プロローグ(朝顔 修羅子)
「修羅子ちゃんの腕は、なんで六本もあるの?」
まだ彼女についてよく知らなかった幼い頃、つい好奇心だけでそう尋ねてしまった事がある。
でも彼女は全く嫌な顔ひとつせず、「うーん……」と真っ青な空を見上げて少し考え込んだ後、こう答えた。
「そりゃあ――」
*******
ガラリ、と〈仏像彫刻部〉の表札が付いたドアをいつもの様に開く。
今日はクラス委員の業務で少し遅くなったから、もう彼女がいるはずだ。
「こんにちは、修羅子ちゃん!」
天井を見上げながら、私は挨拶を交わす。
修羅子ちゃんは、「しょっ――、うんしょっ――!」と六本の腕で上下運動を繰り返しながら、顔を逆さまに私を見下ろして、元気よく声を出す。
トレードマークの艶の良いポニーテールが、ぷらんっと天井からぶら下がる。
「ちょっと待って、ちょうどあと六十六回だからー!」
部活前に、こうして天井に張り付いての腕立てをするのは修羅子ちゃんの日課となっている。
修羅子ちゃんの六本の腕では、通常の腕立てなんて楽々こなせてしまう。だからこうして、重力がのしかかる状態での逆さ腕立て伏せが丁度良い負荷になる、そうだ。
「そうしていると、阿修羅というより、蜘蛛だよねー」なんて言っちゃったら、三日ぐらい口を聞いてくれなかったっけ……。
日課の腕立て伏せは六百六十六回。残り六十六回なら、おおよそあと一分ほどで下りてくるかー、と私は先に準備に取り掛かった。
部室の棚から製作中の如来様の塑像を取り出す。塑像、というのは粘土造りの仏像の事だ。仏像造りの材料は、木、石、漆、胴などの金属があるけれど、私はこの粘土の塑像を好んで作る。この質感が好きだし、材料費も安いので、部費が少ないうちにとっては有り難い。
如来様は座禅を組んだポーズまでが完成してるけど、肝心の表情がまだ入っていない。ここからの作業が一番重要なところだ。
のっぺらぼうの如来様を作業台の上へ置き、鉄ベラを手に取って、私は真剣な目で制作に入る。
「よっと……!」
背後に修羅子ちゃんがしゅたっ、と降り立った。私は振り向かず、作業に没頭し続ける。
「ねえ陽子、お饅頭はー?」
「今日はだーめ。作業が先!」
修羅子ちゃんの大好きなこし餡のお饅頭は今日も私のかばんの中に入っている。
けれど、先に食べてしまったら今日もお互い作業にならない。
「え、でもあたし……もう展覧会に出すやつは作ったし……」
「あれを本当に出品する気かい! 駄目、作り直し!」
私は近くの棚にでん、と配置された修羅子ちゃん作の阿修羅像を指差し、「喝!」と言わん勢いでどやしつけた。
形こそ三面六臂の立派な阿修羅像だが、顔を覆わんばかりののっぺりとした真っ黒い両目の不気味さ! 三面それぞれの口は真四角! でろりとした半円! ギザギザ歯の長方形! あれで喜怒哀楽を表しているつもりか……?
「えー、良く出来てるでしょー、あれ!」
「あのエイリアン像に微笑んでくれるのは、それこそブッダ様だけだよ……」
修羅子ちゃんは残念ながら美的センスが結構壊滅的だ。指先はとっても器用で美しいのに、勿体無いな、といつも思う。
「ともかく、今度の展覧会に、仏像彫刻部の存続もかかっているんだから、修羅子ちゃんにも気合入れてもらうからね!」
「うーん、でもあれ以上の出来って、どうすれば……」
今はもう2月。三年の先輩達が卒業したら、〈仏像彫刻部〉は部員が私、砂原陽子とこの朝顔修羅子の二人だけとなり廃部、となる。
それを阻止するための一歩として、今度の3月の展覧会で実績を作り、新入部員の勧誘に繋げないといけない。よしんば賞は取れなくても立派な作品を並べて、少しでも新入生達を惹き付けないと……!
「修羅子ちゃん、腕六本あるから、作業ペースは人の3倍だし、結構器用でしょ? いっその事、部長の作品を模倣してみれば!?」
「パクリでしょ、それー!」
「本歌取りって言って芸術では許されている行為だよ。何個か作ってみれば、気に入ったものもあるんじゃない?」
「うーん……陽子がそう言うんなら、何事もトライあるのみか……。部長の作品は、悔しいけど、本当に綺麗だからなー……」
部長、というのは、この仏像彫刻部を作り上げた立派な人だ。不思議と人を惹きつける魅力のある人で、部長がいたからこそ、こんなニッチな活動の部がここまで存続した、と言える。卒業後は、きっと立派な魔人仏師になるのだろう。
まあ本音を言うと、私は修羅子ちゃんと楽しく放課後を過ごす場所さえあれば、それで良かったんだけど……そんな部長から受け継いだバトンは、しっかり次に渡さないといけない、と思うのだ。
「ねえ、陽子は阿修羅像を作らないの……?」
六本の腕で、エイリアン阿修羅像を名残押しそうに擦りながら、修羅子ちゃんはふと私に尋ねる。
「それは卒業までお預け、かな……。まだまだ部長の技術には遠く及ばないし……」
私が修羅子ちゃんとこの仏像彫刻部に入ったのは、部長の存在と、高校の卒業までに、修羅子ちゃんの形がしっかりと残せるものを作りたいなー、なんて思ったことがきっかけだった。
「修羅子ちゃんには運動系の部活の方が良かったんじゃない?」と尋ねたんだけど、「六本の腕でちゃんとできるスポーツなんて特に無いからなー」と私に付き合ってこの仏像彫刻部に一緒に入部したのだった。
とはいえ、ここにある先輩達の作品に比べてしまうと、私がそこに挑むのはまだ早い。部の制作物を保管する小窓の鍵を開けながら、私はそう思い返していた。いずれも本当に凄い力作ばかりである。既に市場で値打ちが付くものもあるだろうということで、こうして厳重に保管して――。
「あれ?」
「どうした……?」
小窓を開け放ったまま、私はきょとんと立ち尽くし、怪訝に思った修羅子ちゃんが近づいてきた。
「部長の卒業制作が……なくなってる」
*******
「ここだな……おーい、誰かいませんかー!」
修羅子ちゃんと共に、私は〈第二美術部〉と書かれた、重々しい荘厳な金色の扉の前に立った。
何で美術系の部活がこんなに多いのかって言うと、希望崎学園にはここ数年、かつてない美術ブームがやってきたそうで、ここもそれに乗った魔人達が元の美術部から独立して打ち立てた、らしい。
「――というわけで、別のエントリー選手のお話に美術部が出ても、こことは別の美術部かもしれないので、心配はいらないよっ!」
「誰と話してんのよ、陽子」
「秘っ密ー」
嘯く私を一瞥すると、気を入れ直して、修羅子ちゃんは返事が来ない重い扉の前を見据えた。
「それより、ここから先はあたし一人でいいよ。中で何が待ってるか、分からないし」
「うーん、私も付いていくよ。ちゃんと修羅子ちゃんが守ってくれるでしょ?」
「意外とそういうところ、大胆だよねー……、陽子は……」
修羅子ちゃんがギギイ……と二本の腕で扉を開いた。
修羅子ちゃんは普段は能力を使っていない。あの腕について知っているのは、校内でも私と、もう卒業してしまう彫刻部の先輩達と、ほんの数人だけだ。
「これは――」
「ゴーレム像、かな……?」
第二美術部の天井は、扉の大きさより更に高かった。そこに押し並んでいるのは大小様々な石像、銅像、黄金の像の数々……。
デザインも非常によりどりみどりだ。けれど共通している事は人型であること、いずれもがっしりとした、両手足が太ましい体躯であること。まさに巨大な機械兵団と呼ぶに相応しい彫像達――これに適切な文言となると、自然と「ゴーレム」という単語を私は頭の中で選択していた。
「うふっ……はあっ裸歩子様あ……、これで、私も……」
その時、ぴちゃぴちゃと淫靡な、粘膜同士が絡み合う音が聞こえた。とても上手い、舌と唇を丹念に交わし合う時の音だ。
音の方向へと修羅子ちゃんと歩く。覗き見は趣味でないけれど、私達が探しているものは部室の最奥にあるので、仕方ない。
「おや、外の方かしら?」
「邪魔してごめん。でもちゃんとノックはしたよ?」
「それは失礼……。制作に集中していたものだから」
奥にいたのはとても長い、綺麗な金髪の美少女だった。着痩せするタイプの修羅子ちゃんと違い、制服の上からも分かる程の豊満なスタイルをしている。やや短めに剃られて惜しげもなく生足を強調したスカートのデザインといい、ちょっと派手好きなお嬢様、と言った趣だ。
足元では黒髪でボブカットの女子生徒がくぐもった声で呻いている。
「で、この第二美術部に何の用かしら?」
「ここにあたし達、仏像彫刻部の先輩の卒業制作があるでしょ? それを返してもらいに来ただけ」
彼女たちの秘密にはちょっと好奇心をそそられるけど、今はそれを追求している時ではない。
でも、このまますんなりと事は運ばないだろうなーという嫌な予感が私の中でひしひしとしていた。
「何のことかしら?」
「とぼけなくてもいいよ。悪いけど、あたしの腕の一本が、この中にあるって知らせてくれていね……」
修羅子ちゃんは背中越しに私の手を握り、自分から離れないよう、こっそりと促す。
私もその手をぎゅっと握り返す。
「この奥だな……」
すうっ――と金髪の少女の横をあっさりと通り抜けるとその奥、夕陽が差す台座に、私達の探していたそれは、これ見よがしに飾られていた。
憤怒の形相で宙空を睨みつける仁王像。その迫力には、見慣れたはずの私も思わず少したじろいでしまう。
「あったあった。じゃあこれで失礼……」
「待ちなさい」
仁王様を小脇に抱え、立ち去ろうとする修羅子ちゃんに後ろから声がかかる。
オレンジの陽光を金の髪が照り返して、少女の微笑みが妖しく光る。
「悪いけど、それにはまだ私の愛を注いでないの。だから返すわけには行かないわ」
気づけば少女の背後には先程の倒れていた女子生徒の姿――。
表情はなく、目は虚ろだ。
「神 像・解放……」
彼女が呪いを唱えると、背後の眼鏡の女子生徒はどろり、と泥の塊になって融解した。
そこから立ち上がると、黒いボブカットだけは生えたまま、巨大な泥だらけの人型ゴーレムへ変貌した!!
「ふふ、サンプルにしては中々の造形ね……。じゃあ、やって」
黒髪の泥ゴーレムが「オロォォォォーーン」と咆哮を唸らせ、その不気味な巨体が私たちの前に迫る!
「陽子っ! 逃げるよっ!!」
修羅子ちゃんは近くの壁へと拳一閃! ガラガラと大きな穴を開けて崩れた壁から、そのまま私を連れて外へと駆け出した。
こんな事もあろうかと……とまで思っていたわけでは無いが、仁王様の近くの壁には小指ほどの小さな穴が既に開いていて、脆くなっていた。
美術室の出口まで走れば、おそらく先ほどのゴーレム達も全部動き出して襲撃される可能性が高い。一人ならともかく、私を連れて逃げるならこの方が早いと修羅子ちゃんはとっさに判断したのだ。完全な器物損壊だけど、それは全部あのゴーレムの仕業ってことで!
「へえ……あれでそこそこ戦闘慣れした魔人の子みたいね……。これは肩慣らしには丁度良い、か」
残された少女はぺろりと小さな舌で唇を舐め、独りごちた。
*******
第二美術部の外は木々が生い茂る校舎の裏側へと通じていた。
そこを抜けて、とにかく私達の仏像彫刻部へ戻ろうと修羅子ちゃんと走る。
「神 像・解放!」
背後からもう先程の少女の声が響いてきた。すると周囲の木々が突然人型に姿を変え、手足を生やして襲い掛かってくる!
ウッドゴーレム――!
「陽子、仁王様をお願いっ!」
修羅子ちゃんは私に仁王像を投げ渡すと、ウッドゴーレム達に対峙する。
よく見ると、ウッドゴーレム達の腹部には小さく「emeth」の文字がピンク色で刻まれている。
「修羅子ちゃん、あれっ!」
「わかってるっ!」
修羅子ちゃんは指を貫手の形にし、ウッドゴーレム達の体表を鋭く抉り取る。
「e」の前には「D」の文字を、「me」の上には「a」の文字を。
あっ、それはちょっと違……!
――けれど、ウッドゴーレムたちは途端に硬直し、そのまま元の樹木へと姿を戻した。
「勘が良いのね。早々にこの私、剛魔 裸歩子の愛を消し去ってしまうとは……」
ずしん、と地鳴りのような足音を立てて、先程の金髪の少女が5メートルはあろうかという巨大ゴーレムの肩に乗っていた。
巨大ゴーレムは、よく見ると頭頂部は黒髪のボブカット。だけども泥造りの身体に、所々が黒い金属や石造りの鎧に覆われている。先程の少女ゴーレムに、色々な物をかけ合わせたのだろうか――。
「これでも仏像彫刻部員なんでね。ゴーレムの知識ぐらいは仕入れているさ」
いや、正確にはヘブライ語で「emeth(真理)」を意味する文字から「e」を除いて、「meth(死)」にするんだけど、お互い割と大雑把な性格の様である。
「それより中々いい名前じゃない! 愛を意味する言葉なんて!」
「あら、ありがとう! この名前を聞いて素直に褒めてくれた人は初めてだわ!」
名前の響きが割と似たもの同士だからか、もしかしたら割と気が合うのかもしれない。
もっとも、修羅子ちゃんは元々誰とも打ち解けやすいけど。
「そのお礼に教えてあげるわ! 私の能力は神像・天国!! わたくしが口づけした生物、物体を全て私の理想とするゴーレムに創り変え、操る力! あなたの持つその美しい仁王像も私のコレクションに加えるのよ!」
凄い能力だ。操れるゴーレムの数には限界はあるのだろうか。いくら何でも際限がないと脳の容量を超える、と思うけど。
「あー、先輩の作品を評価してくれるのはまあ、嬉しいけど……、これ、あんたのじゃないから」
「美しいゴーレムの素材は全て私のもの!」
――これは真っ当に話が通じそうにない。
「やれやれ、名前に反して愛を感じないわね?」
「それは『愛』の解釈違いね~。ところで……」
ザッ、ザッ……と周りの木々の影から先程美術室に並んでいたゴーレム達が姿を見せる。
「既に囲まれているけど? 大人しくその仁王像を渡せば危害は加えないわ?」
「ふーん、何でそんなに仁王様に拘るの?」
「来るべき時のため、強く、美しいゴーレムの素材がもっともっと必要なの! それによって私の能力も更に本領を発揮する!」
来るべき時。その言葉に私には心当たりがある――。修羅子ちゃんにはおそらく、ピンとこないだろうけど。
「いいさ……相手になってやるよ! 言っとくけど、あたしだってまだ本領、なんて見せてないからっ……!」
パンッ! と修羅子ちゃんが両手で合掌を組む!
やる気だ! 私も息を呑む。
「転生ッ!!」
ババッ、と修羅子ちゃんの制服の背中が破けて、六本の腕が飛び出した!
堂々と広がる六本の腕! 天を覆わん勢いで双方向に伸びるそれは、まるで大輪の花のよう……!
「ぷぷっ、弱そー!」
「ああっ!?」
――とは裸歩子ちゃんは思ってくれなかったみたいだ。
まあ、可愛い修羅子ちゃんの背中から腕四本、ぴょいんと伸びただけでは一見してそんなに強そうに見えない。
横目でちらと見れば修羅子ちゃんは額からぴくぴくと青筋立てている。
あちゃー、禁忌に触れちゃった。
「仰々しく本領なんて言うから何を見せるかと思えば……! そんな華奢な腕六本で私の愛らしいゴーレム達に何ができるって!?」
ばっと掌を広げて、裸歩子ちゃんが周囲のゴーレム達に司令を下す!
ストーンゴーレム、アイアンゴーレム、様々なゴーレムが私たちに向かってくる!
「陽子っ!!」
「ほいさっ!」
私は修羅子ちゃんの狙いを察し、持ち歩いている彫刻ノミや筆ペンを修羅子ちゃんへ投げ渡した。
「ていっ! せやっ!」
修羅子ちゃんの六本の腕が巧みに躍動する! ゴーレム達の攻撃を掻い潜り、彫刻具を駆使して、素早く「Death」の文字を刻んでいく!
「はっ! 思ったより器用じゃないっ! なら、これはどうっ!?」
裸歩子ちゃんが司令を下すとゴーレム達がぐるぐると回転し、団子状になって突進を開始した。
これでは「emeth」の文字を変えることができない!
「甘いよっ!!」
修羅子ちゃんは手持ちの彫刻具を投げ放つと、その巨体をキャッチ!
六つの腕、それぞれにゴーレムボールが握られた!
「六武夢式、其ノ拾陸っ!! 六道大旋回ッッ!!」
修羅子ちゃんはそのまま空中で大回転を開始する!
ゴーレム達を握ったまま、六つの腕による縦横無尽の出鱈目な回転は、たちまち遠心力で巨大な竜巻を生み出し、周囲のゴーレム達を吹き飛ばす!
「何っ!?」
裸歩子ちゃんの乗る巨大ゴーレムはその猛風の中でも仁王立ちで耐えていた。
私もウッドゴーレムから戻った一本の樹ににしがみついて耐えている。
「六武夢式、其ノ捌っ!! 六百裂! 突っ張り手ぇ!!」
地面に舞い降りた修羅子ちゃんから炸裂する、張り手! 張り手! 張り手の嵐!! でもその技は其ノ捌じゃなく、其ノ拾壱っ!!
ちなみに其ノ弐拾弐に、六百連・大掌底という全く同じような技があるっ!
「マウント、取ったよ!」
巨大ゴーレムには乱れ舞う数百発の張り手によってあっという間に「Death」の文字が刻まれ、無数の彫刻の残骸と、先程のボブカット少女に戻っていた。
消えた巨人の肩から地面へ転落した裸歩子ちゃんを、修羅子ちゃんは六本の腕で組み伏せた。
「ふふ……ふふふふっ……」
だけど裸歩子ちゃんは不敵に笑って――。
ばっ! と修羅子ちゃんが瞬時に飛び退き、その眼前を、巨大な光の奔流が通過した。
「あら、やはり、勘が良いのね」
見れば裸歩子ちゃんの制服が破け、半脱ぎ状態になっていた。
制服の合間から覗くのは、黒光る頑丈な鎧に覆われた腹部。中央の形状が巨大な砲塔に変化していた。先程の光は、あの砲身から放たれたのだ。
「成る程、あんた自身が」
「そう、既に完全なゴーレムってこと!」
脱ぎ去ったスカートの中も、固い石造りの装甲がホットパンツの形状を成して下半身を覆っていた。
けれど胸部を覆う装甲だけは半分露出したまま、おおきい大福の様な、柔らかいマシュマロおっぱいがぷよんと覗いている。あー、そのデザインはちょっと良い、かも。
「完全を名乗る割に随分趣味的ね……」
「美しさも備えなければ完全、とはいえないの! でも、これでもまだまだ究極の神像……神の模造には至らないわ」
完全と究極の違いはわからないけれど、探究心が大きいのは立派、だと思う。
勿論、それが正しい方向に進めば、だけど。
「けどそれはこの後で更に研究するわ! 遊びはここまでよ! きなさい、ヘリゴーレムッッ!」
バババババ――!! と巨大な音を立て、突如夕闇の空から、頭にプロペラを付けたゴーレム軍団が舞い降りてきた!
ラジコン大のヘリコプターゴーレム!? しかも一体一体にきちんと両手両足が生え、中には武装を携えた機体も!
「この私が特に愛を込めた精鋭ゴーレム達よ! 先程までとは年季が違うわ!」
確かにさっきのゴーレム達とは速度と挙動がまるで違う! 機銃で腕を牽制する役、腕の軌道を掻い潜り捕まえようとする役、隙あらば身体の方へ攻撃する役など、実に統制が取れた動きで、修羅子ちゃんの六本の腕でも捌ききれないっ!
「魔人能力の精密挙動は私だって鍛え抜いてるのよっ! 潜ゴーレムッッ!」
チュィィン! と耳障りな金額音を立てて、土の下から幾本ものドリルが生えてきた!
――否! あれはドリル付き戦車型ゴーレム! ぼこぼこと地面から伸びる戦車ゴーレム達の腕に、遂に修羅子ちゃんの脚が捕まってしまう! 更にヘリゴーレムも修羅子ちゃんの六本の腕を捕縛する!
「勝負あったわね……。たがだか腕が六本に増える程度の能力で、無限のゴーレム愛を持つ私に歯向かうなんて愚かだったのよ!」
豊満な胸をふんぞり返らせて高笑いする裸歩子ちゃん。
「ふふん……阿修羅像かー、あんまり好みの造形じゃなかったけど、貴方は好きになれそう……。どんなゴーレムにしようかしら……?」
そのままとろん、と陶酔した目つきで羽交い締めにされた修羅子ちゃんに歩み寄る。
修羅子ちゃんのゴーレム像、か。ほんの少し興味はあるけれど、それで阿修羅の六腕を封じたと思うのは、甘い。
「解脱ッ!!」
――刹那、ヘリゴーレムに掴まれた修羅子ちゃんの六本の腕が消えた。
すっぽりと掴んだ腕が抜け、左右のヘリゴーレム達は、バランスを崩して衝突した。
「はいっ!?」
裸歩子ちゃんの伸ばした顔の先には修羅子ちゃんの顔も身体も既になく、ごちん、と代わりに現れたヘリゴーレムに衝突する。
「転生ッ!!」
その間、地面へ身体を伏せた修羅子ちゃんが再び六本の腕を生やすっ!
「其ノ弐拾伍っ!! 六地拳波ッッ!!」
地面へ振り下ろされた六つの拳が潜ゴーレムのドリルを粉砕し、大地を大きく揺らす!
「わわわわっ!?」
脚を取られて態勢を崩した裸歩子ちゃんを、そのまま修羅子ちゃんは六つの腕で持ち上げた。
「つーかまえたっと」
無邪気な笑顔で見上げる修羅子ちゃん。
「そ、そんな……ずるいっ! 腕が消えるなんて……!」
「あれ? あたしはちゃんと「転生」って、宣言したけど?」
そう、発動時のエフェクトから誤解を招くが、修羅子ちゃんの魔人能力は腕を増やす能力じゃない。腕が生え変える能力だ。
修羅子ちゃんの意志で腕は何時でも自由に消せるし、生え変える事ができる……。ずるい、というのはあんまし否定しない。
「さて、覚悟しなよ、剛魔 裸歩子……」
両手両足、腹部までをも六本の腕で力強く押さえられた裸歩子ちゃんはもう身動きが取れない。
残念ながら、往生の時間だ。
「この六本の腕の下、六道輪廻を巡るがいいっ!」
「六武夢式、其ノ拾参っ!! 地獄道腕! 快・六天っ!!」
「う、うひゃひゃひゃっ! あははっ! な、何これえっ! あはっ! どこ触って! ひゃんっ! ああっ! 嫌あっ!」
六本の腕を駆使しての全身のツボや急所へのくすぐり&強制マッサージ攻撃! 微妙に露出度が高いゴーレム武装が仇になった!
修羅子ちゃんは胸のツボとかも的確に知っているので、まあ女の子なら耐えられない。そのまま快楽に悶え苦しむといい。
「ああん……もう駄目ぇ……」
口から涎を垂らしながら裸歩子ちゃんはどさりと地面の上へ堕ちて昇天した。
「極楽往生ッ!」
ぱちん! と勝利の六腕合掌を修羅子ちゃんは決める。
気づけばゴーレム化も解けて、裸歩子ちゃんはあられもない姿になっていた。何かかけるものを探してこよう……。
*******
「ねーねー! というわけで、良いでしょ! 私を倒したんだから、あんたが参加して願いを叶えるのっ!」
「興味ないよ……と言いたいところだけど、そのガムシロップ帝国ってのは気になるね」
「エプシロン! 「シロ」と「プ」しかあってないじゃない! あと帝国じゃなくて王国!」
その翌日、私たちは仏像彫刻部の部室で裸歩子ちゃんから事件を起こした理由を聴取していた。
「サンプル花子……。魔人のクローンを簡単に量産する技術かー」
「そうそう、魔人ゴーレムの素体をいーっぱい手に入れて、神のゴーレムをじっくり探求する計画! 協力してよー! 願いの権利は与えるから! 私は王国から供与されたっていうサンプル花子の技術が手に入ればいいわけで!」
「だから、それが気に食わないっての!」
エプシロン王国とグロリアス・オリュンピアのあらましを聞いた後、修羅子ちゃんはしかめっ面で六本の腕をそれぞれ組んだままだった。
「生命は慈しむべし……ってのが部長とブッダとの誓いだしね。そういう技術を平然と使うっていう国はなー……」
取り戻した仁王像を見つめながら、修羅子ちゃんは物思いに耽る。元々正義感の強い修羅子ちゃんだけど、それ以上に今回の話は彼女の勘に訴えかけるものがあるようだ。
「そういえば、何でそれが美術部にあるってわかったの?」
「ああ……それは、これだよ」
修羅子ちゃんは仁王像の小さな穴からそれを取り出す。
「小指……?」
「ああ、あたしの腕は切り離しても、ある程度意識すれば知覚できるの。部長の分身とも言える大切な卒業制作だから、これを一本埋め込んでおいてくれって……」
ちょっと猟奇的な発想だけど、部長の気持ちは何となく分かる。
私も卒業する時にはきっと同じお願いをするだろう。
「まあ、これは能力の副作用みたいなものよ。あたしにとっては六武夢式こそが頼るべき力」
「へえー! 便利! じゃあ私にも腕一本ちょうだい! それでいっぱい素敵なゴーレムが作れるじゃない!」
「ほいほい貸し出すもんじゃないよっ! 大体、貴方なんでここに居座ろうとしてるの!?」
「私ももう仏像彫刻部だもーん! というわけで、よろしくねっ!」
ひらひらと、白い入部届を見せびらかす裸歩子ちゃん。
……まあ色々あったけど、盗難事件以外はそんなに悪いことはしてないし。大会やエプシロン王国についても色々知っているそうなので、近くにいて損はないだろう、多分。
「ふう、仕方ない、残り三人、か……。まあ大会であたしが活躍すれば部活に興味出るやつもいるでしょ!」
「三人? 部の存続には五人いればいいんだけど?」
「せっかくなら六人欲しい! その方が丁度良い数でしょ?」
やれやれ、欲張りなことだ。
結局、こうなったかー、と私は窓から空を見上げる。修羅子ちゃんの事だから大会の事を知ったら結局関わらずにはいられないだろうと、そのニュースには触れないようにしてたのにね。
まあ仕方ない。彼女が勝つために何が出来るか、色々考えますか――。
*******
「修羅子ちゃんの腕は、なんで六本もあるの?」
まだ彼女についてよく知らなかった幼い頃、つい好奇心だけでそう尋ねてしまった事がある。
でも彼女は全く嫌な顔ひとつせず、「うーん……」と真っ青な空を見上げて少し考え込んだ後、こう答えた。
「そりゃあ――腕が多いほうが、いっぱい掴めるものがあるでしょ?」