――――優勝したら、どんな願いを?
「フッ、決まっている。妹にswichを……あっ、いや、これはサプライズだから内緒だ!
別にnew super swichを妹の誕生日プレゼントに貰おうなんて全然思ってないぞう!」
「さてねぇ……また次の冒険の宝の地図でも、貰うとするかな! ダァーッハッハッハ!」
魔人闘宴劇一回戦勝利者インタビューより、それぞれ抜粋。
◆ ◆ ◆
選ばれたステージは、ダンジョンだった。
極めて古典的な、松明が照らす薄暗い迷宮。
中には運営の悪ふざけでトラップや財宝が設置されている、という話だったが。
……実際ハンセンが転送後に少し探索してみれば、すぐに宝箱を発見した。
宝箱の中身を探れば……中に詰まっていたのは、いくらかの金貨と装飾の施された剣がひとつ。
……武器としてはいささか頼りないが、回収していくことにする。
宝剣を肩に担ぎ、老海賊は廊下に出た。
右見て、左見て、敵影無し。
ダンジョンは複雑に入り組んでいる。
真面目に探すとなると……少し、骨が折れる。
「俺らの骨が折れるわけは、ねぇけどな。なぁ、ジョー」
冗談めかして苦笑して、ハンセンは大きく息を吸った。
真面目に敵を探すとなると難しい。
だったら、簡単だ。
「――――――――さぁ嬢ちゃん、キャプテン・ハンセンはここにいるぞォ!」
向こうに見つけてもらえばいいのだ。
これだけ大声で叫べば、おおよその位置は相手に伝わるだろう。
そして長い通路のど真ん中で叫んだ以上……
「大変お待たせいたしました!」
通路の角から飛び出してきた対戦相手に奇襲されることもない! 遠いから!
現れたのはカラオケ店員! もといバイト戦士黒羽イト!
「灰皿交換いたします!」
手裏剣めいて投擲される灰皿! 二つ!
「待ってたぜ、店員さんよォ!」
宝剣を素早く振るい、灰皿を叩き落す。
その間にもバイト戦士は真っすぐこちらへ向かっている。
だがこの狭さ、一回戦で見せた乗り物質量攻撃は不可能!
「足元失礼いたします!」
モップをかけながら突進! 清掃バイト!
自在なモップ捌きがハンセンの足を襲う!
宝剣で防御! 構わずモップ連撃!
激しく繰り広げられる下段の攻防は、しかしイトのバックステップで中断した。
逃がすかと言わんばかり、ハンセンが宝剣を担いで踏み込む!
カチッ!
「カチッ?」
足元から不穏な音! 直後ハンセンの横から飛び出す矢!
ダンジョン特有のトラップだ!
イトはモップで攻撃しながら、トラップの位置を測っていたのだ!
体重をかけなければトラップは作動しない! これがバイトアーツ!
ハンセンは咄嗟に宝剣で矢を防ぐも、宝剣が激しい音を立てて折れた。
「足元滑るのでお気をつけください!」
その一瞬の隙をついて突き出されるモップ!
足元と言いながら狙いは胸だ! 臨機応変がバイトの基本!
これには防御が間に合わず、モップの一撃がハンセンの胸を強かに打った。
「カハッ……やるねぇ……!」
「フッ、お褒めの言葉ありがとうございます!」
たたらを踏んで数歩下がりつつ、老海賊がニィと笑う。
「なら俺も手加減抜きだ――――行くぜ野郎共、帆を上げなァ!」
ハンセンの右腕が、巨人の骨に変わる。
常人の倍以上はある、巨人の腕骨。
マズい。イトの目が見開かれた。
この狭い通路、拳を避けるスペースが……無い!
「拳骨使うぜ、サダハルゥ!!」
巨大で長大な腕から放たれる、鉄拳右ストレート!
モップで防御! モップ破壊!
衝撃に怯んだ隙に次が来る!
「鉄板交換いたします!」
お好み焼き屋鉄板防御!
殴られた鉄板ごと、イトの体が吹き飛んだ!
「ぐぅっ……!」
真っすぐ向かってくるだけの単純な正拳が、回避できない!
「悪ィな嬢ちゃん――――トドメだ!!」
そして三度放たれる巨人の鉄拳!
万事休すか――――その瞬間、横の壁に体当たりするイト!
狂ったか!? 否! 壁が回転し……イトが壁の向こうに消える!
これは……ダンジョン特有の隠し扉だ!
忍者屋敷やお化け屋敷のスタッフバイトを経験しているイトは、隠し扉の配置にはある程度のセオリーがあることを知っていた。
そこに数多のバイトで培われた観察眼と注意力を以てすれば、隠し扉の発見は容易!
拳を外したハンセンは舌打ちし、腕を元に戻した。
追うか、待つか、一瞬の逡巡。
その逡巡に、自嘲気味に苦笑した。
考えるまでも無い。
攻めて、奪うのが海賊だ。それがキャプテン・ハンセンだ。
ハンセンもまた、隠し扉をくぐる。
扉の先は広めの部屋になっているようだった。
真四角の、隅に宝箱が置かれた隠し部屋。
そして当然、部屋の中にはバイト戦士――――黒羽イトが立っている。
警棒を手に持つその装いは、警備員アルバイト!
「歩行者通ります!」
「上等ッ! 行くぜ野郎共!」
ハンセンも手に船員の上腕骨を“招集”し、握り込んだ。
互いに武器は短棒。
踏み込みは同時。一瞬の交差。
激しい打撃音が部屋に響いた。互角。お互い有効打無し。
そしてハンセンが素早く振り向けば―――――視界に飛び込むのは、転がってくるドラム缶!
「てめっ……!」
咄嗟に受け止めるも、続いて二つ三つとドラム缶が転がってくる!
下手人は当然、黒羽イト……ガソリンスタンドアルバイト!
次々襲い来るドラム缶の波を、ハンセンは戦闘型魔人特有の膂力で受け止めた。
――――直後、ハンセンの鼻を奇妙な刺激臭が襲った。
「――――――――――――――――ッ!!!」
背筋が凍った。
ドラム缶から、暗褐色の液体が零れている。
これは何か?
決まってる。
今のイトは、ガソリンスタンドアルバイトだ。
イトが、壁にかかった松明を手に取ったのが見えた。
輝くような、営業スマイル。
「――――ハイオク満タン入ります!!!」
松明を投げた店員が、隠し扉の向こうに消える。
密室、ガソリン、松明の炎。
――――――――――――爆炎が、部屋を包んだ。
◆ ◆ ◆
黒羽イトは、勝利を確信した。
密室であれだけの熱量を浴びて、まず無事ではいられないだろう。
仮に生き延びたとしても、相応のダメージは免れないはずだ
とはいえ、安心するのはまだ早い。
自分が受け持った仕事は……最後まで責任を持って確認して初めて完了となる!
バイトの基本だ! 確実なトドメを刺して、ようやく勝利と言える!
イトは営業スマイルを引き締め、ガソリンスタンドアルバイトの制服を解除しつつ慎重に隠し扉を開いた。
衣装解除によりドラム缶とガソリンも消滅し、部屋の中の火はほどんど消えている。
そしてイトの視界に飛び込んできたのは――――倒れ伏す白骨死体!
これは……爆炎に肉が焼かれて焼失したのか!?
否! ハンセンが肉体を骨に変える光景を、イトは何度も目にしている!
つまりあれは……全身を極めて頑健な骨に変えて爆炎を防ぎ、しかし弱ったハンセンの姿か!
「――――――――あれでハンサムだったんだぜ。生きてる時はよ」
――――違う!
ハンセンの声がすぐ脇から聞こえてくる!
反射的に振り向く、よりも早く繰り出される鉄拳右ストレート!
不意を突いた骨の拳が直撃し、イトが白骨死体の前まで吹き飛ばされる!
下手人は……これまた白骨死体!
二本足で立って歩く白骨死体……全身を“小岩井の”ジョーの骨格に変えた、キャプテン・ハンセンだ!
「“ジゴロ”サイって博打うちでな。ま、骨になっても……女の目を惹くのは得意らしい。大した奴だぜ」
骸骨が、元の老人の姿へと戻っていく。
イトの隣の白骨死体も消えていく。囮だったのだ。イトの注意を惹くための。
爆発の瞬間――――ハンセンは“のっぽの”サダハルの骨格を独立状態で“招集”し、盾にした。
その上で、己も“小岩井の”ジョーの骨格を“招集”し……爆炎を生き延びたのだ。
最も長く多く強化牛乳を飲み続けたジョーの骨は、船員中最硬を誇る。
……それでも、危ない状況だった。
全身を骨に変えて『愚者の独演』で動かすのは、多大な集中力を要する奥の手だ。
一瞬でも集中が切れれば、制御が切れて骨はバラバラになるだろう。
“招集”も完全には間に合わず、今のハンセンは激しい火傷を負っている。
「今のは危なかった。サダハルとジョーを盾にして、どうにかってとこだ」
「ぶ、部下を……盾にしたのか……!」
なんたる悪徳上司か!
……否。違う。そうではない。
「ああ。『みんなは船長のために』ってな」
静かに、老海賊が嗤った。
「だからよ――――『船長はみんなのために』……俺は勝たなきゃいけねぇ」
部下を利用した。
部下が、自分を信頼していると確信しているからこそ。
自分が、部下を信頼しているからこそ。
だから、キャプテン・ハンセンは止まらない。
部下の死を無駄にするわけにはいかない。
彼らが信じたキャプテンは、最強で最高の男だったのだと証明しなければならない。
「もうやめとけ、嬢ちゃん。ゲームは……別のとこで買いな」
背負う願いの重さが、ハンセンを戦わせている。
数多の部下の命と信頼と、夢をその背に背負っている。
「お前じゃ、俺には勝てねぇよ」
たかがゲームのために、負けられない――――
「――――勝てない……勝つことが、『できない』……!?」
……そして、その言葉がバイト戦士の地雷を踏み抜いた。
「『できない』は……嘘つきの、言葉だ……ッ!」
立つ。
立ち上がる。
黒羽イトが、立ち上がる。
確かな光を、その目に宿して。
「マキが、待ってるんだ……! 『できない』、はずがないッ!!!」
イトの衣装が変わる! バーテンダーアルバイト!
手に持つのはワインボトル!
彼女のバイト先と闘志、今だ尽きずッ!
「…………そうかい」
……ハンセンは、己を恥じた。
勝手に彼女を甘く見た。
彼女の理由は――――重い。
待っている人がいる。
笑顔にしたい人がいる。
そのために戦うことの、なにが軽かろうか。
ハンセンも、イトも――――――――何も、変わらないのだ。
「悪かった。お前も、勝たなきゃいけねぇんだよな」
ハンセンが、懐に手を入れる。
「詫びに――――――――――――チップだ。受け取りな」
取り出されたのは、一枚の金貨。
最初に宝箱から回収していた、財宝のひとつ。
それが、指で弾かれ放物線を描いてイトへと飛んでいく。
「!!!」
イトの意識が、金貨に向けられた。
お客様からのチップ! 受け取るにせよ断るにせよ、弾き落とすわけにもいかない!
接客に従事するものとして、適切な対応をせねば――――
「――――――――ついでに、こいつもなッ!」
……あるいはイトが万全であれば、生じなかった逡巡。
だが負傷によって判断力が低下したイトは、一瞬考えてしまった。
その一瞬の隙は、チップと同時に踏み込んだハンセンにとっては十分すぎるもので。
渾身のアッパーカットがバーテンダーの顎を撃ち抜き――――イトの意識は、暗転した。
◆ ◆ ◆
「うおおおッ! ま、負けたッ! swichが……入手『できない』!?」
医務室!
試合終了後、黒羽イトは深い絶望の中にいた!
「『できない』は……嘘つきの言葉なのにッ!」
「……それなんだけどよォ」
呆れたように声をかけたのは、ハンセンだった。
「企業が民間向けに出したゲームがそのレベルで手に入らないの、なんかおかしいんじゃねぇのか?」
そう、おかしいのだ。
イトの人脈と財力を以てしても手に入らない最新ゲーム機、明らかに何かがおかしい。
「となると――――買占めだろ、こいつは」
「……………!」
買占め! 独占! 跳ね上がる需要! 転売!
これは……違法ビジネス! 社会の悪!
ハンセンが、ニィと笑う。
「大会終わったらよ。一緒に売人に殴り込みかけねぇか。
んで、奪ったブツを世間にバラ撒いてやるのよ。
もちろん、嬢ちゃんにも分けてやる。駄賃でよけりゃあな!」
悪を以て悪を征す! 転売を許さない海賊行為!
一瞬思案するイト!
「……それは、バイトの勧誘ということか?」
そう!
これはさながら……バイトの勧誘!
ちなみにハンセン、純然たる善意でこの話を持ち掛けていた。
彼女を負かしはしたが、彼女の願いは叶えられるべきだ。
そう思って声をかけただけで、別に部下に誘うつもりではない。
そもそもハンセンはバイトなんてしたことがないので、部下にしても彼女の魔人能力を使えない!
だが、まぁ……思えば部下たちはみんな――――こうして、増えていったのだったか。
「……そうだな。バイトで海賊、やってみるか?」
――――『できない』は、嘘つきの言葉だ。
キャプテン・ハンセンの冒険は、まだまだ続く。
新たな夢を、その背に乗せながら。