プロローグ(小日向烈花&キャプちゃん)


「あー……お腹減ったな……」

小日向烈花は貧乏である!
高校に上がった頃に両親が蒸発し、それからはバイトを掛け持ちしなんとか生きてきた。
しかし人間である以上どうしてもお腹は空く!仕方ない!

「もやし……はもったいないなあ……夜のバイトの賄いまで我慢しよう……」

そのまま何もない床に寝転び、スマートフォンを手に取る。
今ではこのスマートフォンが彼女の唯一の娯楽である。
なお、貰い物なので当然回線はつながっていない。
インストールされたままのパズルゲームを起動しようとすると、ドアをノックする音が聞こえた。

「小日向さぁん、集金ですよぉ~~~~」
(や、やばっ……!)

スマートフォンの電源を落とし、『無』になる。
このような事態は日常茶飯事であり、生き抜くために身に着けた悲しい特技だ。

「あれ?返事がないですねぇ~……仕方ない」
「……」
「では、失礼して……フンッ!」

ドアをノックする音が止まった次の瞬間。
ミシミシという音とともにドアが外側から強引にぶち破られる!

「う、嘘ぉ!?大家さんに怒られるー!」
「あれぇ~?居るじゃないですかぁ。居留守とは感心しませんねぇ」
「はわわ……お、おじさま?一体何の御用でしょうか……?」
「グフフ……わかってるでしょう?借りたものはちゃあんと返してもらわないと……」

ドアをぶち破って現れたスーツの中年男性はにこやかな笑みを浮かべながら烈花に歩み寄る。
烈花はさまざまなバイトのお陰で運動能力はそこそこあるものの基本的にはただの女子高生だ。
ドアを無理矢理破壊して侵入する相手をどうにかできる手段はない!

「さあ、年貢の納め時ですよぉ~?」
「そ、その……来月くらいにはなんとかするので……見逃してもらっちゃったりなんか……」
「うんうん。その言い訳はこれで何回目かなぁ。温厚なオジサンも我慢の限界だよぉ」
「ですよねーッ!」

今まではなんとかかんとかごまかしてきたが、両親が蒸発してからかなりの時間が経っていた。
さすがに金融業者もそこまで甘くはない!
魔人取り立て部隊を差し向け今日こそ完全回収という目論見であった!

「返せないと言うならこちらもお仕事を紹介するよぉ……グフフ……」
「風営法ーーーッ」
「関係ないよォ~ゲヘヘ……それでも嫌というならこのサン古田が可愛がってあげようかなぁ……」
「ああーッなんかおじさまがポーズを取ったらみるみるうちに大きく!怖い!」

サン古田と名乗った中年は怪しい笑いを浮かべながらポージングする。
すると徐々に中年の筋肉が肥大していく!
これがサン古田の筋肉強化能力、『サンプル・マッスル』だ!
なんて単純な能力なんだろう!

「うう……もうダメだ……私は借金苦でそういったお店に売られたあげく汚い金持ちの奴隷として一生を終えるんだ……」


『……ちょいちょい、まだ諦めるのは早いよ~』


「せめてイケメン石油王が良かった……」


『もしもーし、聞いてるかい?』
「……うわっスマホになんか居る!?」

すべてを諦めた烈花の耳に、聞きなれない声が届く。
声の方に目をやると、電源を切ったはずのスマートフォンの画面にアニメキャラクターのような謎の少女が表示されていた。
見た目は兎耳を生やした学生服の少女だが、その手にはアルコール飲料と思しき缶が握られており、
その少女がデフォルメされた姿でスマホ内を慌ただしく動き回っている。
当然そんなアプリが入っていた記憶はない。インターネットにもつながっていない。

「ええっ!?何これ変なウィルスとか!?それとも新手の走馬灯!?」
『まぁボクのことはどうでもいいじゃん、君に死なれると困るんだけどさ~』
「困るって言われても今私がすごい困ってるんだけど」
『あっははは、そりゃ大変だ』
「他人事だと思って!」
『いやいや、他人事じゃないんだよ~。とりあえず死にたくなかったらこれをポチッとタップしてよ』

その少女がスマホの画面のアイコンを指差す。
そこには「capture!」という文字と兎のアイコンが表示されている。

「ええーっこれ何……やっばりウイルスとかじゃないの……」
『まあタップしないならしないでそのままおっさんの慰み者になればいいんじゃないかな~』
「言い方考えて!ええい背に腹はかえられない!」
『ウヒヒ、よくできました~』

スマホを拾い上げアイコンをタップすると、スマートフォンのカメラが動画モードで起動する。
「魔人能力発動中」「解析中」「キャプちゃんver1.1」「強力なる零」などの文字が並んでいる。

『そんじゃカメラをおっさんに向けて』
「うわっ筋肉気持ち悪……なにこれ」
『そんじゃちょちょいっとアレするから、それまで頑張って避けてね~』
「避け……えっ、ちょ」
『あ、なるべくおっさんにカメラ向けたままね』

少女がそう言って手に持った缶を煽ると同時に、
約二倍の大きさに膨れ上がった中年男性がポーズを解き向かってくる。

「グフフ……誰と話しているのか知らんが、これで終わりですよォ~」
「待って待って!ギャー!」

中年男性がゆっくりと掴みかかってくるが、狭い家だがこの家のことは誰よりも知っている!
烈花は迫りくる筋肉にカメラを向けながら必死で避ける。

『フムフム、筋肉を増強する能力かぁ……ええっと、対象は……ムニャムニャ』
「だ、大丈夫なの?っと、ちょ、あぶっ」
『らいじょうぶ……こんな感じで……エンコード開始……』
「グフフ……なかなか頑張りましたがもう逃げられませんよォ~」
「アーッもうダメ!死ぬ!」

そうこうしている間に烈花は部屋の隅に追いやられ、逃げ場を失う。
絶体絶命かと思われたその時、画面の「解析中」の文字が「解析完了!」に変わり、
スマートフォンのホーム画面に「発動!」と書かれたアイコンが表示された。

『よっしコピー完了~。これをタップすれば筋肉増強能力が発動するよ~』
「コピー!?き、筋肉増強能力!?や、ヤダーーーー!」
『ホラホラつべこべ言わず。女は度胸だよ』
「うううーっ!やるしかないっ!」

意を決して烈花はアイコンをタップする。

「……」
『……』
「……グフッ」

……が、何も起こらない!

「ちょっとー!何も起こらないんですけどー!」
『……ZZZ』
「寝とるーーーーー!……ああ、もう駄目……」
「グフフ……では改めて……グフォッゲギョッ」

中年男性は怪しげな笑みを浮かべ、烈花へと近づく。
その姿が、近づくたびに一層大きく見え――

「――あれ?あのう、おじさま?何だか……」
「グゲゲゲーーー!」
「ギャー!……さらに大きくなって……る……?」

中年男性の肉体は今や当初の3倍……いや、4倍以上に膨れ上がっている!
まさに筋肉の過剰積載!
その自らの魔人能力の限界を超えて今なお膨張する過剰筋肉は、中年男性自身を押しつぶさんばかりである!
いや、中年男性どころか、このボロアパートすらも崩壊の危機に瀕していた!

「グゲゲ……タス……ケテ……」
「それはこっちの台詞なんですがー!大家さんごめんなさーーーーい!」
『ムニャ……ん、調整間違えたかな……まあいいや。そんじゃ、とっとと逃げようか』
「そ、そうだ!とにかく逃げよう!大家さんごめんなさい!」



「……ハァ、ハァ……た、助かった……」
『これもボクのおかげだねえ。感謝してくれていいんだよ?』
「いや助けてもらったのはありがとう!でもあなた誰、ていうか何なの?」

ひとまず落ち着いたところで腰を落ち着け、スマートフォンの謎の存在に問いかける。

『うーん、説明するのめんどくさいんだけど、そうだね……ボクは「キャプちゃん」。君の魔人能力の一部だと思ってくれればいいよ』
「魔人能力……ってことはさっきのも?」
『そーそー。動画で解析した能力をコピーしてアプリ化するんだ』
「なるほど……って、ん?」

そこで烈花の脳裏に疑問符が浮かぶ。
その説明では先程の現象の説明がつかないのではないか?

「待って待って、コピー能力なら私の筋肉が増強されたりするんじゃ……?」
『そうだよねえ』
「おかしくない?なんでおじさんがあんな大変なことになったの?」
『う~ん、酔っ払ってたからわかんないぴょん♡』
「は?」
『ごめんねえ、なんか設定する時に対象をおじさんに固定しちゃってたみたい……まあムキムキ女子高生になるよりマシでしょ!結果オーライ!』
「……ええ~、まあ助かったからいいけど……あと魔人能力なのに酔っ払っちゃうってどういうこと……」
『うん、まあ、しょうがないよねぇ。あはははは』

少女は手に持ったアルコールをグビグビと飲みながらケラケラと笑う。
烈花は呆れてため息をついた。
自分の能力なのに全く制御が効かない……というか、そもそも電子生命体っぽいのに酔っ払うのか?
と大きな疑問が浮かぶが、なんかもう聞いても無駄だろうなと思った。

「うん、とりあえずどこか公園に行こう……疲れた……」
『あ。じゃあ今のうちに利用者登録しといてね。ここに名前とか連絡先とか入力して』
「魔人能力に利用者登録とかあるの……?」
『そりゃ、まあ、一応そういう能力、みたいな?』
「はいはい、ええと……小日向、烈花……と」

言われるがままに必要事項を入力する。
どう考えても魔人能力に利用者登録など必要ないことは読者の皆様もおわかりであろうが、
親からの遺伝であろうか、また色々あって疲れていたこともあり、
署名を求められたら注意事項を読まずにサインしてしまうという悪癖がここで顔を出してしまったのは責められないことであろう。
どちらにせよ迂闊極まりない行動ではあるが、烈花はその行動にさしたる疑問を抱かなかった。

『……フフフ、これで完了だよ。ありがとねぇ~』
「はいはい、じゃあ寝るところを探そう」
『うんうん、大会の必要事項は後で何かしらの手段で連絡行くと思うから』
「はーい」


「……大会?」
『うん。ホラ』

そこには、「『グロリアス・オリュンピア』参加エントリー」
「送信完了!大会運営よりの連絡をお待ち下さい」の文字が表示されていた。

「な、な、なななんじゃこりゃあ…………」
『よーし、それじゃあ二人で力を合わせて頑張ろう♪』
「待って待って無理無理、そもそもこの電話インターネットつながってないんじゃ」
『最近は無料wi-fiって言うのがあってだねえ……大丈夫、ほら優勝すれば賞金も出るし』
「そんな勝手……賞金!?いくら!?」
『5億』
「よし優勝目指して頑張るよ!これで借金ほとんど返せるかも!」
『うわあ変わり身はやあい……って5億で足りないの?』

こうして、小日向烈花は『グロリアス・オリュンピア』に参加することになったのだった。
最終更新:2018年02月18日 20:01