今回Wiki構文はあんまり使いません。なんか使うところ無かったし、いい加減やることが見つかりません。
苦肉の策で往復する疾走感を用意しましたので、せめてそれだけでもお楽しみください。
あ、あと二回戦ではアンケートにご協力いただきありがとうございました。
結構スマホ読者が多かったので、ふんわりフィードバックされるかもしれません。
「……くあ」
欠伸を一つ。
今ひとつ緊張感に欠ける佇まいのその男は、名をファイヤーラッコという。
腰掛けるチェアは気品に富み、ゆったりと身体を包み込んでくれる。
ホテルのロビーに併設されたこのカフェで、ラッコは一人微睡んでいた。
「ああ、どうやら待たせてしまいましたね」
そこへ歩み寄るのは、スーツ姿の麗人。
ファイヤーラッコは首だけをそちらへ向ける。
「待っちゃいねえよおねえさん。ダラダラする場所が部屋からカフェに変わっただけさ」
「お久しぶりですね、未来の優勝者。座っても?」
「ん、どうぞ」
多忙を極めるというトーナメント運営の一部太郎レディに会うのは、予選以来だった。
俺だって試合に向けてコンディションの調整をしたり、作戦を練って下準備を進めたり、そういうことをしたりしなかったり、面白いゲームをしたり面白くないゲームをしたり、ガス代に焦ったり時間に焦ったりガス代に焦ったりと忙しい毎日ではあるのだが、どうやら彼女はその比ではないらしい。
まあ当然だろう、何やったって一番大変なのは企画運営と相場が決まっている。
そういうわけで、準決勝を前にして俺とト運一レディはようやくの再開を果たした。
「いやあ、正直なところを話すとさ。びっくりしてんだよな。なんで俺準決まで来れてんだろう」
「ええ、私も心底驚きました。二回戦の体たらくは流石にどうかと思いましたが」
「俺は未来の優勝者サマなんじゃねえのかよ……」
「だってアレ、八割方演出で言ったところありますし」
「いじけちゃうぞ俺」
笑うと案外子供っぽい。
うむ。
こいつ、多分モテるんだろうな。まあそれはいい。
「ところで、例のチョコなんだけど」
「ああ、はい」
「そろそろ二ヶ月経つんだけど、アレそんなに日持ちすんのか? 手作りだよな?」
「…………」
なんでそんなきょとんとした顔をするんだこいつ。
「…………」
「…………」
えっ今更ここで沈黙になるのおかしくない……?
おい。
おいやめろ。
口元に手を当てるな。
視線を落とすな。
右へも逸らすな。
こっちを見ろ。
「……多分」
「ああ?」
「多分大丈夫なのでは?」
「マッジかお前!! えっなに多分って!? こっわ!! 見かけによらず怖いぞお前!!」
「ちょっと待ってください。なんですその失礼な反応は。私の話を聞くべきでしょう」
「ああ、なにか、なにか理由があるんだな? 大丈夫なんだな?」
柄にもなく焦っている!
何故俺が常識サイドに立っているんだ……?
俺はラッコだぞ。5億でいい機材で大物YouTuberだぞ。
頼むから俺にツッコませないでくれ。気がおかしくなりそうだ。
「能力で作ったものですから、なんかそういう融通利きそうじゃないですか?」
「んっ……んんん……!! 一番反応に困る返答はやめろ……!!」
「真心の力でなんとかなりませんかね……」
「知らっねえよ!! オメーの能力だよ!! 俺に同意を求めるんじゃねえーーっ!!」
「確かにそうですね。では大丈夫ということにしましょう。私の能力ですから、私に都合がいい筈です」
「大丈夫か……!? 事と次第ではテロリストだぞ……!?」
「倒れるとすればフェム王女ではなく毒味を担当される方でしょうし、問題は及ばないでしょう」
「その人と俺に及ぶのでは……!?」
「冗談ですよ、冗談。ふふ」
「タっっチ悪いな!! え!? どっから!?」
笑うと案外子供っぽい。
笑わなくても子供っぽいような気がしてきた。
◆◆◆
「はあ……本当に本当かよ……もうマジで信じられねえぞ……」
あの後部屋に戻った俺は、冷蔵庫の奥に佇むチョコを眺めていた。
一応「本当に能力的に問題ない」との回答を受け取ったのだが、あのクソ茶番のせいでいまいち信用ができない。
俺は優勝した暁にはこんなモンを王女サマに渡さなくちゃあならないのか……。
あまり考えないようにしよう……。
気分転換しようと思ってはいたが、別にこんな気分になりたかったわけじゃあないんだぞ。
ともあれ、部屋のベッドに腰掛けてモブおじさんの試合の録画を観始める。
滑り出しは順調だ。
一人でいたら絶対にあと何時間かはゲームをしていたからな。
今日はいい調子だ。
◆◆◆
モブおじさんは駅を訪れていた。
行き交う人は数知れず、立ち止まる場所を見つけるのも難しい。
都心にほど近い場所ではあるが、これほどの利用者で賑わうのはグロリアス・オリュンピアの影響であるようだ。
そこに三回戦進出者がいるとなれば、ちょっとした騒ぎにもなるだろう。
《MOBの『世界』》で姿を消し、さらに簡単な変装で身を包む。
《MOBの『世界』》は汎用性の高い能力ではあるが、境界の最小半径は1mだ。
これだけの密度の場所であれば境界内に他者が踏み込むことは避けられない。
故の併用、二重偽装である。
その結果、人とすれ違う度に「あっ?」「うわ!」と素っ頓狂な声が上がっては何事もなく喧騒へ消えていく。
横にいるシロナはその様がおかしくて、時折くつくつと笑っていた。
やがてなんとか柱の陰にスペースを発見し、手を引いてそちらへ逃げ込む。
水筒のお茶をシロナに注いでやり、一息つく。
ゆっくり休むにも一苦労だと二人で笑った。
「うー……ん。ふう。じゃあおじさん、ボク、もう行かないと」
「うん。おじさん頑張るからな。シロナくんも……頑張るんだぞ。応援してる」
「きっとだよ。中継、絶対観るからね」
「ああ」
シロナが改札へ向けて歩み出す。
4月。始まりの季節。
相談の末、シロナは通学のために会場を離れることになった。
まだ心細いだろう。帰る家には誰もおらず、ただ苦しい記憶のみが焼き付いている。
正直なところ、心配は絶えない。
それでも彼は戻ることを決断した。進級し、新しい世界を生きるために。
それは彼にとって、きっと『戦い』なのだ。
思えば、初めて再開した時もそうだった。
――いつも先を行かれているな。
この喜びは、きっと教育者のそれなのだろう、と思う。
長く中学教諭を続けていたが、今になってその感慨を得ようとは、考えてもみなかった。
送り出す背中は小さい。
けれど、それは同時に頼もしさを感じさせるものでもあった。
「……いってらっしゃい。格好いいなあ、君は」
呟いた言葉は、人混みに掻き消えていく。
ほう、と溜息を吐くと、モブおじさんも改札に背を向けて歩き出した。
「おじさん、忘れ物!」
振り返る頬に、柔らかく温かいものが触れる。
先程別れたばかりのシロナの顔がある。
「寂しいからって、浮気しないでよねっ!」
ただそれだけを告げると、弾けるようにまた駆け出していく。
今度こそ、改札を抜けていく。
「……本当に格好いいなあ、君は……」
モブおじさんは暫く立ち尽くしていたが、やがてまた、歩み出した。
◆◆◆
第三回戦。希望崎学園。
交戦は既に始まっていた。
「ハッハー! 森が多いのはいいな! よく燃える! 炎が増える! 財布に優しい節約術だ!」
「今日は随分と吠えるんだねぇ、ラッコくん! 俺じゃあ役不足ということかい?」
「たりめーだ! 今日は地の利がある! あんたのスペックにt単位の表記はねえ! お前こんなありがてえことがあるかよ! 今まで無かったんだよ! はー! サイコー! ちょうどいいわおっさん!」
「ウフヒヒィ……めちゃくちゃナメられたものだねぇ! まあいいさぁ、今日はたくさん気持ちよくなって帰るといい……!」
交戦地帯はグラウンド。
バッターボックス! ファイヤーラッコ!
その背、燃え尽きた防球ネットの奥にはだいぶ青褪めるレベルの大火事がある!
ピッチャーマウンド! モブおじさん!
《MOBの『世界』》により炎を遮断! ものともしない!
「あんたの能力、タネはオネエのおまわりさんが看破済みだからな。炎に巻かれていれば、お前はそれ以上能力を使えない」
「ぐひひ……ならばどうする? 君が直接飛び込んで来るかい? 和姦道強引系開祖のこの俺と、やりあってみようかぁ!」
「うーん。それな。実はこの先のこと全然考えてな……ちょっと待て、今お前開祖って言った? なに?」
なになに? どしたの?
なんかおかしいことあった?
「あったあった! ちょっ……ちょっと待って。おっさんもっかい。もっかい名乗って」
「俺は和姦道強引系開祖、モブおじさん!」
彼は和姦道強引系開祖、モブおじさん!!
「いやいやいやいやいやいや」
どうしたラッコ! 彼は和姦道強引系開祖だぞ!
「顧問だろ!? 一回戦で言ってたよな!?」
でも二回戦は師範代だったよ。
「経歴が成長してる!!!」
「細かいことを気にするラッコだねぇ。若いうちから禿げちゃうよ」
「死活問題だわ!!! 開祖!? なんだよそれすげえ強そうじゃん!!! ちくしょう!!!」
「強いよぉ、ちょっと強いよ。和姦道強引系絶技!『芋けんぴ髪に付いてるよ』!!」
カリッ……!!
瞬間、モブおじさんの姿がファイヤーラッコの視界から消える!
不可解な音の出処は……自らの背後……!!
「さあ、インファイトの時間……の、その前に」
混乱するファイヤーラッコの耳元で、モブおじさんが囁く!
それは、悪魔のくちづけに等しい……!
「久し振りだねぇ……ラッコくん。君のかわいらしいラッコアナル、よく覚えてるよぉ」
《MOBの『世界』》!!
この境界が影響を及ぼすのは、指定したただ一つについてのみではない。
過去に能力を行使されていた場合――その効果解除が為される!
ファイヤーラッコは、既にモブおじさんの毒牙にかかっていた――!!
◆◆◆
それは6年前のことだった。
摩訶不思議おもしろ生物ラッコ人間の噂を聞きつけた茂部安康は、目撃情報を頼りにファイヤーラッコに辿り着いた。
老若男女問わず性欲の対象、童貞男ともまぐわってみせた名高きモブおじさんは、当然ラッコ男も対象だ。
好奇心が疼かぬ道理はない。
そんでまあ例の如く能力でバーってしてグワーって致してぺいって記憶だけ奪ってオサラバしたんだけど、ここ別に描写しなくていいよね? みんなラッコのアナルの具合とか知りたい? ぼくもナショジオした方がいいかな? しないです。しませーん。
つまるところ、そういうことなのだ!!
◆◆◆
「ゲロゲロゲロゲローーーーーーーーッッ!!!!!」
「ぎゃっ、ぎゃああああああああ!!!!!」
で?
どうなるかって?
ゲロだよ!!!
呼び起こされた忌まわしき記憶が脳内をぬらぬらと駆け巡り、その結果がこれだ!!!
ぬかったなモブおじさん!!!
すごい!!! ゴジラみたいな勢いで出てる!!!
「オッ……オゴーーッ!! ゲロゲロゲロゲロゲロゲローーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
すごいすごーい!
くっせー!! きったねー!!
やーいゲロボーイ!! ゲロボーーイ!!!
(おともだちにこんなあだなをつけるのはよくないよ。よいこのみんなはぜったいにやめよう)
「まっ、《MOBの『世界』》!! 『拒絶:ゲロ』!!」
たまらず飛び退いたモブおじさんが能力を行使! ゲロを弾く夢のドームが誕生した!
まあ本人がゲロまみれのためわりと手遅れな感がないではないが、いや、気持ちはわかる!
「オッ、オゴーーーッ! オエエーーーーーーッ!!」
お前も大丈夫かゲロボーイ!
この一瞬でだいぶやつれてるぞ!
「オエーーーッ!! だ、大丈夫じゃねえ!! 体液が全部出てこのままでは死ぬ!! ゲロゲローーーッ!!」
おもったよりたいへんそう……。
一回別のこと考えたら?
「べ、別の……ゲロロロ……別のこと……」
そうそう。
「あっガス……が、ガス!? ガス!!!!」
その瞬間、ファイヤーラッコの全身が発火する!!
爆煙!! 熱源!! 灼熱地獄!!!
これは、森で延焼させた炎ではない!
火炎生成! ゲロの代わりに炎を吐いた!!
すごい! 真っ当にかっこいい絵面だぞ!!
あまりの生成量に、頭はガス代への不安で埋め尽くされる!!
「う、うわあああああああ!!!! が、ガスが!!!! 来月の支払いがあああああ!!!!」
「ぎゃっ、ぎゃああああああああ!!!!!」
突如としてゲロが火炎に変わり、境界を超えてモブおじさんを襲う!
火だるまだ!
「《MOBの『世界』》!! 『拒絶:酸素』!!」
《MOBの『世界』》は、自身を中心とした球の境界面で対象を拒絶する能力である!
故にモブおじさんの全身に燃え移った炎は、直接排絶することはできない!
酸素の供給を止め、グラウンドを転げ回るモブおじさん!
炎はなんとか消えたが、モブおじさんの息も絶え絶えだ……!
「ぜぇ……ぜぇ……ま、ます、《MOBの、ぜぇ、『世界』》……! 『拒絶:炎』」
「が、ガス……俺の……俺の貯金……賞金……ガス……と、取り立て……! ヒィ、来ないで……」
距離を取り、力無き視線を交差させる二人。
止まる時間。
互いにちょっと時間が欲しいという気持ちが伝わり、学園は暫しの静寂を取り戻す。
一方はゲロと土と煤まみれのおっさん。
一方はケツの絶望を凌駕するガス代の幻影に自ら取り憑かれたラッコ男。
これはグロリアス・オリュンピア――世界が注目する祭典の、二強が一角を決定する戦い。
そしてやがて、二度目のゴングが鳴り響く。
◆◆◆
「ぐふ……ふぅ。そ、そろそろ再開といこうかぁ……キュートなおしりのラッコくぅん!」
「取り立てのおじさん……俺、俺こんな額払えねえよォ……来ないでくれよ、なァ、ちくしょう……」
真野みたいだなラッコ。
ともあれ、両者ともに辛うじて戦えるだけの精神状態を取り戻した!
「《MOBの『世界』》! 『拒絶:ラッコの魔人能力』!」
恐怖のラッコ無力化フィールド!
大した身体能力を持たないラッコは、アレに囚えられれば絶体絶命だ!
逃げろ! 逃げるんだファイヤーラッコ!
「和姦道強引系開祖の力……改めて思い知るがいいさぁ! 『芋けんぴ髪に付いてるよ』!」
「来るな! そうやって取り入って……お、俺をマグロ漁船とかに乗せるつもりなんだろ!?」
超スピードで迫るモブおじさん!
爆発を操り、すんでのところで魔の手から逃れるファイヤーラッコ!
如何な芋けんぴとて万能ではない。
人間不信に陥り、迫る全てから逃れようとする今のファイヤーラッコであれば、その拘束力から逃れることもできる!
強引系といえど、元を正せば和姦道!
目に見える全てに怯える相手にはその機能を発揮しない!
開祖破れたり!
「《モブおじカウボーイ》!」
しかしその時、モブおじの腹部が駆動音と共に展開し、へその緒めいてケーブルが射出される!
こ、これはいったい!?
「ぐふふふ、実は昔、雪村ラボ開発部の顧問をやっていたことがあってねぇ~!」
なんと……そうだったのか……見損なったぞ雪村ラボ……。
「捕まえたぁ! さあ、来るんだぼくのラッコくん……!」
「な、なんだこれ! やめろ……ああああああ!!!!」
想定外のモブおじカウボーイに絡め取られたファイヤーラッコの身体が、境界を抜ける。
ファイヤーラッコは、もはやただの成人ラッコだ……!
◆◆◆
――やっぱりそうだ。
見ないようにしていた。
気付かないようにしていた。
ボクはてんで戦えてなんかいない。
おじさんに迫る危機……その正体。
ボクは、それが怖くて、きっとなにかの偶然だと蓋をしていたんだ。
◆◆◆
「グヒヒヒィ、よく来たねラッコくぅん……それじゃあ始めようかぁ! たのしいたのしいダンスをさぁ!」
モブおじ七大兵器! 《モブおじキャストオフ》!
衣類を超電磁なにやらでパージする必殺技だ!
これが雪村桜であればあまりにも諸刃の……いやこれ逆刃の剣だな!
とにかくモブおじさんならこれでいち早くことに及べるのだ! 便利!
加えて……パージしたモブおじさんの股間にぶら下がるこれは、いったい……!?
「フフゥ……ぼくはねぇ、経済産業省、資源エネルギー庁部の顧問だったこともあるんだぁ」
す、するとこれは『.357逆鱗弾』を発射する、対魔人マグナムということか!?
み、見損なったぞエネルギー庁!! 現代社会の腐敗を感じる!!
恐ろしき暴銃が成人ラッコの尻を狙う……!
しかしその時、二人の間にワームホールが出現する! いつものアレだ!
みんなついてこれてる!? 怪しい? ごめん! ごめんな……!!
「はい! いい加減突然かも微妙なところですが
ここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
(爆発オチ太郎は、文字数や時間や気分的な問題によって自然発生する形而上存在です!)
◆◆◆
――本当は、もっと早くからわかっていた。
おじさんは、ボクと同じ被差別存在だ。
その容姿は、一般に好意的には受け入れがたく。
性交などは以ての外だ。
能力を行使すれば、きっと一時的になら可能であったとしても――
――部活動の顧問として、公的に、生徒に混じり和姦道を嗜むことなど在り得ない。
ましてや、師範代になどなれよう筈もない。
そうだ。
おじさんは和姦道部顧問にはなれなかったはずだ。
雪村ラボ開発部顧問にはなれなかったはずだ。
エネルギー庁部顧問にはなれなかったはずだ。あとエネルギー庁部顧問ってなんだ。
『仰ぎ見るはあなたの背中』。
それは、初めて会った日からずっと話せずにいた、ボクの魔人能力。
◆◆◆
「そ、そんな、そんな馬鹿な話があるか……! お前の能力は封じていたはずだ……!」
(でも爆発オチ太郎は、文字数や時間や気分的な問題によって自然発生する形而上存在です!)
咄嗟の能力行使で爆発を遮断したモブおじさんだが、それによりファイヤーラッコも呪縛から逃れていた。
アフロヘアーを丁寧に撫で付けるファイヤーラッコ。
しかし、その手は震えている。
「なんだ……なんなんだよ……あいつ、勝手に出てくるんだ……なあ、あの爆発はどうなんだ……? あれは、あれ、お、俺か? 俺が払うのか? 違うよな? 答えてくれよおっさん……」
しかし、モブおじさんは聞く耳を持たない。
モブおじキャストオフにより散開していた衣類が形状を変え、一つ一つが空を舞う。撃槍と化す。
これぞ、雪村ラボ開発師範代であるモブおじさんの必殺の武装。
モブおじ七大兵器が一つ、《モブおじファンネル》である。
ちなみに雪村桜が使用した場合、メモリが並列処理に追いつかず激しい頭痛を引き起こし、結局一個ずつしか動かせない。
人間の頭脳って本当にすごいんだ。まだまだ機械では追いつけないのだなあ。
そしてファンネルに搭載された砲座からは、当然『.13579逆鱗弾』が射出される。
ああ、もちろん彼がエネルギー庁師範代だからだ。
◆◆◆
元々は、異常環境下にあったボクが自己卑下のために発現させてしまった能力だった。
庇護者の望む力を与える能力。
無力で愚図で養われるだけのゴミであるボクを、愛してもらうための仕組み。
何故か必ず部活動顧問を経る特徴があるのだけど、本当の両親が教師であった影響なのかもしれない。
ともあれ、この能力を受けてボクの両親は虐待部の顧問となり、PTAで高い評価を得るようになった。
私立虐待保育園の園長のポストを約束されたと言い、嬉しそうにボクを殴っていた。
当時のボクも嬉しかった。役に立てた。これでこの家に置いてもらえるんだって。
利用されるためだけのこの能力は、ボクの歪みの象徴だ。
ボクに意志は必要なかったから、この能力は勝手に発動してしまう。
それだから、おじさんに話すのは怖かった。
そんな人じゃないとわかっていても、『ボクはどこまでも都合のいい存在です』と打ち明ける恐怖があった。
おじさんはボクが魔人だと知っていたのに、深くは追求して来なかった。
そのことが単純に嬉しかったし、きっといつか話せるようになろうと思っていた。
それなのに。
都合のいいボクの能力は、今、ボクに都合よくおじさんを創り変えている。
◆◆◆
「びっくりしたよぉ、ラッコくん……だけど、勝つのは俺だ。だって俺は、」
◆◆◆
おじさんは、ボクのために、『グロリアス・オリュンピア部顧問』を望んでしまった。
◆◆◆
「だって俺は、そう。突然だよねぇ、
俺、昔爆発オチ部の顧問だったんだ。」
(爆発オチ部顧問は、文字数や時間や気分的な問題や能力の暴走によって異常変成する形而上存在です。)
「なんだ? あんたもか。あんたも、爆発するのか。それも俺が肩代わりするのか? どうなんだ? なあ」
爆発オチ部顧問の胸部ハッチが開き、煌々と脈打つ心臓部が露出する。
◆◆◆
「おじさん、おじさん!! だめだ、おじさん!!」
違う。こんなのは望んでない。
こんな風になりたかったわけじゃない。
なってほしかったわけじゃない。
おじさんは、対戦した相手の脅威を次々と取り込んで肥大化、加速し続けている。
グロリアス・オリュンピア師範代になるために。優勝の看板を掲げるために!
だが、今の相手は――ファイヤーラッコなのだ……!!
アレに関わってはいけない。アレになってはいけない。
きっと、あなたがあなたでなくなってしまう。
◆◆◆
「よいサイズの……《モブおじ原子炉》。
そしてこれが、エネルギー庁自慢の燃料棒だよぉ」
爆発オチ師範代が、心臓部を抜き取り、自身の股間へ引き寄せていく。
原子炉に燃料棒が挿入されれば、なんか核爆発する。
それは石油コンビナートどころではない。これが、師範代たる所以だ。
ファイヤーラッコはその様をぼんやりと眺めている。
アレはガス代になるだろうか。俺が払うんだったら、本当に嫌だなあ……。
…………ずぬりゅりゅ。
燃料棒が、《モブおじ原子炉》の処女膜を貫いた。
◆◆◆
…
……
………
…………
…………宇宙の始まりに、爆発があったことを知ってるかい?
…………俺は、原初の爆発オチ太郎さぁ。グヒヒ。
(音も無き、正真正銘の大爆発)
◆◆◆
中継映像は、ノイズを映すばかりだ。
「おじさん、おじさん、おじさん、おじさん。お願い……おじさん……!」
祈る両手に、爪が深く食い込んだ。
血が滲む。流れる。知らない。どうでもいい。
おじさん。
おじさん。
おじさん。
やがて、映像が切り替わる。
『両名ともに、生命反応ナシです。生命反応ありません。この場合どうなるんでしょう? 判定は?』
『現在審議が続いているようです。ただ――あ、今情報入りました。両名生命反応ナシの報は、誤り! 誤りです。大変申し訳ございません。えー、えーと。……うーん? えっ、なんですかこれ』
『えー……対戦者ファイヤーラッコ、死亡』
『対戦者モブおじさんは……マジで言うんですかこれ? 全然わかんないんですけど』
『対戦者……モブおじさんは、宇宙に昇華しました』
『彼はビッグバンそのものであり、生命、非生命を問わず、存在するすべてのものを祝福します』
『彼の状態を戦闘前に戻すことは、現在の王国の技術では不可能です。よって、モブおじさんは戦闘不能』
『対戦者ファイヤーラッコを、暫定的に勝利者とします。……先輩、こんな棚ボタありなんですかあ?』
喉を抜ける空気が、ひゅうひゅうと唸りを上げる。
耳障りだ。
肺に酸素が降りてこない。
あれ、呼吸ってどうやっていたんだっけ。
モブおじさんは、宇宙に昇華しました。
え?
わからない。
なんだこれ。
不快な響きが、音が、文字列が、頭の中をがんがん揺らす。
ボクの能力が。
おじさんを、殺したのか。
…
……
………
…………
…………違うんだ、それは違うよシロナくん。
おじさん!
…………そう。原初のモブおじさんだよ。すべての始まりだよ。
おじさん……ボクのせいで、そんな形而上存在に……ごめんなさい、ごめんなさい……。
…………君が気に病むことじゃない。それより、謝るのは俺のほうさ。負けてしまった、ごめんよ。
そんなことないよおじさん……アレ本当だったら絶対勝ってたよ……意味分かんないよ……。
…………うん、意味はわからないね。でもいいんだ。俺はこうして、君を見守っていられる。
嘘、それ雰囲気に言わされてない? なんとかいい感じに着地しようと無理してない?
…………。
ねえ。
…………君を直接守ってあげられないのは心残りだけど。それと、部活動のことはごめんよ。
そんなの、もうどうだっていいんだ。
…………でも、君ならそれもきっと大丈夫さ。君の青春は、きっとすごくしぶといのだろう。
そんなの、もう、どうだっていいんだ。
…………出会った時からずっと、俺よりも前を走っていたんだからね。君は俺よりずっとすごい。
そんなことないんだ。帰ってきてよ、おじさん……。
…………俺はずっと、君のそばにいるよ。だって、ほら。
…………《MOBの『世界』》。 『拒絶:シロナくんの能力の、自動性』。
おじ、さん……?
…………さあ、そろそろ元の世界へ帰ろう。そうしたら、そうだね。一歩、踏み出してみるといい――。
…………
………
……
…
元の、景色。
なんのことはない、ボクの家だ。
テレビは依然グロリアス・オリュンピアを中継している。
今は、ファイヤーラッコの蘇生待ちらしい。
立ち上がってみる。
床を見つめてみる。
何もない。
ゴミひとつ無い、綺麗な床だ。新生活を前に、掃除をしたばかりだった。
右脚を持ち上げる。
大きく、大きく前へ伸ばす。
できるだけ遠くへ。
踏みしめて、身体を、その先へ。
その時、何かを通り抜けたような心地がした。
ふわりと。あたたかくて。
涙がたくさん溢れてくる。
わあわあと声を上げて泣きじゃくる。
どれだけの月日を経ても、ボクは彼を、褪せず鮮明に思い出すのだろう。
ただ天井しかないのに、仰ぎ見る。
思い出すのは、あなたの背中。
ああ。
きっと、ボクの大切な人だった――。
◆◆◆
その後、ファイヤーラッコは勝利者インタビューで盛大に滑りました。
こいつ全然面白くないの。