プロローグ(泉桜原レイラ)
「…ここは?」
彼女が目を覚ますと、そこは暗闇だった。
彼女の名前は骨鷺ミツコ。
グロリアス・オリュンピアの運営を司る『五賢臣』の一人であり、世界的軍事企業、骨鷺重工の最高幹部の一人でもある。
光のないその場所では、どんなに目を凝らしても何も見えなかったが、それでも、彼女が置かれている状況は一目瞭然であった。
すなわち、彼女は何者かに誘拐されたのだ。幾人ものボディーガードの監視を潜り抜けて、彼女をここまで連れてきたものがいる。
記憶を辿る。二月五日。午後3時。彼女は朝浦コブナの頼みでショッピングに同行していた。
朝浦コブナはサイボーグ魔人である。世界からの注目を集めるグロリアス・オリュンピアで優勝することを使命として設計された、我儘な娘である。
それが試着室からなかなか出てこず、返事もないことを不安に思い、人目がつかない様にそこのカーテンを開けたとき、彼女の意識は途切れた。
「おっ、起きた?意外と早いねぇ。いやー、連日徹夜で疲れてるだろうと思って、起こさずにいたんだけれど。」
彼女がそれを思い出したのと同時に、快活な声が聞こえ、薄ぼんやりとした明かりがついた。
声のした方向を向くと、セーラー服に身を包み、赤褐色の蛇を象った槍を持った、黒髪で小柄な女性が椅子に腰かけていた。
「貴方は、トレジャーハンターの泉桜原レイラ…。」
『五賢臣』の名に恥じぬ卓越した記憶能力を持ったミツコは、彼女の顔を見てすぐにその正体が分かった。
「そう、私は天才トレジャーハンターの泉桜原レイラだよ~。
早速目的から話しちゃうけど、私にグロリアス・オリュンピアの参加枠を頂戴?」
笑いながら話すレイラ。
「…。不可能です。
そんな脅迫を聞くほど、我ら五賢臣は軟弱ではありません。
第一、あなたの実力では大会を勝ち抜くことも、盛り上げることも出来ないでしょう。
じきに魔人警察の方々が来ます。
諦めて自分から出頭すれば、刑が軽くなるやもしれませんよ?」
毅然に対応するミツコ。五賢臣になった時から、このような事態は想定済みだ。
大会の円滑な運営のためには、彼女のような弱者を大会に呼び込む訳にはいかない。
「ううむ、これは喜ぶべきか悲しむべきか…。」
いや、ここは喜んどこう。自分の実力を十分に偽装できたということだからね!」
レイラは笑顔を浮かべさせながら立ち上がった。
「嘘を付こうとしても無駄…、
………………?
あなた、その下のは!?」
そこでミツコは気付いた。今までレイラが座っていたものが、人の形をしていることに。
そしてその姿は、連れてこられる前に一緒にいた朝浦コブナと瓜二つであることに。
「ああ、この子?」
「じき私のコレクションになる物さ。」
それから数十分もの間、ミツコは絶句し、声も出せずにいた。
あの後、彼女は様々な石像が展示されている部屋に案内された。
レイラが言うには、あれらは彼女の持つ槍によって石にされた人間、それも偉大なる功績を成したり、大事件の首謀を成したりなどした、いわば『一度見たら忘れられない奴』であるという。
彼女はそれらの石像に過剰なほど触りながら、それらの元々の身辺、為した功績、好きなもの、石化時の状況などを事細かに説明していった。
そしてその最後には必ず、恍惚の表情を浮かべながら『まー、今はもうみんな忘れてしまってるけどね。』と付け加えた。
そして、その部屋の一番奥に辿り着いた。
そこには二体の石像があった。
一つは筋肉質の青年男性の石像、もう一つはサイドのテールの少女の石像。
その二つともに、落ちないようなバランスで、白いカードが挟まれている。
「さて、ずいぶんと時間を取ってしまったわね。
ぶっちゃけ、これだけ見せれば良かったんだけど…。
ちょっと白熱しちゃった。」
「…これだけ見せれば良かった…?どういう意味?」
「ふふ。カードを見てごらん。そうすれば分かるからさ。」
「……………?
!!!」
石像に近づいたミツコが見たもの、それはその石像の個人識別情報らしきものが書かれた五賢臣IDカードであった。
これを作りだせるのは、GO運営本部の幹部魔人、五日市ククロウのみである。
いや、五賢臣IDカードというのは正確には違う。
なぜなら、その石像に挟まっているカードにはこう書かれているのだから。
『七賢臣』
「いやあ、なかなか変わった子たちだったからさ…。
お持ち帰りしちゃったというわけよ。」
ミツコは、恐怖した。レイラの所業ではなく、彼ら二人の事を全く思い出せないことに。
「くっ…!外道め!」
ミツコは勇気を振り絞り、護身用のスタンガンをレイラに向けて放つ!
「ふんっ!」
しかしその一撃がレイラに届くことは…ない!
導電体である『彫刻槍
』で、電撃点と地面を接続し、疑似的なアースとして活用したのだ。
「ふふ…やはりあの二人と比べると地味な攻撃ね。」
レイラはにこやかに笑いながら五賢臣の一人(いや、七賢臣の一人とでもいうべきか?)、骨鷺ミツコに近づく。
「くっ…お前の好きに…させるかぁ…!
フォーメーション・X!」
ミツコが変形を始めた!
世界的軍事企業、骨鷺重工の幹部はみな、体内に殺人兵器を備えているのだ!
下腹部からガトリング・ガンが展開される!
「ごめん地味って言っちゃって!
てかこれ大会でも十分通用するでしょ!」
そう言いながらレイラは手を前にかざす。
その手には壊れた取っ手が握られていた。
「まあ。」
「防げないこともないけど。」
瞬間、ポリカーボネート製ライオットシールドが、彼女の目の前に飛び込み、弾丸を防いだ!
魔人能力、『アウトサイドイミュニティ』の効果によって、盾を直したのだ!
「ガガガガガガッ!!!」
「ガリガリガリッ!ギギッ!」
周囲の彫像が流れ弾で削れていくなか、レイラのもつ盾は一片の傷も見せていない。
そう、『アウトサイドイミュニティ』の効果はこれだけではない。
ガトリング弾によって削られたシールドを常時直すことによって、それに無限の耐久力を持たせることも可能なのだ。
「くっ…ハイヤッ!」
盾の特性を知ったミツコは、大きく飛び上がった。
盾の防護範囲外から銃撃するためだ。
「ふふ、やっぱり地味ね。その考え方。」
レイラは地面にあった手ごろな石に手をかけ、その瞬間、右側に急速な勢いで滑り込んだ。
その先には、石像があった。元七賢臣の、少女の石像が。
先のガトリング弾で削り取られた部分が修復され、それは元の石像に戻った。
「物は大事にしなきゃいけないわよ?」
その直後、ミツコは槍に貫かれ、落下した。
近づいてくるレイラの顔を見た。
その刹那、意識が断絶した。
「…なぜ私を助けた?」
三十分後、ミツコは冷たく湿った床の上で気を戻した。
どうやら彼女は、一度石にした物を、元に戻すこともできるらしい。
「悪口を言うようで言いにくいけど、あなたは地味。
『名誉と金を求めて策謀を巡らせる大企業の幹部』程度じゃ、私の性欲は満たせないわ。
せっかくコレクションするなら、よく『使える』物でないと。」
ミツコは、やんわりと自分の人生を否定されたようで気に食わなかった。
だが、彼女の狙いが自分に向いてない事による安堵の方が大きかった。
「色々あったが、お前用の大会の出場枠を確保してやる。
だが、それからのことは手助けしないぞ。
大会はお前の力で勝ち抜け。」
「ふふ、ありがとね。油断せずに行くわ。」
ミツコは、大会の出場枠をおとなしく渡した。
朝浦コブナや石になった七賢臣の二人には悪いが、自分もああなるのは嫌だ。
だが、それはそれとして、腑に落ちない点が一つあった。
「しかし、お前はオリュンピアに何を求めている…?
参加者を石に変えるだけなら、わざわざこの大会に参加する必要はないだろう?」
そう、わざわざこの大会に出場しなくても、彼女の目的は果たせるはずなのだ。
むしろこの大会に出て目立つことは、彼女の秘密を明かしかねない悪手だと、ミツコは思った。
「お姫様と一緒にいたい。3日間、監視も何もない個室で一緒にいたい。それが私の願い。
それが叶えば、あれは完全に私のものになる。この世で一番の注目を集める、空中楼閣の君主は、ただの石塊になり、忘却の彼方に消え去る。そうしたら、彼女を知るのは私だけ。
考えただけでも…興奮しちゃう。」
レイラは恍惚に頬を赤らめながら言った。
そう、彼女にとって今回の大会はただの通過点。
目的に達するための最短経路に過ぎない。
「私の狙いは、お姫様よ。」