【溶岩地帯】SSその1


煮え滾る海の上、火山岩でできた闘技場で、剣士と拳士が対峙する。
あまりにも直接的な熱気に囲まれまさに鉄火場。
『最強』を札にした賭場の口火を、拳士が切る。
カラフルなジャージが、熱風に靡いた。

(send)ッ!!!」

市毛ひとみの拳圧が灼光放つ海を裂く。
放たれた拳は千撃束ねて一条。
瞬きの間すらないままに、それを二千の刃が切って落とした。

初手から渾身の一撃、それを難なく凌いだにも関わらず冷や汗を流したのは受け手側。

「『刀到の鞭鬼』より防の型。
 銘を『舞龍』。」

その技の正体を口にしたのは技の使い手に非ず、攻め手、市毛ひとみ。
全てを切断するまでに極めた鞭使いより闘いの中で学んだ技…そうであることを理解された事実に。
出海九相は、虚勢の笑みを浮かべながら「面白い」と強がった。

市毛ひとみはただ、『友より得た技』と言う事実に羨望の言葉を述べたに過ぎない。
しかし、九相にとっては衝撃。
…語らぬ事実を一から十まで。

「俺の技が読めるんだな!」

すわ、天狗の読心か?
市松人形めいた容姿に感じた怪。
その正体を確かめるため、出海九相は鞭技・舞龍の圧を上げた。

九相の魔人力、『物体の柔化』を利用した鞭刃。
蛇鞭を舞う龍に見立てた防御剣界は盾でもあり、同時に矛でもある。
マグマを弾き、岩表を削ぐ半球を維持しながら、九相はひとみへと加速し、踏み込む。
男と少女の間合いが交錯、無数の火花がはじけ飛んだ。

当然、圧倒するは出海九相。
二刀を己が手足の延長戦のように扱い、リーチ・破壊力共に無手の市毛ひとみを大きく凌ぐ。
彼女のユニークスキル・英語による『(Muscle)』『捨入(Steel)』等の自己強化を以てして、『雲』『血』の連撃に及ばない!
斬風に頬が裂け、一撃の重さに拳が軋みをあげ
─市毛ひとみの脳裏に、出海九相が流れ込む。
即ち。

「いいえ。
 わかるのは、貴方のこと─!」

鞭鬼を攻略した出海九相の経験を得た、ということ。
鞭鬼より得た技を如何に昇華しようとも、術の原理は同じ。
攻略者の記憶があるなら、それを覚悟あるものが振るえば突破できぬ道理なし。
出海九相が命がけで編み出した神業を、市毛ひとみはより深い狂気・信念で模倣。
たたきつけられる鞭剣を、己が腕に絡めとる事で僅かな隙を生み出す!

「─ッッッぼっ!!!」

驚きに目を見開く間すらない。
市毛ひとみも、出海九相も、全く同じ事を考え同じように実行した。
相手の武器を絡めとる。
言うは易く行うは難い。
一手遅れれば自分から解体されに行くようなものであり、「絡み」と「反撃」は同時でなくてはならぬ。
両腕を用いて出海九相の武器を封じた市毛ひとみが辿り着いた答えは、兵頭抜刀(Head Butt)
市毛ひとみの一撃、人体の最硬部位たる頭骨が最大強化を得て鼻つらにめり込み、出海九相の潰れた声を以て一撃必倒は為されたかに思われた。

しかし、出海九相もまた、その動きを覚えている。
紙一重の反射が命を繋いだ。
砕けた鼻からごぷりと血泡を垂らし、よろけながらも踏みとどまる。
腕を捉える鞭刃から解放された市毛ひとみの更なる追撃、堪えたばかりの足を狙っての下段蹴り払い。
対するは無音の踏鳴。
溶岩に、水面のような波紋がたつ。
出海九相の『踏ん張り』を、市毛ひとみは崩す事ができない。

「『これ』はまだ伝わってなかったようだな!」

柄頭による殴打。
大地を踏み絞めた反動は威力に丸ごと乗り、市毛ひとみの矮躯が蹴毬球のように吹き飛んだ。
距離をとっての仕切り直し。
しかし、出海九相には嫌な確信があった。
…市毛ひとみの頭突き、下段蹴りを受けて把握したことがある。
市毛ひとみの能力は十中十、『ダメージを引き金に、互いの経験を共有すること』
感応(テレパス)に分類される力。
それは流れこんだ彼女の記憶が物語る。
催眠(ヒプノシス)に由来する可能性は、ない。
己が記憶野の管理など、最強の剣士を目指す上で最初に鍛えるべき事柄だからだ。
何人たりとも侵せぬ強固な自我を持って初めて、『最』などという、強い言葉を使うことが許される。
たかだか精神干渉風情、剣の道の敵でない。

だが、『共有』ならば厄介だ。
出海九相は、生まれながらに最強の存在ではない。
己を最強たらしめるため、果てのない積み上げを繰り返した。
強者と出会い、闘い、己の強さを叩き上げた。
その過去、経験、感じた思いを、市毛ひとみは戦いの最中で理解する。
戦えば戦うほど市毛ひとみは出海九相の強さを丸ごと『もの』にする。
ダメージを受ければ受けるほど有利。
その点、市毛ひとみは出海九相の大きく先を行っている。
その有利・不利を打ち消すには、あえて相手の一撃を受ける必要があるかもしれぬ。
気づき、ごくり、と唾をのみ込んだ出海九相の前で、市毛ひとみが、構えをとりながら口を開いた。

「沢山…いらっしゃるんですね。」

ああ、この子は…そうだ。
出海九相は、恥じた。
少女の願いに、目に、最強であろうとする手段を考えていた己を恥じた。

「ああ。
 俺は沢山の友と戦い、色んなものを受け取ってここまできた。
 …試合の頭で名乗ったが、もう一度名乗ろう。
 俺は武人、出海九相。」

対峙するように構えをとる。

「君の、何人目かになるかな。新しい友達だ。」

「嬉しいです!…私…私は…」

既に、少女の名を出海九相は知っている。
市毛ひとみ。
それが彼女に与えられ、彼女が名乗る事を決めた名前。
それを既に知っていて、何故?
市毛ひとみの疑問を、出海九相の記憶が打ち消した。
男は、名乗り続けてここまで来た。
出海九相ここにあり。
それは…己が存在を、誰かに、何かに刻み付けるため。
友を増やすためのものだ。

「市毛ひとみ…です。」

名乗った。

「覚えたぞ。」

既に知っている事を、改めて覚えた。
少女が友達を増やすため…名乗った事を、覚えた。
そして、踏み込んだ。

「市毛ひとみッッッツ!!!!!」

出海九相、本気の踏鳴。
溶岩石の試合場が一帯、円型に陥没!
出海九相の今までに積み上げた全てを市毛ひとみめがけて叩きつける。
怒涛の絶技四連。

「殺金!」

「衝毒!」

「降禽!」

「昇襲!」

一切の効果、無し!
何れも流派の秘奥と呼ばれた魔剣、然しそれを受け、捌き、攻略法を見抜いてきたのは出海九相本人!
進化させ取り込んだ技も、如何に強化なされたか全ては市毛ひとみの内。
上下左右前後異次元より襲い掛かる無限の二刀を切り返し─

迎撃(Giga)

─出海九相の経験に、市毛ひとみの積み重ねを乗せて、上回る。
先ほどの出海九相が抱いた、技をあえて喰らう必要…などという言葉がただの妄言に堕ちる程にシンプルに。

反射(Hand shout)ッ!」

出海九相の胴体にめり込む『震脚』『掌打』。
出海九相が見せた踏鳴の無手への応用に
体格差と言う言葉が居場所を見失うほどに無様、出海九相の身が軽々と吹き飛び、岩壁の上で跳ねる。
思うさま転がり、立ち上がり様に留まらず、勢いを殺さず跳ぶ。
何故ならすぐ眼前に市毛ひとみが追撃に迫っているから。

「お見通しか!」

『柔化』による受け身が、岩肌にぶつかる事へのダメージをゼロに変える。
それを見越した追撃。
鼻が砕けて、掌打がめり込んだのは冗句ではない。
ダメージの回復、それに繋がる離脱は許さぬと繰り出される連撃を、再び『舞龍』が弾き出す。
僅かに開いた距離、呼吸を整えようとする出海九相を、市毛ひとみの不安げな声が撃った。

「…何でですか?」

瞬間の攻防。
互いにダメージを受け、お互いの理解は深まった。
友になる、そう宣言したのは出海九相。
しかし、その後に『偽りがあった』と、市毛ひとみは言う。

「何かを、隠そうとしてる。
 そうですね?」

市毛ひとみも出海九相も人を偽る人種ではない。

「明察。
 …理解しすぎるのも困りものだな。」

剣士が自我を鍛える過程で生じる対洗脳技術、記憶野の自在操作により
出海九相はある事実を市毛ひとみへと『伝えなかった』。
否、魔人能力による『読み取り』に抗う術はない。
精々が、作為的に読み取られる過去の順番を切り替えた程度。
だが、その作為に気付かない程、市毛ひとみは鈍くない。
出海九相が悪人でないことは、既に理解している。
そうであるなら、友である自分に、隠す理由とはなんだ?
その真実に辿り着くに、市毛ひとみは僅かに幼かった。

「余裕はないな。
 俺が攻めても反撃しても…君は、俺の真実に辿り着く。
 これは俺にとっては、特別ではあるが、そこまで特別な記憶じゃない。
 だが、君にとっては特別だと…俺は、思う。」

だから出海九相が、先に覚悟を決めた。
既にここまでの応酬で、出海九相はそのほぼすべてを市毛ひとみに理解されている。
過去の技で、彼女に勝てるとは思っていなかった。
だから、新たな魔剣を形にする決意を定めた。
ここまでの積み重ねで…これからの、新たな一歩を。

天と地をつくように、上下に刃を構えた。

天に向けた上段。
大刀『雲』による、天の雲海に潜み、稲妻と共に敵をかみ砕く白虎を象る『雲虎(うんこ)』の構え。

地に向けた下段。
小刀『血』による、遥か深き水面に身を隠し、一度現れれば全てを飲み込む青龍を象る『出龍(でりゅう)』の構え。

仁王剣必殺の、雲虎・出龍の型。
然し、これは今までの出海九相でも成し得た技だ。
市毛ひとみには届き得ない。
だから…出海九相は、己の中に隠した記憶の中から、この先へ行くための鍵を取り出した。

刀宮楼(Too Grow)!!!」

それは英語。
自己暗示、己の刀、己の力に新たな可能性を、進化を見出す言霊。
出海九相の刀気が渦を巻く。
大地を踏みしめる力に、全身、さらには魂までもが螺旋を描き、力を織り上げた。

「和派英語!…あ、そうか、貴方も」

戦ったんだ。
市毛ひとみは理解した。
出海九相が、何を己に隠そうとしたか。

*

『っく…っそう!負けたっ!俺は俺史上最強だった。
 だが、完敗した。
 ありがとう、闘ってくれて。
 俺はまだ…道の途上にいる。』

『今回はあたしの勝ちね。
 ま、これに懲りず挑んできなさい。
 いいじゃん、最高で最強。
 それがあなたらしさね。』

出海九相の過去の中、女が朗らかに笑う。
気持ちのいい戦いだった。
試合には負けたが、お互いに沢山のものを得た。

『上手ぶるなよ。
 そう年も変わらないだろ。
 負けた俺が言えた事じゃあないかもしれないが…次は勝つからな。
 一撃必倒斎。』

『その呼び方ね、あたしは好きじゃないの。
 あたしの事を呼ぶなら─』

理解した記憶は、そこまで。

*

「仁王…九星剣。」

零コンマ零。
天と地に伸ばされた刃を螺旋の勢いに乗せて振るわれ、刻まれた斬撃は零秒に九。
かちん、と鍔鳴り。
勝負はついた。
市毛ひとみの両の腕、両の足を支える腱を断たれ、その力を失う。

「俺の勝ちだ、市毛ひとみ。
 仁王剣の、九相。
 罷り通らせて…」

勝ち名乗りを上げようとした出海九相の目に、信じられないものが映る。
市毛ひとみは、立っていた。
立って、よろけながら前に進んだ。

「…」

迎撃するのは、簡単だった。
次にもし剣を抜き、一撃を入れれば市毛ひとみは倒れるだろう。
だが、それをすれば…伝えてはいけない言葉が、彼女に伝わってしまう。
逡巡する出海九相を…

市毛ひとみの言葉が、斬った。

「何を隠そうと思ってくれたかは、わかりました。
 でも…何で、そんな事をしたのですか。」

出海九相は、斬られた。
己が、彼女に何も向き合っていなかった事実に両断された。
少女を気遣う振りをして…年長者ぶっていただけの自分を恥じた。

「俺は、まず、君が彼女と、友になるべきだと思った。
 …彼女の名前を、彼女から直接聞く権利を君から奪うべきでない。
 そう思ったんだ。」

「そっ、か。
 ……優しい、ですね。」

市毛ひとみが、微笑んだ。
望んだ真実を聞き、力の抜けた市毛ひとみを、出海九相は支えるように抱き留めた。

「優しいのは君だ。
 俺に、君と向き合う機会をくれた。」

その言葉に、返ってくる言葉はない。
限界を超えて意識をなくした市毛ひとみを抱え、出海九相は歩き出す。

「勝ち残ったのは、俺だ。
 …だけど、彼女は…俺よりも、デカかった。
 出海九相より…でかい女だった。」

闘技場を映すカメラに、それだけを言い残して。
最終更新:2018年07月16日 00:38