【宇宙船】SSその2


『雨夜 鞘子はつまらない』


「ああああ!!ウッ!」
スーツ越しに一撫で、それだけで男は精を吐き出しつくし倒れこんだ。
亜門グループ本社の一室で、何人もの人間が精、あるいは潮をまき散らし気絶している。

「次は貴方の番よ」
「…何が目的だ。殺しに来たのではないのだろう」
「あは、話が早いわね」

淫臭に満ちた部屋で相対するのは、
魔人闘宴劇の主催者 亜門 洸太郎と
最悪のビッチ暗殺者 七白 ぼたんである。

「私の願いを叶えてよ。願いを叶える権利をちょうだい」
「はぁ。君のような奴は出てくると思っていたが…」

七白 ぼたんには、闘演劇など興味がない。
叶える力があるというのなら、そいつを脅して叶えさせればいい。

このような事態は亜門も想定していたし、
故に、選りすぐりの護衛で周囲を固めていたのだが、
彼らはすでに床に伏している。

「結論から言おう。願いを叶えたいのなら、闘演劇で優勝するしかない
 願いを叶えるために必要な"制約"だと理解することだ」
「ふうん?」
ぼたんは亜門を観察する。

屹立した剛直が布越しにその存在を主張していた。
にもかかわらず、前屈みにもならずに毅然とした態度。
矜持がそこにはあると確信できた。

「いいわ。納得してあげる。じゃあ参加権をちょうだい。
 さもないと…」
「いいだろう。君の参加を認める」
「…驚いた。襲撃者に素直にくれるなんて」
「この大会を面白くする者なら誰だろうと歓迎する」
「なるほど、貴方本当にいい男ね。滾ったわ」

ぺろりと、赤い舌を出し、ぼたんは舌なめずりをした。
その姿は、亜門にはどう見えていたのか。

「じゃあせっかくだし、楽しみましょうか」
「えっ」

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「あっ ふっ…」
夜。少女の嬌声が不規則にこぼれている。

ここは雨夜 鞘子の自室。
17才の少女としては物が少ないシンプルな部屋だが、
ベッドにはクマのぬいぐるみが並んでいる。
その数は、彼女が『空』に入ってから過ごした年数と等しい。

…いや正確には、並んでいる数は一つ足りない。
その一つは今、鞘子の秘部にあてがわれていた。
それも、彼女自身の手によって。

雨夜 鞘子はぬいぐるみで、たどたどしく自慰をしている。


七白 ぼたんは、彼女のプロローグでも語られた通り、
裏社会で知らない者はいない有名人である。
鞘子も当然、ぼたんのことを知っていた。

名前のみならず、
観測者のもっとも情欲をそそる姿形に捕えられる能力、
そして鏡子を『もし死んでいなかったら』というifの状態で蘇らせる能力者を探していること、
その程度の情報は、裏社会の一員であれば常識の範疇であるし、
そこまで知られていても、誰にも負けず捕まらない強さを持つのがぼたんという女である。

対戦対手が彼女だと知ってから、鞘子がまず考えたのは、
いったい自分にはぼたんがどう見えるのかということだ。
鞘子は処女であったし、自慰の経験も2回しかない。
正直、あまり楽しくなかったし、自分には情欲というものが薄いのだと自覚していた。

であれば、現状で情欲の対象がない自分が、
試合までに"無力なもの"に欲情できるようになれば、
ぼたんもその姿になり、彼女を無力化できるのではないか?
自らをぬいぐるみに欲情するように自己改造する、それが鞘子の策である。

雨夜 鞘子は生真面目だが、あまり頭は良くない。

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アモンスペースワールド。
それが戦場となる宇宙船の名だ。
亜門グループが開発した宇宙旅行向きの施設である。

大きくふたつの部位に分かれており、
それぞれに『チュロス』『ドーナツ』の名がついている。
チュロスは船の根幹機能を担っており、内部にはコントロール室などがある。
ドーナツは居住空間となっており、人工重力も発生している。

ふたつの位置関係は、ドーナツの中に細長いチュロスを差し込んだようになっている。
チュロスを軸に回転することで、ドーナツには遠心力による疑似重力が生まれているのである。

「このチュロスとドーナツの位置関係、なんだか、えっち」

中学生男児のような思考に陥っているのは雨夜 鞘子。
大丈夫だろうか。自慰のし過ぎではないのか。

「…さすが亜門グループ。
 こんなところにまで空間転移可能な能力者を抱えている」
鞘子は戦場への転移後、宇宙船内のMAPを確認していたところである。
事前の情報通りであった。
彼女は宇宙船の構造をより脳内でイメージする。

鞘子の頭の中で、勝利のプランは決まっている。
それを実行するためには、宇宙船の構造を彼女なりにイメージする必要があった。
そう、鞘子はこの宇宙船自体を『仕込み刀』にするつもりである。

転移先はドーナツの一区画であった。ゆえに擬似重力があり、思っていたほど宇宙船らしさは感じない。
しかし、窓の外から覗く地球が、たしかにここが宇宙であると伝えていた。

「…ドーナツに転移できたのは好都合。ターゲットもこっちに来てくれるといいけど」
魔人の中ではさほどパワーがある方ではない鞘子にとって、物理的な力は愛すべき味方であった。

敵であるぼたんもすでに転移済みのはずだ。
既に戦いは始まっている。
索敵を開始しよう、そう思った瞬間に、
雨夜 鞘子の服が吹き飛んだ。

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「はぁ、あなた処女ね?めんどくさい」
「あなたに、とやかく、言われる、筋合いは、ありません…!」

結論から言えば、鞘子の愚策自体は、たしかに成った。
鞘子に対峙している敵は、たしかにクマのぬいぐるみの姿をしている。

しかし、誤算があった。
鞘子がどうぼたんを認識しようと、
ぼたん自身は自分が認識した姿、つまり鏡子の姿で動くのだ。
なので、別にあまり無力化されない。

そもそも、ぼたんが気功術を収めはじめたのは、
自分と他者の認識の差異を"気"の力で埋めるためである。

そして、その洗練された気功術の力は、あまりに強大であった。
遠距離から気をぶつけ、服を爆発四散させることなど、
ビッチオブビッチのぼたんにとっては朝フェラ前のことである。

「はあ、つまらないわね、貴方」
クマのぬいぐるみは吐き捨てる。

鞘子は眉間に皺を寄せ、頬を赤く染め、秘部を可能な限り隠しながら、
反撃に転ずるべく、床に手を触れる。

相手は自分を舐めているようだが、
いまの状況は鞘子にとっては理想的な状態だ。
油断を突くべく能力を発動しようとし、鞘子は絶頂した。

「ひっ!?ひあっっ!」
「あら。感度は悪くないじゃない」

クマのぬいぐるみから、透明な触手が伸びていた。
"気"により生み出される触手が、鞘子の乳首と陰核を的確に捉えていた。
たどたどしい自慰とは全く異なる次元の快感が鞘子を襲う。

「そのまま果てなさい。処女はもらってあげるから」
「や、やだ…」

新たな気触手がぬいぐるみから伸び、鞘子の秘部を貫こうとした瞬間、
鞘子は苦し紛れに叫んだ。

「あなたの願いは叶わないっ!」

気触手は特に止まらずに、鞘子の初めてを貫いた。

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「ひっ…。ほぉあ…」
「私に初めてを貫かれて、快感で気絶しなかったことは褒めてあげる」
「あ… あなたの願いは…、叶…わ…」
「………」

ぼたんにとって、魔人闘演劇は、願いを叶えるための通過儀礼に過ぎない。
彼女が負けることなどありえない。
だって、鏡子にしか負けず、亡き鏡子に復讐することだけが、
七白 ぼたんという定形なき者を定義づけているのだから。

故に、ぼたんにとって鞘子は、ただの取るに足らない格下の暗殺者であるし、
そんな塵芥に自身の願いに口出しされるなどあってはならないことであった。

「時間稼ぎのつもり?貴方ごときに、私の復讐(ねがい)が理解できて?」
「あなたの気持ちは…、あまりよくは、分かりません…
 私…、そういうの、苦手だから…」
「だったら黙ってなさい」
「うっ…がっ」

新たな気触手が、鞘子の菊門を貫く。
すでに、彼女はいくつもの気触手に絡まれ、その体躯を宙に浮かせていた。
ぼたんは先ほど鞘子が床に触れた動作から、彼女の能力が接触系であることを見抜いていた。

「でも…、あなたの願いは…間違えてる」
「はあ、何を言うのかと思えば、
 死者を蘇らせちゃいけないとか、そんなこと?
 下らないわ。
 願いが正しい必要なんてこれっぽっちもないのよ」
「違う…。そんなことじゃない…」
「じゃあ、何」

ぼたんがもう一度イかせれば、鞘子は全身の穴から潮を吹いて絶命するだろう。
だから、これが鞘子にとって最後の発言の機会であった。


「だって…、
 もし鏡子が"もしも死なずに生き続けていたら、というイフを現実"にしたら、

 今のあなたは存在しえないじゃないですか」

致命的で、そして自明なロジック。
ぼたんが、正気(りせい)を保つために、自身を騙していた欺瞞。
彼女が殺人に手を染めたのも、酒におぼれたのも、全ては鏡子が死んだ後の話だ。

鏡子を蘇らせれば、"もしも死なずに生き続けていたら、というイフを現実"にしたら、
たしかに復讐を果たすことができる七白 ぼたんはいるだろう。
だが、それは()()七白 ぼたんとは異なる人生を歩んだ別人だ。

「あなたの、肥大化した復讐は、果たされることなんてない」
「違う、違う!それでも、私は…!」

ぼたんの()が緩む。
それは気功術を操るものとしては致命的な隙。
緩んだ気触手から逃れ、鞘子は宇宙船の床へと手をつく。

仕込み幻刀(ソード・ノット)
鞘子はこの"ドーナツ"を仕込み刀へと変えた。

ぼたんの頭上から"刀にされた"天井が落下する。
天井に『重力に逆らって刺さっていた』ことにされた仕込み刀が、
その質量をもってぼたんに襲いかかる。
だが、いくら虚を突かれたとはいえ、この程度の攻撃を避けられぬほど彼女は弱くない。

反射的に落下してきた天井を避け、
その天井がクラッカーでも砕くように床に空けた穴に吸い込まれ、
七白ぼたんは宇宙空間に放り出された。

【勝者:雨夜 鞘子】
【決まり手:場外 ふたりとも場外に投げ出されたが、時間差により判定】

==

仕込まれた刀は、ふたつあった。

ひとつは、ぼたんの頭上の天井に、重力に逆らって仕込まれた刀。
もうひとつは、ぼたん直下に、宇宙船の外側から同じく重力に逆らって仕込まれた刀。
"ドーナツ"の重力は、遠心力により生まれた人工的な力。
ちぎられたドーナツの欠片は、必然宇宙へと放り出される。

要するに、ぼたんの床下は、あの瞬間に宇宙船ではありえないほど薄く抜かれていたのだ。


『うわ、えっちなやつの後に大規模破壊とか、B級映画だね!』
「…しかも放送もR18指定だ」
『あはは、そりゃそうだよねー』
私室で宇宙船の試合を見終えて、亜門 洸太郎はテキストチャットで会話をしていた。
画面の向こう側には敬愛すべきラプタがいる。

「しかし、勝ちは勝ちだが、雨夜はまさに薄氷の勝利だな。
 そもそも、七白 ぼたんは、あんな虚言に付き合う必要なんてなかった」
『虚言?べつにあの子、嘘は言ってないよね?』
「願いなんて、矛盾しているのが当たり前なんだよ」
『あはは、深いねー?』

理想と現実に致命的なねじれがあるなんて当たり前だ。
その上で何を選択するのかを決めることが、自分の人生を生きることだ。
例えば、友人を喜ばせたいという願いのために、
友人との別れを選ぶこともあるかもしれない。

七白 ぼたんの、自身の復讐(願い)との決着のつけ方だって、
きっと彼女なりの答えがあるはずだ。
ぼたんはこれからそれを探すだろう。

善か悪かは置いておけば、強い願いをもっている人間は面白い。

一方、雨夜 鞘子はどうか。
自身の強い願いを持っているようには見えない。
もし持っていないとしたら、彼女はつまらない人間だ。

『なんにしろ、これで1回戦は全部終わりかー。
 2回戦も楽しみにしてるよ!』
「ああ、期待してくれ」


魔人闘演劇の優勝と、その賞品である『願いを叶える権利』を行使する資格は、
正確には一致しない。
万が一、ラプタがつまらないと思う者が優勝してしまえば、願いを叶えることはできない。

だが。
洸太郎はそのことに気付きながらも、そんなことはありえないと確信している。
何かを成し得る人間には、強い想いが必要だと、彼は理解していた。

もっとも、洸太郎自身がそうであったように、
その想いは、成し得る過程で、後からついてくるものかもしれないけれど。

雨夜 鞘子が勝ち進む未来はあるのだろうか?
もしもそんな未来がありえたとしたら、彼女は何を願うのだろうか。

「さあ、俺は俺のするべきことをしよう」

そう独り言をもらしながら、洸太郎は切り替える。
まだ社長として、すべき仕事は残っている。
…たとえば、破壊された宇宙船の事後処理とか、安全性の説明とか。


魔人闘演劇、1回戦終了。
最終更新:2018年07月16日 00:52