プロローグ(丸鬼堂左道)
~0~
JK(邪鬼):人の欲望(エロ)が具現化した幻想種
SM:人の欲望(エロ)を縛り律する技
~1~
六本木。
そこはヒルズと呼ばれる鉄と石で出来た建築物が丘陵をなす場所のみが人類の生息圏であり、周囲は瓦礫と砂の東京砂漠が広がる不毛の地だった。
砂漠には6本の樹木(ユグドラシル)が生えておりヒルズへの電力等のエネルギーインフラを担っている。
砂漠に生えた六本の世界樹、それをもってこの地を六本木と言う。
ざり、ざり。
強い日差しの中、砂を踏みしめて少女が人気のない砂漠を歩いている。
少女は年若く見えるが身長はかなり高く、細身である。
長い髪を後ろで纏めており僅かに見えるうなじに汗が伝う。
ラフに着こなした制服はいずこかの高校のものであろう。
ニットのサマーセーターの上に羽織ったミリタリージャケットだけが異質であった。
少女は空を見上げて眼鏡(黒縁のアンダーリム)の中の目を細めた。
睫毛が多めの美しい瞳が輝く。
「暑いし」
少女は額の汗を拭うとミリジャケの袖下から一本の蝋燭を取り出した。
赤い和蝋燭だがどことなく卑猥な形をしている。
「この辺のハズだって話だったけど、六本目が無いじゃん。こりゃ人避けの結界かな?」
頬を膨らませて少女は岩の上に立てられた蝋燭に素早く火を灯した。
「ぉ、キз、、ζ、″ナニ」
およそ人類には発音できない言の葉がぷっくりとした少女の唇の間から溢れ出る。
密教でいう真言の類だろう、力ある言葉だ。
その瞬間、蝋燭の火は燃え上がり蝋が溶けた。
ぐずり、ぐずり。
溶けた蝋が奇妙に震えると人の形を成してゆく。
「ぶひぃ」
それは小さなオッサンであった。
小太りで半裸。
口にはボールギャグが噛ませられている。
ただ、ぶひぶひと啼いている。
陰陽道でいうところのSikigaMi。
M豚鬼といえばご理解いただけよう。
そう、この少女は遥か太古より宮中に仕え、時の権力者に道を指示したと言われるSM師の後継者であった。
「はぁ、結界破りは面倒なんですけどぉ、えーとここかな」
そう言うと少女は何の変哲もない場所を指さした。
「⊃っ⊇ωτ″、歹ヒね」
「ぶっひひぃ!」
少女が命令を下すと小さなM豚のオッサンは歓喜の声をあげてその場所に突っ込んだ。
バリバリバリ、どかーん。
閃光と爆発が起き、M豚のオッサンはこの上ない笑顔を浮かべて爆発四散した。
爆発の後には、先ほどまでは無かった一本の木が立っている。
いや、木と呼んでも良いのだろうか。
奇妙な彫刻が施された柱。
トーテムポールというのが正しい。
トーテムポールを中心にしてナスカの地上絵のように地面には稚拙な鳥の絵が描かれている。
そしてトーテムポールの根元には、女が座っていた。
「レよぁ?糸吉界を石皮ゑー⊂カゝ走召ゥ廾″レヽωτ″すレナー⊂″ぉ?」
女は不快そうに呟いた。
~2~
奇妙な風体の女だった。
年齢は少女と言っても差し支えない。
だが濃い褐色に日焼けした肌にネイティブアメリカンの呪術師のような白い化粧が施されている。
大きく強調された目、白く塗られた唇。
ボサボサの茶色い髪には様々な呪符(タリスマン)が飾られており、足元のソックスは異様に膨らんでいる。
砂漠を歩く為なのか、多少砂に沈んでも大丈夫な様にブーツの底は異様に厚い。
ネイティブアメリカン呪術の使い手であることは素人目にも明らかだ。
人の世に潜むJK(邪鬼)、山姥ギャル。
両手に持った手斧は可愛らしくデコられておりワンコと牛さんのイラストの下には「コヨーテ」「バイソン」と書かれていた。
「イ可、ぁωナニ」
女呪術師は常人には聞き取れない言語で問う。
「僕は、丸鬼堂左道(まるきどう さどう)、サド子と呼んでくれてもイイし」
長身の少女は応える。
「言隹ょξれ矢ロらナょレヽι」
不快そうな顔で女呪術師は手斧を構え、のそりと立ち上がる。
呪術師の周囲の砂がぞわりと沸き立つ。
「古い型だね、古流ギャル…コギャルか。やっかいだし」
「ぅぜ─カゝら歹ヒねι」
女呪術師が少女…丸鬼堂左道ことサド子に襲い掛かった。
~3~
サド子の魔人能力は『雷鎖縛陣(サンダーチェイン)』と言う。
電気を鎖に変換するという普通の人間が持つ分にはいまいち使い道が良くわからない能力だ。
「あっはは!好戦的だし!」
奇声を上げて跳びかかる女呪術師にむけてサド子が笑いながら腕を向ける。
じゃッ!!
と言う音と共にミリジャケの袖口から数本の鎖がのたうつように飛び出した。
ジャケットに仕込んだモバイルバッテリーの電力を鎖に変換したのだ。
この大量の鎖を持ち歩く手段としても、この能力は有用である。
鎖使いにとっては最上の能力である。
「]∋─〒!ノヾィ`/・/!彳テレナ!」
女呪術師は雄叫びをあげて手斧を投げる。
投げ放たれた手斧はまるで生き物の如く奇妙な軌道を描いて飛ぶ。
女呪術師の魔人能力『スピリチュアルマインド』
動物の絵を描きこんだ物質を操ることができるのだ。
今や、二本の手斧は主人に忠誠を誓った忠実な獣となった。
「ヤバいじゃん!それ!あはははは!」
胸元に飛来した手斧(コヨーテ)をサド子が紙一重で避ける。
サド子の胸がBカップ以上だったら胸を抉られていただろう!
「貧乳τ″且力カゝっナニナょ」
女呪術師の豊満な胸が揺れる。
「うっせー!避けたの!避けたんですゥ!」
続いて飛来した手斧(バイソン)も回避。
「はあッ!」
サド子が右腕を右から左に振るう。
鎖がその動きに合わせて広範囲を薙ぎ払う。
「ヤノヾッ!ィ─勹″」レ!」
女呪術師の声に応え大地が震える。
地面に描かれた巨大なヒヨコちゃんの様な絵が立ち上がり鎖の攻撃を受ける。
イーグルとは最も高く飛ぶ勇猛な鳥であり、太陽に近くまで至る神に近い存在としてネイティブアメリカンの信仰を集めている。
ナスカの地上絵にも描かれた神秘の存在だ。
「ぴよー!」
イーグルが咆哮し突進する。
「デカいね。ヤバいじゃん。でも」
「ぴよ~?」
イーグルの動きが鈍る。
その巨体に鎖が巻き付いているのだ。
「僕の鎖は、その程度じゃ受けきれないんだぜッ!」
イーグルの翼が巨体の背で締めあげられ、体に巻き付いた鎖が大地に繋げ止められる。
後手縛りと呼ばれるもっともポピュラーな緊縛だ。
えっちなので画像検索はしちゃだめだぞ。
「ノヾヵナょ!了─゙/@ィ─勹″」レちゃωカゞ!?」
ギリギリと締め上げる鎖が砂で出来たイーグルを砕く。
ギリリと歯を食いしばりながら女呪術師が叫ぶ。
「]∋─〒!ノヾィ`/・/!」
崩れ落ちるイーグルの影から手斧(コヨーテ)と手斧(バイソン)が回転しながらサド子の胸に突き刺さる。
自分の不利を勝機に変えた奇襲、歴戦の戦いの思考がうかがえる。
ガキィィン!
金属音が響く。
「イ可ξれ、ー⊂″─レヽぅ⊇ー⊂?」
斧が弾き返され女呪術師が動揺する。
「悪いね~、防御も忘れてないし」
サド子の体に鎖がエロい感じで巻き付いている。
鎖帷子(チェインメイル)と呼ばれる守りの緊縛。
じゃらら。
サド子の左腕に鎖が巻き付いていく。
「ちょっー⊂彳寺っ…」
ゴスッ!
女呪術師の声を遮るようにサド子の鉄鎖の拳が顔面にめり込んだ。
「六本木JK(邪鬼)災害、終了。トーテムポールにされたユグドラシルもそのうち元に戻るっしょ」
サド子はニッと笑った。
~4~
からんから~ん。
不夜城、新宿。
眠らぬ街の片隅にSMショップ『祖怒夢』はひっそりと営業してた。
「いらっしゃ~い」
気の抜けた挨拶がレジから聞こえてくる。
レジにはやる気のなさそうなバイトの少女が座っていた。
「なぁンだ、先輩じゃないでスか」
「相変わらずやる気ねーのな」
サド子はいくつかの宝石と木片をレジに置いた。
六本木で倒した呪術師の持っていた呪具だろう。
「換金たのむわ」
「客少ないでスからね。あ~でも指名入ってまスよ」
「僕にか?」
「ですねェ、ほら安倍のセンセイ」
「仕方ねーな」
~5~
古来より政と占いは切り離せない物である。
最も古い日本に関する記述では倭の国の女王卑弥呼は鬼道、すなわち占いで国を治めたとされる。
「おう、おうふ!いえあ!」
部屋の中央で中年の男性が悶えている。
その体には縄が巻き付いているのがわかるだろう。
「もっと、もっとだ。サド子くん!」
「正直言ってバカだと思う」
冷めた目で男性を踏みつけながらサド子は火のついた蝋燭から蝋を垂らす。
サド子は普段通りの服装、ボンテージなどは着ない派だ。
「ああッ、いい!いいぞう!しんぞう!」
男の体に巻き付いた縄はまるで亀の甲羅の様な形。
すなわち亀甲縛りである。
なぜ亀か。
古代鬼道において亀甲を熱しその動きを見て未来を占う亀甲占いがあったというのは歴史の教科書で習うだろう。
それは意図して歪められた歴史である。
秘術の本懐を他国に流出させぬための非常手段。
本来は亀甲縛りをした時の為政者を蝋燭で熱することでその悶え喘ぐ姿で未来を占ったというのが真実である。
そして安倍SM(あへのせいめい)の血を引く現代の宮内庁SM局長も兼務するこの男。
日本国総理大臣、安倍S3(あへ えすぞう)首相。
Mを横に立てて3にする発想の転換(イノベーション)で国政を握るこの男が。
日本の!首相である!
「何もね、私は占いで未来をキメているわけじゃないのだよ」
完璧にキマった顔で安倍(あへ)は言う。
「重要なのは為政者の決断だ、占いなどは参考に過ぎない。我がご先祖である安倍SMもそう言っている。だが参考にするならばより良い物を用いねばならない。世間では胡散臭い占いが跋扈しているが日本古来の由緒正しき亀甲占いこそがだね。重要なのだよ。もっともっとだ!サド子くん!」
「マジでウザい」
「おう!冷たいお言葉ァ!びくんびくん!」
罵倒により絶頂し冷静さを取り戻すと一瞬にして政治家としての威厳ある顔に戻る首相。
これが亀甲占いの真の力。
賢者モードである!
日本の歴史上様々な英雄たちが決断を下す際に用いたと言われる賢者の知啓。
それを用いると言う事は!
これすなわち五賢臣が一人!
日本国総理大臣、賢者モード。
もう他にどんな賢臣が出てきてもこれに勝る賢臣はいないだろう!
だって賢者で大臣だから!
五賢臣のトップは彼で間違いない!
総理大臣よりエライ大臣がいるものか!
文句があるならかかってこい!
「ふむ、さしあたってはGO(グロリアス・オリュンピア)だ」
「あー、なんかお姫様の御前試合的なやつ?」
「これはグローバルな話題性がある、なんとしても成功させたい」
「なるほど」
「国の威信をかけて成功させなければならないのだ、それでサド子くん。君も参加してくれたまえ」
「なるほど?」
「たのんだぞ、サド子くん」
「え、なんで?」
理解に苦しむ顔でサド子が問い返す。
「何?まだ踏みつけ足りない?気絶するくらい縛った方が良かった?」
「ま、待ちたまえ!サド子くん!君、バトルは嫌いじゃないだろう?」
じゃらり、と鎖を握りしめるサド子に対して首相はストップをかけた。
「まあ、嫌いじゃないけど」
と満更でもない感じでサド子は能力で生み出した鎖を消滅させた。
「私はね、和風SMというものがね。いかに素晴らしいか世界に見せたいのだよ。やれSMと言えばボンテージだと嘆かわしい。和SMこそクールジャパンだ!」
「いやあ、清々しいバカだし。賢者はどうした?」
「とまあ、それもあるのだが、不穏な情報を入手したのだ。参加者にJKが紛れているとな」
「へぇ、JKが」
「おそらく鬼としての本性は出していないだろう、だがそれがまた厄介だ。大会の混乱を避けるためにぜひお願いしたいのだよ、サド子くん!」
サド子は少し考える。
「まあ、いいか」
「おお!やってくれるか!」
サド子はTVの大会情報を見る。
参加が有力視される魔人の予想速報が映し出されるとサド子はニコリと笑った。
「ま、願いとかどうでもいいけど。単純に戦うのは楽しいし」
丸鬼堂左道ことサド子。
参戦。
「ではサド子くん、堅苦しい話が終わったのなら続きを!」
「ちょっとは自重しろよ、この豚野郎!」
~プロローグおしまい~