SSその2


chapter1 ツッコミどころが多すぎる


 ――休眠状態(スリープモード)。個体規定名『恵撫子(えぷし)りうむ』の状態(ステータス)精査(スキャン)します。

 ――第一段階。物理成型安定度。29%。シグナルレッド。
 ――第二段階。概念成型安定度。38%。シグナルイエローマイナー。
 ――第三段階。魔人能力安定度。100%。シグナルグリーン。
 ――第四段階。精神成型安定度。147%。シグナルグリーン。



 ――警告。アバターの物理輪郭が危険水準に達しています。
 ――乙種指令完遂前に、『エプシロンの杯』への回帰が発生する場合があります。
 ――この警告を繰り返し表示しますか?/N


 ――hello, world.
 ――Seek, and you will find.


 ◇  ◇  ◇


 ハローワールド……。

 ちょっと正座をしつつ、目の前の通帳とにらめっこな、りうむちゃんです。
 そう。通帳です。エプシロン王国の宝物庫で顕現した翌日、ピャーチさんに作っていただいた、お小遣い用の、きんぎょ印の預金通帳です。

 最初は、王女親衛隊や従者のみなさま方がポケットマネーでカンパしてくださった5万円だけが入っていた、その口座に今。

 ――1億円が、鎮座していました。

 実際には直前の戦いの準備で色々使ったんで、約1億円なわけですが。
 振込元は、エプシロン王国。

 むにっと強めにほっぺたをつねります。いたい。たしかに現実です。
 5千万円が2度、確かに口座に入金されています。
 『グロリアス・オリュンピア』2回戦MVPと準決勝MVPの賞金です。

 ……マジか。マジですか。
 なんか嬉しいを通り越してコワイのですが!
 何のメッセージもなしに送金とか、これはクソ王女の新手の精神攻撃ですか!?
 会社? とか? 設立できちゃいそうな額ですよ?

 もしも、機会があれば、あちこちを巡る旅行の資金にしたいですし、お金はあるにこしたことはありません。

 うっかり気が向いて今はやりのバーチャルYoutuberとかになりたくなったりするかもしれませんし。あれ、割とお金かかるらしいですね……。プロデュース事務所とかあったりするとかないとか。
 ほえええ。りうむちゃんの知らない世界です。

 ……と、とりあえず、万が一のときにはなんか有意義に使ってくれそうなところに寄付してくれるように書置きとかしときましょう。

 まあ、それはさておき。

 改めて、わたしは通帳をテーブルに置き、ぐるりとホテルのスイートルームを見渡しました。
 大会にエントリーしてからおよそ二か月。
 わたしにとっては、人生全ての経験が詰まった部屋です。

 クローゼットには、アナスタシアさんからお譲りいただいたメイド服。
 机には、井戸浪さんからの名刺に、暗黒騎士ダークヴァルザードギアスさんとアナスタシアさんからのお手紙、そして、真歩さんから、旅行チケットの返送とともに同封された、親娘の写真。

 どれもが、一億円にも負けないくらい、わたしにとっては大切なものでした。

 わたしにいろんなものをくれた『グロリアス・オリュンピア』もいよいよ決勝。
 なんと、りうむちゃんもファイナリストです!!

 次の試合の相手は……

 わたしは改めて、プリントアウトした資料を薄目で眺めました。
 夢じゃ……ないですよね、これ。
 言わなきゃダメですか。この相手の名前。そうですか。そうですよね。
 現実は、認めないと。向き合わないと、いけません。

 ……ファイヤーラッコ。

『ファイヤーラッコは炎を操るワーラッコめいた男だ!
 ただし火炎生成を使うほどにガスの使用料金が心配になるぞ!』

「なんですかそれえええええええええ!!!」

 名前が! 安直ッ! そもそもファイヤーとラッコとの間に何の関連性もないし! というかそもそも、ワーラッコって何ですか! 獣人系はもっと狼とか熊とか強そうなのがいるのによりにもよってラッコって!! あとなんで魔人能力で生成した炎でガス代が心配になるんですか! おまけに大会参加の目的がYoutuberになりたいってなんですかああああああああああ!

 はあ……はあ……はあ……。
 ちょっと、ツッコミどころが多すぎて呼吸が苦しくなるくらい無呼吸連ツッコミをしてしまいました。

 今までの大会を振り返ってしんみりしていたわたしのセンチメンタルっぽい雰囲気を返せー!!

 ……暗黒騎士ダークヴァルザードギアスさんが空城の計めいた全ツッコミ待ちだとするならば、ファイヤーラッコさんはもう、存在そのものがツッコミ待ち。
 もはや、ブラックホールめいた超高圧縮被ツッコミ天体です。

 『グロリアス・オリュンピア』。
 日本の誇る武闘派魔人が集う武闘大会でここまで上り詰めた強者。
 ……それが、このラッコさんかあ……。

 ちょっと、真歩さんとは別の意味で芸風が違いすぎないでしょうか?
 まあ、わたしだって、バトルばりばりの雰囲気とは違う見た目なのは自覚してますけど。

 着ぐるみめいたラッコさんと、王女そっくりの女の子。
 こんな二人が決勝戦で戦うとか、その……スポンサー的には大丈夫なんでしょうか? 井戸浪さん……。

 まあ、真面目な話、さすがにファイナリスト。
 ファイヤーラッコさんは、真歩さんや井戸浪さん、暗黒騎士ダークヴァルザードギアスさんとは別の意味での難敵です。

 本人の能力も実は十分高い上に、なによりあの……

 言わなきゃダメですか。この相手の名前。そうですか。そうですよね。
 現実は、認めないと。向き合わないといけません案件パート2。

 ……爆発オチ太郎。

 名前が!! ド安直ッッッ!! っていうかどこから出てくるんですかあなた! 戦場に第三者が入ってくるの禁止じゃないんですか! あと、色々爆発させるものはあるだろうになんで石油コンビナートなんですか! あとマッチの出どころ! 銀座ライオンである必然性が欠片もないじゃないですかぁぁぁぁぁ!!!

 はあ……はあ……はあ……。

 ちょっと、相性が悪すぎます。
 りうむちゃん、戦う前にツッコミ疲労死してしまいそうです。
 というか、今までの対戦者が普通にこの存在を受け入れてるの、すごくないですか? わたしがちょっと気にし過ぎなだけでしょうか?

 あふれ出て止まらないツッコミ欲を抑え込みつつ、改めて相手を分析します。

 ともあれ、厄介なのは、爆発オチ太郎。
 ファイヤーラッコさんのピンチや、逆境に陥りそうなタイミングでどこからともなく現れて、「なぜかファイヤーラッコさんに都合のいい爆発」を発生させ、消えていく存在。

 その名前の通り、爆発オチ太郎が出現すると、強制的に「爆発オチ(しょうり)」が確定する。言ってみれば、受動的に発動する『イデアの金貨』のようなものです。

 つまり、対ファイヤーラッコさんへの勝ち筋に必要なものは、

 その1「ファイヤーラッコさんを追い詰める地力」
 その2「そのあと出現する爆発オチ太郎をなんとかする切り札」

 というわけですね。

 『能力複製アプリキャプちゃん』……は無理か。なんだかアレ、ファイヤーラッコさんの庇護者的存在なのに、ファイヤーラッコさんの魔人能力じゃないっぽいんですよね。だから、複製が空振りに終わる可能性もある。悩ましいところです。

 きっと、あのクソ王女と『エプシロンの杯』の関係みたいなものなのでしょう。
 微妙に親近感がわいちゃうのも妙に腹立たしいですね!

 ううー。なんかwebでラッコさんの情報ないかなあーと。
 教えてぐーぐる先生!

『ファイヤーラッコーTV♪ エーヴリディ!』

 ……なんですか、これ。

 まっさきに出てきたリンクをクリックすると、流れ始める謎の動画。
 なんか知らないけれど見覚えのあるワーラッコめいた獣人さんが謎の魚のぬいぐるみとたわむれて……あ、終わった。

 改めて投稿者を確認……『ファイヤーラッコ』。

 …………。

 ああああああもう! なんか色々バカらしくなってきました!
 なんか妙に笑えるのがさらにむかつきます! おこです! 悔しくて何度も再生とかしてしまいます! えい! えい! てやー!

 次の日、なぜかわたしの部屋には、欲しくもない魚のぬいぐるみが鎮座しているのでした。

 ……うあああもう! 返せー! わたしの戦う気力とか最期のバトルに臨む覚悟とかそういうのを返せファイヤーラッコさんめー!!!



chapter2 ラッコがどうしてつよいのか


 ――能力起動。『演ぜよ睨天の水鏡』。
   スロット1:オレンジスカイアロー
   スロット2:シールド
   スロット3:妹制圧術
   スロット4:空の鏡


 準決勝、洋館。
 交戦はすでに始まっていました。

「ハッハー! さすが洋館、炎上はお約束だよな! よく燃える! 炎が増える! 財布に優しい節約術だ!」
「いきなり地形利用ぶっちして大延焼とかバカですか!! 視聴者的にはこう、洋館が戦闘地形っていう時点で、室内でのチェイスとかホームでアローン的なトラップとか期待するもんじゃないですか!?」
「ンな小細工はさせねえ! おまえのスペックに(トン)単位の表記はねえ! おまけにその……うっぷ……俺を知らないうちにナニかしてたエロ魔人でもねえ! 俺にとっては初めての「真正面からぶつかれる」相手なんだよ!」

 ……なんかその……今までおつかれさまでした、ラッコさん。

 けれど、まあ、真正面から戦うつもりなら好都合!
 最上階をうろうろしているときに隠れて火付け、延焼、いぶしりうむちゃんを作ろうとかされたら厄介でしたからね!

 交戦地帯は洋館の敷地内にある、巨大な庭。
 洋館ステージとはいうものの、入口前の庭をはじめ、敷地全部が戦闘フィールドという括りのようですね。
 腰を深く落として構えるのは、ファイヤーラッコさん。
 2m近い巨体ともふもふ毛皮。炎を操る、そんなラッコ。

 その後ろでは、ちょっと洒落にならないレベルで絶賛大炎上中の洋館があります。Youtuber的に炎上はちょい縁起が悪い気がするのですが、まったく気にした様子もありません。

 わたしは鉄棍を構えると――

「ところで、ラッコさん。一億円、いりません?」
「マジ!?」

 あ、喰いついた。
 いやー、こういう相手は今までいなかったのでめちゃくちゃ新鮮です。

「マジです。マジマジ。Youtuber事務所作るのだって十分なお金です。わたし、あんまりお金いりませんし」
「うおおおおお、すごいなあんた! りうむちゃんだっけ! 天使(タニマチ)! え、でもなんで? もしかして俺のファン? エイプリルフール動画とか見てくれた?」
「ええ、正直めちゃくちゃ悔しいけど、超ループ再生しちゃったし魚のぬいぐるみもうっかり買っちゃいましたし……じゃなくて!! もちろん、条件があります。それは……」

 びしいっ、とわたしはファイヤーラッコさんに人差し指を突きつけました。

「――『決勝戦の勝利』です!」

「……」
「…………」
「………………」

買収(やおちょう)じゃねえかあああ!」

 あ、気づいた。
 あれええ? やっぱり井戸浪さんみたいにはいきません! 『嘘八百万』もなければ、わたしのブラフなんてやっぱり意味なんて……

「あ、でも、いや。ちょっと待てよ。考えろ俺。ここでうなずけば絶対一億円手に入るんだろ? 変に意地張って戦って負けたら0円。あの子も一応決勝戦まで勝ち上がってきた実力者だぞ。そう見えないけど。……いいのか俺。冷静になれ。体はラッコ、頭脳は大人、真実はいつも一つ……! 『アンバー・ジャック(とおちゃん)』の名にかけて!!」

 めっちゃ意味あったー!?
 炎を背にして頭を抱えるファイヤーラッコさん。なんかかわいい。
 さあ、悩むのです! そしてわたしに一億円で優勝を売り渡すのですー!

 わたしはラッコさんに近づくと、やさしくぽんぽん、とそのもふもふ毛皮を撫でてあげました。

「戦うことだけが全てじゃありませんよ、ファイヤーラッコさん。ほら、あなたの戦場はwebカメラの前。たくさんのお客さんがあなたを待ってるのです……」
「……たくさんの視聴者……子どもたち……もう俺にビート板を投げつけたりしない……そんな子どもたち……」
「そうそう」
「……はっ、でも、そんな子どもたちの前で……いいのか、俺は。金で、夢を売った大人が、堂々と胸を張って子どもたちの前で、子どものヒーローとして無邪気でキュートなラッコ笑顔を浮かべられるのか……」

 あれ? あなたそんな芸風でしたっけ?

「……その心は?」
「勝てば5億。勝率20%オーバーなら、期待値一億円越え。つまりあんたの取引に乗るよりお得ってわけだ!」
「めっちゃ打算じゃないですか!! 子どものヒーローどこいったあああ!!」

 振り上げられるラッコ肉球パンチ!
 わたしは慌ててサンプル花子戦闘プログラムの1つ、「おやめくださいご主人様」の型で後ろに下がります。

「勝利がヒーローの絶対条件だァ!」
「世知辛い!」

 ファイヤーラッコさんの両拳が炎に包まれます!
 どっしり腰を落とす構えから想像はしていましたが、やはり彼のバトルスタイルは拳撃と掴みを組み合わせた立ち技中心戦法!
 あの巨体に掴まれたら、その握力と炎であっという間に蒸し焼きりうむちゃん確定です。コワイ!

 ファイヤーラッコさんが巨体に似合わぬ動きで飛び掛かってきます!
 ……けれど! 武器を持っている分リーチはこっちが有利!

 アナスタシアさんのメイド服直伝!
 サンプル花子戦闘プログラムの1つ、「モップで不埒な侵入者をお掃除」の型!

「うぉっ!? 危ッ!」

 足払いをぎりぎりのところでジャンプして避けたラッコさん! だけどそれは下策です! 空中で無防備なラッコさんの喉元にわたしは鉄棍を突き出し……

「俺は、炎を操る、そんなラッコだぁぁぁぁぁ!」

 空中でラッコさんの右足から炎がジェット噴射めいて吹き出し、空中で軌道変更! 鉄棍は空を貫きました。
 非常識! 空中三角飛びとか2D格闘界の住人ですかあなたは!!

「う……っ。急な超火力発火は燃費最悪……ガス代……マジか……」
「自分でやっといていちいち落ち込むんじゃないですよ!!」
「うるさい! ガス代はなあ……ガス代は……ほんとなんかヤバいんだぞ!」
「語彙力!!」

 くっ、巨体のくせに、ぬるぬる動きますねこのラッコさんは!
 ファイヤーラッコさん。彼の強さの一つに、この危機回避能力があります。
 一回戦から三回戦まで、彼の相手はいずれ劣らぬ強者ばかり。

 一撃喰らえば、昏倒、悶絶、快楽死……最後のはちょっとどうかと思いますが、そういう、クリティカルダメージ必至の攻撃を、このラッコさんはぎりぎりのところで避け続けてきたのです。

 強力な発火能力、恵まれた巨体と膂力、そして卓越した危機回避能力。
 スタンダードに強力な戦士なんですよねこのラッコさん!!

「大の大人を棒を操って翻弄するテクニシャン小悪魔系幼女か……」
「言い方! 語弊しかないじゃないですか!」

 叫びとともに繰り出した振り下ろしを、あろうことかラッコさんは左の腕で受け止めました! マジか! あ、でも痛そう! すごいがまんしてる!

「ぐおおおお! 女の子がこんな棒で遊んではいけません!」

 そして左腕が炎上……? あ、熱ッ!? 熱ツツ……ッ!!!
 急速に赤熱した鉄棍に慌ててわたしは手を放しました。
 からん、と音を立てて転がる鉄棍。

 ぐぬぬぬぬぬ。丈夫さ重視で鉄とか選んじゃったのが裏目に出ましたか……金属の熱伝導率の高さを甘く見ていました……。

「さあ、これで素手同士(ステゴロ)だ!」

 炎を帯びたラッコ肉球パンチ!
 しまっ……

 武器を手放したことに意表を突かれて、その一撃が叩き込まれます!

 ――『シールド』発動! 2重展開!

 パリンッ、パリンッ!! ファイヤーラッコパンチ貫通!

 慌てて両手で受け止めますが……重い!!
 障壁を二枚ぶちやぶってこの威力ですか……!

 ――状態(ステータス)精査(スキャン)します。
 ――第一段階。物理成型安定度。26%。シグナルレッド。
 ――第二段階。概念成型安定度。32%。シグナルイエローマイナー。

 わたしが今展開したのは、魔人闘技場戦士、三沢翔琉さんの魔人能力『シールド』。
 その名のとおり、任意の空間に透明な障壁を展開する能力です。
 その枚数は最大で10枚。強度は使用者の体調に左右される……のですが、今のわたしでは、2枚でもファイヤーラッコ肉球パンチを防ぐには足りないようです。

 資料で見た三沢さん本人の力なら、一枚で軽く受け止められたんだろうなあ。
 けど、差があるのは仕方ありません。

「一時退却ーっ!!」
「あっ、おまえ!?」

 くるりと身をひるがえして、わたしは噴水へ飛び込みました。ざぶーん!
 そしてそのまま、濡れねずみになりながら一目散で……炎上する洋館へ突貫します!

 ちりちりと焙られながら、わたしは身を屈め、たくしあげたスカートの裾を口元に当てて炎の中を駆け抜けます。

 ――状態(ステータス)精査(スキャン)します。
 ――第一段階。物理成型安定度。24%。シグナルレッド。
 ――第二段階。概念成型安定度。30%。シグナルイエローマイナー。

 ああもう、うるさいってんです!
 わたしは意識を後方に集中します。
 捕捉完了。
 ファイヤーラッコさんは……後方17mをゆっくりと接近、か。

 炎の中でもゆうゆうと歩いてくるラッコさん。
 これまでの戦いで、ファイヤーラッコさんにある程度の炎耐性があることはわかっていました。炎使いだから炎が効かない、なんていうファジーな理由ではなく、おそらくその秘密は、あのもふもふのラッコ体毛にあります。

 ラッコの体毛はそもそも全哺乳類の中でも最高密度。
 なんでも、6立法センチメートルに人間の髪の毛と同じくらいの毛数が生えてるらしいんですよ。
 その毛が作り出す断熱層が野生のラッコの防寒能力を支えているのですが、ファイヤーラッコさんの場合にはそれを「防熱」に転化しているのでしょう。

 しかし、その余裕が命取り……!
 そのもふもふラッコ体毛では、炎の熱は防げても、洋館炎上による視界の悪さはふせげないでしょう!

 燃え盛る洋館の中を走り抜け、真っすぐ通過!
 壁を突き破って、そのまま建物外へ脱出!

 ――『シールド』発動! 7重展開!
 展開先は、わたしの足元! 地面に水平に、階段みたいに配置!
 『シールド』で作った透明な螺旋階段で、わたしは空中を登っていきます。
 ちょっと足場が透明だから不安だけど、わたしの意のままに動くものなので安全安心です!

 そして、地上5m。
 炎上する洋館を見下ろし、わたしは左手を前に構え、呼吸を整えました。

 ――『オレンジスカイアロー』発動。

 左手から上下に光の輝きが伸び、具象化して、弓が生まれました。
 これぞ、元は雑誌の付録で今川義元になるはずだった「月刊受験生ダンゲロス」付録より生まれし人工魔人めいたなんか……いや、わたしも何言ってるかわかんないですけど事実だからしょうがないですよね……安倍川アオイさんの魔人能力、『オレンジスカイアロー』!

 右手に光が収束し、わたしの腕くらいの巨大な矢が形成されていきます!
 喰らえ、東海道一の弓取りの輝く力!

 わたしにはファイヤーラッコさんは見えていません。
 炎と建物、二重の遮蔽物が、わたしの視界を塞いでいます。

 けれど。……わたしには、ラッコさんが捕捉できている!
 『オレンジスカイアロー』の能力は、「光の矢を放ち、かつ、なんでかわからないけど、体の一部をばらばらに切り離せる」というもの。
 最後のとってつけたような設定に注目!

 わたしは左手の小指を分離、冒頭の買収大作戦のときにラッコさんをもふもふした際、ラッコ体毛の中に仕込んで発信機代わりにしていたのです!

 エネルギー充填120%! 1番から12番までシグナルオールブルー!

 ――くぅぅぅらぁぁぁぁえええええ!

 超巨大な光の矢をレーザー砲めいて射出!
 自由自在に操作可能な軌道を利用、わたしが逃げてきたルートを通り、建物の中をうろつくラッコさんにあやまたず着弾する――!!

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!

 そして巻き起こる超爆発!
 ……あれ? 超爆発?
 この光の矢、貫通武器であって、別に爆発技じゃないんですけど……なんで?

 と、次の瞬間!

「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 屋敷の壁を粉砕!
 炎上する家屋から飛び出してくる……焦げ焦げのラッコさん!!
 アフロを櫛で直しながら、足元からバーニアを吹かすように炎を噴射してこちらに突撃してきます!
 世界観! 大丈夫ですか世界観!!
 シリアスシリアス! 能力バトル能力バトル!

「って、なんであれ喰らってまだ動けてるんですかあああああ!?」
「リアクティブアーマーって知ってるか!」
「うあああああ、炎使い汚ない!」

 おそらく、オレンジスカイアロー着弾のその瞬間、逆方向に指向性のある爆炎を発生させて、ダメージの一部を相殺したのでしょう。
 コミカル出オチキャラに見えて、妙に小器用ですよねこのラッコさん!

 ジェット噴射で突貫してくるラッコさん!
 全身を炎に包んだラッコさんが加速してきます!
 それはさながら一筋の炎の弾丸! もふもふラッコ火だるまミサイル!

 く……っ。

 『シールド』移動! 足元の1枚を残し、その他7枚を直列展開!
 なんとか……防いで!

「うおおおおおお! 5億円んんんんんんん!!」
「この期に及んでそこですかあああああああ!!」

 パリン! 一枚が炎にあぶられて焼却!
 パリン! 一枚が高熱で変形して融解!

 わたしは改めて、『オレンジスカイアロー』発動!
 エネルギー再充填開始!
 命中精度無視! 破壊力に特化した、爆裂矢を生成――。

 パリン! 一枚がラッコパンチで破砕!
 パリン! 一枚がラッコ肉球にて撫壊!

 ――状態(ステータス)精査(スキャン)します。
 ――第一段階。物理成型安定度。22%。シグナルレッド。
 ――第二段階。概念成型安定度。26%。シグナルレッド。

 『シールド』連続破壊のフィードバック、『オレンジスカイアロー』の過剰出力に全身が軋みます。
 く……っ。それが、どうした!

 わたしの一生(にかげつ)、その全てを一矢に込めて!
 南無八幡大菩薩! この一矢外させたもうな!

 パリン! 一枚がラッコ頭突きで崩壊!
 パリン! 一枚がラッコ頭突きで崩壊!
 パリン! 一枚がラッコ頭突きで崩壊!

 強いですね燃えるラッコ頭突き!! 
 これにて、わたしとファイヤーラッコをさえぎる壁は消えました。
 これで、わたしを守る盾はもうありません。

 だけど。
 ……それは、こちらも同じこと!

 全力の『オレンジスカイアロー』と、もふもふラッコ火だるまミサイルがぶつかりあう、その瞬間――!



「はい! いい加減突然かも微妙なところですが
 ここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
(爆発オチ太郎は、文字数や時間や気分的な問題によって自然発生する形而上存在です!)

 空中がワームホールめいて歪み、忽然と、爆発オチ太郎が立っていました――。



chapter3 爆発オチ太郎ってなんだ


 全力の『オレンジスカイアロー』と、もふもふラッコ火だるまミサイルがぶつかりあう、その瞬間――!



「はい! いい加減突然かも微妙なところですが
 ここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」
(爆発オチ太郎は、文字数や時間や気分的な問題によって自然発生する形而上存在です!)


 ああもう完全に空気読めてないですねこの形而上的存在!!
 でも、爆発オチ太郎が来ようが来るまいが、こっちの戦いはクライマックス!
 炎の頭突きと暴走した閃光の今川義元パワーがぶつかり合います!!

 爆発オチ太郎と関係なしに二つの力が拮抗! 炸裂! 小爆発が発生!
 痛……ッ!!!

 眩みそうになる意識をなんとか気合いでつなぎ留めます。
 ここで気を失っておしまい、とか!
 わたしのカーテンコールとして、許せません!

 ――状態(ステータス)精査(スキャン)します。
 ――第一段階。物理成型安定度。16%。シグナルレッド。
 ――第二段階。概念成型安定度。24%。シグナルレッド。

「お、おい? 大丈夫? なんか、濡れ透けボディ、低画質のエロ動画みたいに霞んでない?」

 ラッコが落下しながら聞いてきます。
 ん? 濡れ透け? ……ああああ、炎上屋敷に突っ込む前の耐熱噴水ダイブ!!

「うあああああ、しまったああああ! あと、表現が! 最低ですねえええええッ!」

 ……しかし、さすが決勝戦進出者。
 思ったより、消耗が早いですね。
 ラッコさんの指摘通り、わたしの体は、少しばかりぽんこつ状態になっています。

 『エプシロンの杯』が王女の願いによって生み出したわたしの体。
 それは、決勝戦までの試合を戦い抜くだけの強度を備えているはずでした。
 ですが、二回戦で感染してしまった『墜放騎士の栄光(ウィルス)』のせいで、予想外に安定性(じゅみょう)が失われてしまったようなのです。

 普通の人間なら、エプシロン王国ご自慢の秘薬で死亡状態からすら全快するところですが、わたしの場合はそうもいきません。
 件の秘薬は、生命を自然な状態、あるべき姿に回帰させるもの。

 わたしのような「本来この世に存在しないはずのもの」の場合には、それを形成している存在の輪郭そのものがダメージを受けていると、そこについては回復してくれないようなのです。
 イメージとしては、ひび割れた器に水をそそぐ感じでしょうか。
 どれほど生命力を注ぎ込んでも、留めておくことができない状態ですね。

 きっと、この決勝戦で何の策もなく死亡したら、わたしは復活することができないでしょう。

 それを伝えたらこのラッコさんは、どんな顔しますかね。
 なんだかんだで、女の子にちょっと甘そうですし。
 少し、罪悪感を持ってくれたり、するのでしょうか。
 ヒトでないわたしに対してでも。

 けれど、まあ。
 これは、ヒトが意地と意地をぶつけあって戦う『グロリアス・オリュンピア』。
 そんな懸念は、きっと、無粋な不純物。

 だから、りうむちゃんは、そんなネガ設定を笑い飛ばして、潔く、かっこよく、かわいく戦い抜かないとなのです!

 だって今、わたしはとっても楽しいのですから!
 レプリカでも。レプリカというオリジナルとして、戦える。
 わたしが、わたしとして、満たされている。
 ああ――。なんて、しあわせなのでしょう!

 わたしは最後の一枚の『シールド』を足場にし、跳躍と再展開を繰り返して、爆発オチ太郎へと向かっていきます!

「おい! 何やってんだよ逃げろ! アイツは話も何も聞かないし、爆心地に突っ込んでどう……おいってば!!!」

 地面へと落下したラッコさんが叫んできます。
 ほーら、やっぱりなんだかんだで女の子には甘いんだから。
 ダメですよ? 対戦相手にそんなこと言うなんて。

 そういう隙が、逆転される理由なんですから。
 そういうところも、嫌いじゃないですけどね。

 爆発オチ太郎。
 空間を歪めて登場した形而上存在が、空に手を掲げます!

「よいサイズの石油コンビナート〜!」
(よいサイズの石油コンビナートは、なにかこう……よいサイズです! とてもちょうどよい!)

 周囲の空間に展開されていく、なんかこう――よい感じの石油コンビナート!
 ああもう、画像でも見たけどなんですかこれ!? 大規模な物質具象化? ワームホールで出入りしてるところを見ると並行世界の建造物の運用?
 正直、広域戦略破壊(エターナルフォースブリザード)級に片足突っ込んでませんかねこの形而上存在!!

 この爆発を喰らえば、間違いなくぽんこつのわたしの体はこっぱみじんこです。
 逆に言えば、これをやりすごすことが、わたし唯一の勝ち筋!

「おい! やめとけって! 吹っ飛んじゃうって!」

 うっさいですね!
 わたしは、徐々に輪郭が鮮明になっていく石油コンビナートをものともせず、爆発オチ太郎に突撃します!

 無策? まさか! りうむちゃんはそんな根性論者じゃありません!

「空気を読まない登場……+5点」
「明るい口調……+7点」
「火種がなければ作り出す用意周到さ……+10点」
「宿主の危機に必ず駆けつける生真面目さ……+10点」
「世界の修正力に抗って存在する強固な輪郭……30点」
「誰かの意志によって動き出す、『願いを叶える』存在……40点」

 これまでファイヤーラッコのバトル動画で見て、分析していた「爆発オチ太郎の萌えポイント、自分との共通点」を呟き、意識していきます。
 「いかに相手が自分の妹にふさわしいか」……即ち、『IDP』――いもうとだいすきポイントをカウントするために!

「――IDP合計、102点。制限解除!!」

 ――『妹制圧術(シスター・コンクエスト)』発動!

 説明しましょう!
 『妹制圧術』とは! 全国に142人の妹を持つ魔人お兄ちゃん、シズマさんの魔人能力!
 一定の『IDP』を認識できた対象の心身を作り替え、自分の理想の妹へと変生させる強烈なパワーです!

 強烈な精神性を持つ相手……魔人など……に使っても、姿形が変わるだけで精神までは作り替えられないのですが、爆発オチ太郎はこれまでの戦いを観察する限り、プログラムに則って爆発オチを発生させるだけのモノ。
 おそらくは、ファイヤーラッコさんの潜在的な願望を叶える、確固たる自我の薄い受動的な存在!

 ならば、『妹制圧術』で理想の妹にできれば!

(うわーい、爆発オチ花子、りうむお姉ちゃん大好き! あのラッコ爆殺しちゃうね!)

 みたいな展開に持ちこめる可能性は十分にある――!

「銀座ライオンで貰ったマッチ〜!」
(銀座ライオンは昭和32年創業のビアガーデンです! 関東大震災の焼失からだってばっちり復活した銀座店舗は明るい爆発オチにとてもちょうどよい!)

 あと、一歩! 一歩!
 爆発オチ太郎が銀座ライオンでもらったマッチを擦る、その直前に、わたしの手のひらが、爆発オチ太郎の頭に接触します!

「あなたなんか――わたしの妹になってしまいなさーい!!!」

 わたしの触れた部分から、形而上的存在爆発オチ太郎の体が、作り替えられていきます。
 頭は小さく。首は細く、肩幅は縮まり、背もわたしと同じくらいまでちんまりしていきます!

「な……なにこれすごい! 爆発オチ太郎が……美少女妹になった! 爆発オチ太郎シスター!?」

 赤くルビーめいて輝くロングヘア。
 紅色の瞳、朱色の唇。
 その姿は、爆発オチ太郎改めラッコさん曰く爆発オチ太郎シスター!
 白ベースのわたしとは対照的なカラーリングですが、双子といっても差し支えない容姿になりました。

「さあ、爆発オチ太郎シスターちゃん! お姉ちゃんのためにあのラッコを……」

「はい! いい加減突然かも微妙なところですが
 ここでオレ様爆発オチ太郎の出番でーす!」

 ……あれ?

 まったく自分の体の変容などなかったかのように、爆発オチ太郎シスターは、登場時のセリフを繰り返しました。

「だから、そいつには話とか通用しないんだって!」

 ……あー。自我が薄弱とかじゃなくて。この子、完全にプログラム通りにしか動けないパターンかあ……。
 『妹制圧術』は、対象の心身を作り替えるもの。
 逆に言えば、存在しないものは、元の材料がない以上、「作り替えようがない」。

 ……つまり、ヤバいです。ということは。

「よいサイズの石油コンビナート〜!」

 『わたしが! わたしたちが爆発オチ太郎だ!』作戦ver2、失敗?

「銀座ライオンで貰ったマッチ〜!」 

 ああ――。
 これは、もう。
 わたしは、この爆発を受け入れるしかありません。

 目の前のいい感じの石油コンビナートが、今度こそ。
 一つ。二つ。三つと上空に具現化します。

 わたしは、わたしとうり二つの赤の少女を見上げながら――


(ダイナミックな音)


 真っ白な爆炎に、飲み込まれ――



 ――個体規定名『恵撫子(えぷし)りうむ』の状態(ステータス)精査(スキャン)します。

 ――第一段階。物理成型安定度。0%。シグナルブラック。
 ――第二段階。概念成型安定度。0%。シグナルブラック。
 ――第三段階。魔人能力安定度。112%。シグナルグリーン。
 ――第四段階。精神成型安定度。168%。シグナルグリーン。



 ――警告。アバターの物理輪郭が、焼失しました。
 ――個体識別名『恵撫子りうむ』の活動を停止。
 ――存在リソースを『エプシロンの杯』に回帰させます。


 ――警告。創成時リソースと、回収リソース間の不均衡を確認。
 ――警告。回収リソースに、物理重量換算にして21gの不足を確認。


 ――hello, world.
 ――Seek, and you will find.



 ◇  ◇  ◇



 爆煙が少しずつ晴れ、視界が開けていく。

 あーこわかった。

 よろめきながら立ち上がる。膝がかくかく笑っているのだ。
 いやー、まさか、爆発オチ太郎に突っ込んでいくとは思わなかったぜ。

 でも、これで俺の勝ちだよな?
 5億円! どんなに高価な機材だって買える! すごい……ということは、5億円さえあれば、YouTuber……大物YouTuberになって、楽してガッポガッポ儲かって、遊んで暮らせるということ……! つまりもう働かなくてよい……

 ……けど、なんだろう。なんで勝利サイレンならないの?
 判定中? 体とか残らず爆発四散とかしちゃったから?
 うん、わかるわかる。決勝だしそういうの大事だよね。

 洋館はすっかり大炎上。
 でも決着のビジュアルとしてはキャッチーだしね。これが本当の炎上商法?

 ……あれ? なんか、煙の向こうに浮かんでるんだけど。

 マジ? 爆発オチ太郎シスター、まだ残ってるの?
 いつも爆発オチしたらすぐ帰宅するのに?

 まあ、おまえも優勝の立役者だし、一緒にインタビューとか受けてもいいよな!
 でも爆発オチだけは勘弁な!

 ……って、あれ? 煙晴れてきたんだけど。

 爆発オチ太郎シスター。
 おまえ、なんか、髪、白くなっていってない?
 目もなんか赤から銀になってるし……

 っていうか。
 そのカラーリングって。
 明らかに――

「ハローワールド! 突然ですがここでわたし
 爆発オチ太郎シスターaka恵撫子りうむちゃん
 の出番でーす!」

(爆発オチ太郎シスターaka恵撫子りうむは、『空の鏡』によって爆発オチ太郎に魂を転写した(をのっとった)形而上存在です!)

「ええええええええええええええええええ!?」
「ふむふむ、あ、こうすると石油コンビナートとかでてきちゃうんですね。なるほどー」
「ちょっ……ちょっと待てーっ!! そんなのありかーっ!! あっ……」
「あらこんなところにマッチ一本! 石油コンビナートとかあったわね♪」





(ダイナミックな音)





 斯くして、戦闘はここに終了した。



グロリアスオリュンピア準決勝・体内STAGE

勝者:恵撫子りうむ




chapter4 考えるな、感じろ


 はい、ハローワールド!
 『グロリアス・オリュンピア』から半月、ところがどっこい生きている、恵撫子りうむちゃんですよ。

 『グロリアス・オリュンピア』決勝戦の切り札にして、わたしがこの大会後も生き延びるための切り札。
 それが、魔人能力『空の鏡(エンプティ・ミラー)』でした。

 エプシロン王国王級からの脱走サンプル花子、鋭き月の連理さんの持つ魔人能力。「自分が死んだときに、自分と最も似通った存在に精神を転写する」という、かなりピーキーな力です。

 おそらく、何の策もなしにこの力が発動したら、某クソ王女か、もしくは『エプシロンの杯』へと精神が移し替えられ、場外敗北確定だったでしょう。
 さらに元の体の自我に飲まれて、恵撫子りうむという存在は隅っこにおいやられていたに違いありません。コワイ。

 そこで、『妹制圧術』の出番というわけです。
 爆発オチ太郎を洗脳操作できたならそれでよし。
 そうでなかったとしても、「洗脳ができないほどに心が空っぽである」肉体なら、そしてそれが、わたしの「妹」に相応しいように整形されたものならば、わたしの精神の転送先にぴったりになるはず。

 かくてその目論見は大成功! りうむちゃんクレバー!
 これぞ名付けて『わたしが! わたしたちが爆発オチ太郎だ!』作戦ver3!
 いきのびヤッター! 生きてるってなんかすばらしい!!

 というわけで、いまのわたしの体は『エプシロンの杯』との繋がりのない、形而上の存在です。
 とはいうものの、髪の毛が一房、オチ太郎みたいに赤く残っただけで、感覚はこれまでとあんまり変わりません。これでいいのか形而上存在。

 ……まあ、一つ誤算があったとすれば……。

「はーい! ラッコさん、りうむちゃん! スタンバってくださいー!」

 あー、はいはい。
 いまいきますよー。

 わたしは、アシスタントさんのカメラの前でじゃがりこ食べてるもふもふ毛皮の獣人の後頭部にチョップを叩き込みました。

「非暴力非服従!」
「妙に知性アピールしようとしてもダメです。ほら、本番ですよラッコさん」
「……当然のように物理ツッコミ入れられるのな、形而上存在」
「まあ、自分でも正体不明ですからねえ、爆発オチ太郎(このからだ)

 そう、わたしは『エプシロンの杯』の束縛から解放された代わりに、ファイヤーラッコを依り代にしてしか、この世界に留まれなくなってしまったみたいなのです。
 具体的には、100m以上離れることができません。とんだ腐れ縁です。

「しっかし、よかったのか?」
「何がです?」
「親からもらった体捨てて、こんなのになって」
「ま、わたしはわたしですし。それが変わらなきゃ丸儲けですよ。あと、これだってドキドキもんのギャンブルだったんですよ?」
「ギャンブル? なにが?」
「だって、『空の鏡』が「ヒトの魂を転写する」っていうものだったら、不発だったかもしれませんし。わたし、ヒトじゃないし、魂とかいうのも、なさそうでしょ」

 わたしの言葉に、ラッコは心底不思議そうに小首をかしげました。
 う。あざとかわいい。
 2mの巨体のくせに、このラッコさんはたまにこういうことする。

「そりゃ、賭けですらないだろ」
「は? なんでです?」

 そして、炎を操るファイヤーラッコさんは、さも当然のことのように言いきりました。

「だって、りうむちゃん、きちんとヒトだろ。少なくとも、俺より」
「な……」
「ラッコさん、りうむちゃん、本番30秒前!」
「さて、記念すべき新生ファイヤーラッコTV、一回目! 5億でいい機材で大物YouTuber! いくぜ!」
「スポンサーは、まるっとりうむちゃんですけどね!」

 わたしが賞金で調達した高額機材とプロデュース事務所の優秀な人員は、素人Youtuberのファイヤーラッコさんを、見る間に人気者に演出していきます。

 まあ、元々、素質はあったのでしょうし。
 だって、決勝直前に見たあのエイプリルフール動画は間違いなく、ひとりの女の子が最期に戦う緊張を、解きほぐしてくれたのですから。

 戦いだけを渇望し、『グロリアス・オリュンピア』のためだけに生まれて消えるはずだった、恵撫子りうむのステージはおしまい。

 カーテンコールはここに。
 トークはヘタクソで、俗っぽい、けれど、たまにやさしいワーラッコと一緒に。

 そして、ここからは次のステージ。

『ファイヤーラッコーTV♪ エブリディ♪』

「こんにちバーニ……」
「ハローワールド!」
「ばっ……人の出番をと……」
「ラッコじゃないですか!」
「うあああ! カット! 記念すべき第一回放送がこれとか! え? むしろおいしい? 続けて? ああもう、しょうがないなあ! こんにちバーニング〜! キュートでパワフル、ファイヤーラッコです〜!」
「――と。自己紹介でしたね。わたしは……そうですね。エプシリウム……ええ、恵撫子りうむ。親しみをこめて、りうむちゃんとお呼びください!」

 この収録は、たぶんその新しいストーリーのプロローグです。

 『グロリアス・オリュンピア』で、一戦ごとに新しい出会いを繰り返したように。
 そこで、一つ一つ、ヒトに近づいていったように。
 わたしは、このハートが求めるまま、これからも色んな人を訪ね、出会いを繰り返していきましょう。

 心の勉強のために読んでみた、新約聖書の一節曰く。

 ――Seek, and you will find.(たずねよ、さらばみいだされん)


 それが、自由になった、わたしにできる、ヒトとしてのはじめの一歩だから。

 わたしは、天を(にら)み、もう鉄ではなくなった手を、空へとかざしました。

 ありがとう、フェムさん。
 わたしの大切な、クソ王女さま。
 わたしに、どうしようもない、渇望(エゴ)を与えてくれて。



 ◇  ◇  ◇


 数か月後。
 『グロリアス・オリュンピア』優勝者、準優勝者が、エントリー者のその後を訪ねるという動画企画『ファイヤーラッコ+りうむTV』が、webを賑わすこととなる。

 元の企画では、予選突破者22名のみで終わる予定だったこの企画。
 だが、出演者のたっての希望により、五賢臣の選抜に最後まで残った42名もまた、企画対象となった。

『マジ? 予選落ち組、割と犯罪者とかいるだろ? 全員と会うの?』
『もちろん! だって、わたしを勝たせて……活かしてくれたのは、『予選落ちした42人のぱわーです』から!』

 本戦出場者に負けず劣らず曲者ぞろいの42人。
 彼ら相手にファイヤーラッコと恵撫子りうむはまた、この国を揺るがす騒動を巻き起こすのだが……それは、『グロリアス・オリュンピア』とは別の物語。

 いつか、語られるかもしれない、ifの明日である――。





おまけ:恵撫子りうむ使用済能力まとめ


キャラクター名 性別 特殊能力名
【宝物庫の守護者】張宝盒 女性 フランチャイズ
MC YUZI 男性 なし(スキル:精霊会話)
常磐 糸吉 男性 尺取虫
春花 暁音 男性 お手製子守唄
葉山 纏 男性 封印されし牢獄(シールド・プリズン)
志高 純奈 女性 人形喰い(パペット・イーター)
鋭き月の連理 両性 空の鏡(エンプティ・ハート)
朝顔 修羅子 女性 阿修羅六道腕
八剱聖一 男性 墜放騎士の栄光
三沢翔琉 シールド
シズマ 男性 妹制圧術(シスター・コンクエスト)
麗 御咲 女性 サクララ
大正 直 男性 『嘘八百万(ヤオヨロズライ)』
春川 醤 BISTRO SMAAAAAASH!!!!!(ビストロスマッシュ)
安倍川アオイ 女の子? オレンジスカイアロー
黒ヱ 志絵 女性 夢違
最終更新:2018年04月23日 00:13