「博士!研究所、復活したんだね!」
「おや、かける君じゃないか。君こそ無事で何よりじゃ」
「それより聞いたよ博士!魔人闘宴劇に参加するってほんとなの!?しかも相手はあの伝説の海賊、キャプテン・ハンセンだって!」
「よく知っておるのう。そうじゃ、かける君はドラゴンでありながら海賊だった男を知っておるかね?」
「え、何それ知らない知らない!教えて!」
「うむ。実は、かの有名なキャプテン・ドレイクはドラゴンだったんじゃ」
「えっ、あのスペイン無敵艦隊を倒したドレイク船長が!?」
「うむ。そもそも『ドレイク』は火を吹く龍を指す言葉なんじゃ。レッドドラゴンの類じゃな」
「あの赤箱の表紙に描いてるやつだね!」
「君、いくつじゃ?まあともかくとして、レッドドラゴンは財宝に執着心を持つことが多い。海賊行為の理由もこれじゃ」
「ダンジョンを飛び出して、もっとたくさんのお宝を手に入れようとしたんだね」
「自らは船とともに空を飛び、対抗勢力はブレスで焼き切る。『エル・ドラゴ』の二つ名はまさにそのままじゃな」
「でも、なんでそんなドラゴンのドレイクが歴史では人間扱いされてるの?」
「そりゃ、ドラゴンなんぞに騎士の叙勲を与えたとなるとイギリス王家の権威は地に落ちるからのう。歴史のほうを書き換えたんじゃよ」
「勝者が歴史を作る、ってやつだね。そうだ、博士はドラゴンと海賊、どっちが強いと思う?」
「うーむ、考えたこともなかった……また今度、教えてあげよう」
「しょうがないなあ。絶対だよ!」
*
海賊船の衝角が、貨物船に深々と突き刺さり、引き抜かれる。
外洋を無人自動航行中の貨物船は轟音を上げ、緩やかに傾き、急速に海に呑まれていく。
「ダァーーーーッハッハッハッハァ!!!こいつが俺の『持ち込み品』だァ!悪く思うなよ、学者さんよォ!」
大海賊は会心の声を上げる。
会場からの転送の際に、ハンセンは一本のロープを握っていた。そしてそれは近くに停泊した一隻の帆船に続いており――
結果、この海域にもう一つの船舶――四十年前に彼とともに海原を駆けた戦友、ガレオンセン号――が姿を現したのだ。
「あとはやっこさんがノコノコ出てくるか、海の藻屑になっちまえば俺の勝ちって寸法よォ!
海の上で俺と戦ったのが運の尽きってやつだ!野郎共、出番がなくてすまねえなァ!」
戦闘開始よりわずか三分。波の音とハンセンの笑い声が響き渡る中、貨物船はついに水面の下へ姿を消した。
――――何かがおかしい。いつまで経っても、決着のアナウンスが聞こえてこない。
よく考えれば、貨物船とはいえあれだけのサイズの船が三分で完全に沈没するだろうか。
そもそも、相手が悪名高きキャプテン・ハンセンだと知っていて、海上での場外戦を考えない間抜けが本戦になど来れるだろうか。
戦闘領域は貨物船内及び移動中の船体を中心に周辺1km。戦闘領域から外れると敗北。不吉な考えが大海賊の頭に過った。
「野郎ォ……貨物船を自分ごと1000m下まで沈める気かよッ!!」
*
爆発音。ブツブツと何かを呟く声が聞こえる。
「かつて、船を建造する際にはまず船底に背骨となる部材を一本張り、そこから直角に何本もの骨組みを作ったんじゃ」
爆発音。猛烈な速度で船内に水が入ってくる。
「その後それらを覆うように構造を作り、船の形にしていく。最も、今となっては全ての部材は鉄板製で、背骨というよりはただの底板じゃがな」
爆発音。船全体が急速に沈んでいく。
「この背骨のことを竜骨と呼ぶ。そんな名前にするから、こうやって対海龍爆雷で穴が開くんじゃ。
こいつは水中でも指向性があるから安心してドラゴンの体表に仕掛けて鱗を削げる」
対龍用耐衝撃潜水スーツに身を包んだ男が、穴の開いた船底に何かを据え付けている。
「これは水空両用対龍高速潜航アンカーじゃ。本来は銛でドラゴン本体に打ち込んでから巻き上げて急速接近に使うんじゃが……
まあ海底に打ち込めば船の一隻くらい余裕じゃろ」
しゅるしゅると音を立てて、錨というにはあまりに鋭い鉄塊が海底めがけて高速射出される。
「じゃあ、勝ちに行くかのう」
船と海底が一本の鎖で繋がったのを見届け、ドラゴン博士はチェーンを巻き上げ始めた。
*
「あンのクソ野郎ォ……海で俺の裏をかこうだなんていい度胸じゃねえか」
大海賊は骨の腕で頭を掻きむしり一人ごちる。
「だがよォ……これくらい乗り越えられねえと船長なんてやってられねえんだよォ!!!」
“のっぽの”サダハル、全身だ!全身を寄越せェ!!!」
ハンセンの腕が、脚が、胴体が。身体が、見る間に巨大な鋼鉄製の骨格そのものに変わっていく。
「よっしゃァ!次は“カンフー”リー、俺に一発気合い入れてやってくれやァ!!!」
リーの魔人能力、『愚者の独演』により、バラバラの骨格はその場に留まり動き出す。
「痛ッッッッ……!だが、この程度ォ……」
腕が折れようと、全身の筋肉が麻痺しようと、あらゆる負傷や不調を無視し、自分の肉体を思うがままに動かす能力。
無論、全身が骨になろうと。海底の水圧が身体を押し潰せど。身体の比重が海水より重ければ、問題なく深海への潜航が可能である。
―――全身の肉が削げ落ちたも同然の激痛に耐え続ける限りは。
「てめェらが俺を待ち続けて、死ぬまで来なかった心の痛みに比べりゃ屁みたいなもんだろォォ!!!!」
身の丈5mの骨の巨人が、ガレオンセン号の甲板から海へと飛び込んだ。
*
「レーダーによるとそろそろやってくる頃合いなんじゃが……」
外から、船に向けて何か大きなものが近付いてくる音がする。
「ふむ。概ね想定通りじゃ」
船底の穴から、敵意に満ちた男が外に飛び出した。
*
「ざまあみやがれ、追い付いてやったぜ……」
想像を絶する苦痛に耐えてついに貨物船を捉えた巨人は、そこに奇妙な違和感を感じ取る。
「…………なんだァ、ありゃ」
ハンセンの視界を、何かが遮った。
*
「ドラゴンは爬虫類じゃから、基本的には肺で呼吸をする。海棲のドラゴンとて例外ではないが、どうやって呼吸をするかは種によってまちまちじゃ。鰓を持つもの、定期的に水面に上がってくるもの、皮膚呼吸をするもの。いろいろおるが、今回は皮膚呼吸に加えて代謝に使用する酸素が極端に少ないパターン、つまり海蛇に近いスタイルじゃ。それゆえ武器も同じで、硬くしなやかな鱗、丸呑みする顎、神経毒といったところか。つまり、無力化するまで近づかなければいいわけじゃ。指向性の対龍誘引音波――要するに人間でいうモスキート音のようなドラゴンにとって不快な波長の音波を当てて、こちらにやってくる経路に水に反応して燃焼する金属粉入りのカプセルを呑ませる。すると肺の中の酸素が急激に消費され、一時的に呼吸困難に陥るわけじゃ。ここで対龍合金製の投網を撒けば動きを止めることができる。これは自信作で、もがけばもがくほど絡まり締まっていき、拘束着めいて働くように作っておる。水中だとブレスも吐けんしまったく楽な相手じゃ。その後はアンカーで近付いて、皮膚呼吸で持ち直される前に鱗を剥いでいく……近付くと余計にわかるんじゃが、図体がでかいぶん鱗が大きいな。ナイフは諦めて、投網に絡めた指向性爆雷で皮膚ごとこそげ落とそう。よし。鱗さえ剥がせばあとは退化して柔らかくなった体組織に中空の針を刺して血液を抜いていけば、呼吸の阻害によって失血死より先に脳への酸素の供給がストップして速やかに死に至るというわけじゃ。死因は窒息死、爬虫類のくせに海の神を気取ったドラゴンの末路にはちょうどいいじゃろ。さて、ここからどうするか……どうせいずれ海面に打ち上げられるんじゃ、ガスでも注入して浮上させ、可及的速やかに日光に当てて分解を早めてやろう。やはりドラゴンの姿は早く見えなくなった方がいいからのう」
*
リヴァイアサンが死んでいる。
あらゆる船乗りが恐れ、懼れ、畏れた海の王者が、死んでいる。否、殺されている。
何故?誰が?どうやって?
考えがまとまる前に、ハンセンの意識は急浮上する龍の死体に衝突して身体ごとバラバラになった。
*
■ 勝者:ドラゴン博士 ■
■(対戦相手の戦闘不能により)■
*
目を覚ますと、病院のベッドの上だった。隣のベッドには、よく見知った男がいた。
「 アウ テン おれ テェビ れ アウ テン みま ひた」
病室の隅のテレビを震える指で示しながら、リーは確かにこう言った。
「あいぅら みぅんぁ わあぁえ ひんでったんすぉ アウテンぃ よぉひぅ て いぃなぁら」
「リー……!意識が……!」
熱いものが目頭に溢れ出るのを感じる。目の前の男は自らの意思で――動かないはずの身体で――立ち上がり、こう続けた。
「アウテン つぃは どぉい うれえっえ うえうん れふあ」
「ああ……リー、野郎共……!次のお宝は、本物のドラゴン……それも、リヴァイアサンの全身骨格だ!見たけりゃ俺の後ろに付いてこい!」
その夜、病院から二人の入院患者が消えた。片方は、二度と歩けないとまで言われた重傷患者だった。
冒険は終わらず、追い風もまた止むことはない。
*
研究室にて、ドラゴン博士は一人「発明」を続けていた。
「当たり前すぎて考えたこともなかったわ。そりゃ海賊のほうが強いじゃろ。
ドラゴンでない相手への対龍重バリスタの威力は、ただの重バリスタと同じでしかない。鱗剥ぎナイフとて主目的以外にはただのナイフじゃ。
海賊によく効く武器なんかがあるならこっちが聞きたいくらいじゃ」
無垢な少年の疑問を思い返し、苦笑する。
「それにしても幸運だったのう。今回のルール……魔人闘宴劇に出て本当に良かった」
「どんな危険なドラゴンが相手の狩りでも、戦闘中でさえあれば大手を振って生き返れるんじゃからのう」