――休眠状態。個体規定名『恵撫子りうむ』の状態を精査します。
――第一段階。物理成型安定度。29%。シグナルレッド。
――第二段階。概念成型安定度。38%。シグナルイエローマイナー。
――第三段階。魔人能力安定度。97%。シグナルグリーン。
――第四段階。精神成型安定度。146%。シグナルグリーン。
――hello, world.
――May your will be done on earth, as it is in heaven.
◇ ◇ ◇
……ハローワールド。
あまり、寝覚めはよくありません。
いえ、朝が弱いというわけではないですよ?
いつもの目覚めはパッチリしゃきっと、事実この間はそうだったのです。
ちょっとだけ……本当に、ちょこっとだけなのですが。
わたしの体にはガタが来ているみたいですね。
なんだかわたしの端々……テクスチャ、というやつでしょうか。
綻びてきていることくらい、わかるのです。
その度に何かが零れ落ちていることくらい、感じてしまうのです。
秘薬で元通り! となってくれれば話は早いのですけれど、『エプシロンの杯』から生まれたわたしですから、秘薬よりも高位の処理を行っているみたいです。えへん。
……ちょっと強がりました。笑い事ではありません。
だからわたしは、準決勝終了後、すぐにこの能力をセットしました。
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能力原文 |
特殊能力『リミットレス・シンデレラ』
鴉雀晶の所持する懐中時計『キュリアス・コンプレックス・クロノスフィア』の針を巻き戻し
同じ分だけ鴉雀晶の『記憶以外の身体的状態』を巻き戻す能力。
【キュリアス・コンプレックス・クロノスフィアの特性】
時を刻む早さは普通の時計と同じ早さ
後述する特性から常に11時から12時の間の時間を指し示す。
能力によって時間が巻き戻されると、鴉雀の『記憶以外の身体的状態』が
その時間当時の物になる、基本的に10分巻き戻せば10分前の状態に、20分巻き戻せば20分前の状態になる。
能力で巻き戻せる時間は11時まで
能力発動時には最低でも10分時間を巻き戻さなければいけない。
その為、時計が指し示す時間が11時10分よりも前の時は能力を発動できない。
この時計が12時を指すとその瞬間自動的に能力が発動する。
この際に鴉雀晶に意識が無ければ巻き戻される時間は11時ちょうどになる。
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■能力概要
能力アイテムの時計の針を戻して、身体状態を10分前~1時間前にリセットする。
トリガーとなる時計が12時を指すと自動発動するため、少なくとも1時間に一度は能力の影響を受ける。
つまるところ。
現在わたしの体は、1時間おきに1時間前に戻っています。
これでひとまずは決勝を戦い抜くことができそうです。
ありがとうございます、鴉雀さん。
正直なところを言えば、この体がこれ以上時を刻めなくなったことは、少し――とても、寂しくはありますが。
ともあれ、今日も一日のスタートです。
というわけで、残る三つの宝石の選定に入りましょう……あれ?
机の上のトランクを開けてみれば、ひい、ふう、みい、よ。
ううん。おかしいですね。どうも数が合いません。
一個石ころが多いような……?
…………。
…………。
…………!
獅童アキラさんの『総集編! アキラ! 強敵との記憶!』が石に戻ってます!?
えっなんで!? 使ってませんよわたし!!
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能力原文 |
特殊能力『総集編! アキラ! 強敵との記憶!』
俺には特別な力なんてなにもねぇ……! だけどよ、俺が今まで生きてきたこの歩みが、人生がある限り誰にも負けねぇ!
今まで色んなことがあった! 父ちゃんや母ちゃん、ハルカに師匠やガキ大将のゴリバタケ!
御曹司の凍竜院、日本大会の東堂、アメリカ代表のマイケル!
世界チャンピオンのロベルト! 秘密結社のクローネ! 異世界の侵略者ヴェムスター! 挙げればキリがねぇ!
俺はまだ小学五年生だけどよ、数え切れねぇくらい戦ってきた!
だからさ――アンタともどこかで出会ってるはずだぜ!
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■能力概要
相手の過去を捏造し、その設定に準じさせる。
あっこれ準決勝で見た気がする……!!
えっ!? そういうことですか!? もうこの方向性は満足ですと!? そうなんですね!?
お、恐ろしい……!
今までにないアプローチでこちらの手を潰してくる、なんて不気味な相手なんでしょう!
得体が知れません!
ぴんぽーん。
おや、インターホンが鳴りました。
すー、はー。
慌てた姿を見せては情けないというものです。
気持ちを落ち着けて応対しましょう。がちゃり。
「失礼致します、恵撫子様」
ああ、ホテルの方ですね。お勤めご苦労さまです。どうされましたか?
「ファイヤーラッコ様より言伝を預かっております。『茶でも飲もうぜ! 1階のカフェにて待つ』」
ヒエーッ!! 不気味!!
◆◆◆
しめしめ。
まんまとあのチビッコが部屋を出ていく。
俺は実は1階のカフェになどいない。
こうして、寝具を取り替えるおばちゃんがシーツを放り込む……あの……なんか袋の台車のやつ!
あれの影に隠れている! 俺に忍者の才があって残念だったな! ばかめ!
そしてお前はまだチビッコ、初めてのホテルのオートロックドアにいたく感心したことだろう。
手に取るようにわかる。ああ、お前は全幅の信頼を寄せている!
故に生むその隙!
明日からお前は、泣きながらドアが閉まるのをきちんと確認することだろうよ!
喰らえ! 忍法・長い棒!
ギィー……カツッ。
ふふふ、いい感じに挟まった。
すごいぞ長い棒。お前がグロリアス・オリュンピア優勝の功労者だ。
哀れなお子様がとてとて走り去っていくのを見送り、俺は台車の陰から身を起こす。
ははははは! どれ、いっちょ喜びの舞でも踊るか!
あそーれ……あっちょっちょっちょっあっぶねえ!!
危うく棒がドアから外れるところだった。
俺がクレバーで本当によかった。
舞はミッションコンプリートの後に取っておこう。
クレバーな忍者こと俺は、対戦相手恵撫子りうむの部屋へと滑り込む。
ハハハ……フハハハハ……ハァーッハッハ……!
◆◆◆
……いません。
呼びつけておいて現れないというのは、いったいどういう了見なのでしょう!
帰ってやろうかとも思ったのですが、トイレへ行っているだけかもしれません。
ちょっとだけ待ってあげることにしました。りうむちゃんはとても寛大なレディなのです、えへん。
さっきは不気味だなんて思っちゃいましたが、ラッコさんも狙ってやったわけでもないでしょうし。
……べつにおいしそうな甘い香りにテンションが上っているわけではないのですよ。
この間はワッフルを食べたので、今日は噂に高きパフェというやつに挑戦してみましょう、とか。
考えてないですよ? 考えておりませんともー。
ラッコさんまだかなー。
「わりーわりー、遅くなった! ちょっと忘れ物取りに行っててな!」
あっ! 来ました!
さあさ、早く注文を取りましょう!
ほらほら!
店員さん呼んじゃいますね! ハイ呼んじゃいました!
「フレッシュパインジュースといちごハニーパフェひとつ!」
「はえーよメニュー見てね―っつの。えー、コーヒーとハニーワッフル。あ、今日おごりでいいよな?」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」
「いやお前のだけど。俺最近金が厳しいからさ……」
「はっ、はあーっ!? 誘っといて奢らせるっておかしくないですか!? こちとら生後一ヶ月のか弱いレディですよ!? プライドとかないんですか!?」
「ははは、残念ながらないんだなこれが。頼んだぜ資産一億マン……! 俺の財布は置いてきた!」
「アアーッ! いいですよいいですよ、もう好きなだけ頼めばいいじゃないですかばかーっ!!」
「サ~ンキュ~」
し、信じられない……!
この人社会人ですよね!?
とんだちゃらんぽらんじゃないですかー!!
◆◆◆
はあ。
パフェはいいものです。
ワッフルに負けず劣らず美味でした。
ふわふわ感では向こうに譲りますが、甘いものと甘いものと甘いもの、この悪魔的な組み合わせの多幸感と言ったらないですね。いちごを一個奪っていったラッコやろうは絶対に許しません。
ともあれ。
「で、いい加減用件を伺ってもいいですか」
「ん? ああ、用件ってほどのもんは別にないんだけど。じゃあまあ、俺の話でも聞いてくれよ」
あるんじゃないですか。
もう一挙手一投足が小狡く見えます。
「いやあ、前に知り合いにも似たような話をしたんだけどな。なんか決勝にまで来てしまって、俺は今とてもビビっている。参加しといてなんだけど、絶対そんな器じゃなくない?」
「ええ、まあ」
見える限り、全然そんな器ではないです。
生後一ヶ月なりの皮肉を込めて相槌を打ってみましたが、特に動じる様子もありません。
ちょっとくやしいです。
「俺はさあ、楽して生きられたらいいな、って。まあ、一人ぐらいそんな理由で参戦する奴がいたっていいだろ? 本当にそれだけだったんだけど」
……正直、贅沢だな、と思いました。
わたしは戦いのために産み落とされて、今はこうして、消える恐怖と闘いながら在るというのに。
そんな言葉を、ぐっと堪えます。
かっこわるいですからね。
これまでの対戦相手は、不安や後悔を口に出したりしませんでした。
ましてやそれを人にぶつけるだなんて。
「なのに、なんか勝っちゃうんだもんな。マジかよ、ってその度思ったぜ」
……わたしが力を借りている42人は、いずれも勝てなかった方たちでした。
過去を追う者。未来を探す者。現在が無い者。
きっとみんな、祈りを胸に戦って、無念を残して去っていきました。
それなのに。
どうしてこの人なのでしょう。
「……顔、こえーぞ。まあそうだよな。俺だって本当はビビってるんだ。ろくに考えねえで参加したわけだからな。そりゃまあ、マジで勝っちまうと怖くなる。誰かに負けたアイツの方が、俺に負けたコイツの方が、きっと勝って進むべきだった。俺の怠けたい気持ちが、他の参加者の覚悟に勝るわけがない。……ってな」
…………。
「挙句の果てには人ひとり消えちまった。死んでも元通りって聞いてたのによ、とんでもねえよな」
「……それなら」
「ん?」
「それなら、あなたも覚悟を決めるべきです。これまでに敗けていった、62人を背負う覚悟を」
「んん……随分と重たそうだよなあ、それ」
「……重たいですよ。それがグロリアス・オリュンピアで敗退した人のぱわーです」
勝ちたかった人を見てきました。
戦って、教えられてきました。
だから、ちょっといやでした。
なんだかえらそうな物言いになってしまったけれど、でも。
ここまで来たのだから――最後まで、認め会える戦いがしたいなと、そう思ってしまうのです。
「ま、考えとくよ」
「……そうですか。あの、わたしはそろそろこれで。失礼します」
もう十分です。
早足でここを離れます。
懐中時計ももう12時近く、能力の発動に気付かれたくありませんし。
あんまり話していたくないな、と思いました。
わたしはいやな子でしょうか。
でも、だって。
わたしにとって、この大会は世界の全てなのです。
すてきな人たちと出会い、拳を交え、言葉を交え、それでもなお踏み越えてきたのです。
それを、なんだか、こけにされたみたいで――泣いてません。おこっているだけです。
「あー……待て待て。最後に二つ!」
「っ……なんですか!」
「たぶん、この試合に爆発オチ太郎は出てこない」
「……?」
「おっさんが昇華してから、全然出ねえ。なんだろうな、ハチャメチャでも原点が定まったからなのかな。ともあれ、俺にばかりまとわりつくあの怪現象はすっかり消えた。せいせいするぜ」
「それを、何故わたしに」
「つい口が滑った。予選、一回戦、二回戦、準決勝。結果だけ見れば、俺はアレで勝ってきた。だけど、ようやく俺は独りで戦うことになる。お前が戦うのは、不条理じゃない。炎を操る、ただのラッコだ」
……それを話して、フェアなつもりですか。
あんなのは、もとよりズルです。
今までまかり通っていたのがおかしいだけです。
まあ、でも。
ちょこっとだけ……ほんの少し、評価を改めてあげてもいいかもしれません。
のちほど検討してあげましょう。
「あとこれ、忘れてるぞ。伝票」
やっぱクソですこいつ!!!!
◆◆◆
やっぱクソですこいつ!!!!!!
トランク!! ない!!
書き置き!! ある!!
「恵撫子りうむ所蔵の宝石はいただいた byアルセーヌ・ルパン」
じゃねーですよ!!!!
あぁん!? 何ちょっと気取ってみてるんですかクソラッコ!!!!
してやられました!!
もう誰も信じられません!!
いやそうでもないな!!
あのクソラッコだけは絶対に信用しませんとも!! ええ!!
ああ、と、取り返せるでしょうか。
なんだか難しい気がします……。
◆◆◆
そして迎える、決勝戦当日。
や、やっぱりだめでした……!
一度やられたことをやり返すことなどむずかしく……!
警戒している相手を出し抜くなんて無理ですよう!
く、くそう!
予選敗退者の皆さん、ごめんなさい……!
でも、ひとつだけでも残っていてよかったです。
今日はよろしくおねがいします!
あなたにかかってますからね! 『リミットレス・シンデレラ』!
◆◆◆
洋館、その一室。
辺りを見れば、四方のうち二面に窓がある。2階の角部屋であるらしい。悪くはない位置取りだ。
敷地内全てが戦闘地形ということなので、眼下に広がる庭もまた戦場だ。
広くはない……というと語弊があるが、縦横無尽に駆け回るような戦いには少々狭い。
一番の問題なのは、この洋館がレンガ造りであるという点だ。
洋館としてはスタンダードではあるものの、木造の線も十分にあった。
全棟を焼き討ちできればわかりやすくアドバンテージを拾えたと思うのだが、過ぎた話は仕方がない。
ひとまずこの部屋は後にして、さらなる地形把握に努めよう。
いやあ。
にしても、それにしてもだ。
我ながら妙案だった。
天才的かつ悪魔的発想に震えるぜ。
ぶっちゃけばっちり犯罪行為なのだが、対戦者間においてはセーフという扱いになるらしい。
だって見ろよ真野を。遊園地に爆発物とかだいぶ引くレベルでテロリストだろ。
あれ、多分現実の方で爆発してないから許されたんだろうな。
未遂に収めてくれることまで勘案済みで、うん、本当に化け物じみている。
俺が当たらなくてよかった。
まあそれはいいとして、勝手に借りたトランクの中にはひとつだけ空きがあった。
予選敗退者のことなんざ俺は知る由もない。
内容こそわからんが、あのチビッコはなにかひとつ能力を所持しているということだ。
ほらみろ、ようやくイーブンじゃねえか。
むしろこっちは能力割れてるだけまだ不利だ。
恨まれる筋合いはないだろう。
「……しかしまあ。静かなもんだ」
爆発オチ太郎は、恐らくもう現れない。
だが実はもう一つ、俺の周りに変化がある。
――俺に語りかける声が、聴こえなくなった。
「うわーすごい!」だの「葉っぱだったわ」だの「ゲロボーイ」だの、なんだか近くに在り続けた声。
それを知っているのは俺だけだ。
対戦相手の誰もこの声を認識していないし、放送映像にももちろん乗っていなかった。
なんなのかはわからない。
けれど、爆発オチ太郎はともかく、あの声は確かに俺の支えだった。
情けない戦いではあっても、それはずっと死と隣り合わせだった。
覚悟はなくとも、恐怖はあった。
それをここまで誤魔化してこれたのは、あの声のお陰だったのだろう。
俺は今、猛烈に心細い。
ここへ来て、初めての孤独な戦いだ。
このドアを開けて、対戦相手が待っていたらどうしよう。
罠が起動したらどうしよう。
得体の知れない能力に呑み込まれたらどうしよう。
なあ、他の連中はいったい独りでどうやって戦ってきたんだ?
誰も助けちゃくれないんだぞ。
無数の『もしかしたら』に足は竦まないのか。
伸ばした手を引っ込めたくはならないのか。
戦闘経験なのか?
守るべきものがあるからなのか?
どうしても叶えたいものがあるからなのか?
そんなの、ずるいだろ。
俺にはない。
遊んでは暮らしたい。
でもそれは、甘えた考えだっていうのもわかっている。
探し人はいる。
でもそれは、ここまで来たら向こうから会いに来たっておかしくない。
託されたものはある。
でもそれは、ただの友人の頼みだ。
叶えてやれれば嬉しいが、恐怖を麻痺させられるほどのものとは俺は思えない。
俺は、たくさんの覚悟を踏み躙ったのだろう。
でも、俺の知ったことではない。
頼むから踏み躙られないでくれ。
俺だって迷惑なんだ。
だって、だってそういう立派な覚悟を支える背景が、俺にはない。
「ぬおらァーーーー!!!! ドアノブがちゃーーーーん!!!!」
なので、俺はヤケを起こしました。
ヤケはすごいぞ。
覚悟と違って、どんな人間にも等しく微笑んでくれる。
最初の部屋のドアノブを開けて廊下に飛び出すことができる。
はーすごい。
ヤケすごーい。
おらおら。もうどうにでもなーれ。
◆◆◆
「はい!突然ですがここでアテクシ時間スキップ太郎の出番デンガナ!」
(時間スキップ太郎は、肝心の戦闘描写をスキップする本来決勝戦にあってはならない形而上存在です!)
「戦闘描写補完、絶賛募集中!!」
◆◆◆
苦肉太郎まで出したものの結局その先も書けなかった時間切れの叫び
◇ ◇ ◇
――システム『エプシロンの杯』に、規定量の甲種願望の入力を確認。
――入力者の遺伝情報を確認します。一致率97.1484%。
――管理者権限の所有を確認。
――第一段階。物理成型安定度。102%。シグナルグリーン。
――第二段階。概念成型安定度。98%。シグナルグリーン。
――第三段階。魔人能力安定度。0%。シグナルロスト。
――第四段階。精神成型安定度。216%。シグナルとてもグリーン。
――hello, world.
――May your will be done on earth, as it is in heaven.