見逃すほど間抜けではない。じゃが、与える情報は取捨選択する。ラッコの姿も映像に流さない。共闘戦以外にも情報戦がある。これが三つ巴だ」
「待てよ。なら条件がある。俺は楽をしたいラッコ。一年間も修行をするつもりはない」
ラッコは楽して金を得たいだけだ。もちろん、サーバルとてラッコ的モチベーションの低さは想定済み。
しかし、ラッコの身勝手な態度を、サーバルの父のパンダは気に入らなかったようだった。
「なんだと」
「アンタらは黙ってろよ」
何か言おうとしたサーバルの父のパンダを、ラッコは言葉で制した。
「大隈サーバル。お前は随分と周囲にお膳立てしてもらってるんだな?今まで自分で何かを成し遂げたことはあるか?」
「あなたは知らないだろうけど、この子はウチのスターなのよ」
フクハラPが反論する。
「ただ周りの大人の指示に従っただけじゃないか」
「{私は…勝ちたいんだ。勝つためならなんでもする}」
答えたサーバルの周囲を黒いモヤが包む。サーバルは嘘をついている。だが、ラッコはなんの影響もない。嘘つきではないからだ。
(確かに、ラッコの言うことにも一理あるのかもしれない。)
サーバルは考える。今の自分に本当に必要なのは何か。
「今のお前に一番必要なのは…不労所得だ。不労所得を得て、経済的に自立するんだ。それが精神的な自立にもつながるんじゃないのか?」
「不労所得」
不労所得。ラッコが不意に口にした不思議と甘美なその響きが、サーバルの脳内に爽やかな鈴の音のように響き渡った。
(すごい。不労所得ってすごいね。今まで考えもしなかった。そもそも不労所得ってなんだろう。)
サーバルは…不労所得の虜になった。
「サーバル、なろうぜ!ユーチューバーに!」
ラッコが手を差し伸べる。サーバルは迷わずその手を取った。
「ああ。私はお前のようなバカになることを願っていたのかもしれないな」
いつの間にか、サーバルから黒いモヤが消えていた。
(勝つためには手段を選ばない。そのためならユーチューバーにだってなってやる。)
こうしてサーバルとラッコは精神と時と野菜の部屋でユーチューバーになり…1年間を1秒に短縮した圧倒的動画アップにより、龍気を感得したのだ。
サーバルが目指すのは、ユーチューバーになって…10万再生を突破!!
◆◆◆◆
舞台は第2試合会場、コロッセオに立ち戻る。
5日間で1年以上という矛盾した修行を積んだラッコは、ユーチューバーとして歩み始めた自分自身を振り返りながら、第2試合の趨勢を見守っていた。
(やはり、龍気感得は違うな)
銃弾は強い。いかに魔人といえども、銃弾という圧倒的な殺意の前には無力だ。
鈍重なゴリラ67体七月十は、ウホウホと鳴くよりも前に銃弾に貫かれるだろう。
(だが、俺の理想としてはサーバルも相当のダメージを負うこと。ともに1年修行した仲間だが、今は敵。協力するのはあくまで七月十を倒すまで。)
「コォォォオ」
その時、龍気感得が銃を撃とうとしたのと同時に、七月十が一呼吸した。
いや、正確には、火炎に包まれるゴリラの群れの中から確かな少女の息遣いが、ラッコの耳に届いたのだ。
「ぷぅっ!」
肺活量。尋常ならざるただの呼吸が、弾丸にぶち当たる。押し戻され、龍気感得の手に突き刺さる弾丸。
同時に、あまりにも強い息は、ゴリラの群れを覆っていた炎を掻き消す。
「玉龍拳奥義、龍の息吹」
「おいおいおい」
(ダメだ。規格外…過ぎる!!)
即座にラッコは絶望感に襲われた。彼はただ楽をしたいだけで、元よりゴリラの群れに挑むような気概はない。今回はたまたま、サーバルが手伝ってくれると言ったからユーチューバーになっただけだ。
鈍重なゴリラの群れが…ラッコを襲う!かと思われた。
だが、ゴリラの群れの動きが遅い。黒いモヤが纏わりつき、まさにゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ。
(そうだ、当たり前だ。今の七月十は「期待の視線」でマトモに動けないではないか)
「千載一遇のチャンス!」
ラッコは筋肉防御を最大限に発揮し、壁の如き隆々たる体格に変化した。火炎を跳ね除けるほどの筋肉があるからこそ可能な…力技だ!
「ちくしょう…楽に勝つには…サーバルが願いを叶えられて、なおかつ七月十が倒される相討ちが理想系だったんだがな。」
(林のじいさん。今頃なにしてるのかな…)
「今だっやれっ!」
ラッコが背後のサーバルに視線を送る。
サーバルは黒い悪霊に覆われ、白い龍気感得に支えられていた。
もうサーバルは、いかにも誰かに助けて欲しそうな、1年間の獣の表情ではない。あの顔がラッコの同情を誘ったのも事実だが、今のサーバルは真っ直ぐな眼をしていた。
「私は勝ちたい。なぜなら弟のために負けたなんて、姉として思われなくたいから。私が使うのは父の技。だが…今の私はユーチューバーだ!」
悪霊とたつき感得がサーバルの肩を持つ。
「行こう。みんな」
サーバルとたつき監督と悪霊の姿が重なる。
三位一体。震脚ピストル弾。
あらゆる獣の命を刈り取る死神(フレンズ)、白と黒の混在したサーバルは、大熊猫のような渾然一体とした姿に変化した。
「三位一体震脚ピストル弾」
ラッコの姿が死角となり、三位一体震脚ピストル弾を放つ。
魔人能力と武の極致がその身に宿った姿から放たれるごく普通の弾丸。あらゆる拳や蹴りよりもよほど殺傷力が高い。
ラッコの姿が影となり、七月十には弾丸の死線を捉えられない。
「私は嘘つきだ」
弾丸よりも速いスピードで、七月十が呟くのをラッコは耳にした。
七月十は嘘つきだ。その言葉は、七月十が正直者であることを意味し————
「!?」
刹那の交錯。ファイヤーラッコはゴリラの群れを覆っていた黒いモヤが消失していることに気がつく。
(嘘つきの…パラドックス!?えっそんなんありなの)
嘘つきのパラドックス。「私は嘘つき」その言葉は、発言者が正直者であり、嘘つきではないという矛盾を表す。
期待の視線を送るだけの悪霊には、この矛盾を解決する答えは持ち得ない。
システムエラー、悪霊が行動不能に陥る。七月十からモヤが消えている。
「あのさぁ、試合中に、ウダウダ考えてるみたいだけど」
ラッコの視界から、ゴリラの群れが消えている。
ラッコの視界から、七月十が消えている。
「もっと早く行動を起こすべきだったね」
これまでの稚拙なスピードが夢のように、ラッコが振り返った時には、大隈サーバルはゴリラの群れに突撃されていた。
速度で負ける。大隈サーバルは、コロッセオの大理石の壁に埋まった。
(サーバル場外!!)
七月十の拳が、光り輝いている!
「玉龍拳奥義、果報大願成就一念一殺。こいつの願いは叶えたぜ。さあ、お前の願いを言え」
ラッコには七月十の好戦的な笑みが悪魔のように見えていた。
大隈サーバルの願いが、叶えられてしまった!!
サーバルの弟が生き返った!これでもう、戦いへのモチベーションを失ったサーバルは戦えない。
大隈サーバル、脱落————!?
試合場に残っているのは、僅かに黒い悪霊と龍気感得だけだ。
(えっあれ?悪霊と龍気感得残ってんの?)
サーバルはギリギリで踏みとどまっている。悪霊と龍気感得が試合場に残っている。サーバルはまだ生きている。未だ闘志を失っていない。
生きて喰らい付いている。獲物は逃さない獣の眼をサーバルは瓦礫の中から七月十に送っている。
そしてラッコが生きている限り、未だサーバルの勝利は生きている…!
試合続行!未だ四対六十七に変わりはない。
「へっ…!どうやら時間は俺たちに味方してくれてるみたいだぜ!」
「…?」
勝利を確信したラッコの発言に、ゴリラ67体は一斉に首を傾げた。
「試合開始から10分だ。知ってるか?試合開始から10分が経ったんだぜ?」
そう、あの時も。そしてあの時も。10分という数字は非常に重要な意味を持っていることを、ラッコは既に学習していた。
◆◆◆◆
瓦礫の中から瀕死の大隈サーバルが見たのは、突如として痙攣し、白眼を剥いて凶暴化するラッコの姿だった。
(ギリギリ間に合った。これがあるからこそ、第一試合の映像を見た私はラッコを味方に付けたんだ。)
痙攣しながら首を縦に降るラッコ。これは恋?いいえ、これは真実です。ファイヤーラッコ…否、爆発オチ太郎の真実だ!!!!
「田!というわけで、はい!突然ですがここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
ファイヤーラッコが意味不明の言論を発声する!!
いや、今の彼はファイヤーラッコではない。多重人格者ファイヤーラッコの主人格…爆発オチ太郎だ!
「なんっ」
何か言おうとした七月十の顔面に、ファイヤーラッコ、いや、爆発オチ太郎がヒザ蹴りを咬ます!
「爆発オチ太郎は、文字数や時間や気分的な問題や試合で10分が経過することによって自然発生する形而上存在です!!」
「意味が…」
狂人に理屈は通用しない。彼にはこの世全てが第三者視点で見えているらしく、脳内でファイヤーラッコの行動やアマゾンのアフィリエイト、wiki構文などが混在して見えているそうだ。
これは、1年間の授業中、大隈サーバルがファイヤーラッコから聞き出したり悟ったりした確かな事実である。
爆発オチ太郎は、狂っていた。彼は生まれた時は人間の赤ちゃんだったが、幼少時に尊敬する歴史上の偉人、西郷隆盛の人生が、家族が死んだり意外と悲惨だったことを知り、ショックで己の顔面の皮を剥がし、代わりに家にあったラッコの剥製を頭に被って、細胞レベルからラッコ化したのだ。
そしてファイヤーラッコの人格が生まれた。これに義憤を感じた爆発オチ太郎の両親は、いつか彼が本当の西郷隆盛のような器の大きい男になれるようにと、全ての事実を伏せ、おたふく風邪の治療の為にラッコになったと嘘を吐いたのだ。
思えば、全ての伏線は当初より存在した。第一試合の勝利者インタビューで、ラッコだけが謎の爆発で中止になった。
それが、ファイヤーラッコの主人格爆発オチ太郎が今年の大河ドラマ、西郷どんの録画を観るために欠席したのだと、サーバルは運良く早期に気付いた。
(今年の大河ドラマは西郷隆盛。だから、奴が西郷隆盛を原理に動いているとピンときた。西郷隆盛は私も含めてみんなに慕われる英雄だから)
そんなことを考えている間に、爆発オチ太郎の背後に亜空間が出現する。空間すらも焼き尽くし、ワームホールを現出させるほどの、高威力の炎!すべては、自らを形而上存在だと思っている狂人だからこそ通る理屈だ。
「よいサイズの石油コンビナート〜!」
二人の頭上によいサイズの石油コンビナートが出現!このまま引火すれば、三人全員が爆発オチで場外になる可能性が大!
「良いぜ物理上存在…私の拳で願いを叶えてやる!」
「俺は形而上存在だ。誰がなんと言おうと形而上存在なんだ…!」
七月十が爆発オチ太郎を挑発する。爆発オチ太郎は、自らが形而上存在であることを証明するために、物理上のパンチを放つ!
「形而上パンチ!」
「うおおおー!」
強さこそが証明である現代の倫理観からすれば、徒手空拳で形而上存在だと示そうとする爆発オチ太郎の行動を、誰が笑うことなど出来ようか。
サーバルが見たのは、爆発オチ太郎と七月十が拳を交えながら空中を二段ジャンプする光景だ。
「玉龍拳奥義、東京大空襲!」
そしてダイナミックな音が鳴り響く。二人の熱に石油コンビナートが引火し、大爆発を起こしたのだ。
空中で二段ジャンプしていたラッコと七月十は爆発から逃れている。
大隈サーバルは爆発に巻き込まれ、ギリギリ堪えていたが、ついに場外へと吹き飛んで行った。
◆◆◆◆
大隈サーバルは場外となったが、悪霊と龍気感得はまだコロッセオに立っていた。
「同じユーチューバーとしてラッコの暴走を見ておくままには出来ない。思い出せ、爆発オチ太郎。いや、ファイヤーラッコ」
悪霊はこの1年間の修行で、ファイヤーラッコに友情を感じていた。その思いが、悪霊を踏みとどまらせたのだ。
その熱い気持ちは龍気感得にも伝わった。白い人影は一層人間らしい造形を深め、今やそこに立っているのは社会的信用のある中年男性だ。
「こうなれば我々が奴を止めるしかない。受け取れっ我々の社会的信用だ」
龍気感得と悪霊が空を飛び、爆発オチ太郎の姿に重なる。ラッコ!パンダ!ベストマッチ!!
悪霊と龍気感得。二人の社会的信用を得た爆発オチ太郎の姿が、人間らしい造形へと変形してゆく。
「馬鹿な…あいつは!」
七月十が驚きの声を出す。今の爆発オチ太郎、いや、ファイヤーラッコ、いや、その男の顔面は…俳優の西田敏行にそっくりだ!
西田敏行の顔をした男は、空中で神々しく目を開いた
「きばれ、せごどん(薩摩弁でがんばりない、西郷隆盛。という意味の挨拶)」
今のファイヤーラッコは…三位一体、西田敏行太郎!
西田敏行は西郷隆盛の大ファンであることは業界でも有名だ。その縁故が、爆発オチ太郎を西田敏行太郎の姿へと導いたのだろう。
「ダメだ、作戦は失敗だ。きっと悪霊の社会的信用が足りないせいだ」
「俺のせいにするなよ」
悪霊は龍気感得に怒りを覚えた。
「おいは、この世すべてのせごどんをきばらせようとする西田敏行太郎でごわす。きばれ!せごどん!」
「ダメだ。暴走が止まらない。七月十、頼む。我々が西郷隆盛のまま…こいつを殺してくれー!!」
龍気感得が悲痛な叫び声を上げる!
「ラッコ!お前の求めた日常は西郷隆盛でもなければ西田敏行でもないはずだ!私にはわかる!私を見ろ!私と戦えー!」
七月十の全力の拳が、西田敏行太郎を貫く。
「玉龍拳奥義!果報!大願成就!一!念!一!殺!」
光り輝く拳が全てを包み込み、そして破壊してゆく…!空中では全ての威力が西田敏行に伝わり、ダメージの逃げ場がない!!
◇◇◇◇
「見よ。二ヶ月前にアップした動画が13回再生じゃ。精神と時と野菜の部屋では1秒が1年じゃから、相当なペースじゃぞ。」
ファイヤーラッコの記憶の中で、林健四郎おじいさんが嬉しそうに言った。
林健四郎おじいさんの能力、精神と時と野菜の部屋で修行を開始してより十一ヶ月。既に大隈サーバルは龍気の感得に成功し、アフィリエイトの収入も僅かであるが増えていた。
「これは…俺の記憶だ」
自らの精神世界で、ファイヤーラッコは悲しそうに呟く。
次の瞬間、場面は変わり、そこには血を吐いた林健四郎おじいさんが力なく横たわっていた。
「バカヤロー!どうして、どうしてだ、ケンシロウおじいさん…!」
「ぐふっ!この野菜空間では…能力者か、敵が死ぬまで闘い続ける。つまり、儂が死ぬしか、お前とサーバルがここを出る術は無いのじゃよ」
ラッコは怒りに任せ、サーバルの胸ぐらをつかむ。
「サーバル!てめー…このことを知ってやがったな!お前はケンシロウおじいさんを殺してでも、自分だけがユーチューバーとして収入を得ようとしたんだ」
「私は勝つためならなんでもする。たとえ他人の命だって天秤にかけてやる」
そう言ったサーバルの姿が黒いモヤに包まれる。ラッコはやり場の無い怒りを感じていた。
「試合以外で殺人を犯した選手は敗退だ。ラッコよ。私は初めから、ケンシロウおじいさんの死をお前の責任に押し付けて、都合よく私だけが勝ち残るつもりだったのさ」
「嘘だ!なら何故そんな黒いモヤに包まれる!俺はただ楽に収入を得たいだけだったのに…いつの間にかお前に友情すら感じていたんだぜー!」
そして更に場面は変わり、そこには爆発オチ太郎が亜空間から石油コンビナートを出現させる光景が広がっていた。
「あれは、俺だ。俺こそが爆発オチ太郎だったんだ」
「突然ですが、ここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
記憶のラッコが悲しそうに、孤独そうに叫ぶ。
「亜空間…!?そうか、このワームホールから、野菜空間を脱出するんだ!まだ林健四郎おじいさんが助かる見込みはあるぞ、ラッコ!お前は大した奴だよ…!」
サーバルが健四郎おじいさんを背負い、自我を失ったラッコにしがみつきながら、石油コンビナートの爆発を利用して亜空間へ放り出された。
「そうか。俺は自分に都合の悪い記憶を封印していたんだ。」
全てを思い出したラッコは…またもや場面が変わり、目の前にデカくてガタイの良い学生が現れるのを目にした。
「よう、久しぶりだな」
「お前は、第1回戦で死んだ俺の対戦相手のチョコケロッグ太郎」
チョコケロッグ太郎。彼は、ファイヤーラッコが第1回戦で倒した対戦相手だ。
「死んでないけどな。ここはお前の精神世界だから、なんでもアリなのさ」
「そうか。ケンシロウおじいさんが助かって本当に良かった。危うく俺は人を殺すところだった。本物のユーチューバーへの道のりは遠いな」
するとチョコケロッグ太郎は、ラッコに手を差し出した。
「受け取れ、コーンフレークだ」
「ありがとう…日常の象徴。俺はなんでもない普通の日常が欲しかっただけなのかもしれないな」
「行くのか?ラッコ」
「ああ、俺にはまだユーチューブがあるからな。シリアルキル…コンプリート!」
コーンフレークを握りしめ、ラッコは亜空間のワームホールへと足を運ぶ。その穴は、丸くてまるでちくわの穴のようだと少し思った。
◆◆◆◆
二度の全力。全てを出し切った七月十が目にしたのは、ファイヤーラッコ、いや、西郷隆盛太郎が全身の筋肉を巧みに用いて、さらなる変貌を遂げる絶望だった。
「ちくわああああ!!」
西田敏行太郎の姿が、穴の空いた練り物…巨大なちくわへと変形してゆく!
ちくわ…チューブ…ユーチューブ。これが本物のユーチューバーだ!!
「ちくわああああ!!」
「えっちくわ」
一瞬の油断。七月十がちくわに食われる!!食われる七月十。これが自然界の掟だ
「一緒に10万再生を目指そうぜ?」
七月十を食われたゴリラ67体の幻影たちは、慌てふためき逃げ惑う。大将を破られた軍の末路などこんなものだ。
そのゴリラの群れを、ちくわは次々と捕食してゆく。すべては10万再生を達成するために。
圧倒的破壊。もはや試合会場にはちくわしか残っていない。だが、七月十はただ食われただけで、生死不明なのでまだ試合は終わっていないよね。
そして、さらなる異変。ゴリラの力を取り込んだちくわが、黒く変色してゆく。まるでゴリラの体毛のように。
ちくわゴリラホイール。
そこには、一体の巨大なタイヤが宙に浮かんでいた…
「奴はどこまで進化するんだ」
場外になったサーバルは、敗北を確信して尚戦う意思を失っていなかった。場外の領域から、コロッセオのちくわゴリラホイールに向け、無意味な大量のたつき感得を放つ。一体、二体…大量だ。
「ラッコ…日常に戻るんだ」
サーバルは苦しそうに叫ぶ。今のちくわゴリラホイールはいわばラッコと七月十が融合した存在とみなされ、両者健在の扱いのまま試合は続行している。
「こんな形の勝利は…私たちの求める勝利ではない!」
サーバルが、叫ぶ!その声はちくわに届く!
「なれ…ラッコ。本物のユーチューバーに、なれーーーっ!!」
心からの言葉!サーバルを包み込んでいた黒いモヤが、晴れてゆく…!
「お姉ちゃん、カッコいい」
不意に弟の声が聞こえたような気がした。
反射的に振り返るサーバル。
そこには、いた。最愛の弟が。マーゲイが。元気に立って、サーバルを応援していた。
「とりあえず生き返ったんだ。お姉ちゃん。ありがとう。七月十が殴った時に僕は生き返ったんだよ」
「マーゲイ!」
サーバルは最愛の弟に抱きつく。
「もう離さない!もう離さないからな!」
「あはっ痛いよ、お姉ちゃん」
マーゲイが嬉しそうに言う。サーバルが抱くその背中には、奇妙にも小さなタイヤが一つくっついている。
「えっタイヤ」
「お姉ちゃん。もう人類は自分たちの足で歩く必要は無くなったんだよ」
マーゲイが虚ろな目をして微笑む。
ちくわがケロッグコーンフロスティをばらまきながら爆炎を上げる。コロッセオから全世界へ放たれたケロッグコーンフロスティは、世界中の人間に取り憑き、背中にタイヤを生やすという奇跡を起こしたのだ。
「せごどん、きばれ(薩摩弁で、背中にタイヤを生やしなさい西郷隆盛。という意味の挨拶)」
絶望は終わらない。これは、キメラ存在に七月十の願いの力が悪い方向に働き、西田敏行太郎の願いを叶えてしまった結果に違いない。
弟が背中にタイヤが装着され、仰向けになってコロッセオ周辺を高速でドライブし始めた。
「見てお姉ちゃん。僕はもう歩く必要なんてない。これで病気も治ったんだよ」
「ああああーっ!神は!神はいないのかーーーっ!」
大隈サーバルは、自分自身もまた仰向けになり背中のタイヤでドライブウェイしていることにも気付かず、天に向かって叫んだ。
◇◇◇◇
これは、記憶。七月十が戦うための原動力。
「もう…戦いたくない」
暗闇の室内で、一人の少女が呟いた。その表情は暗く、読み取ることができない。
「もう誰も殺したくないの。あなたも殺したくない。逃げて」
「おいおい、俺はなんでもないごく普通の少年だぜ?お前が家族の為に人殺しなんてさせられてるのは知ってるが、ハイかイイエで答えるためだけの正直さなんて、本当の正直さとは言えねーんじゃねーかな」
少年の姿もまた暗闇の中、明確に見ることは出来ない。彼は少女と向かい合い、対峙している。
「なら…どうすればいい。私はあなたを殺すよう命令を受けてる」
「明確な答えなんてないと思うぜ。ただ…こんな人になりてーって人の真似をすれば良いんじゃないかな」
暗闇の中、確かに少年は笑った。
「笑顔になれナナガツジュウ。笑顔の方が素敵だ」
「私の名前は、その読み方ではない。でも私の笑顔を見たいってことは…告白してるってことでいいのよね?とりあえず私の実家に行こうか」
「えっ」
◇◇◇◇
試合開始より5日前。七月十はグロリアス・オリュンピア参加者専用のホテルの一室で、ユーチューブの動画を見ていた。
「ねえ七月十お姉さま。まだ再生できないの?」
「なんで勝手に人の部屋にいるの。佐渡ヶ谷さん、悪いけど集中したいから出て行ってくんない」
「酷いわ〜」
「黙って、動画が始まった」
再生された動画には、「白人男性の講座」とタイトルが付けられていた。
「佐渡ヶ谷さん、見て。白人男性だよ」
動画の中の白人男性は、第1回戦で七月十が戦った対戦相手。佐渡ヶ谷真望のタッグパートナーだった男だ。
「SMとは心だ。真のSMに武器は必要ない。七月十。鞭打。鞭の理合を手に表す。近接拷問術は必ず玉龍拳に取り入れられるはずだ。」
白人男性は、ミラノから七月十へアドバイスを送り続けていた。
◆◆◆◆
「玉龍拳は…無体ぶりなんだよ!!!」
ちくわゴリラホイールからジャズの名曲whip lushの口笛が聞こえたかと思うと、少女の怒声が内外に響いた。
次の瞬間、ちくわゴリラホイールの穴から飛び出したのは、67体のゴリラと、女王様に鞭を打つ、白人男性達67体の幻影だった。
「おばあちゃんが言っていた。歩くことを止めた人類はやがて高速移動しながら電柱に頭をぶつけるだろうと」
「七月十、生きていたのか」
サーバルが背中のタイヤで高速移動しながらコロッセオ場内に再入場し、七月十に駆け寄る。
「ああ、ちくわには穴があったから、そこから脱出できた」
————生物学上の盲点!ちくわには穴がある為、捕食されても脱出出来る!
ゴリラと女王と白人男性の群れに囲まれた七月十は、沈痛な面持ちで上空を飛翔するちくわを見上げた。
「すげえよアンタラ、たった二人でここまで…お前たちは初めから組んで戦っていたんだな!全部お前達の仕業なんだな。決着をつけよう、サーバル!」
「えっ」
サーバルが素っ頓狂な声を出すが、テンションの上がった七月十には聞こえない。
「まだ試合終了じゃない!戦おう!サーバル!」
「私はもう場外で負けたわ。巻き込まないで!もうやめてー!」
「断る!」
七月十は構えを変える。
次の一撃で決着をつける。ユーチューブの力は強い。倒すことを諦め、白人男性拳で場外狙い。
手刀を天に掲げ、もう片手を地に向ける。これこそがSMの理合を両手で表す、鞭打の型。
続いて大地を破壊しながら平行移動、加速が頂点に達すると同時に空を飛行し、ちくわにタックルした。
「名付けて玉龍拳新奥義、白人男性拳、一気呵成の型。」
手刀を振り抜き、爆発が起こる。ちくわが爆発に巻き込まれて場外。
67体のゴリラと女王様とそれらに鞭を打つ白人男性が大量にばら撒かれ、エネルギーの幻影となって敵を打ち倒す。
ちくわと龍気感得、悪霊、サーバルが苦悶の表情を浮かべたような気がしたが、全部まとめて吹き飛んでいく。
「この技を食らった者はミラノに行きたくなる。てめーらみてーなクソヤローどもは…ミラノまで飛んでっちまいな!」
三大アニマル大決戦。
ユーチューブVS龍気感得VS白人男性の三つ巴の戦いは、白人男性に軍配が上がった。
◆◆◆◆
「えっ場外?」
グロリアス・オリュンピア会場、貴賓席にてエプシロン王国の王女、フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロンが言った。
「ちくわ殺してないの?えっどうすんのこれ。周辺の被害とか」
「ちくわが場外になった以上、勝利は七月十のものですが、このままでは全人類に被害が及びますね」
侍女のピャーチが冷静に分析する。
その時、試合場を移すモニターが、七月十の発言を捉えた。
「確か戦った後処理は全部フェム王女がやってくれるんだったな…あとは全部任せたぜ!王女様!」
「と、いうことだそうです。元はと言えばあなたが望んだことですよ、フェム様」
ピャーチが無感情に言い放った。その背中にはタイヤが生えており、室内を高速移動していた。
その時、緊急通信の連絡が入り、五賢臣のビデオ電話が映し出された。
「頼む…フェム王女、もはや君しかいない。我々五賢臣の力では…ぐあああああ電柱に頭をぶつけたあああああ」
五賢臣の連絡は途絶えた…
「NOOOOOOO!!!!」
不労所得の恐怖!フェム王女は叫んだ。背中のタイヤで高速移動しながら叫んだ!
◆◆◆◆
試合決着より数時間後、疲労困憊で倒れているフェム王女が頭にタンコブを膨れさせてコロッセオに寝転がっていた。その傍らには国王が咽び泣いている。なんとかちくわを説得したのだ。
フェム王女は、ユーチューブの金ボタンと浮遊大陸油田の利権、20万円のポケットマネー(エプシロン王国が保有する財産の一割二分五厘)で手を打った。人類は救われたのだ。
その代わり、フェム王女はさすがにこっぴどく父上に怒られたわけだ。
周辺には、倒れている悪霊太郎、たつき監督太郎、サーバル、そして西田敏行太郎がいた。
「お前たち二人は今まで戦った中でもかなり強い部類だった」
七月十はボロボロの状態で、地面にあぐらをかきながらそう言った。
「私に期待しないでくれ」
サーバルは弟を抱きしめながら、照れくさそうに笑った。
瀕死の西田敏行太郎は、天を仰ぎながらゆっくりと口を開く。
「七月十。ひとつだけ頼みがある」
「なんだ」
「俺たちは勝ちにこだわりすぎるあまり、ユーチューバーとしての道を踏み外してしまった。頼む…俺たちの代わりに本物のユーチューバーに…」
「ああ、任せな!」
交通事故の発生件数は年間40万件を超えています。中には死亡も伴う痛ましい事故が3600件も含まれます。法律を守り、適正な運転を心掛けましょう。長時間の運転や、危険な走行ドリフトなど、決して無理はなさらないで下さい。
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