【これまでのあらすじ】
SSL3回戦進出を賭けた戦いの為、夏祭り会場に転送された天桐鞘一。
だが彼を待ち受けていたのは、淫魔人七白ぼたんによる卑劣な罠だった。
果たして彼は貞操を維持したままカフェ・プラティーノに帰還し、木咲と睦言を交わす事が出来るのか?
魔剣士対魔ビッチ、常識と倫理観を超えた戦いが膜を空ける!
夏祭り会場はさながら合戦の様相を呈していた。
立ち並ぶ屋台はその半分が破壊され、獣欲を剥き出しにした人々が男女の別なく襲いかかり、それを止めようと試みる人間との間で殴り合いが起こっている。
ほんの10分程前までの平和な祭りの風景が嘘のような地獄絵図だった。
天桐鞘一は襲い来る暴徒を避わし、透かし、あるいは蹴りや鞘の一撃で無力化しつつ、敵の動きを探っていた。方法は不明だが、この騒動の主犯は七白ぼたんで間違いない。というか、こんな事をやるのもやれるのも淫魔人以外に居ない。
かつて交戦した淫魔人、小笛良川搾精美にも手を焼かされたものだが、1回戦では(比較的)まともに戦っていた七白が、こうも見境のない手段に出るとは。
雨夜鞘子の得物を撃ち落とした技が七白の魔人能力だと考えていたが、認識を改める必要がある──と、天桐は思った。
勿論、この騒動は魔人能力によるものではない。
七白はただすれ違う人々に微弱な気を送り、経絡を通ったそれが性感帯に到達した時、性欲が爆発的に高まるよう仕向けただけだ。トリックとも呼べぬ単純な仕掛けである。
だが単純だからこそ手間暇がかからず、多人数に素早く効果を発揮する。事実、天桐は未だ敵の姿を捉えられていなかった。
「七白ぼたん、ね」
涎を垂らして掴みかかろうとする巨漢の足を払いながら、天桐は独りごちる。
ちなみに本日の彼はTPOに合わせた浴衣姿であり、その長い足が裾の間から覗く度に、女性視聴者はため息を漏らした。
「牡丹の花言葉は『高貴』『壮麗』そして『恥じらい』……だったかな。ジョークとしては、ちょっと皮肉が効き過ぎだ」
型稽古をしている所に、相手が勝手に飛びかかってはやられている。そんな錯覚さえ思わせる流麗さで、天桐は暴徒の波を掻き分けて行く。視聴率もぐんぐん上がっていく。
ふと、剣士の足が止まった。偶然であろうか、混乱の最中に小さな空地が生まれていた。
円状の空白地帯──その縁に沿うように、数人の男たちが直立している。彼らは一様に、屹立した一物を露出していた。
素人の繰る人形めいて不自然に体を震わせ、歯を食いしばりながら、視線は虚空を見つめている。周囲の暴徒と比べても、明らかに異様だった。
「ハイヤァーッ!!」
罠を疑った天桐が身構えた、その時だった。前方から空を裂くような奇声が境内に響き、同時に
「おっふ!」「ぬふう!」「えいしゃあ!」
男たちが一斉に射精!凄まじい勢いで飛び出した精液が天桐の顔面に迫る!視聴率が上がる!
(ええー……)
一瞬対処に困った。いくら威勢良かろうが精液は精液であり、喰らって何のダメージがある訳でもないが、普通にばっちい。回避によって僅かな隙が生まれるかもしれないが、それにしてもばっちい。
結果、彼は普通に身を沈めて踏み込み、一息に繰り出した斬撃によって男たちを昏倒させた。峰打ちではないが、刃引きしてあるので同じだ。
一拍の間を置き、微かな呻き声を上げて、男たちが地面に倒れ伏す。天桐は油断なく残心しつつ納刀を
「ハイヤァーッ!!」
二の矢である!たった今倒れた男たちの後ろには、同じように配置された男衆!だが明らかに鍛え上げられた肉体であり、すわ神輿担ぎの益荒男か!精液の量が尋常ではない!視聴率も尋常ではない!
天桐は再び迷った。天蓋を覆わんばかりの精液である。前に進めば被弾は避けられず、かといって後退すれば再び距離が離れて面倒。姿を捉えない事には『奇襲二色』も効力を発揮出来ない。
彼は前進を選択した。無論顔射を成立させるつもりはない。
先程より深く沈み込み、地を滑るように踏み込む。繰り出した斬撃は二種。『奇襲二色』によって生まれた裂け目から、刀身の腹をワイパーのように用いて白濁の幕を絡めとる。同時に、男衆の首筋に一撃。
結果、天桐は無傷での突破を果たし、女性視聴者は悲喜こもごものため息を漏らした。
剣士は前方を睨み据えた。今度は男衆の姿はない。流石に三度目はなしか──心中で呟きながら、七白を追うべく足を踏み出し
「ハイヤァーッ!!」
──三段射精!!次なる射精は、群衆を貫いてなお勢い衰えず、レーザーのように天桐の脳天を狙う!最早人智を超えた尿道括約筋圧力!あまりの速度に視聴率は変化なし!
(これが本命か)
確かにこの射精は命を奪うに十分な威力だ。直撃すれば、分厚い頭蓋骨をも貫通する死の顔射となろう。
しかし、銃弾を見てから撃ち落とす天桐の動体視力と反射速度をもってすれば回避は容易。だが。
(それが最善か?)
心の中に引っかかるものがあった。瞬き1回より遥かに短い時の中で、剣士は行動を決意した。
鋭い金属音と共に、線状の精液が夜空に打ち上がった。『奇襲二色』が、射線上にあったもの──地面に伏した少女を、死の射精から阻んでいた。男衆の足元の辺りに倒れていた子どもだ。
「あ、う……」
「大丈夫?立ち上がれるかい?」
天桐は前方に注意を払いながら、盾となるように少女の前に立った。
この紳士的行動により視聴率メーターは爆発した。
七白ぼたんの狙いは未だ不明だが、これまでの戦いで確かなのは、人間を巻き込む事に一切躊躇がないという事だ。
無論戦場内に存在するのは、選手と奇特な観戦者を除けば、魔人能力で生産されたNPCのみ。命令された一定の行動を繰り返す、精巧な人形だ。
それでも、人の形をした、人と同じく振る舞う者を無下に扱う行為は、天桐には理解し難いものだった。
人外の剣技を振るう魔人といえど、そこまで人を止めたつもりはないし、そうでなくては木咲とどんな顔で話をすればいいのか分からない。
「ゆっくりで構わないよ。今日は妙な天気だが、一時なら君を守る傘になろう。落ち着いて、安全な所まで避難するといい」
「……あなた、いい人ね」
群衆の隙間から、それはいつの間にか現れていた。
流れるような艶のあるショートヘア。勝気な瞳。つんと尖った顎。ハスキーな声。恐ろしい程に天桐鞘一の好みに合致した女。
「さっき、牡丹という名前は君には似合わないなって思ったんだけど、訂正するよ」
剣士は左手で鞘を掴み、腰を沈めて臨戦体勢を取る。整った顔に軽薄な笑みが浮かぶ。
「『恥じらい』というか、『恥ずかしがり屋』ではあるってね。かくれんぼはもうおしまいかい?」
「ええ」
七白ぼたんもまた構えを取った。両手を開いて軽く前に突き出した、中国拳法の一派を思わせるような。
「決着を付けましょう」
「美人のお誘いとあっちゃ、断れないな」
喧噪と熱気の最中、対面する二者の間だけが異空間のように凍り付いていた。殺気と殺気がぶつかり合い、不可視の火花を散らす。
後の先に絶対の自信を持つ天桐は不動であった。
粘つく足元も、刀にこびり付いた精液も、その斬撃を陰らせる事はない。少なくとも天桐はそう確信しており、事実そうであった。
睨み合っていたのは、ほんの2、3秒だろうか。
七白の足が、僅かに前に出た。来る──天桐は抜刀の体勢を
「……え」
痛みより先に、驚きがあった。
その異変を確認する為に振り向いた彼を、誰も責められまい。
剣士の脇腹を、小さな握りこぶしが押さえていた。天桐にはそう見えたが、正確には、少女の手に握られた錐が、脇腹に深々と突き立っていた。
銃弾を撃ち落とす動体視力も反射速度も、認識し得ぬ攻撃には無意味。
かつて桶狭間の戦いにおいて、今川義元を討った織田信長を彷彿とさせる、慮外の奇襲であった。
おお、七白ぼたんこそは、現代に蘇った第六淫魔王だとでも──言うのだろうか!?
(なん──)
疑問を発するより早く、剣士としての本能が反応した。
前を向く。七白が詰めている。腕を突き出す。あれが来る。1回戦で見せたあれが。
剣を。木咲。
「ハイヤァーッ!!」
本日4度目の奇声が、境内に響き渡った。
──天桐鞘一は魔剣士である。
魔人の剣士を縮めて魔剣士、ではない。
この状況下で、淫魔人による、完全なる不意を突いた一撃より、なお速く放たれた『奇襲二色』は、七白ぼたんの心臓を貫いていた。
それを成し得る技量の剣士を、魔剣士以外に何と称すべきか。
だが。その現象は、魔の域に至った者にさえ抗い難く。
男の帯の下の部分が、じわりと濡れていた。
『奇襲二色』は、鞘の内部空間を特定の座標に重ね合わせる能力だ。
故に……通常は意識する事さえないが……術者と被術者、相互に影響を与え得る。
放出される直前の淫気が、心臓を刺し貫いた『奇襲二色』を通じて鞘に伝わり、天桐の腰部に影響を与え、射精に至らしめたのである。
「お……」
天桐の痩躯が揺らぐ。七白の体もまた。
ここに至り、両者の思考は共通していた。あと一撃。
剣士が痺れる体に鞭を打つ。ビッチは血を吐きながら踏み込む。
僅かに、七白が速かった。快感に抗うのは、痛みに抗うよりも難しい。
だが、彼女は、致命的なミスを犯した。
「ハ、イ゛……イ゛ヤアアアーーッ!!!!」
渾身の一撃が、天桐の体を捉えた。持てる全ての力を出し尽くした気功。だがそれ故に。
「ゴボッ」
それは、あまりにも強力すぎた。
土壇場に至り、七白ぼたんはビッチとしてあるまじく、射精のコントロールを誤ったのである。
天桐鞘一の顔面……目、耳、鼻、口から、白濁した粘液が漏出した。──七孔噴精!
おお、七白ほたんこそは、かつて神槍とうたわれた男根を持つ伝説の拳士、李射精の再来だとでも──言うのだろうか!?
べちゃり、と粘質の水音を立て、魔剣士が精液の海に沈んだ。その後を追うように、七白ぼたんも膝を付いた。心臓を貫かれた上に気を使い果たし、既に限界であった。
「ねえ」
目の前に、血濡れた錐を持った少女が立っていた。
いや、少女だけではない。何人もの少年や少女が、七白ぼたんの下に集まっていた。
それらは皆、錐や包丁や、尖らせた割り箸などを手にしている。
「ねえ、言うとおりにしたよ。だから、ね。もっと、きもちよくして?」
「ぼくも」
「わたしも」
「おれも」
「おねえちゃん」
「おにいさん」
「おじさん」
「おばさん」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
ああ──と、ビッチは心の中で嘆息した。
およそ倫理観など持ち合わせぬ女であるが、この時ばかりは、約束を果たせぬ事を心から申し訳なく思った。
(試合に勝って、勝負に負けた)
それは彼女にとって、鏡子以来の敗北であったが。
不思議と心中に、あの時覚えた燃え盛るような屈辱はなかった。
「ごめん」
それだけ口にすると、七白ぼたんはごぼりと血を吐き、前のめりに倒れ込んだ。