プロローグ(偽花火 燐花)
『この世は舞台、人はみな役者だ』
と、シェイクスピアは謳った。
『各々が登場しては、各々退場してゆく。その間に人は七つもの役を演じるのだ』
では果たして、この寸劇の中で己が演じている役割はいったい何なのだろうかと、柊木茜音はひとり考える。
警察官。24歳、女性。それが柊木茜音というキャラクターを定義する肩書である。だが、かつて若き自分が思い描いていた、その名を背負うにふさわしい理想の人物像などというものは、日々のつまらない雑務と不愉快な人間関係にすりつぶされ粉みじんに消えてしまっていた。今このベンチに腰かけているのは、目的もなくただ時が過ぎ去るのを待つだけの名も無き脇役に過ぎない。
ささやかな日差しが身を切るほどの寒さをほんのひとときだけ和らげる、冬の日の午後であった。
駅前の小さな広場には幾重もの人影が絶えず行きかい、だが決して交わることはない。路上の大道芸人が不器用に手から球を取り落とす光景にぼんやりと目を向けながら、茜音は今朝方に交わした会話を思い出していた。
「――パイロマンサー?」
聞きなれないその単語に、茜音は怪訝な表情を返した。
「なんすか、それは。放火魔ではなく?」
額に深く皴の刻まれた刑事主任は、疲れた声で答えた。
「いや、本庁の連中がそう呼んでいるそうだ。例の七区での火災もヤツの犯行に間違いない、と」
主任は机の上から数枚の紙束を差し出した。茜音はその上に書かれた文字を読み上げる。
「区画にある建屋のひとつが全焼。現場に可燃物は存在せず、出火原因は不明。しかしそれ以上に不可解なのは……消火原因すらも不明であること。炎は建材を完全に炭化させる前に消えている。だが検分によれば、水をかけた様子も消火剤の残留も無い。仮に酸素が急激に失われたとしても不完全燃焼の痕跡が残るはずだが、それも無し。建物を焼き尽くそうとしていた業火が一瞬で跡形もなく消え去ったとしか思えない……」
初老の男の右頬が虚ろな笑いを描いた。
「そんな火災が、この一週間で三件だ。まともな人間にそれができると思うか?」
「……いいえ」
「だよな。上もそう考えたんだろ。だからこう名付けられた。犯人は放火魔ならぬ……放火魔術師」
返す茜音の言葉には、絶望が色濃く含まれていた。
「つまり、こういうことですか。そいつは……」
「ああ。魔人だ。間違いなく」
魔人。虚を実と為し、理をねじまげるもの。
茜音は深く、深くため息をついた。かつての茜音は己を生み育てたこの街を守る使命に夢を燃やしていた。だが憧れの職に就いて間もなく、理想はあっけなく砕かれることとなった。その理由は他ならぬ、魔人犯罪者の存在である。
魔人は脳内の妄想を現実として世界に押し付ける。思いが強ければ強いほど、その実現の度合いも大きくなる。では他者への害を省みない、悪しき心を抱いたものがその力を手にした場合、何が起こるか。無論、待ち受けるのは惨劇である。
ただ自らの稚拙な欲望を満たすためだけに、人智を超えた力を振るう。そんな化物を相手にして、平々凡々な人間に何ができるだろうか。魔人に対抗できるのは、魔人だけだ。
この一連の放火事件に対しても、すぐに武闘派の魔人警察官による対策チームが上から派遣されるはずだ。それはきっと物事を解決に導くのだろう。だがそこに茜音が寄与できることは何一つない。できることはせいぜい、彼らがこの街に残すであろう、場合によっては事件そのものよりも大きな傷跡を消すための尻ぬぐいに奔走することぐらいだ――
「……寒っ」
酷薄な冷風が、茜音を現実へと引き戻した。
小さな太陽は駅ビルの背後に隠れつつある。人影は先程よりもいくぶんまばらで、ただ大道芸人だけが変わらずその場にとどまり、放り投げられた小箱をまたも不器用に取り落としていた。
茜音はポケットから煙草を取り出した。かつてもう二度と吸わないと心に決めたはずのものだった。一本を口にくわえ、懐を探る。
「あれ、ライター……無いな。忘れてきちゃったかな」
大道芸人は地面に落ちた箱を誤って蹴とばし、拾い損ねた。そう、ひとつの物事がうまくいかないときは、全てうまくいかないものなのだ。ここ数年の人生で茜音が学んだことといえば、吐き気を催す諦念の飲みくだし方だけである。
「仕方ない。戻るか」
茜音は立ち上がり、ジャケットから埃を払った。その目前で、大道芸人は靴を石畳に引っかけて、派手に転んだ。
「……? いや、それにしたって……」
大道芸人が立ち上がろうと手をついたそこに、お手玉が転がっていた。手が滑り、バランスを崩して再び地に体を打ち付けた。
「いくらなんでもちょっと、下手すぎない!?」
茜音はその言葉を実際口に出していたことにはたと気が付き、気まずそうに顔を赤らめた。ごまかすようにひとつ空咳をはらうと、つかつかとそこに歩み寄り、しゃがみこんで片手を差し出した。
「ほら……大丈夫?」
地に伏す大道芸人はおびえた小動物のようにおずおずと顔を向けた。まだ年若い少女の顔だった。
「あ、う……ええと。その」
紫色の衣装を着た少女は、震えながら茜音と手を握り交わした。長手袋に覆われた小さな手。立ち上がると、ヘッドドレスからこぼれた髪が襟に絡みつく。過剰とも見えるリボンで飾り付けられたその装いは、バロック時代の道化を模した西洋人形を連想させた。
「あ、あ……ありがとうござ、います」
錆びついた鈴のような声で、どもりがちに少女は答えた。パフォーマーとしてあるべき振る舞いとかけ離れたその様子は、茜音に強い興味を抱かせた。
「おじょーちゃん、学校は? どうしたの?」
「え。あ、あの。わたし、その、わたしは……」
茜音は首を横に振った。
「いや、別に言いたくなければ無理することないよ。あたしもきみくらいの歳では大人の言うことなんか聞いてやるか、学校なんか行くもんかって思ってたし、似たようなものだね。それより」
手玉。棍棒。葉巻箱。茜音は周囲に散らばる芸道具にひとつひとつ目を向け、そして訊ねた。
「大道芸、好きなんだ」
「あ……はい、あの。好き……っていうか」
言葉はそこでいったん区切られた。少し間をおいて、少女はぽつぽつと語り始めた。
「あの、わたし。みんなのために、自分の芸を見てもらって、それでお客さんを楽しませないと、って。でもまだぜんぜん下手なんです。みんなにも馬鹿にされちゃうんです。だから、もっと練習して。もっともっと、上手にならないと……」
そうだろうね、と口には出さないまま茜音は同意した。目線を地面に向けると、投げ銭を乞うため逆さに置かれたシルクハットの中には、紙幣がたった一枚のみ。彼女が自分で用意したものだけだろう。
「そう。もしよかったら、あたしにもひとつ見せてくれないかな」
少女は、はっと顔を上げた。
「え……あ、ほんとう、ですか。でもまだ、わたし……」
「下手だって構わないよ。それにこういうやつは、人に見せてこそ上手くなっていくものでしょ?」
「……はい。それじゃ、いきます。見ていてください。スリー・アップ・ピルエット。もし、えと、うまくいったら……拍手、お願いします」
若き大道芸人は決意をたたえた表情でボールを三つ地面から拾い上げると、おぼつかない手つきでお手玉を操りはじめた。そして三つ全てを頭上高く投げ上げると同時に、彼女自身も片足立ちで一回転――だがそれを受け止める前に、ボールは互いに空中で衝突し、あらぬ方向へとはじけ飛んでしまった。二つをかろうじて手に取ったものの、一つは道端の茂みの中へ。
茜音はぱらぱらと拍手を返す。
「あ、うう……すみません……ごめんなさい、ちゃんとできなくて……」
「いいって。これから上手になればいいんだからさ。お話も聞かせてもらったしね」
「……フレンケルなら」
「ん?」
少女は両手を顔の前にかざし、隣にいる茜音の存在をまるで無視して、虚ろな視線で誰に言うとでもなくぶつぶつと呟きはじめた。
「フレンケルなら、このくらい簡単にできたのに。五つ……ううん、七つのボールだって平気でやってみせてくれたわ。まるで魔法使いみたいな手。何が違うの。どうすればうまくいくの。そうだ、フレンケルは教えてくれた。ボールを投げるときは、その軌跡を最初から最後まで指先で完璧に制御すること。まるであらかじめ空中に引かれた線をただなぞっているかのように。そうすればたとえ目線を外していても、ボールはひとりでにフレンケルの手元に戻ってくるんだわ。フレンケルの手。フレンケルの指。そう、フレンケルがやったみたいに……」
その不可解な挙動に、茜音は少しばかりぞっとすると共に居心地の悪さを覚えた。奇妙な空気のなか間を持たせるように、手元から煙草を取り出してくわえると、
「あ、しまった。ライター持ってないんだった」
その言葉を聞くと少女は急に立ち上がり、大きな鞄をまさぐって小さな紙箱を取り出した。
「ど、どうぞ……えと、使いますか?」
「へえ、マッチか。今どき珍しいね」
大正モダン風の装丁を施されたマッチ箱には、流暢な飾り文字で『Cirque du Paradis』と書かれている。『楽園のサーカス』。あくまでも楽天的な響きの内に、なぜだか茜音はいくばくかの不安を感じた。
「わ、わたし、芸で火を使うんです。それで、いつも持ち歩いていて……」
「ええ? いや、ちょっとそれは。やめなよ、危なすぎる。子供の遊びじゃ済まない」
「う、ああ、そ、その。だ、大丈夫です。練習中、です。人がいないところでしか、やらないですし……」
茜音は煙草を握りつぶし、厳しく子供を叱る大人の表情を作り上げた。
「いい? きみがケガをするだけじゃないんだよ。建物に燃え移りでもしたら。それが原因で大火事になって、大勢の人を傷つけるかもしれない。ただでさえ冬場は火事が起こりやすいんだ。ニュースは見てる? 特にこの辺りでは最近、立て続けに何件も火事があったの」
「う、あ、はい……えと、たしか、犯人もまだ捕まっていない、って……」
「……とにかく。学校をサボるくらいのやんちゃならいいけど、火は使っちゃダメ。約束して?」
うつむいて視線を泳がせる少女を前に、茜音はため息をついた。こういう役は未だに慣れていない。
「……いつもここで演ってるの? これからも、ちょくちょく見に来てあげるからさ」
少女の顔に、ぱっと明るみが差した。
「え、あの、ほんとうですか。その……嬉しいです。ええと、ここではないんですけど……実はわたし。近々開かれる大会に呼ばれているんです。とても大きな舞台なんです。だから、是非、見に来てください」
この拙い腕前を大舞台で? 疑問に思ったが、口には出さなかった。
「あ……わたし、そろそろ、もう行かないと。始まる前に、もっと練習しないといけないから。い、いろいろと、ありがとうございました」
少女は周囲に散らばる道具を急いで鞄の中に詰め込むと、そそくさとその場を後にした。三歩ほど歩いたところで振り返ると、茜音に告げた。
「あ、あの! 偽花火燐花といいます。わたしの名前。偽花火、燐花。です……」
「燐花ちゃん。それじゃ、また会いにくるよ」
茜音は立ち去る少女の後ろ姿を見送った。ふと少女がボールを落とした茂みに視線を向けると、焼け焦げた葉がぶすぶすと音を立てていた。
手の中には、小さなマッチ箱が一つ。
「楽園のサーカス――」
太陽はもうじき赤い地平線の向こうへ沈む。
夜の訪れが天を紫に染めていくその下で、偽花火燐花は歩く。まるで彼女自身が夜の一部であるかのように。
燐花は次なる練習場を見つけた。商店街の外れ、ほとんど打ち捨てられた廃屋だった。
幸い人影はなかった。小さな大道芸人は、空き倉庫の真ん中に鞄を降ろし、中から真紅の絨毯を取り出すと木の床に敷いた。そしてその上に立ち、胸の前で手を組むと目を閉じてひとり呟いた。
「モーリー。ジャック。フラン。マキ。パブロ。メイリン。フレンケル。ルイス。ハビエル。ゲイリー。ルカ。カルロス。サーシャ。スティーブン。ジョエル。エリック。ロベルト。イワン。ジェシカ。アントニオ。アルベルト。ヴァーニャ。エミール。ハロルド……それに、団長」
その声は、いつの間にか嗚咽混じりの震え声に変わっていた。
「わたし、がんばる。みんなのために、がんばるから……」
目に滲ませた涙を拭き、再び鞄の中を手探る。
「……あ、あれ? どこに行っちゃったかな……」
「探し物はこれ?」
声は廃屋の入り口から聞こえた。そこにはジャケットを着た長身の女性が立っていた。手に握られているのは『Cirque du Paradis』のマッチ箱。
「早速また会ったね。悪いんだけど、これは返すわけにはいかないよ。燐花ちゃん……いや」
自分にだけ聞こえる声で、柊木茜音は言った。
「……放火魔術師」
二人は五歩ほど離れた位置で互いに向かい合った。
「あ、お昼の……おねえ、さん」
「……一連の事件については、マスコミにも詳細が伏せられている。火事の報道でも『放火』だなんて一言も言ってないんだ。『犯人』なんて存在は知らないはずなんだよ。本人以外はね」
茜音はジャケットの右ポケットに隠された手の中で拳銃の重みを感じながら、倉庫の壁に体重を預けた。目の前にいる小柄な少女は、十中八九、魔人である。応援もなく、たったひとりで相対することの危険性は十分承知している。だが、これは自分がやらなければいけない。理由はうまく説明できないが、確かにそう信念を抱いた。
「幸い、いまだに死者はひとりも出ていない。だからまだ十分やり直せるんだ。お願い、燐花ちゃん。こっちに来てくれないかな。一緒に帰ろう。また燐花ちゃんの芸を見せてほしいんだ」
茜音は祈った。この少女が、これ以上罪を重ねることのないよう。だが、返ってきた答は求めているものではなかった。
「……しい……」
「ん。何だって?」
「う、うれ……しい……です。見てくれるんですね。わたしのことを。わたしの芸を」
「そうだよ、だから……」
「『楽園』のみんなも、ぜったい、喜んでくれます。わたし、がんばります。もっともっと、練習して、世界一の大道芸人になります」
「……! 何を言って……!」
涙混じりの少女は真紅の絨毯の上でゆらりと立つと、手を中空にかざした。
『輪廻化生』
その瞬間、暗い廃屋の闇は朱の光に照らされた。
炎だ。
偽花火燐花の体が、ゆらめく炎に覆われている。
「なんてことを……!」
少女の足元にあった赤い絨毯は、いまやその全体が火に包まれ――
違う。
そこに絨毯はない。
そこにあるのは、今まさに床から燃え広がらんとする、あかあかと燃える炎だけだ。
炎の上に、偽花火燐花は立つ。
「……これがわたしの舞台。これがわたしの世界。み、見ていてください。新しい技、練習したんです。う、うまくやってみせます。そう、ルカがやったみたいに」
偽花火燐花の右手が動いた。反射的に、茜音はポケットの中の拳銃を取り出そうとした。瞬間、その手に焼けるような痛みが走った。拳銃が床に音を立てて落ちた。
内側から赤く発光する小さなナイフが、茜音の手のひらを貫いていた。
「ぐ、あ……ああああっ!」
茜音は悲鳴を上げた。手のひらから甲までを貫通するナイフが、茜音の右手を壁に縫い付けている。茜音はもう一方の手でその柄を握ったものの、ただちに指を離した。
「熱ッ……!」
まるで溶けた鉄が赤黒い光を放つかのように、そのナイフには高温の熱が渦巻いていた。傷口を内から焼くその痛みに、茜音は意識を失いかけた。
「……あ……う、ご、ごめんなさい。しっぱい、です。あ、あの、当たっちゃダメなんです。どうしよう。ルカならできたのに。ルカはこんな間違いしないのに。も、もう一回やらせてください。ルカ。ルカはどうやって……」
燐花は再び、自分だけの精神世界に閉じこもり、ぶつぶつと呟きを吐き出した。
「……ナイフ投げのコツ。ルカは教えてくれた。そう、距離が大切なんだ。この距離ならナイフはちょうど一回転。重心を意識して。小指を離すタイミングでコントロールする。そう、ルカがいつもやっていたみたいに。目標をしっかり見て……」
呟きながら、燐花は茜音の目の前で奇妙な仕草をした。燃えさかる炎に手を伸ばし……そして掴んだ。
炎を、手で、掴んだ。
長手袋の手の内で、炎はまるで生き物のようにうごめいた。燐花はそれを床から引きちぎり、両手で丸めた。そして各指の間から薄く引き出されたそれは……茜音の手を貫いているものと同じ、赤く燃えるナイフだった。
「ルカはナイフ投げの名人です。ほ、本当にすごいんです。どんな小さな的にだって、とても遠いところから当てられる。そう」
少女の視線はまるで別人のように据わっていた。大道芸人の右腕が弧を描いた。昼に垣間見た偽花火燐花のそれとはまったく異なる、熟練の腕さばきだった。
「こんな風に」
投げ放たれた三本のナイフは正確に、茜音の頭の上と、細首の両側すれすれに突き刺さった。皮膚からほんの一ミリの隙間を置かれて突き立てられたその刃から、ちりちりと熱が伝わった。
「……あ、よかった……ちゃんと、できました」
燐花の表情が弛緩すると同時に、ナイフは小さくボウ、と音を立てて燃え上がると跡形もなく焼失した。茜音の手を貫いたものも同時に消えていた。茜音は壁にもたれかかったままずるずると座り込んだ。右手を貫く傷と、そこに残された痛々しい火傷のあとだけが、先の体験が現実であることを伝えていた。
「あ、も、もう疲れちゃいましたかね……でも、十分です。ええと、み、見てくださって、ありがとうございました……う、ううん、違う。こうじゃない。もっとうまく言わなくちゃ。そう、団長ならきっと、こうやってみんなを紹介して、お客さんを楽しませるんだわ」
一呼吸つくと、狂った少女は優雅にズボンの裾をひるがえし、業火の上でくるりと回った。
「――はてさて皆さま、今宵のショウはお楽しみいただけましたでしょうか! 主役を務めたるは我らが『楽園のサーカス』秘蔵の至宝、最後の末裔にして忌むべき落胤。闇夜に咲きたる紛いの炎。その名を偽花火燐花。偽花火燐花と申します!」
茜音は遠のく意識の中でその口上を聞いた。少女にかけてやれる言葉は、持ち合わせていない。
「まことに残念なお知らせではありますが、そろそろお別れの時間と相成ります。ですが悲しむことはありません。来たるX月X日。一世一代の大興行、グロリアス・オリュンピアにて再会いたしましょう。老若男女の皆みなさまが素晴らしい時間を過ごせることを、かならず保証いたします。お見逃しなきよう。晴れの大舞台に立つのは、もちろんこの偽花火燐花。偽花火燐花で御座います――」
炎はいまや床から壁に燃え移り、際限なく広がろうとしている。少女は振り返りそこに手をかけた。そして力任せに、まるで壁紙を剥くかのように、火を手づかみでべりべりと引きはがしはじめた。
「……わ、わたし。その。夢があるんです」
手繰り寄せた炎を、厚手の絨毯のごとく手元でくるくると巻いていく。
「わたしの芸で、見ている人を笑顔に、幸せにする。まるで楽園にいるみたいに。そ、それってとっても素敵なことだと思うんです。だから」
幻想が、少女の内に仕舞われていく。
「世界じゅうを、わたしの舞台にできたらな、って」
燃え立つ狂気の、幕が下りる。
――暗転。