深いしわを顔に刻んだ男が、狭い通路を注意深く歩いている。
その顔には、笑み。
「近いな…へっ、相変わらず頼りになるやつだぜ」
先程から男の視線は両手に握った細長い骨に注がれている。それは今は亡き航海士の骨に違いなく、すなわち骨ダウジングである!
「右…左…もう一度右…ここかぁ!」
男の足が止まる。目の前には、いかにも怪しげな扉!
男ーーすなわちキャプテン・ハンセンは、一切の躊躇なくこれを蹴破り中へと侵入!
室内を見て、彼の笑みはより一層深まった。視線の先には…どう見ても黒羽イト!
「だーはっはぁ! どうやらあたりを引けたみたいだなぁ!」
試合開始から約1時間ーー2人の戦士と観客が待ちに待った、会敵の刻!
☆
突如現れて高笑いを始めたハンセンに黒羽イトは一瞬面くらい、しかしすぐにつられるように笑い出した。
「ふっ…ふふ…ふはははは!」
それは敵を前にした昂りとーー何よりも人に会えた喜びに満ち溢れた笑い声!
試合開始から約一時間、黒羽イトはダンジョンを彷徨い続けていた。
ハンセン側が着実にイトの方へと進みながら道中の宝箱を漁ったり、迷宮主のドラゴンと死闘を繰り広げたりしている間、イトは当てもなくうろつくばかり。
そのあまりに対照的な映像に、観客たちも手に汗握る!
SNSでは迷子の彼女を応援するタグがトレンド入り!
試合時間の三割が過ぎ、イトの心にほんの少し焦りが生じてきたタイミングでのこの遭遇。
これにはイトも満面の笑み! 思わず取ったガッツポーズ!
その様子を見て観客たちも一安心! よかったね!
「よく…よく来てくれた、本当に…! もう駄目かと思ったぞ!」
「なんだかわからねぇが、どうやらやる気は十分みてぇだな!」
言うや否や、ハンセンは先の尖った骨を剣のように構えた。
≪hello works≫
対するイトも戦闘準備! タキシードに身を包み、その手には身の丈ほどの大剣! 二人の門出を祝う初めての共同作業ソードだ!
じりじりと緊張感が高まりーー互いが一歩踏み出したその時!
ガコンッ!
「あぁん…?」
「なに…?」
両者の足元から何らかの異音! 直後、通路の入り口が石壁にて塞がれる!
「ちぃっ、こりゃ特定のタイルを踏むと扉が閉まり天井が落ちてくるタイプの罠だ!」
「なんだと! 特定のタイルを踏むと扉が閉まり天井が落ちてくるタイプの罠!?」
言ってる間にみるみる天井が迫ってきている! このままでは圧死は必至!
「支えろ! “のっぽの”サダハル!!」
咄嗟に手持ちで最も丈夫な骨を“招集”し、以って天井を支える柱と為す!
≪hello works≫
「竿屋!! 竿竹ーーーッ!!」
イトも咄嗟に手持ちで最も丈夫な物干し竿を召喚! 天井を支えること僅か2秒、折れた!
「あわわわわ」
焦るイトには目もくれず、ハンセンは周囲を観察する。
この手の罠には解除方法がつきもの! そして否が応でも天井に目がいくこの状況、むしろ注目すべきは床! 大海賊の勘が冴え渡る!
果たしてそこには、先程まで無かったはずの3つの図柄!
【太陽】【竜】【髑髏】
「間違いねぇ! これだーーー!!」
ハンセンは迷わず髑髏の描かれたタイルを踏み抜く! 大海賊の勘だ! 大海賊の勘を信じろ!
ーーピタリと、振動が止まった。
緩やかに天井がせり上がっていく。
「これは…助かった、のか?」
「へっ、あの程度の罠でこの俺様をハメようなんざ…」
弛緩した空気が流れ始めたその刹那!
ガコンッ!
つい先程聞いた覚えのある異音! 思わず上を向いた二人の目に飛び込んできたのは、天井にびっしりと生え揃った石棘!
だ、大海賊の勘!? 信じていいのか!?
次の瞬間、凄まじい勢いで落下してくる棘付き天井!!
先ほどの比ではない落下速度!!
誰がどう見ても状況は悪化!! 大海賊の勘お前許さんぞ!!
「ウオオオオオオ!!!」
「ぬわあああああ!!!」
凄惨な死の直前、2人の判断は完全一致を見せる!
ハンセンは骨の戦槌にて、イトは土木作業用のつるはしにて、棘の一本を叩き折った!
各々が能力を駆使し頭上に迫る棘を破壊!
間髪入れず、轟音を伴い天井が完全落下! 無数の棘が地面に突き刺さる!
二人は…無事! 棘一本分の隙間にて命を繋いだのである!
「こ、今度こそ…はぁはぁ…助かった…のか?」
「はぁはぁ…ごほっ! げほごほ! こ、この程度の罠で俺様を…」
ガコンッ!
お馴染みの異音! 二人の視線は再び上へ!
ーーそれと同時に、床が真っ二つに割れた。
「ウオオオオオオ!!!」
「ぬわあああああ!!!」
悲鳴を残し、二人の姿は迷宮の深部へと消えていった!
☆
ーー地下である! そこには狭苦しい通路を全力疾走する二人の人影!
誰がどう見ても、ハンセンとイト! 抜きつ抜かれつのデッドヒート!
「ウオオオオオオ!!!」
「ぬわあああああ!!!」
いったい何故彼らは戦いもせず走っているのか!?
その答えは後ろから迫る物体にあった!
ゴロンゴロン! ゴロンゴロン!
侵入者を轢き殺さんと転がり続けるそれは…ダンジョン名物、岩の大玉!
言うまでもなく、追いつかれた時点で即死!
そして大玉と二人の距離は…徐々に近づきつつある!
≪hello works≫
「おはっ! ようっ! ございます!!」
いつもより余裕なく召喚したそれは、ネオ轟天丸!
新調した新聞配達の自転車だ!
爆発的な加速で、共に走る海賊を置き去りにする!
「なってめぇ卑怯だぞ! 待ちやがれ!」
遠ざかる背中に向かって叫ぶも、止まるはずもなし! 万事休すか!
…否! ハンセンの瞳は未だ死なず! 今こそ大海賊の意地を見せるとき!
「キャプテン・ハンセン! 自転車フォ~~~ム!」
ハンセンの全身が仲間の骨へと置換され、瞬く間に異形の姿へ変形していく!
車輪!ボディ!ハンドル!ブレーキ!ライト!サドル!
気付けばそこには、首から下が骨自転車と化したハンセンの姿!
「ダァーーハッハッハァ!!」
サドルに乗った生首が笑う! この姿ならば、追いつける!
骨の車輪が猛回転し、イトとの距離を詰めていく!
背後からただならぬ妖気を感じ、思わず振り向いたイトの目に飛び込んできた大海賊生首骨自転車!
「おわあああああ!?」
本気の絶叫! 自転車が一段加速!
通路を爆進する一台と一妖! やや遅れて大きな岩!
このままいけば、逃げ切れるか!?
しかし!!
「うわあ熱ッッ!!」
イトの自転車が急停止! 目の前には、リズミカルに炎を壁から噴き出す罠!
無論、無策で突っ込めば焼死! さりとて立ち止まっていては大岩に追いつかれて轢死!
「ブワァーーーッハハ! お先ィ~~~!!」
逡巡するイトを尻目に、骨の妖怪が躊躇なく火の中へと突っ込む!
ハンセンの部下たちの骨は、火葬にも耐えた特別製! この程度の火ではビクともせず!
…いや、だが生首は!? 火葬に耐えられるのか!?
「うっぎゃあああ熱ぃぃぃ!!!」
耐えられない!! サドルを最大限伸ばし、火炎の僅か上へと生首を避難させながら走る!
「くっ…!」
一方、炎に怯むイトを追い立てるように巨岩が迫る! 万事休すか!
…否! イトの瞳は未だ死なず! 今こそバイトの意地を見せるとき!
≪hello works≫
「うおおおおっ!!!」
何らかのご当地マスコットキャラの全身着ぐるみを纏い、炎の中へと突撃する!
必然、数秒も持たず着ぐるみは発火!
≪hello works≫
着ぐるみの中へと熱が伝播しきる直前、能力発動! 別の着ぐるみに早着替え!
これも数秒で発火!そしてまた能力発動!また発火!悪夢のような無限ループ!
まさに文字通りのデッドヒート!
「熱い!熱い!ぐあああああ!!!」
燃えていく! 全国津々浦々のゆるキャラたちが、イトの代わりに燃えていく!!
「はろお゛お゛お゛お゛わあ゛あ゛あ゛ぐずうううううう!!!」
全国47都道府県のゆるキャラを燃やし尽くしたところで、炎の試練突破!
≪hello works≫
休む間もなく、自転車召喚! 骨の妖怪の背を追いかける!
デッドヒートは終わらない!
☆
その後も様々な障害が二人の前に立ちはだかった。
突如始まったトロッコレース! 正しい順序で石像を動かすと開くタイプの扉! 扉を守る古代兵器! 先住民との出逢いそして別れ…!
時には助け合い、時には蹴落とし合いながらダンジョンを踏破していく二人! その背を常に追い立てる大玉! 不毛な追いかけっこは映画一本分ほどの長さに及んだ! SNSでは実況が大盛り上がり!
迫る制限時間を前にして、状況はまさにクライマックス!
☆
「キャプテン、こっちだ!走れ!」
「走ってらぁ! ぜぇぜぇ…うおおお!!」
イトの声に従い、古めかしい扉に滑り込むハンセン!
扉を潜り抜けると同時に、轟音!間一髪大玉は扉にぶち当たり…そして沈黙した!
「はぁ…はぁ…へへ、見たかよイト!」
「ああ、間一髪だったな! ヒヤヒヤしたぞ!」
二人は座り込んで顔を見合わせ、互いの健闘を称える!
そこには共に死線を乗り越えた者のみに宿る、友情にも似た奇妙な何かがあった!
…しかし。
ややあって、まずハンセンが立ち上がった。その手には鋭利な骨。切っ先はイトへ向いている。
次いでイトも立ち上がる。その手には身の丈ほどの大剣。初めての共同作業ソードだ。
無言のまま、二人は理解していた。
制限時間も残り僅か。最早戦闘の障害は何もない。ならばここが、決着の刻。
じりじりと緊張感が高まりーー互いが一歩踏み出したその時!
ガコンッ!
両者の足元から何らかの異音。この流れは…!
床抜けを警戒し、二人は飛び上がり壁に掴まる!
床は…抜けない! だが掴まった壁が激しく振動! いや、広間全体が揺れている!
最終ギミックは、ダンジョン全体の崩落!
マ、マジで決着の刻!モタモタしてたら共倒れ!そこだ!いけーっ!
勝負を決めるべく、先に動いたのはハンセン!
「キャプテン・ハンセン! ジャイアントロボフォ~~~ム!」
大量の骨を召集し、巨大な右腕が構築される! 次いで左腕! そして頭に落石!
「いでぇ!」
骨がバラバラになる!
気を取り直して、右腕構築、左椀構築、そして頭に落石!
「痛ってぇぇぇ!! ダメだ戦ってる場合じゃねぇ!!」
一方イトも落石に苦戦! 隙だらけのハンセンに近付く余裕がない!
気付けば周囲は瓦礫の山!
「クソがっ、気張れ野郎どもォ!!」
変形中断! 散らばった骨がハンセンの周りに集まり、複雑に絡み合って即席の骨シェルターを作る!
それは滅んだ海賊団の同窓会!
死してなお、キャプテンを慕う者達の妄執の集い!
みしみしと鳴るシェルター。
いかに強固な骨とはいえ、積み重なる瓦礫の圧力はいずれその強度を上回るだろう。
活路の見えぬ苦境! だがそれは相手も同じこと!
最早互いの敵は互いにあらず! この戦い、ダンジョンに殺された方が負ける!
ズドン、と一際大きな衝撃!
まるで10tの岩が近くに落ちたかのよう!
バキンと軽い音が鳴る!
(くそっ…ブラックバスの奴、逝ったか!)
波紋が広がるように、連鎖的に骨が折れていく。
アポロ、サダハル、ジョー、ヨナタン!
かつての仲間が…折れていく!
骨が折れる度、生前の彼らの姿が思い出される。それは彼らにまだ肉ありし頃。
…そうだ、自分がかつて背中を預けたのは骸の群れなどではない。
共に戦い、共に笑い、共に海を駆けた仲間たち。
彼らがいなければあの海で生き残れなかった。
今でも思い出せるあの海の香り。
まるで実際に嗅いでいるかのように胸に広がりーー
ーーパァン
軽い炸裂音。積み重なった瓦礫の圧力に負け、遂にハジケ飛ぶ骨のシェルター。
圧死まで幾ばくも無いその刹那。
わずかに開けた視界にて、ハンセンの眼に映ったものとは。
ーー船である!
全長18.5m、幅4m、総排水量10t。
鳥取周辺で活躍する遊漁船ーーご存知、爆釣丸である!
漂う海のいい香り!
無論、船内には黒羽イト! 彼女もまた敵をダンジョンと見定め、堅牢なシェルターを築いたのだ!
「おまっ…!」
お前そりゃ卑怯だろ、という間もなく、ハンセンは瓦礫に埋もれていった。
ーー勝者、黒羽イト!
☆
ーー数日後! とある漁港でイトは一人の男と対峙していた!
「オメェなぁ、使っていいとは言ったが使い方ってもんがあるだろ!」
「すいませんでした親方!」
「船は!海に浮かべるもんだ阿呆!」
「ほんとすいませんでした親方!!」
「とにかく、大会中はうちの船はもう貸しださねぇぞ!分かったな!」
「そ、そんな!私の爆釣丸が!」
「俺のだ阿呆!」
そういうわけでーー爆釣丸、今後は使用不可決定!分かったな!
☆
「だがまあ…海を荒らす馬鹿野郎に勝ったのは、気分が良かったぜ。…次も勝てや」
「…はい、親方!」
よかったね!