SSその3


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この結果は、執筆者並びに多分いないことはないそのへん気になっている不特定多数の人たちが参考にすることがあります。







※このSSに蒼井翔太は登場しません。ご了承の上お楽しみください。







第二回戦。闘技場。
二人の規格外武闘家を前に絶望していた俺は、この三日間で如何な勝ち筋を見つけたものか頭を悩ませていた。一体どんなクジ運なんだ。一回戦だってわりとどうしようもなかったぞ。もう本当悩んでた。はー辛かった。全然妙案は浮かばないし、先のことを考えると気分がどんよりと落ち込んで、あとガス代もな。ガス代のことを考えると気分がどんよりと落ち込む。もう最悪だった。いやだ……手を付けたくない……月末が怖い……俺はその一心で、殆どの時間を現実逃避に費やした。普段やらないゲームとかやった。ひどいクソゲーを掴んでひとしきり笑ったりした。そのくせ一番やりたかったゲームはやっていなかったりするのだ。だって、やったら延々とやり続けちゃうだろ? 自制心がセーブしてくれるんだよ。その結果、焦燥感に駆られたまま大して面白くないクソゲーを延々とやり続けたりするんだ。ひどい話だよまったく。ガス代マジで平気かな? いや平気ではない。いやそれはいい。次はきっと計画的に事を進める。絶対にそうする。俺は思慮深いラッコなんだ。

まあ、そんなことはさておいて。
なんだかんだで、始まってみれば俺にもツキが回ってくるようだ。


今回の戦場は、早い話がコロッセオだ。イタリアはローマの、超有名なアレだ。
わかりやすくていいよな。
中央の舞台は長径100m、短径50m程度の楕円形。
それをぐるりと観客席が取り囲む、ごくシンプルな形状。
俺の位置は観客席の一角だ。
舞台を見下ろす。
そこには土っぽい平地が広がっている――はずだったんだが。
目に飛び込んでくるのは三隻の模型船。
ああ。
船だ。
きたよ。
来た来た来た! 
舞台にあるのは、地面ではない! 一面を覆う人工湖! 模擬海戦ってやつだ!
なんか昔そういうのがあったらしいぜ! ハッハー!
そういうわけで、水中なら俺の独壇場だ!
どれだけ鍛錬を積んでいようが、鋼の肉体、膨大の質量だろうが、溺死する条件は一緒だ!
数日間ウジウジ悩んで失敗だったぜ! どっしり構えていりゃあよかったんだ!
この勝負、いただいたぜ!


そうと決まれば話は速い。
水中の死角へ身を忍ばせるため、ファイヤーラッコは人工湖へと降りていく――。


◆◆◆


「うーむ」

七月十は困っている。
まさか、中央が斯様な状態とは。
まず目立つ行動で目を引いて、相手が来るのを堂々と待つ。
今回もそのつもりでいたのだが、あの船。
10tが跳ね回って底が抜けないはずがない。どうにも動きにくい。

「よし、決ーめた」

客席の縁を蹴飛ばして、思い切り跳躍する。
目指すは中央。船ではなく、水面だ。

「……ぃよいしょオ!!」

砲弾めいた音が響き渡り、七月が着水。水が大きく持ち上がる!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
水塊はそのまま天を目指し、千切れ、やがて飛沫となって闘技場一帯へと降り注いだ!
遅れて落ちてくる三隻の船! 千々に砕け散り、一瞬にして瓦礫と化した!
姿を現す石灰の肌!

「……なんか今変な音した? まあいっか」

一仕事終えた達成感をその表情に浮かべ、対戦相手を待つ七月。
口ずさむ曲目は『Sixteen Going On Seventeen』。
17歳を目前に控えた少女を、一つ年上の青年が導くというミュージカル曲だ。
なんとなく、古い記憶の少年を思い出す。
映画版の行く先とか、そういうことは、まあなしとして。
楽しい気持ちになり、つい顔が綻んでしまう。


◆◆◆


「…………」

中央を見下ろすは大隈サーバルである。
その表情は、靄に阻まれ杳として知れない。
辺りを見回してみる。
舞台を囲む観客席に、一見してもう一人の対戦者の姿は見えない。
あの開けた場所で一人を差し置いて戦闘を開始することに些か気は引けるが――。

「……行くか」

どのみち、不意討ち・騙し討ちの類は彼女には通用しない。
七月にしても、生半な小細工の通用する相手ではないだろう。現に湖が吹き飛んでいる。
大隈サーバルは中央へと歩みを進めた。
纏わりつく黒を、引き摺るようにして。


◆◆◆


そうして、中央舞台で二人の武闘家が相対する。
降りてくるサーバルに、七月が気付いた。

「大隈流、サーバルの型! でしょう? ガーデンリーグ、私も観てるよ。サーバルさん」

大仰に、七月が型を真似てみる。テレビではお馴染みの決めポーズだ。

「……それは」

僅かに言い淀むが、やがてサーバルは指折り話に応じる。

「……大隈流、サーバルの型。大隈流、オセロットの型。大隈流、ピューマの型。ええと、あと何があったかな。ジャガー。スナネコ。これ、ぜーんぶフクハラPが充てた名だ。ただのデタラメ」

その顔こそ伺えないが、言葉には自嘲の色を覗かせていた。
けれど、七月はなおも声色を弾ませる。

「ああ、道理で。変だとは思っていたんだ。型と呼ぶには、どうにも不自然なものが多かったから」

わかるのか。
それはそうか。
サーバルは、少し安堵する。
自分は興行の色に染まりすぎていた。

「本来、大隈流に技らしい技は多くない。過酷な環境を生きる動物の姿から、立ち回り、体捌き、在り方のヒントを得る。それは野性に身を堕とすことではなく、野性をその身に降ろすこと」

大隈流とはなんであったか。
眼の前にある少女へ向けて語りだす。
本当は、それを確認したかったのはサーバル自身だ。

「カモシカが悪路を自在に駆け回るならば。ヒョウが風を切り野を駆け抜けるならば。ヒトはその勤勉さを失わぬ限り、いつか、悪路を自在に駆け、風を切り野を駆けることができる。あらゆる動物から学び、その身体に統べるもの。だからこれは、サーバルの動きだとか、オセロットの動きだとか、そういうものじゃない。大隈流の全ては、ヒトが紡ぎ上げる――知性と努力だ」

見失っていたものを。一つ一つ、拾い上げるように。

「……素敵だね。それを聞いたら、なんだかどきどきしてきた。私が戦うのは、確かに人間の積み上げた一つの頂点だ」
「まあ、父さんはパンダなんだけどね」

少女に、靄は掛からなかった。
その言葉の一つ一つに偽りはない。
ならば、これもまた私にのしかかる期待のひとつなのだろうか。
ぼんやりとそれだけを思う。

そして、やがて。

「ラッコさんはいないけど。先に、始めてしまおうか」

構えを取った。


◆◆◆


ここからは白字でラッコが進行しますが、もし初読で気付いちゃった人は見なかったことにして続きを読もう!
あとスマホだと白字がうまく表示されなかったりうまく反転できないかもしれない……ごめんね……。


◆◆◆
「はー、マジで死んだかと思った。200mくらい飛んだんじゃなかろうか」
中央舞台の死角。観客席に身を潜めるのは、外道水爆アタックを生き延びたファイヤーラッコだ。
足払い。往なされる。
関節極め。往なされる。
掌打。往なされる。
延髄斬り。往なされる。
レバーブロー。レバーブロー。レバーブロー。全て往なされる。
腹部に意識を集めての頭突き攻撃。靄に囚われ、動きが止まる。
そこへ目掛けてサーバルの回し蹴り。左腕を挟み込み受け止める。
「落下の勢いを殺すためにだいぶガス代使っちゃったなあ……」
やはりそうだ。
『意識の誘導』を行うと、拒否される。
サーバルの肩口から睨め上げる、あのなにか。
三割の力では、とてもではないが勝負にならない。
五割ではどうか。七割では。
まだるっこしいか。
なんであれ、目の前の大隈サーバルもまた、きっと。
「まあ前回のクソファイヤー代があるからあんま変わんねえんだけど……うう」
「うん、うん……すごくいいよ、サーバルさん! あなたもきっと耐えられる……ああ、グロリアス・オリュンピアはすごいところだ! 私も知らない私の全力が、こうも容易く試される場所!」
「やあ、向こうは盛り上がってるけど、眺めている場合じゃあねえな」
こそこそと場所を移すファイヤーラッコ。忍者ラッコとして売り出すのもよいのでは?
◆◆◆
「俺の愛する湖ちゃんが死んでしまった以上、新たな勝ち筋を探さなきゃならない」
なにかいいアイテムでもないか。うろうろとしてみる。あっ見て! あっちでなんか動いた!
彼女については、大隈サーバルもやはり耳にはしていた。
手の施しようのない悪漢に対して――或いは、実力を認めた者に対して。
願望成就の必殺拳を叩き込む、人間兵器。
一回戦の対戦相手佐渡ヶ谷真望は、その必殺拳を逆手に渡り合ってみせた。
ならば、自分はどうか。
葉っぱだったわ
「さあ、サーバルさん。あなたの願いを聞かせて!」
「なんだ……葉っぱだ……」
七月十が、右拳を弩弓めいて引き絞る。
踏みしめた地面に罅が走る。
なにかいいアイテムでもないか。うろうろとしてみる。あっ見て! あっちでなんか動いた!
「私の、願い」
万札だったわ
「うおおおおお!? 万札落ちてんじゃん!! よっしゃ!! ラッキー!!」
良い子のみんなは万札を拾ったら警察に届けようね。
気付けば、鸚鵡返ししていた。
「はー万札すごい……すき……」
「今それどころじゃねえわ」
そうだぞ!
私は、勝利が欲しい。
「なんかこう……武器庫とかねえのかなあ」
なら、そう願えばいい。
あーそれありそう!
あの歓声を……自分のものとしたい。
「地下に猛獣の檻とか剣闘士の控室とかあるらしいんだけど」
願い、叶え、そうしたらいい。
それいいじゃん! 絶対行けるって!
私は、強くなりたい。
「どうもそれは模擬海戦をやらなくなってできた地下らしいんだよな」
口にするだけでいい。
残念……博識……。
「イタリア行ったことあってよかったぜ……2月のヴェネツィアはお勧めだぞ」
ヴェネツィアはすごい……数百万かけたドレスの仮面のおねえさんが闊歩している……。
「……『私は強い』。『私は強い』。『私は強い』」
ほんと天国だよあれ。もちろんペストマスクとかもいるぞ。また行きたいなあ。
黒い靄がその身を覆う。嘘は、その身に重くのしかかる。
七月の全力を。正面から受け、流しきる。存える。
本来であれば、出来ようはずもない芸当だ。
それを可能とするのは、嘘を真実へと反転させる能力(ねがい)
「俺は誰と話してるんだろうな。独り言って怖い」
「それが……あなたの願いだね」
ボケの可能性もあるから気をつけようね。
「まあ、ともあれだ。それ以前に武器庫の見立てがつかん……取り敢えず歩いてみるか……」
ゴーゴー!
「――いや」
「向こうはなんかいいところっぽい感じだな」
遊んでる場合じゃないぞ。
「手立てがないまま決着がついてしまうと不味い。現状勝てる気がしねえ」
けれど。
私は、勝っていない。
「…………」
『俺は先に願いを叶えた。勝ち逃げさ』
「…………」
私は、勝たなければならない。
「…………」
『オレはオレの自慢の娘に期待する』
「…………」
勝っていない私は、勝たなければならない。
「…………」
『たくさん勝ってね。優勝してね』
「まずい!! なんもねえ!! なんも思いつかねえ!!」
気を確かに持つんだファイヤーラッコ!
「思いつくわけねーじゃん!! 思いつかなかったんだぞ!! 三日間!!」
私があんたに願うのは、ただの、真剣勝負だ。
「無理!! あーくそ!! やべえ!!」
落ち着け! がんばれ!
ファイトー! ファイトラッコー! ゴーゴー!
――晴れた。
その身に最早靄はなく。
悪霊(おとうと)«ただのじぶんじしん»は、サーバルの裡へ溶けていく。
嘘はない。背負うのはただ一つ。一つに統べた、たくさんのもの。
最後に束ねる、自分自身。
「やばいやばいやばい」
深呼吸~~……深呼吸~~……オーケイ?
◆◆◆
「スー……ハー……」
「スー……ハー……」
「うそ……サーバルちゃん……」
「ふう。よし」
ディスプレイ越しに映るその光景に、フクハラは目を奪われた。
落ち着いた?
『そうは言ってもフクハラさん。この黒いモヤは、他人の攻撃によって存在しているわけじゃないし、魔人能力の制約によるものでもない。この現象は、彼女が望んで生み出した”効果”です。それは僕の解除能力の対象外だ』
「落ち着いた。よし。解法を探すぞ。もう一度」
期待の視線は、もう彼女を苛まない。
それでいい……あんた、最高の相棒だぜ……。
「幻聴が聞こえる……」
◆◆◆
「…………」
…………。
林健四郎に勝利(はいぼく)した時。
もう答えは出ていたのだ。
それは、飢えを知ってしまった(ただびと)
悪霊は、サーバルの涙を隠さなかった。
「…………」
…………。
「んー、でもやっぱなんもねえな」
期待も、願いも、全て私のものだ。
ないかあ……。
「このままなんとかなんねーかなー」
ダブルノックアウト的な?
「真剣勝負! いいね、私もそれを望んでた……叶えてあげる、叶えよう! これが、私の……全力だッ!!」
「ダブルノックアウト的な……」
大願成就、必殺必叶の殺人拳が迫る。
今の私の実力では、到底受け切れないだろう。
であれば、受ける必要はない。
当然だ。察知した危機を受け入れる動物はいない。
「あれ? いつの間にか願い叶えキャノンパンチしてるじゃん」
「消えた……!」
「あれ『優勝したーい!』って思ったら優勝すんのかな」
覆う靄が晴れたその一瞬で、サーバルの姿は既にない。
そう思うと怖いことしてるよね。
「ごめんね。この願いを叶えるのに、それに耐える必要はないでしょう?」
「それやれば勝てるかもしれない……けど、多分俺のこと全力で殴ってくれねーんだよな」
七月が背後を振り返る。この僅かな間に、サーバルは大きく距離をとっている。
顕わになった表情は決意堅く、しかし希望に満ちていた。
ただ、少し……なんとも可笑しくて。
たまらず七月が指摘する。
そんなに強い自信ないもんね……。
「サーバルさん、もしかしてお化粧下手?」
「そもそも、あの拳を前にしたら『こわい!!痛いのやだ!!』で願いが塗り潰されかねない」
その場にそぐわない意外な指摘に虚を突かれる。
が、ああ、サーバルにも心当たりがあった。
破顔する。
一般的な感性の限界がここにある。
「ああ、もう。ちがう。全国に流れてるのに。フクハラPったら、恨むんだから」
「……サーバルちゃん、サーバルちゃんなー」
きっと、真剣にメイクしてくれたのだと思った。何も見えない中、手探りで。
恥をかかないように。晴れの舞台で、一番輝いていられるように。
願わくば、行き場のない自棄ではなく、靄を振り払うこの時が訪れるように。
だけど、終わったら八つ当たりをしようと思う。
そして次は、万全の状態で、誰よりも綺麗にしてもらおう。
「テレビ、すごいえっちだったよな」
「あはは。でも、それはそれで。かわいいよサーバルさん。ふふ、すっごく」
「……そんな目で私を見るんじゃない」
「は~!! くんずほぐれつしてえ~!!」
本心の言葉じゃない。それでも靄は私を囚えない。
この嘘は、きっと許される嘘だ。
あっ見て、目の前にワームホール開いたよ。
爪先が地面を噛む。
踏み込みは全身運動だ。
全力全開の七月には、私にはないパワーがある。
大熊猫の型は使えない。
受ける戦いでは勝ち得ない。
持てるスピードで翻弄し、相手の万全が崩れた瞬間に、私の万全を叩き込む。
「はい! 突然ですがここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
「えーお前普通ここで来る? ほんと何なのお前?」
◆◆◆
「よいサイズの石油コンビナート~!」
「しかし残念だったな、俺は今火は使わんぞ! ばかめ! 帰れ!」
七月が必殺の一撃を決めあぐね、サーバルが一瞬の間隙を突きあぐねる。
揺らぎを見せず続いたシーソーゲームは、突然終宴を迎えた。
「銀座ライオンで貰ったマッチ~!」「は? お前やめろそれずるいだろマジふざけんなよ……!!」
耳を裂く衝撃が熾る。
続いて石片を伴った風がその身を揺らす。
「アアアアアアアアアアアアアアアア」
闘技場内での大爆発。
ファイヤーラッコにもだいぶ慣れがあるのかな?
即座にアフロヘアーギャグ処理で済ませるのは熟練の業といえるぜ!
本来であれば、七月の質量にとって然程の影響はないはずだった。
しかしそれは、動作の起こり――最も繊細で微かな時間。
一のぶれが万の障りを呼び起こす。
体が崩れる。
噴煙でサーバルを見失う。
傾いた重心を立て直す一歩を、踏み込む――その、前に。
「髪型乱れるから本当困るんだよな」
くしを取り出して整えるラッコ。アフロが消えた! 魔法を見ているよう!
◆◆◆
「あっなになに? 今のでなんか動きあった感じ?」
そうだぞ! よく見ろ! ファイヤーラッコ!
己の功夫は己の肉体にこそ宿っている。
「あ、めっちゃいいところじゃん」
上げた脚を大きく一歩前へ踏み出す。
震脚。
力の伝播を逆順に。
「一回戦でも見たやつー!」
人から空に、空から土に、土から人に。
肉体を媒介とし、力を伝達する。
「えー、かっこいいな……俺もああいうの欲しい……」
拳の一点にすべてを懸けた一撃。
だから、今度こそ届かせる。
「イエーイ! やっちまえやっちまえ!」
獣正拳・正拳突き。
「すごいぜ!」
ラッコの小躍り! カメラには映らないのが惜しい出来栄えだ!
◆◆◆
「あっ痛って、小指ぶつけた」
良い子のみんなは広いところで小躍りしようね。
そうして。
「そうしてー?」
サーバルの万全は、確かに七月の不全を貫いた。
「おー」
「…………!!」
「すごい……本当に、最高だ……!」
「よっしゃまじかこれ。わー。助かった。マジでダブルノックアウトじゃん」
ただ、七月の不全も、またサーバルの万全を貫いていた。
「つーかめっちゃグロいなアレ。生き返るレギュレーションじゃなきゃやってられんわ」
インパクトの瞬間、咄嗟に振り上げた右腕がサーバルの頭部を砕いた。
同時、正拳突きの頸力が七月の全身へ浸透し、その身体を僅かに吹き飛ばす。
「よっしゃ、結局なんの策も浮かばなかったけど勝ちは貰ったな! そろそろ行くか!」
「自力で私と、渡り合ってくれた……あなた、は……!」
観客席の物陰から出ていくファイヤーラッコ。ウッキウキ!
膝からくずおれる七月。
生涯初めての損傷に、立ち上がることは適わない。
サーバルは既に絶命している。
ラッコがその様子を眺めている。




ラッコが、その様子を、眺めている。
観客席、欄干の上から。
中央舞台へ飛び降りる。
不安そうな表情を浮かべながら、にじりにじりと距離を取りながら、眺めている。
火を放つ。
七月の衣服に着火する。

「ああっっっっつ!!!! あっつ!!!! おまっ……お前!! ラッコ!! やめろ!!」

七月に背を向けて走り去る。
闘技場の壁をよじ登……登り……登れない! 足元で爆発を起こし、無理矢理、よし! 登った!
観客席の奥へ消えてゆく!

「ああーーーーーっっ!!!! あつい!!!! 待てラッコ!!!!ああーーーーーーっ!!!!」

あっラッコ帰ってくる! さすがに感じ入るところがあったのか!
違うわこれ! 右手に火! 放つ! サーバルの衣服に着火する! そいつはもう見るからに死んでいるぞ! 怖いからって念を入れるな!
ほっと一息つくラッコ! 観客席の奥へ消えてゆく!

「てっ……てめーーーーーっ!! 帰ってこい!! おい!! クソヤローーーーッ!!!! あっっっっつ!!!!!! あーーーーーっっっっ!!!!!!」





グロリアス・オリュンピア第ニ回戦・闘技場STAGE

『期待の視線』大隈サーバル … 頭部を破壊され失格
『玉龍拳奥義・果報大願成就一念一殺』七月十 … 焼死
『ファイヤーラッコ』ファイヤーラッコ … とてもげんき

勝者 ―― ファイヤーラッコ






視界が一気に開けた。

あーこわかった。

よろめきながら立ち上がる。膝がかくかく笑っているのだ。
ステージをぐるりと囲んでいる観客は、みな一様にぽかんとした表情を浮かべている。
ショックを受けているような、開いた口が塞がらないとでもいうような。
なになに? マヌケでも見たの?

降り注ぐ視線の中心にいるのは、まぎれもなく俺だ。
戦いの勝者。あの化物格闘家二人を倒した、いうなれば勇者だ。
けれどそこに賞賛の色は……いやまあ、うん。ないよな。わかるわかる。

ここでなにか印象をガラッと変える必要がある。
人気はあるだけあった方がいいだろう。
今日こそは温めに温めたYoutuber挨拶を決める時だ。
側にいたスタッフからマイクを受け取り、音を鳴らして音響の具合をチェックする。
よし。

「みんな~、こんにちバーニング~! キュートでパワフル、ファイヤーラッ」

(ダイナミックな音)



不審人物の持ち込んだ音響機材が爆発し、安全確保のため勝利者インタビューは中止となりました。
最終更新:2024年11月16日 13:51