プロローグ(女女女 女女)
場所は静岡県、富士山麓。
そこで今、二人の拳士が相まみえようとしていた……!
「恨みたければ恨むがいい、じゃがオヌシを世に放つわけにはいかん……!」
ひとりは老人。
白く長い髭とチャイナっぽい衣装、いかにも達人といった風貌であり、実際達人である。
その名を乳房好々爺(ちぶさこうこうや)と言う。名前の通り、おっぱいが好きで好きでたまらないジジイである。御年八十九才だった。
「別に恨まないぞ、師匠。そちらにはそちらの事情があるのだろうし……!」
対するは若い女性。
短めのポニーテールに灰色のジャージ、どこにでもいそうな運動中の女性といった風貌であり、実際そんな感じだった。
その名を女女女女女(かしまめめ)と言う。名前の通り女性である。御年二十六才だった。
相対する二人の拳士。何を隠そう、彼らは師弟の関係なのだ。
時は遡り二週間前。弟子募集の折り込み広告を見た女女が、好々爺の元を訪れたのである。
彼らはすぐに意気投合。腹筋、背筋、腕立て伏せ、コメダ喫茶店の全メニュー制覇などの厳しい修行の果てに、好々爺は彼女に免許皆伝の証を与えたのであった。
だが現在!
二人はこうして向き合い、互いに拳を向け合っているのだ! 一体なぜ!?
それは好々爺が、そして女女が修めた拳法が原因だった。
「オヌシは確かに類まれな才能を持っちょる、それは認めよう。シロノワール一気食いは素晴らしかった……だが、足りないものがあるのじゃ!」
なにやらカンフーっぽい動きをしながら、好々爺は語った。
その眼光は女女の胸元に集中し、一時たりとも離れることはない。
「足りないもの……小倉トーストとか……?」
なにやらヨガっぽい動きをしながら、女女は聞き返した。
特に聞く必要はなかったが、聞いてほしそうなので合わせることにしたのだ。思いやり!
「オヌシに足りないもの……それは、劣情!」
「劣情……!?」
小倉トーストではなかった。
「そう、劣情じゃ……もっと具体的に言うと『おっぱいを揉みたいという気持ち』!!」
「そんな……でも私もおっぱいは揉みたいぞ!?」
師匠の言葉を否定する女女。
確かに、彼女もおっぱいが揉みたいという気持ちは持っている。
だが。
「……では問おう。オヌシ、相手の女の子が嫌がったらどうする?」
「それは揉まないだろうな。嫌がってるわけだし」
「カー――ッ!!! それじゃよそれ!!!」
当然のように答える弟子に、彼は思いっきりため息をついた。
「オヌシそんなんで良いと思っちょるのか!? 揉めよそこは!!!」
「いやあ、流石にそれはどうかと」
そう、女女は良い人なのだ。それが最大最後の難問だったのだ。
乳房好々爺が編み出した拳法はまさしく一撃必乳、どのような状況にあっても確実に相対するもののおっぱいを揉める。
だが女女のように相手を慮るようではそれも無理な話。最強の拳は、時として人間性をも捨て去ることを要求するのだ……!
「こうなっては仕方がない……ここで引導を渡してやろう、それが師匠としてできる最後のはなむけじゃ……!」
「くっ、やるしかないのか……!」
両者は特に意味のないそれっぽい動きを止め、拳を構えた。
こうなってはもはや止めることはできない。
揉むか、揉まれるか(デッド・オア・アライブ)である……!
視線を投げ合う二人。好々爺の目線は女女の胸元に、女女の視線は富士山麓の綺麗な風景に向けられる。
「……」
「……」
一瞬の静寂。
そして。
「「セイヤーーーーーッッッ!!!」」
もにゅっ。
「獲った、おっぱグワーーーーーッッッ!!?」
好々爺の叫び声が富士の澄んだ空気に響く。
それは弟子のおっぱいを揉んだ歓声、そして、致命傷を食らった悲鳴。
彼の胸には、女女の両手が突き刺ささり、そして背中まで貫通していた。
これぞ必乳拳に秘された真実。
おっぱいという緩衝材のない男性相手に放てば、たちまち胸板を突き破り肋骨をへし折り肺をぶち抜く、文字通りの必殺拳と化すのである!
もちろん開祖たる老人はこの結果を承知していた。弟子と相対すれば死あるのみと。
だが、彼は賭けたのだ。
命を失う代わりに、女女のおっぱいを揉める可能性に……!
だが。
好々爺の手は、確かに獲物を掴んでいた。しかし、それは。
「……おっぱい……マウスパッド、じゃと……!?」
それは、まごう事なきおっぱいマウスパッド(おっぱいの付いたマウスパッドの事。空を飛ばない物だけを指す)だった。
「か、変わりおっぱいの術、とは……グハッ」
血を吐き、倒れる乳房好々爺。
彼に残された命は、もうほとんど無かった。
「師匠……」
「女女、泣くでない……これは仕方のないことじゃ……」
「泣いてないですけど……」
「嘘つけ、よく見せてみい……うわ本当に泣いてないガフッ」
女女は老人の胸から両手を引き抜く。
「なにか、言い残すことは……?」
「おっぱい揉ませて」
「やだ」
「ちぇっ」
最後の望みは叶いそうになかった。
仕方がないので、彼は遺言を残すことにした。
「女女よ、我が弟子よ……世界一のおっぱいをその手に掴むのじゃ……!」
「世界一の、おっぱい……!」
「そう、それは例えば、エプシロン王国の第一王女とか……」
老人はそう言い残すと、ひっそりと息を引き取った。
エプシロン王国にとってはいい迷惑である。
「王女っぱい……!!」
王女のおっぱい、王女っぱい。
一方の女女はというと、その魅惑の響きに心を奪われていた。
「分かったよ師匠……掴んでみせる、王女っぱいを……!」
そして彼女は、新たな決意と共に、新たな戦いへと歩み始めたのだった……!
(つづく)