プロローグ(アンシャント・フィリア・ノーズィス)

欧州のとある国、暗き森の奥地に、一つの城が在る。
その名は“不死城”――ベレテ=カトル。
遥かなる昔、不死者の王が居住していたとされる古城である。
――その城に今、1人の男がいた。

「――さて」

城の中央、巨大な部屋の内部にある『王の玉座』。
締め切られた真っ暗な部屋の中でも一際異彩を放っているそれの周囲には、いくつもの人の屍と、その血液で描かれたと思われる魔法陣が描かれている。

「ようやく会えるのですね――我が王」

その物々しい“祭壇”を前に、男はじわりと笑みを浮かべる。
――手筈に一切の狂いはない。これで、彼女を目覚めさせられる。
――それさえ出来れば、此の世は彼の御方の手中も同然だ。

「『応えよ、不死なる者』」

男が、呪文を唱える。
人間の言葉ではない。それは例えば、目的のみを持った無意味な文字の羅列。

「『我は剣。我は盾。我々こそ王に仕え、器となる者』」

玉座の周囲に描かれた魔法陣が輝き出す。
それと同時に、周囲の暗闇もまた深くなっていく。

「『臣下の代表たる我が名をもって、貴殿の力を手中に』」

室内に、澱んだ空気が満ちる。
魔法陣が、玉座が、一層の輝きを放っていく。

「『眠りより目醒め給え、永遠にして恒久の帝』――!!」

唱え終わり、男が目を閉じると同時に、光が最高潮に達する。
それは、まるで無垢な、然して混沌に満ちた――

――数秒の静寂。

そして、光が収まると――既に、玉座には一人の少女が佇んでいた。
褐色の肌をした、銀色の髪の少女。しかし、その姿とは相反するような威圧感が彼女にはある。どことなく、ヒトではない空気感のようなものが。

「…………何奴じゃ、我が眠りを妨げる愚か者は」

少女は玉座に座ったまま、紅に染まった眼で冷たく男を見据える。
だがその身震いするような威圧感に対して、男は淡々と答えるのみだ。

「ヴォイド・ゴドウィンと申します、王よ」
「ゴドウィン――ほう、あのクィルシュの居た一族か」

少女の口角が少し上がる。心なしか、目も細くなっているかのようだ。

「ええ。我が王の眠りを妨げたこと、心より謝罪申し上げましょう」

そう語りかけながら、男――ヴォイドは少女に跪く。
その眼に宿るのは、恍惚と畏敬。
何故なら、彼の目の前に居るのは、他の誰でもなく――

「お会いしとうございました、我が王――アンシャント・フィリア・ノーズィス様」

◆○◆

「さて、改めて問おう――我輩に何用だ、下郎」

一呼吸おき、少女――アンシャントが、見下すように男に語りかける。

「我輩を呼び戻した以上、まさか何も理由がないわけではあるまい」
「それは勿論。私はお持ちしたのです、我が王の渇きを満たすモノを」
「……ほぅ」

アンシャントの、心の渇き。
それは――『己よりも強きものと出会いたい』という興味だ。
最強の不死者である己を殺せる者、そんな存在に興味があった。
だが、かつての世には、そんな存在は居なかった。
古代の遺物たる守護者も、人智を超えた神的存在も、上位世界からの来訪者も、彼女を殺すことは成し得なかったのである。
――だから、彼女は眠りについたのだ。
――未来には、己を殺せる者が居ると信じて。

「この時代には、我が命を奪えるような者が居ると?」
「えぇ。……正確には、貴女様の渇きを満たす、“強者”が集まる場をご用意致しましたが」

少女の口角がさらに上がる。
――面白い。

「ふむ……して、その者達とは如何なる存在だ」
「……簡単に言うとするなら、人の上位に位置する者達で御座います」
「ヒトの、だと?」
「ええ。人間の我欲の究極にして、人を超えた者。それが彼ら――“魔人”なのです」

――魔人。異能力を持った、ヒトと同種ながらヒトとは一線を画す者達。
ヴォイドが彼らについて語るたび、少女の顔は嬉々とした色を浮かべる。
それはまるで、未知を教授される幼い少女のように。

「そうか……面白い、面白いぞ人間! かつては我に刃向かう術すら持たなかった貴様らが、今は地上の支配者か! 世界の調停者も、酷な判断を下したものだな!」

少女は、かつて拳を交えた者の名を語りながら、楽しそうに笑う。
心から、久々の感情が湧き上がる。
これは――そうか、そういうことか。

「……興が乗った。魔人とやら、放って再び眠るには惜しい者達のようだ」

少女が立ち上がり、ヴォイドの方へと歩み寄っていく。

「貴様は良き臣下だ。吾輩を眠りから覚ました不遜は、このことをもって不問としよう」
「……ありがたきお言葉です」

ぽん、とアンシャントがヴォイドの頭に手を置く。

「だが、何の咎めもなしというのも他の臣下に示しがつかぬ」
「それは…………っ!?」

刹那。急激な痛感がヴォイドの頭部を襲う。

「故に――『一度だけ』で許すとしよう」
「何――」

ぐじゅり。
――歪な、何かが柔く砕けるような音。

「……やはり脆いな、人間は」

はらり、と虚空に伸びる手を下ろしながら、アンシャントが呟く。
――この程度か。これだけの年月を経て、まだこの程度なのか。
目の前の、頭部の抉れた屍体はもう動かない。それがヒトだ。人間なのだ。
不死者であれば、この程度、それほどの痛手でもあるまいに。

「しかし……魔人、といったか」

人の上位存在、魔人。
かつて一戦を交えた『魔龍』や『魔神』同様に、“魔”を冠するほどの存在。
それが、この時代には跳梁跋扈しているというのか。
――面白い。やはり面白いな、この世界は!!

「……ハハッ、ハハハハハッ!!」

少女は笑う。笑い続ける。
――さて、今回はどれだけ楽しませてくれる、人間よ?
少女は歩みを進める。その表情は――かつてないほどの希望に満ちていた。


数日後、開催地である日本に降り立った彼女は、東京の電気街でカルチャーショックに打ちひしがれることになるのだが――それはまた、別のお話。




最終更新:2018年06月30日 22:32