プロローグ(夢見姫子)


「楽勝でしたわね」
『さすがです、お嬢様』
インカムから勝利を褒める小さいころからの自分のお付きの声にふっと緊張をとく。
「ふふ、これもゴトーさんの優秀なサポートがあってですわ」
『嬉しいお言葉ですお嬢様』
空飛ぶ大きな像、≪ダンボ≫に押しつぶされ動きを止めたサンプル花子に近づき瞼を持ち上げ、瞳孔を確認する。
確かに気を失っている事を確認すると「お話にお戻り、≪ダンボ≫」と白く形の良い手を二回たたく。
パオーンといななくとキラキラとした光に包まれ大きな像は消えていく。

『勝者、夢見姫子選手。本戦の出場が決まりました。第2号室の方でサポーターの方とスタッフの案内をお待ちください。』

ぱんぱんとサンプル・シューターをよける時についてしまった砂をドレスから払うと、姫子は一礼をして試合場から出てお付きの待つ部屋に向かう。
予選会場で観客はいないが、彼女の試合をカメラ越しで監視する審査員に対するものだ。
育ちのいい姫子は、そこに人がいる限り礼儀を絶対に忘れないレディーであった。

「んー。これで本戦にでれますわね」
待つように言われた2号室に入るとソファーに座り込む。
そこにさっと激しい動きの後に喉が渇わき、また寒い外で体を冷やしたであろう主人にローズヒップティーをカップに注ぎ渡しながら後藤は首を傾げる。
「お嬢様ならこのようなお遊びに付き合わずとも本戦への招待状を手に入れる事が出来たのでは?」
彼女、夢見姫子はかの有名な大財閥の一人娘である。
財閥が少し圧力をかければ彼女一人の出場資格などすぐに問題なく用意されただろう。
しかしこうして姫子は他のエントリー枠の選手と同じくサンプル花子との予選試合を行った。
まあ、問題なく勝てたのだが。
「仕方ないですわ。私、夢見財閥の総帥夢見治郎の一人娘が魔人である事は私のイメージダウンにつながる事を恐れてお父様が隠していたのですもの」
「では、今回の出場は?」
「ええ、お父様には内緒で私個人でこっそりエントリーしましたの。」
「後で知りませんよ?」
「あら、大丈夫よ。でもありがとう。“ワタクシのお転婆゛っぷりにはお父様もゴトーさんも結局は付き合ってくれるのですし」
「ふふ、いつの間にか日本代表の若き柔道選手として金メダルを勝ち取っていたときは驚きましたよ」
「あらやだ。その話はもうよして。あの時は先生に惚れちゃっていいところ見せようって意地になってたのよ」
「つい2年前ですが」
「もう、2年です」

この話はもうお終いよというように何処に用意していたのか後藤の渡してくれたナルミの赤いバラをあしらわれたカップに口をつける。
「それに私の魔人能力は子供向けの物語の『登場人物』を具現化させるというもの。お父様が心配しているような野蛮なイメージとはほど遠いわ」
「この私もお嬢様が魔人だとは存じませんでした。少し寂しいですぞ、お嬢様。この後藤にはなんでも包み隠さず教えてくれるものだと思っておりました」
「仕方ないじゃない。小さいころにうっかり魔人覚醒した直後にお父様とお母様に約束したのよ。」
ため息をつきまだ中身の残るカップを置く。穏やかも揺れる赤い液体に移る自分の顔を覗きこみながら続ける。
母に似ているとよく言われる長いまつげに縁どられたアーモンドの目が自分を責める気がするが気のせいだと首を振り続ける。
「二度と使わないし誰にもこの事を言わないって。だから今回の大会の事を知るまでは一度も約束通り使わなかったし隠していたの」
「亡くなった奥様との約束でしたか・・・それでは仕方ありませんね。」
「お母様は昔魔人に襲われた事があったと聞くわ。だから仕方ないわ。魔人というだけで恐怖の対象だったのでしょう」
「お嬢様、ならばなぜそのような大事な約束を破って今回は出場を?」

後藤はさらに疑問を深める。
「お嬢様は小さいころからお世話してきた贔屓目をぬいても才色兼備。またあの夢見財閥の娘。優勝賞金は目的ではない事は確か」
「ええ、お金には全く興味ないわ。」
「では、何か大事な約束を破ってまでもかなえたい願いがあるということでしょうか?」
「ふふ、その通りよゴトーさん」
「はぁ、しかしお嬢様に叶えたい夢が・・・・?」

「ふふふふふふふふ、そうよ。私にはこの長年ずっと・・・・ずっと叶えたい願いがあるのよ!!」
「この後藤、まったく気づきませんでした・・・それは!?」
ゴクリと息をのむ後藤。
長年付き添ってきたお嬢様が密かにそんな願いを秘めていたとは・・・・!と少しショックをうけただがそれはそれ。
とにかく願いを聞き、もし自分が叶えられることであればと聞いた後藤に思わぬ返答が返ってきた。

「それは・・・・【友達】よ!」
「はぁ?」

思わず間抜けな声が出てしまう後藤。
いや、確かにお嬢様は言われてみれば同じ年頃の娘と遊びに行くというかいわゆる普通の付き合いをしている姿を見たことがない。
「・・・・お嬢様」
「そのかわいそうな目は辞めて!ゴトー!」

つまりこのかわいそうなお嬢様はずいぶん遠回りで他力本願なやり方で友達作りをしようというわけだ。
後藤は思わず目頭が熱くなり指で目をぬぐった。
そう、彼女はいつも真剣で生真面目でそして。何処かおばk・・・いや不器用なのだ。

「この後藤、精いっぱいお嬢様のお友達作りをサポートさせていただきますぞ!」
「ありがとう!ゴトーさん!大好き!」

いや、普通に友達作りしようよと突っ込む人は誰もいなかった。
最終更新:2018年02月18日 20:12