プロローグ(黒羽 イト)
それは日常の中で漏れ聞こえた、何気ない一言だった。
「うーん…『new super swich』の予約とれないなぁ」
最愛の妹──黒羽マキの呟きを耳にして。黒羽イトは、ほんの僅かに口角を上げた。
(うおおお遂に来た!!しかも私でも分かるやつだ!!)
両親が仕事のしすぎで爆発して死んでからの10年間。妹の誕生日を祝うのは、姉である自分の役目だった。
物をねだらない彼女への誕生プレゼント選びは毎年難航する。できることといえば、こうやって不意の一言を待つくらいだ。
それが今年は、最新のゲーム機!勝った!
彼女は早速バイト先の玩具屋に電話をかける。かけながら想像する。妹の喜ぶ顔!深まる姉妹仲!誰がどう見ても大団円!
「ふっ」
黒羽イトは微かに笑った。最大限押し殺した笑い声は、存外クールな響きになった。
☆
「ぐわあああ!! よ、予約──『できない』!!」
三日後! 彼女は…深い絶望の中にいた!
「『できない』!? この私がっ!?『できない』は…嘘つきの言葉なのにっ!」
swichの人気はイトの予想を遥かに超えており、バイトで培った人脈を駆使しても予約ができない!
「ぐうう、どうすれば…っ!」
既にめぼしいところは全滅し、藁にも縋る思いで片端からバイト先に連絡を入れる段階に入っている。
だが,バイト先も残すところあとわずか!もはやこれまでか!
──そのとき、イトの脳裏に電流が走る。
「っ、そうだ!あそこなら…っ!」
☆
「いらっしゃいませ!」
「ウギャーッ!」
「おはようございます!」
「グゲェーッ!」
ハキハキとした気持ちの良い声と、哀れな悲鳴が地下施設に響く!
…地下施設? 然り!ここは人道的見地から魔人闘宴劇の諸戦場を大規模一斉爆破し、以って同大会の中止を目論む非営利団体「new super」のアジトである!
追い詰められたイトが最後に頼ったのは、バイト先の一つである冒険者の酒場であった。
冒険者の酒場にはあらゆる情報が集まる。みんな知ってるね!当然、最新ゲーム機の予約方法も分かるはず。見たか、これが頭脳プレーだ!
果たして、彼女の求めた情報はそこにあった。予約どころかswichの実物を所有している団体があるとの噂を聞きつけたイトは、単身その団体を訪ねに来たのだ!
「畜生、何がどうなってやがる!」
最後に残った男が叫ぶ。爆裂破壊兵器「new super スイッチ」の完成に浮足立っていたタイミングでのこの強襲!さては大会運営に嗅ぎつけられたか!
「『何者だ!』『誰の差し金で来た!』」
男の名は情報洗いざらい吐く太郎!その名の通り、自白強要能力者だ!
「『黒羽イトだ!』『誰でもない、自分の意思だ!』」
予想外の返答に、吐く太郎はたじろいだ。大会運営からの刺客ではないのか!
一方のイトも困惑している!
switchの予約に来ただけなのに、不条理な暴力を働かれそうになった!
一体…なんだというのか! この店は接客の基礎がなってない!
「貴様が責任者か! switchを買いにきた! switchをくれ!」
「な…『スイッチを手に入れてどうするつもりだ!』」
「『妹にあげる!』」
…妹にあげるってなんだ!?吐く太郎は混乱の極み!
「うおーっなんだか分からんが人道的に死ね!」
懐から銃を抜いた瞬間。
≪hello works≫
「うぎゃあああ!!」
吐く太郎は顔を押さえて叫んだ!その顔にぶちまけられたのは、カラーボール!
そう、これはコンビニバイトの職業病。銃を見るとついカラーボールを投げてしまうやつだ!いつの間にか、イトの服装がコンビニ店員の制服へと変化している!
「『どこだ!』」
視界を奪われながらも、吐く太郎は能力発動!
「『ここだ!』」
声の元へと鉛球を撃ち込む!
≪hello works≫
瞬間、吐く太郎の視界が晴れる。職種変更による、カラーボール液の消失。
だが、明瞭となるはずの視界は白く染まっている!
辛うじて見えた「飲み放題」の文字列!
それは銃弾を防ぎし、呼び込みバイトの持つ巨盾──「飲み放題 90分 1480円」看板による殴打!
「次の店お決まりですか!」
「ぐあああっ!!」
吐く太郎の身体が吹き飛び、背後の扉を突き破る!
「ぐわあああここはスイッチが保管されている部屋ぁ!!」
洗いざらい吐いた!
イトは足元に転がってきた何らかの装置を拾い上げた。
「やめてくれ、その大量破壊兵器を持って行くのだけは!」
「ええい、私はどうしてもswitchを…え、なに、大量破壊兵器!?」
ここにきて、イトは何らかのボタンの掛け違いに気付く。
大量破壊兵器がどうとかはよく分からないが、これはswitchが手に入らない流れっぽい!
馬鹿っ、もはや一刻の猶予もないんだぞ! あと602字!
「畜生!それさえあればなんでも願いの叶うとかいう非人道的大会をブチ壊せたのに!」
「え、なんでも願いが叶う!? 洗いざらい吐いてもらおうか!」
「そ、それだけは!それだけはできない!」
「『できない』は! 嘘つきの言葉だ!」
男ががくがくと揺さぶられる!
「ヒェーッ!洗いざらい吐きます!」
洗いざらい吐いた!
☆
──数日後! イトは自宅の玄関にいた。
「マキ、すまないがしばらく家を空けるよ」
「また住み込みバイト? 頑張ってね」
「いや、バイトはしばらく休みを貰ったんだ」
「えっ、お姉ちゃん頭の病気!? それとも頭の病気が治ったの!?」
「ひ、ひどいな!私だってバイトより大事なことくらいあるやい!」
怪訝な顔をする妹を尻目に、イトは準備を済ませて家を出た。
誕生日プレゼントはあくまでサプライズ。ボロを出す前にクールに去るのだ!
☆
(それにしても…魔人闘宴劇、か)
イトの表情は晴れない。
いかに数多のバイト経験があるとはいえ、魔人闘宴劇はバイトではない。
果たしてどこまで自分の経験が生かせるか……考え始めると胸の内に不安が募ってくる。
これではまるで、勤務初日を明日に控えて縮みあがる新人バイトのようではないか!
…あれ!?つまりバイトだ!不安が晴れた!
代わりに胸に浮かぶのは、妹の喜ぶ顔。深まる姉妹仲。誰がどう見ても大団円!
「ふっ…ふふ…ふはははは!」
黒羽イトは高らかに笑った。もはや押し殺す必要のない笑い声が、暑い日差しの中に響き渡った。