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『すべてのファンシーは脳髄より生まれる』

 昔の記憶は殆ど無い。
 鮮明に覚えているのは、私が初めてメリーズに出会った時のことくらいだ。

 小さい頃。いつも一人ぼっちで遊んでいた私に、ある日突然お友達ができた。
 クマのメリーズ。
 ウサギのジャックトラップ。
 ロリポップのステーシー。
 そして、ペガサスのモクロクだ。

「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。僕の名前はメリーズだよ。」
「私、沙姫……」
「よろしくね沙姫ちゃん!」

 そう言って、ぬいぐるみみたいな彼らはいきなり現れて、私のお友達になってくれた。
 不思議なことに彼らは私の左目にしか映らなかった。
 そのせいでお父さんにはそんな生き物は居ないと言われてしまったが、彼らは確かにそこに居た。

 だけど、私は病気になってしまった。

 全身が痛かった。手も足もお腹も背中も、全部全部痛くて、動かそうとするだけで我慢できないほどだった。
 でも何よりも悲しかったのは、病気のせいで私の左目が殆ど見えなくなってしまったことだった。
 お父さんは、もう視力が回復することは無いと言っていた。

 もうメリーズ達が見えなくなってしまった。
 そう思うと、体の痛みなんかよりもずっと苦しくて、悲しかった。

「……沙姫ちゃん!」

 そんな時だった。
 ささやくような小ささだが、確かにメリーズの声が聞こえてきた。

「メリーズ、どこにいるの?」
「良かった! 声が届いたんだね!」
「私……てっきり、みんなどっかに行っちゃったのかと思った。」

 だが、喜ぶ私の声とは反対にメリーズの声は暗くなる。

「実はね、今日は沙姫ちゃんにお別れを言いにきたんだ。」
「……えっ?」

 突然のことに私はひどくうろたえた。思わず体を起こそうとしたが、手足の痛みが酷くて体が少し動いただけだった。

「もしかして私のことが嫌いになっちゃったの?」
「そんなわけないじゃないか。僕はいつだって君の友達さ!」
「それならどうして? またみんなでかくれんぼしようよ!」
「あのね、沙姫ちゃん──」
「うわーん。暗いよー! 怖いよー!」

 メリーズの声をかき消すようにして違う鳴き声が聞こえた。この声はモクロクだ。
 すぐ側で「静かにしてろ!」と叫ぶジャックトラップの声と、それを諌めるステーシーの声も聞こえた。

「モクロク、どうかしたの? 今はお昼だし明るいよ?」
「う、うーん。怖い夢でも見たのかな。沙姫ちゃんは気にしなくても大丈夫だよ。」
「……もしかして、私の目が見えなくなっちゃったから? 急にお別れだなんて言ったのもそのせいで……私が病気になってなったから!」
「沙姫ちゃんは悪くない! 僕たちは大丈夫。お別れは寂しいけど、でもきっとまた会えるよ!」

 メリーズは優しく言ってくれたが、私にはなんとなく二度と会えないのだろうとわかっていた。
 モクロクは今も泣いている。いつもビクビク臆病だったけど、あそこまで取り乱すことなんて一度も無かった。ジャックトラップだって、ぶっきらぼうだったが怒鳴り声をあげたことなんてない。

 ああ、きっと彼らは真っ暗な所に居るんだ。私が病気になって目が見えなくなったから、だからこの左目のように、真っ暗になってしまった。

「……私の、左目みたいに……」

 その時、私はある考えを思いついた。

「……待ってて。みんなを助けてあげる!」
「沙姫ちゃん!? 寝てないとダメだよ!」

 私は手足の痛みを堪えながら、布団からこっそりと這い出た。メリーズ達のことを考えたら痛みも我慢できた。
 お父さんはテレビを見ていて気がつく様子はない。
 そのまま私は台所まで行って、大きめのスプーンとハサミを手にとった。

 メリーズ達に会うようになってから、私は目に関する本をいくつか読んでいた。目はレンズを通して目の奥の網膜に写し、それを脳が認識しているのだという。
 当時は難しいことはあまりわからなかったが、それでもやはり不思議に思った。
 なぜメリーズ達は、『その場所に居ないのに、私にだけ見えるのだろうか』と。

 そして、この時の私には答えがわかっていた。 

 それは……彼らが『私の目の奥に住んでいる』からだ。

「ぎっ……あああああああああ!」

 私は、自分の左目の隙間にスプーンを差し込んだ。脳を直接掴まれたような激痛が走ったが、そのままスプーンを勢いよく引き出す。それに釣られて私の眼球もそのまま外へと飛び出した。

「沙姫ちゃん……だめだよ……やめて……」
「まだ……だもん!」

 ハサミを手に取る。
 目玉は飛び出しただけで、まだ取れていない。多分、視神経というのが繋がってるせいだ。

 私は左手で目玉を引っ張ると、根本にくっついてた紐みたいなものをハサミで切った。

「沙姫! 何があった!」

 悲鳴を聞きつけたお父さんが走ってくる。

「見て、お父さん。私……やったよ!」

 血まみれで笑う私の側では、四体のぬいぐるみが泣いていた。

 * * *

「本当に参加するの?」

 公園のベンチに座る私に、そのすぐ横で同じように座っていたメリーズが話しかけてきた。
 私の左目から伸びる赤黒い紐は、メリーズの背中へと繋がっている。

「うん。やっぱり、メリーズ達に会った時の記憶以外は殆ど無いから。なんでお父さんが行方不明になったのかとか、お母さんの顔とか……そういう、忘れてしまったものを思い出したいの。」

 私の答えにメリーズはあまり良い顔をしなかった。まぁ、ぬいぐるみだから表情は変わらないけど、そこは十年来の付き合いだ。

「魔人闘宴劇……最強の魔人を決めるための戦いだなんて、あまり危険なことをしてほしくないんだけどな。」
「今回で最後にするからさ。もし優勝できたらお金もいっぱいもらえるみたいだし、どこかでお城でも買って、みんなでのんびり暮らそうよ! それにほら──」

 私は周辺を見渡す。

「みんななら負けないでしょ?」
「……仕方ないなぁ。」

 そう言うと、メリーズの体はセーターがほどけるように崩れて、私の左目から伸びる紐としてそのまま左目の中へと入っていった。
 だが、その直後に私の左目に合わせた小さいメリーズが顔だけ出てきた。いつもこうやって眼帯の代わりに頭を出していてくれるのだ。

「それじゃ、おうちに帰ろうか。」
「うん!」

 私は返事をして公園を出ていく。
 後には、魔人闘宴劇の招待状を狙って襲いかかってきた魔人二十人が転がっていた。




最終更新:2018年06月30日 23:00