「気に食わん」
学生服を身に纏う男、半沢時空は気に食わなかった。
「気に食わぬ、理由はよく分からんが...!」
時空が転送された地点は廊下で、目の前には扉がある。扉の奥からは電子音楽が漏れてくる。この向こうがダンスフロアであることは、クラブ通いの経験がない彼でも理解できた。
そこに入るなり、逆に廊下を行くなり好きにすれば良い筈、だが、
「まるで『フロアで戦った方が絵面が映えるので入ってください』みたいに”誘導”されているのがもやもやする...いや、それだけなんだが!」
ただそれだけに過ぎないが、彼の中で『誘導』というワードがなぜか妙に引っ掛かり、その場で勝手に悶々としている!そうしている内に、ある男に言われた言葉を思い出した。
「私は高校時代、魔人闘宴劇で優勝した未来の半沢時空だ。この『可能性』にかけてみないか?」
魔人闘宴劇に優勝したという不動産王の分身、彼に焚きつけられなければこの場にはいなかった筈だろう。その事実が時空にとって実に苛立たしく感じられた。
(道理で”誘導”が気に食わないわけだ...)
果たして己は、奴に動かされているのに過ぎないのか....だが時空は横に頭を振る。今それを気にしても仕方がない。時空は心を仕切り直し、廊下の左右を確認して...
扉をぶち抜いた!時空はテーブル類を吹き飛ばしつつ、フロア中央付近で静止し、出入口の方へ向く。
「ま、そんな易々とは死んでくれないよね」
そこに白い外套の男が立っている、右手に日本刀、左手にさらなる長刀を構えている。彼こそが天桐鞘一、一流の剣使いにして、時空と相対する敵。
(剣使い、か...)
時空は思案する、一体いかなる分身を出すべきか?そのタイミングは?鞘一を睨んだ。そして、両者は同時に動き出す!
ーーー
広大なダンスフロアには無数のレーザーライトが色とりどりに輝き、ステージ上段ではDJが大音量のEDMを流し、四人のダンサーが舞う。
「フンッ!」
「ハアッ!」
その下で、魔人二名による攻防が繰り広げられていた!
「セイッ!」
鞘一は頭部を狙いすました突きを放つ、時空は右足の回し蹴りで辛うじて横に弾く。弾かれた勢いそのままに左の長刀で回転斬り!時空は上体を反らし回避する!
だがそこに、右の刀が時空の腹部へ振り落とされ、命中した。
「ぐっ...!」
鞘一の刀は刃が潰されているため殺傷能力は低い。だが敵の動きを阻害することで、彼の奥義の行使を手伝うことができるのだ。
時空がよろめくのを見ると鞘一は、その二振りの刀を、瞬時に鞘に納めた!
(これは!)
良からぬ気配を感じ時空は前転回避。直後に、キン!と風を切る音がしたと思うと、元いた座標に二つの刀身が、上から下へと貫くように存在していた!
(鞘から斬りつけているのか....!?)
これが鞘一の能力『奇襲二色』。鞘の内側からの斬撃、その前には間合いも守りも意味を成さない。時空は再び立ち上がろうとするが...
「がっっ!」
鞘一が時空の足へと追撃をし、回避し損ねた!時空は右の膝をつく。絶体絶命、だが時空は冷静だ。彼の能力の真価は召喚時における奇襲。今こそその時...
「なんだ、結局易々勝たせてくれるみたいだね?」
鞘一は刀を納める動作をしつつ、思ってもみない言葉を投げかける。
(まあ当然、何か隠してるんだろうね、大方ピンチを装い油断させた所で仕掛けるつもりだろう。)
鞘一は五感を研ぎ澄まし、最大級に警戒する。想像はできなくとも想定なら可能だ、その時。
「後ろだな!」
鞘一は体を横180度振り向き、半分程鞘に沈んだ刀を振り抜いた!
ガン!鋼同士がぶつかり合う音が鳴った。忽然と現れた男が刀を受け止めている!
「こいつは...鉄の腕!人間を出したのか!」
その男は警察官の制服を身に纏い、右の腕はから下は直径50cmは優に超すほど太く、それは無骨な鋼のボディと、精密機械よって象られていた。
「どうやらオマエは刀使いみてーだな、だがよぉ、最終的に勝つのは質量だ!オマエは重さの力に負けるんだぜ!」
鉄腕の警官はその右の鉄腕で右手の刀を受け止め、左手の刀を床に押さえつけた。鞘一は引き抜こうとするが叶わない、二人との純粋な力の差が大きすぎる!
「俺の作戦が読めても、手札そのものが解れなければ意味がないな」
時空は立ち上がり、ファイティングポーズを構え間合いを詰める。鞘一は押さえつけられた長刀から手を離した、鞘一は苦笑いをした。
「...ちょっとしくったな、これ」
時空と鉄腕警官がそれぞれ左正拳突きを打ち、鞘一が両腕で受け止め時空を斬りつける。時空はしゃがみで回避し、腹に蹴りを入れた!
「ぐ....うっ!」
腹部へクリーンヒットした鞘一は苦痛をこらえるも、後ろから鉄の腕で殴られる!
「がはっ!」
鞘一はうずくまり、二人は右ストレートを構えた。鉄の腕の排熱機構が熱気を吹いて唸る...!
「次でとどめだ、行くぞ!」
「おうだな!」
そのまま正拳を放った!大質量を食らった鞘一は叫びをあげながら吹き飛ばされ、壁に激突!そこから鞘一の体は跳ね返り、ステージ上のDJブースに激突した...
__辺りに静寂が訪れた。機材類は壊滅し、DJも巻き込まれて後ろの壁に衝突し倒れて、見かねたダンサー達は踊りを中断した。ブースの残骸の横には一振りの日本刀があった。突き飛ばされてもなお手放していなかったが、最後には離れてしまったらしい。
「どうかよぉオレ君、この質量のパワー、とくと思い知ったか!」
鉄腕警官は時空の方へ向き直り、その鋼の右腕を天高く掲げた。19歳で魔人警察官に採用された彼は、とある連続通り魔事件の捜査の最中に、重症を負い右腕を失う。この悔しい経験が彼の心に火を着けた!
回復後、彼は全財産の八割をつぎ込み、破壊力を重視した大質量人工腕をオーダーメイド。以来その質量の力で高い検挙数を誇ってきた。彼の名は”半沢時空”隣の学ラン男の、辿るかもしれない未来の形の一つである。
「そうだな、お前の攻撃は実に頼りになった、感謝する」
「オイオイ~!例えばもっと、カッコイイ!とか、質量、サイコ~!みたいに思ってないかよっ!」
二人は鞘一の方へと歩んでゆく。まだ息の根があるならば確実に仕留めるためだ。
「...つくづく俺と同一人物とは信じられんな、お前等は....」
「まあ皆それぞれ色々あったのだ、とだけいっておくか」
「色々か、一体どんな色々があったのや....が....!」
突如として時空と鉄腕警官が苦しむ!二人は立っていられずに床に倒れ伏した。
「なん...だ...この....攻撃....は....」
「ぐううう..!オレの質量が動かん....肉体も痺れている...!」
正体の掴めぬ攻撃のために一歩も動けない二人の10m程前方、機材の残骸から血まみれの男がゆらりと立ち上がった。
「..フゥ..フゥ..俺のこの手札は...読めたかい?」
鞘一である。彼は二つの鞘に、それぞれ電線がむき出しになったコードをねじ込ませていた。
(これは...感電だ!電源コードで感電されている!鞘の中から攻撃できるのは、なにも刀だけとは限らないのか...!)
時空は朧な意識の中で敵の真意を読み取ろうとする。ならば機材の方へ向かったのも奴の意図か?フロアの壁に衝突した後、反射したのではなく自力で...
「ぐおおおお!しっかりしろオレ君!」
鉄腕警官は必死に体を動かし、時空の体を揺さぶる。時空は無言で痙攣している、意識は途絶える寸前だ。
対して鞘一も満身創痍の身で、落とした刀へゆっくり歩み寄る。まさに決死の策。殴り飛ばされた直後に壁を蹴って、DJブースへ飛び込むなど完全に奇跡の域だろう。
だが、鞘一はやってみせた!加えて彼は知る由もないが、時空が分身のダメージのフィードバックも食らっていることも幸運だった。
「敵ながら天晴れなガッツじゃねえか...どこから湧いて来やがるんだか...」
鉄腕警官は問うた、それに鞘一はこう答える。
「ほら、女の為ならなんだってできるのが、男だろう」
ーーー
...既に視界は無く、時空の脳内にはただ敵の言葉だけが反響していた。敵は、ただ自分の願いでここまで食らいついてきたのだ。そう思うと己が気に食わなかった。
(...俺は...)
時空は己に問いかける、不動産王の分身、奴の意思で”誘導”されている感覚が否めなかった。それでは敗北するのも道理なのか...
(いや、そんなことは..そんなことは!)
時空は紐を掴もうとするかのように、意識を取り戻そうとする。意思が足りないのか?違うだろう。己にだって50億に懸ける願望がある。不動産王に唆されようとも、願いがなければこの闘いなど出てはない。ならば敗北など...
(許してはいけない!)
時空は全身を震わしながら上体を起こした!鉄腕警官は一瞬驚くも、すぐに真剣な眼差しになる。そして時空は声を絞り出した!
「....な!..ぐ!..れ!」
一方鞘一は、既に刀をその手に取り戻していた。鞘にねじ込まれたコードを掴み、刀を鞘へ差し向ける。コードを引き抜くと同時に納刀をし、止めを刺す算段だ。ふと、気配を感じ時空の方へ目を向ける、5m手前に、時空の分身が出現している!
「でも、こっちの方が...早いね!」
分身が瞬時に状況を判断し、鞘一の方へと跳ぶ。同時に鞘一は瞬時に納刀!キン!と風を切る音が一拍置いて鳴り、定めた座標へ斬撃が走る!分身は間に合わず!
鞘一は勝利を確信した。座標は時空の心臓に合わせてある、即死の筈。だが..
(ずれて..いる!)
斬撃は時空の心臓ではなく、脇腹に刺さっていた。傍にいる鉄腕警官が、電撃に悶えながら左手で殴りつけ、位置をずらしていた。
(ああ、あと一歩だったのになあ)
分身が飛びこんでくるのを鞘一は受け止める。一瞬後、首から下の感覚が途絶え、意識を失った...
「勝て、た、どうにか..」
満身創痍の時空は大の字に手足を広げた。
「時には、質量じゃない方も大事ってか、いい教訓になったなぁ!」
鉄腕警官も寝そべりながら笑った。彼が電撃に耐え、時空を殴りつけられなければ死んでいただろう。そして時空はステージ上の男を見る。
「一回戦突破、おめでとう、だ。たった一歩でも優勝に近づくのは偉大なことだ」
その男は紳士服を身に着けた、不動産王の分身だ。彼は趣味で剣道を嗜んでおり、真剣も多数所持していた。故に彼の武器は、奇しくも鞘一と同じく日本刀である。
「おい、不動産王....」
「おっと、何かいいたいことでも?」
時空は不動産王に云う。実のところ、二人目の分身は誰でもよかった、ただ、その時時空が最も強く頭に思い浮かべていた『可能性』を召喚したのだ。そして時空は宣言した。
「俺はこれから、自分の意思で戦うことにする」
ーーー
試合から二日後、カフェ『プラティーノ』の人気アルバイトは、今日も女性客に愛想よく接客をしている。
カウンターの奥へ戻ると、彼に一人の女性店員が冷めた声で話しかけてきた。
「闘宴劇の事くらい、ちょっとは事前に言えっていうんだけどね、全く..」
その女性、葦原木咲は深く溜息をついた。彼女は目の前のアルバイト、鞘一が魔人である事すら聞かされていなかったのだ。
「テレビで見てくれたんだね、驚いてくれたかい?」
「いいや、呆れ果てたよ、人の誕生祝いの為に殺し合いまでするとはね....」
木咲は刺すような目で睨む。本当にスペシャル、何でもやる、全て本気だったらしい。実にどうしようもないと木咲は思った。
「でも、今回は見苦しい所を見せてしまったね、本当すまない、でもまたいつの日か、スペシャルなサービスを用意できるようにするよ。それまで待ってくれるかな、マイエンジェル」
鞘一は右手を軽く胸に当て、美しい所作で礼をした。
「まだあきらめてないなんて、本当一途でいいことですねっと」
木咲は背を向け、業務へ戻ろうとする。
「あ、あと一応」
ふいに、木咲は止まってこう言った。
「特に期待はしないからね」
離れ行く木咲を後目に、鞘一は混じりけの無い笑顔をつくる。今は振り向かない、それでいい、だからこそ木咲に振り向いてほしいのだと、彼は再び胸に刻み付けた。
「さて、根気よく頑張るとするか」
手立てはまだ思いつかない、闘宴劇のようなチャンスもまたあるかなど知れない。それでも諦めることはしないと誓う。天使の笑顔のためなら、彼はなんだってできるのだから。