プロローグ(朝チュンの暴)
動かなくなった少女が頭からバスタブに放り込まれる。ゴツン。
けいれんを起こした体が跳ねる。バっタバタ。
小刻みに早くなる打音にあわせ【VIPゲスト:サクリファイ浜子】はイチモツをしごく。どピュるるリ。
本日2度目の射精だが、小さな娯楽室を磯の匂いで満たすには十分すぎる量がでた。おぉ…浜子よ。スナッフビデオで果てるなど、賢臣らしからぬ行為。ナムアミダブツ†。ナムアミダブツ。(†:エプシロン語で"お嬢ちゃんがエッチぃのがいかんのじゃ"の意味)
日本語とエプシロン語のささいな一致。異国に愛着が湧くのは、こういう小さな体験の積み重ねなのかも知れない。ビデオの中ではバスタブに水が注がれている。そのどぷりとうねる音をBGMに浜子は先刻、体を重ねた小さな巫女に想いをはせた。
巫女と言っても非処女。15歳でも娼婦。無論、彼女の職場は神社ではなく、借金を背負った美少女・美青年AIが行き着く地獄の1つVR闇風俗店「甘露のキャンドル」。AIたちは月々の返済ノルマを達成できない場合に、スナッフポルノで借金を返す契約を結ばされている。というのは表向きで、スナッフに出演させられるために巧妙に借金を背負わされたというのが実のところであり、未だ借金を返済できたAIはいない。
命乞いのようなセックスをした相手が、死を渇望する姿でイきたい。VR闇風俗にはそういう人間相手にはできない“酷いこと“を叶える店が多いのだ。
浜子が指名料3000円で選んだのは、元VRアイドルの"苺神社の巫女鈴"。顔が、特に目元がフェム王女に似ているのが決め手だった。ぼんぼり灯りの和室で対面した彼女は、写真で見るよりもずっと不幸に見えた。幸福な微笑みをまとう王女とはまるで違っていたが、物は試しと鼻と口をふさぐとフェム王女そのものだった。
ナムアミダブツ。ナムアミダブツ。
浜子は前戯も忘れて、腰を打ち付けた。巫女鈴の黒髪はいちご柄のリボンでキュッと結ばれ、そこから二つ鈴飾りが揺れている。浜子が抑えた口からは、鈴の音にかき消されるほど小さな喘ぎが漏れる。
「ぅぁ…ぁ…ぁぅ」
手のひらに湿り気を感じる。日本の最新VRはこうもリアルなのか。つつしんで勃起。敬意を示して勃起。
思い返しただけでも、ブルっと全身に電流が流れる。あの時、浜子は確かにファム王女に擬似射精したのだ。
(フェム王女…。あぁ!フェム王女!浜子はなんてことを!)
今更自分がしでかしたことの大きさに気がつき、後悔の念の重さにわなわなとひざまずく。
(王女に向けるべき愛を他の人間に向けるなんて!)
浜子よ、使命を思い出すのだ。お前がこんな磯臭い店まで来た理由は何だ。日本の闇社会に忖度するためだろ?
王女に捧げるグロリアス・オリュンピア、最高の能力バトル大会。急ピッチで進む準備の影に噂される数多の陰謀論。その脅威の真偽を確認、牽制し、必要であれば殲滅するには裏の付き合いも必要だと、五賢臣と決めたではないか。
エプシロン王国から出向している浜子は、いわば五賢人追加戦士枠。異なる理論で動く浜子のガジェットが一番エッチ耐性が強かったため、彼がVR闇風俗における暴力の番人"朝チュンの暴"へのメッセンジャーに選ばれたのだ。暴は本番行為の取締からの叩き上げの武闘派だが、組織政治にも通じており、界隈の有力者達との関係も良好。全てを暴力で解決する魔人能力" 壊決力 "をもつが、暴力で解決できる限界も知っている男だ。
浜子と"世間話"をした後、暴は少し考える素振りを見せてから「グロリアス・オリュンピア特別招待参加枠」を受け取った。
「俺が特別招待枠で出場する。そのメッセージが伝われば牽制にはなるはずだ。が、本来俺にはふさわしくない場所だ。本当に参加までする必要があるかは持ち帰らせてもらおう。それよりマスコミ対策についてだが…」
暴の解答は浜子を満足させるものだった。
◇◇◇
帰ろう。浜子はズボンを履く。使命を果たしたのなら、長居は無用。帰り際に社会勉強と受付に寄ったのが間違いだったのだ。オプションで持ち帰ったパンティー片手に、彼女のスナッフビデオでシコる未来など駄目なのだ。浜子の未来はフェム王女の笑顔の為に!その輝きは我々国民を正しき道に導いてくれる。それにあやかれない可哀想なAIたちに南無阿弥陀。南無阿弥陀。
浜子は娯楽室を後にした。
◇◇◇
「あんぁぁぁぁぁぁ!!!」
浜子は受付に向かうエレベーターの前で悶絶した。こ、これがフェム王女の愛するという魔人能力。自分の意図に反して股間にローターをあてちゃうの。一日三度の射精など、五賢臣なのに馬鹿になりゅゅゅ。
浜子に攻撃を仕掛けた通り魔人は、浜子には目もくれずに地上への階段を駆け上がっていく。その手に引かれて、よたよたと後ろを走るのは、あの巫女鈴。
(足抜けなのぉぉぉ。娼婦お持ち帰りらぁぁぁ)
股間が敏感になっている浜子は一歩も動けなかった。
(朝チュンの暴に殺される…んぞぁ)
ただ若い二人の無謀さを見届けるしか無かったのだ。
◇◇◇
(今の男は一般人?ローターだから許してください)
青年は心のなかで謝罪しつつも、巫女鈴の手を握りなおして気を引き締める。彼女はずっと探していた想い人であり、ある意味命の恩人でもある。
(もう一人の恩人。暴さんは裏切ってしまったのだけどね…)
今度スナッフポルノに出るAIの生前レポート書く。それがVR風俗ライターである青年に、暴から紹介された闇風俗の初仕事だった。趣味が良い店舗だと思うがAIはAI、プレイヤーはプレイヤー。VR風俗界の住人として気持ちと理論の線引きはできていた。入ったお金で慰安旅行をして、また頑張ればいいと思っていたのに…金は入らず逃避行になってしまうとは。巫女鈴の背負う5億の借金。それを返す術がない青年は闇を相手に武力行使にでたのだ。
青年は魔人能力を荒事に使うのは初めてだが、ソレが発動すれば負けることはないという自負はあった。オプスリー、それは経験したことのある風俗オプションを相手に強制する力。一勝負につき三回までという制限があるが、ローター&自慰コンボで決着が着くので問題ない。人は股間に振動を受けながらは闘えないのだ。
事実、彼は無敵だった。巫女鈴と出会った地下30階から階段を駆けあがり、20Fを過ぎたあたりで騒ぎを聞きつけたモブボーイたちをローターで一網打尽。
「あひゅ…あひゅっ…」
「あっあああ。見るなぁああ!俺はモブじゃない、見ないでくれぇええ!」
「1,3,5,7,11,じゅうさぁぁぁ…」
かなわないとわかったのか10Fを過ぎた頃から、応援のモブボーイは現れなかった。もちろん、このまま外に出られるなんて思っていない。ボーイが消えたのも、絶対信頼がおける人物が控えているからのことだろう。今、この店には風俗レポートの依頼主「朝チュンの暴」がいる。
◇◇◇
地上1F エントランス。
そこにあった家具は全て律儀に壁際に寄せられており、ただ一人、朝チュンの暴が半裸で岩石のような筋肉をほぐしている。お前が来るのを待っていたぜ、というやつだ。
「AIにほだされるなど、お前にこの仕事は早かったみたいだな」
暴が肩筋を伸ばしながら言葉をはく。
(暴さん。僕の能力を知っているのでしょう。先手、いいのですか?)
会話に付き合うつもりはない。青年は世界一有名な日本の家電を投げつけて叫ぶ。
「電気マッサージャー!見せつけ自慰!」
宙を舞う電気マッサージャーが、暴の右手に吸い込まれるようにおさまる。暴の左手がズボンを降ろし、股間にマッサージ器を押し当てるまでわずか2秒。
股間がムクムクと膨れ上がるのにあわせて暴はただ深く息を吸い込む。
スーーー
大気の熱を奪うような呼吸は女性がオーガズムに達する時にみせるものではない。猛者が気を練り上げる呼吸。
「フン!」
勢い良くそそり立つイチモツ。そのアッパーが電気マッサージャーのヘッドを砕く。
ウソだろ…。ペニスがバイブに勝つなんて、グーがパーに勝つよりもありえない。驚愕で見開かれた青年の目は血の涙を流す。暴のただならぬボディーブローをもらったのだ。「振動はこう殺るのだ」と言わんばかりに小刻みな振動をともなった一撃に青年の服は四散し、口から鼻から血やら何やらの吐瀉が止まらない。
「ははは…」
青年は崩れ落ちながら笑った。
やっぱ暴さんは凄いや。全てを暴力で解決する壊決力。祖父の「テレビを叩いて治す能力」に似ていたからかな…。初めてあった時…違法風俗店で助けられた時はその惨劇を見ても懐かしい親しみを感じた…な。
巫女鈴。絶対に助けると言ったのにごめんなさい。もう動かない。何もかもが体から流れ出たみたい。最後に君の姿を見るなんて、申し訳なくてできないけど。それでも君と出会った時を思い出して逝くことだけを許して下さい。
◆◆◆
僕の家族には祖父しかいなかった。明るい人だった。
15歳の夏。祖父が旅立った日から僕を照らすのは彼が残したテレビだけとなり、そのテレビもやがて映らなくなった。
暗い部屋。
音のない世界。
を壊す振動音。
福祉事務所から支給された連絡端末。
僕は通知が鳴り止むのを無気力に待ちながら、その機械で調べ物ができることを思い出した。
「てれび たたいて なおす」
その検索ワードの先にいたのがVRアイドル巫女鈴だった。
"【神降臨】テレビを叩いてなおしてみこりん"。そう題された生放送の中で、一人の巫女がブラウン管テレビに血まみれの拳を打ちつけていた。
しゃん しゃん しゃん
彼女が拳を振り下ろすたび、髪を結ぶ鈴飾りの音がなる。鈴の音は石畳の上にテレビが置かれているだけの3D空間に、特別な意味を与えているように思えた。
後に調べたことだが、巫女は舞うことで神霊を招くという。彼女は無神の社に神を降ろそうとしていたのだ。「神様が降りたら、その印としてテレビが治る」。その一心で巫女の拳は舞うのだ。
ポロリも透けブラ要素もない映像に視聴者数は減っていく。血の花弁が舞うそれは、僕の求めていたテレビの直し方ではなかった。でも、去りがたい気持ちから画面を閉じられなかった。そして、僕はただ1つのことを理解する。
『何かを願ったなら、愚直に一念を持ってコトをなす』
僕は立ち上がり、鈴の音にあわせてテレビを叩いた。叩き続けた。
(じいちゃん…、じいちゃんっ、じいちゃん!聞こえる!?僕の打撃音。このハート・ビート。僕はなるよ。じいちゃんみたいに大切な人を照らす光になるよ!)
そして、僕らのテレビは同時に壊れた。巫女鈴の深々としたお辞儀を持って、生放送は終わった。
「ありがとうございました。また見てくださいね。」
視聴者数:1。
それは僕だけにむけられた言葉。
テレビの塵芥を片付けながら、僕は数ヶ月ぶりに空腹を思い出した。この光のために生きようと思った。
◆◆◆
ははは…どうしてかな。
もう痛みまで全てが流れ出したのに、巫女鈴と出会えた光だけは消えないんだ。
それは、走馬灯か、光を受けた脳内信号の伝搬か。空っぽの脳裏に思い出が流れ込む。
巫女鈴チャンネルに賽銭するためにバイトを初めて。
VRアイドルについて調べている時に、双子のVR催眠音声にかかってVR世界に転生して。
巫女鈴に会いに行くも、君はどこにもいなくて。
腐り始めていたところを、暴さんに助けられて。風俗ライターの仕事を初めて、魔人にもなった。
そして今日。再会した君の泣き顔。
青年はひしゃげた笑顔で立ち上がる。
ーーー君の笑顔を願ったなら、愚直に一念を持ってコトをなすーーー
「暴さん…。覚えていますか僕を助けてくれた日。風俗をおごってくれたの」
「泣き落としは通じんぞ」
「知っていますよ。どちらかと言えば…そう。泣かせてやるですよ」
青年は駆け、飛ぶ。人生初のドロップキック。高さは上々でも、技術がともなっていないので威力が死んでいる。だが、それに最後の魔人能力を上乗せすればどうだ!
「逆アナルファァァック!」
必殺のけり…け…ケツの穴に、暴の右手が吸い込まれる。さらに左手も!今度は暴の目が驚愕で開く。それを潤す熱い涙の源泉は、青年の肛門から伝わる温もりではなく、暴の胸中にあった。
あの日、俺はボッタクリ風俗でケツ毛まで抜かれた可哀想な男をアナル風俗に連れて行った。尻の涙を、いい思い出で拭ってやろう思ったんだ。だが店から出た奴が「大切なものを失った。まだ僕にも失うものがあった…」と泣きだした時は反省させられたさ。詫びのつもりで、風俗ライターの仕事の紹介も始めたが、いつまでも危なっかしくてしかたねぇ。魔人に目覚めてもそれは変わらず、こいつは一生守ってやらなきゃならない腐れ縁になると思った。
(のに知らないところで成長しやがって。)
アナルがこの収納力を得るまで、いったい何度アナル譲に股を開いた。生半可な回数じゃねぇ。南天のお星様とどちらが多いってんだ。失望の闇の中から生まれた一つ一つの輝き。それが線をつないだ結果がこの技!アナル十字固め座というわけか!
ギギギッ…。
青年の両足が暴の右腕に絡みつき、自重を乗せて逆関節を決める。クロスした脚は尻をギュッとしめ、相手の腕を自由にさせない。攻防一体の妙技!
ケツの中で暴さんの腕が騒めくのを感じるが、僕の技が腕をへし折る方が早い!
勝利が頭をよぎった刹那、青年は感謝してしまった。今まで出会ったVR風俗嬢に。彼女たちを支えるボーイやサーバ管理者。そして暴さん。皆がいたからこの技が生まれた。
そして、疑問をいだいてしまった。暴さんが倒れたら、一体誰が彼らを脅威から守るのだろうかと。
「ケツが甘いな」
青年が腕をへし折る音はならない。暴の両腕が内部から青年を引き裂いた。
◇◇◇
ちゅん。ちゅん。ちゅん。
可愛い雀のさえずりで、僕は意識を取り戻した。どうやら、どこぞのゴミステーションに捨てられたらしい。ここでグダグダしていたら完全削除される。僕の生命力が、暴さんの想像を凌駕したということだろう。
バラバラになった情報の断片を集め、簡易エラーチェックを走らせながら考える。これからどうやって巫女鈴を助けるか。あれから巫女鈴はどうなった?僕はどう処理されたことになっている?…まずは情報収集が必要だな。
………ピコーン
<簡易スキャンが完了しました>
<user:暴により不正に追加されたファイルが一件あります>
<ファイル名:「グロリアス・オリュンピア特別招待参加枠 朝チュンの暴様」>
…これは暴さんに生かされたかな。ファイルを展開して目を通す。グロリアスなんちゃら。耳に挟んではいるが、仮想世界の自分には関係ない話だと聞き流していた。大会の趣旨を読んでも僕には別世界のようにしか思えない。だが一つの言葉で目が止まる。
優勝賞金:5億円
巫女鈴の借金とちょうど同額の賞金。
(暴さん…。全てが終わったら良い風俗を紹介します…いや。チンポしゃぶりますよ)
既に名前が印字された参加者プロフィールを打ち込む。
ーーー
名前:朝チュンの暴
性別:男性
能力名:オプスリー
…
ーーー
現実の戦いが始まる。