プロローグ(ジョン・ドゥ)
「あのぅ、ここが受付でしょうか」
アウトローたちが集う砂漠地帯、神奈川。
そこにぽつんと立ったプレハブ小屋に、二人の若者が訪れた。
方や、ファンタジーのような布切れに身を包み、短剣を腰に括り付けた青年。
方や、手のひらに収まってしまいそうなサイズの、翅で宙に浮かぶシンプルなドレスの少女。
この殺伐とした街で、明らかに場違いな二人である。
「あ、あぁ。そうだが……」
グロリアス・オリュンピア予選受付のスターキーは、戸惑いながらもなんとか頷いた。
「わぁ、良かった。かれこれ1時間も歩き回って、もうたどり着けないんじゃないかと思いました」
小さな少女がにっこりと笑い、鈴の鳴るような声を上げる。と同時、半眼で機嫌の悪そうな男も高い声で喚いた。
「やいやい、ここがネバーランドの入り口だな?ぼくには全てお見通しだ!さぁ早く開けるんだ!」
スターキーは内心、ヤバい奴らが来たな、と思ったが、口には出さない。
神奈川県庁で働くということは、つまりこういう奴らの相手をするということだ。彼にとってもはや慣れたものであったが。
「えっと、すみません……この男の人の言うことは無視してください」
「おい聞いているのか!隠しても無駄だからな、ぼくの部下たちを返せ!」
「ややこしくなるから黙っててジョン・ドゥ!」
少女は声を張り上げると、もう一度、消え入りそうな声で「すみません……」と言った。
「……よく分からねぇが、大変だな、お嬢ちゃん」
「ありがとうございます、でも慣れてますから」
乾いた笑顔で答える少女。実に不憫である。
「ま、まぁともかく。悪ぃが、グロリアス・オリュンピアは個人戦だ。どっちが出るんだ?両方か?」
スターキーは二人の顔を交互に見た。ジョン・ドゥと呼ばれた男の方は退屈そうに爪をいじっており、参戦の意思は見えない。
「あ、そのぅ、私、彼の魔人能力でして。なので二人で一人、というか、彼だけ一人、と言いますか…」
「…本当に、大変なんだな、お嬢ちゃん」
「恐れ入ります…」
少女に参加受付用紙を渡すと、話をしながら慣れた手つきで必要事項を埋めていく。自分と同じくらいの大きさのペンを持って、器用なものだ。
「名前は、……John Doe、ジョン・ドゥね。はいはい」
スターキーが受け取った受付用紙に記されていたのは明らかな偽名だったが、問題なく受理する。もともと参加要件が「強ければなんでも」であるあたり、判定基準などあってないようなものだ。
「…よし、問題ない。ちょうど1時間後に一次予選が始まる。そこの窓から、ひとつだけ妙にでかい建物が見えるだろ?あそこが控え室兼会場になるから、そこで時間まで適当にくつろいでてくれ」
スターキーは必要書類に判を押しながら、思い出したように続けた。
「あ、そうだ。一つだけ。飲み物と食い物には気を付けな。それでもう5人やられてる」
老婆心ながら軽く忠告をすると、我関せず、という顔をしていたジョン・ドゥが眉をピクリと動かし、初めてスターキーに声をかけた。
「え?試合外でのそういうのはだめなんじゃないの?」
「基本的にはな。だがここは”神が見捨てし土地”神奈川だぜ。不正行為を見咎めるやつなんざ…ん?」
ふと違和感を感じたスターキーが書類から顔を上げると、先ほどまで不機嫌そうだったジョン・ドゥは、これでもかというほどの満面の笑みを浮かべていた。少女は対照的に、しまった、という表情。
「ありがとうおじさん!」
「待ってジョン・ドゥ!あんまりやりすぎると良くな…待ってってば!」
2人は慌ただしく出て行った。何かやらかすつもりらしいが、正直、スターキーは彼らに全く期待をしていない。
「先輩、今の人たちどうっスか?勝てそうですかね」
「…バカ言え。神奈川だけで200人は出るんだ。倍率200倍だぞ?勢いだけで勝てるような闘いじゃねぇんだよ」
そもそも、参加者のほとんどは1週間以上前から受付を済ませているのだ。グロリアス・オリュンピアのための準備はたかだか数時間で終わるものではない。神奈川県庁は閑古鳥――とは言わないまでも、1時間前に参加希望を出す変わり者はほとんどいなかった。
「目に付く名前だけで………メカジキチェーンソーの和田、十連ガチャ爆死侍、夢の国思念公園長…終いにゃ、あのオードリー・屁ップバーンもお忍びで来てるって話だ!もしそれが本当なら、この試合、決まったも同然だぜ」
「ま、それもそっスね」
後輩も特に大きな期待を寄せていたわけでもないようで、あっさりと食い下がった。この戦いでは“もしも”は起きない。強い者だけが勝つのだ。
「…いやぁ、それにしても胸が熱くなるっスねぇ。俺たちが寝る間も惜しんで整えた予選大会が、とうとう始まるんスね……」
「そうだな……」
神奈川県庁の職員はスターキーとその後輩、2人だけ。
神奈川県予選をここまで形にするには、想像を絶する労力があった。思い出される、苦難の日々……数え切れないほど頭を下げ、昼夜問わず汗水を垂らし、あらゆる手を使って辿り着いた今日という日。2人は、何も言うことなく、窓から見える予選会場を見つめる。
その瞬間、予選会場が爆発した。
「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇえええっ!!??」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
慌てて駆けつけた2人の前に広がっていたのは、圧倒的なまでの更地と、死体の山、それに空を飛ぶ1人の青年だった。
「あはは、夢見る心〜!!!強い正義感〜!!!」
呆然としている2人に、小さな少女がおずおずと声をかける。
「…そ、そそそ、そのぉ、なんかガス爆発?みたいでぇ、私たちが来た時には既にこうでしたぁ…」
2人は、涙目の少女の声に反応することもできず。
この惨状をひたすら見つめることしかできなかった。
ジョン・ドゥ
神奈川予選突破。
最終更新:2018年02月18日 19:53