プロローグ(草壁リョウ)


「リョウ君!聞いてくれ!見つかったんだ!」
その言葉とともに慌ただしく事務所に入ってきた初老の男はこの事務所の長、秋月陽一である。その表情には深い疲労の色が見えたが、それよりも遥かに喜びが勝っているようだった。
「見つかったって……何がです?」
そう返すのは草壁リョウ。秋月に雇われている殺し屋だ。
「君にかけられた呪いを解除する方法だよ!いや~諦めずに探してみるもんだねぇ。」
「マジすか……。おれもう完全に諦めて終活の準備に入ってましたよ。」
「君は諦めが早すぎるんだよ!自分の命が賭かってるんだから、もっと必死になりなよ!」
と、言うのだが、リョウにしてみれば秋月の執念の方が異常に思える。彼にかけられた呪いは、魔人能力によるものなのだから。

 半年前、リョウは秋月からの仕事を受け、ある人物の暗殺へと向かった。特に難しいところもない、いつも通りのミッション。そのはずだった。
 問題はそのターゲットとなる人物が魔人で、しかも死んでも能力が継続するというところだった。リョウは彼に初撃を命中させた直後、彼は認識した。いや、認識させられた、と言うべきか。「自分はあと700日後に死ぬ」という認識を。
 以来、彼はターゲットを仕留めた午前一時三十五分を回るたびに、自分が遠くないうちに死ぬということを再認識させられることになった。秋月に相談し、彼と共にこの呪いを解く方法を探したが……有効な手段は見つからなかった。
 残る希望はこの能力がリョウにただそう「思い込ませる」だけで、実際に命を奪うわけでは無い、という可能性だ。自分にできるのはただその可能性を信じることだけと、リョウは考えていた。
 しかし今日、秋月は突破口を見つけてきたのである。
「グロリアス・オリュンピアのことは知っているね?」
「ああ、あのなんとかって国の王女が来るからってことで開催される魔人の闘技会のことですよね。……まさか、あれの優勝賞品の『可能な範囲で望みをひとつ叶える権利』ってのを狙うんですか?おれより強い魔人なんざいくらでもいるでしょう。優勝なんてとてもじゃないけどできませんよ。何より、『可能な範囲』にこの呪いの解除が入っているとは思えません。」
 この言葉に秋月は不敵に笑う。
「私も最初は同じことを考えたよ……。しかし、流石は国を挙げて歓迎するほどの高い技術力を持った国家だ。どうやら、どんな怪我や変質も治せる秘薬なんてのを所有しているらしい。」
「秘薬……。しかしやっぱり優勝は……。」
「重要なのはこの薬は大会で怪我をした者に対して使われるということだ。つまり一回戦に出場さえ出来れば……。」
「呪いが……解ける……?」
「試してみる価値はあると、思わないかい?」

 これで呪いの解除は一気に現実的になった。要するに一回戦に出場し、ナイフなりなんなりで自傷した後、即降参すればよいのだ。簡単な話である。
「……はずだったんだけどなあ。」
 公園のベンチに腰掛けたリョウはそうぼやいた。
あの日から数週間後、秋月の体が不治の病に侵されていることが発覚した。余命は持って二年らしい。
 リョウはすぐに秋月を大会にエントリーさせた。リョウと同じ要領で病気を治すためだ。しかし、秋月は魔人ではない普通の人間だ。特に戦闘能力があるわけでもない。厳正な審査とやらで弾かれてしまうだろう……。
「優勝……するしかないか。」
 秋月には行き場を失った自分を拾って貰った恩義がある。それにリョウの呪いの解除方法を目に大きな隈を作ってまで探してくれた姿を思い返せば、見捨てられるはずが無かった。病気を治し、優勝賞金で豊かな老後を送らせてやろうじゃないか。リョウは固く決意した。
「……優勝無理だったら秘薬盗んで帰ろ。」
 一方で、そんな情けないことも考えていた。
最終更新:2018年02月18日 19:51