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2章 キッチンとリビングと武装ヘリと

 次の日、ベッドから起き上がった俺は違和感を覚えた。下のキッチンから、何故か良い匂いがするのだ。
 俺の親父は柄にもなく外交官なぞやっていて、先月の初めからフランスに飛んでいる。お袋もそれに同伴したから、この家には俺一人しかいないはずなのだ。
 ……じゃあ、この匂いは一体なんだ……?
 俺は気になって、階段を降りてキッチンに向かった。そして、何故かそこには
「み、宮野!?」
 昨日俺に告って、しかもこの日本では持ってるだけでも捕まりそうな拳銃を持っていた、後輩の宮野柚花だった。しかも、制服の上からエプロン姿でフライパンも持っていた。
「あ、先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう……じゃなくてっ!」
 ついつい話を持ってかれそうになっちまった。
「何でお前がここにいるんだっ!?」
「そりゃ、先輩の朝食を作るためですよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
 ダメだ、こいつは完璧な天然系だ。
「質問を変える。どうやって家に入ってきた?」
「最初は普通に玄関から入ろうとしたんですけど、鍵がかかってたんですよ」
「そりゃそうだ」
 俺だって夜は鍵かけるわい。
「だからってチャイム鳴らしたら、先輩が起きちゃうじゃないですか」
「確かにな」
「だからこれで鍵を開けたんです」
 そう言って宮野は出したのは
「……おい、そりゃ何だ……?」
「はい、『AK74』突撃銃です」
 それはどっからどう見ても、軍隊が持ってそうなライフル銃だった。確か、イラクの過激派がこんな銃を持ってるのをテレビで見たことがある。
「(……ちょと待て、『あれ』で開けた……?)」
 俺は大慌てでキッチンを出、リビングを抜けて玄関に走った。     
 宮野、いくら俺の家のドアが頑丈だからって、そんなもんで叩き壊されたらひとたまりもないぞ!
 そして玄関にたどり着いた俺が発した言葉は
「……うあ……」
 だった。
 玄関の状況は、予想よりさらに酷かった。
 鍵穴とチェーンがあったであろうところは、既に見るも無残にボロボロになっていた。
 宮野、お前明らかに撃っただろ!

「先輩、どうしたんですか?」
 キッチンに戻ると、宮野は俺の今の心境を知ってか知らずか、笑顔でそう聞いてきた。
「宮野、どう考えても銃撃の方が呼び鈴より五月蝿いと思わなかったのか……?」
「先輩、そんな宮野なんて他人他人行儀じゃなくて『柚花』って名前で呼んで下さいよ」
「いや、そうじゃくて……」
「大丈夫ですよ、ちゃんとサプレッサー付いてますから」
 いや、論点はそこじゃないだろっ!
「それより先輩、朝ごはんが冷めちゃいますよ」
「……ああ」
 他にも言いたいことは色々会ったが、とりあえずは飯を食うことにした。もうどうだっていいよ……。

「う、うまい……」
 玉子焼きを食べた俺は、思わず言った。
 柚花の作った飯は、掛け値なしにうまかった。
玉子焼きだけでなく、味噌汁も、鮭の塩焼きに至るまで、普段俺が作ってたものとは比較にならなかった。
「へへっ、頑張った甲斐がありました」
 食卓の向かいで、柚花がニコニコ笑っていた。
「ところで柚花、この鮭、お前が持ってきたのか?」
 そう言って、俺は箸の先を塩焼きに向けた。少なくともここの冷蔵庫には、こんなものは入ってなかったはずだ。
「はい、今朝早く鮭児が捕れたんで、それを持ってきました」
 柚花はごくごく普通に言っていたが、それを聞いた俺の頬を冷や汗が伝った。
 ……柚花さんや、俺の知識に間違いがなければ、『鮭児』って1万5千本に1本の割合でしか捕れない、幻の鮭だったはずなんですけど……。
「ゆ、柚花の親って、一体何してんだ……?」
 冷や汗が異様に流れてくる中で聞いた。
「え、親ですか?確かお父さんが『宮野コーポレーション』って複合会社を経営してたと思うんですけど」
 ちょっと待て!『宮野コーポレーション』って言ったら、第1次産業からロケット開発まで携わる、日本の超巨大企業じゃねぇかよっ!
「ち、ちなみに、母親の方は……?」
「お母さんは『鳳銀行』の頭取だったと」
 頭取っ!?頭取って確か銀行で一番偉い奴だろっ!?
「父親が社長で、母親が頭取……?」
 ……だんだん、柚花が遠い人間になっていった……。
「それより先輩、あんまりゆっくりしてると遅刻しちゃいますよ」
 そう言って、柚花は壁掛け時計を指差した。
「それもそう……って完全に遅刻じゃねぇか!」
 見ると、時計の針は既に8時を回っていた。ここから学校までは、どう早く見積もっても30分はかかる。完全なる遅刻だ。
 うちの学園は遅刻者に厳しくて、3日連続で遅刻をすると、もれなく学園内の全てのトイレ掃除をペナルティーとしてやらなければならない。ちなみに、俺は昨日遅刻したせいで、今日遅刻するとペナルティーに王手がかかってしまう。
「うわ……どうしよう……」
「大丈夫です先輩、私に任せてください!」
 そう言って、柚花は鞄から無線みたいなものを取り出した……って無線!?携帯じゃなくて!?
「ハインドDを至急こちらに来て下さい」
『HQ、了解』
 柚花と無線との間で、そんなやり取りが聞こえた。
 『HQ』……?それってもしかして……
「柚花、『HQ』ってまさか……」
「? 『ヘッドクオーター』のことですよ」
 や、やっぱりかっ!柚花、お前は一体どこの国の軍司令本部と連絡を取り合ってんだ!?
「さ、準備万端です!」
「じゅ、準備って、何の?」
「? 登校の準備に決まってるじゃないですか」
「あ、あれがか?」
「そうですよ」
 軍隊との連絡が登校の準備……?

「ほら、お迎えが来ました」
 外に出て、近くの公園まで歩いて柚花が指差した先には
バラララララララ……!
「……うそーん……」
 それを見て、俺は鞄を取り落とした。
 どっからどう見ても、それはヘリコプターにしか見えなかった。しかも、幼児向け機関車物語に出てくるようなものではなく、軍用の完全武装したヘリだった。
 ホバリングしていたヘリは、公園の空き地の殆どを使って着陸した。
「ゆ、柚花……あれって……」
「はい、重装ヘリ『ハインドD』です。もともとはソ連に大量配備されていたもので、当初は歩兵輸送用に開発されたものなんですけど、今は完全に攻撃型ヘリになってるんですよ。今ではアフガニスタンなどの中東や、アメリカなどの西側諸国でも生産・使用されてるんです。ちなみに装備は、連装30㎜機関砲とスパイラル対戦車ミサイルが搭載されていて――」
「いやっ、ヘリの説明じゃなくって!」
 つーかそんな物騒なもん積んでんのかよっ!?しかも西側諸国って、冷戦中の話だろ!
「こんなのを呼び出してどうすんだ!?」
「乗るんですよ」
 乗る?これに?
「さ、先輩、乗ってください」
「ちょっと待て!俺は戦場に行く気はないぞ!?」
「何言ってるんですか、行くのは戦場じゃなくて学園ですよ」
「どこに戦闘ヘリで登校する奴がいるんだよ!?」
「ここにいるじゃないですか、2人」
「んなアホなぁぁぁぁ!」
「さ、乗りましょ」 
 絶叫する俺を、柚花がグイグイ兵室に押し込んだ。
 ――結局柚花に押し切られる形で、人生初のヘリ登校をした。おかげで他の生徒から色々な視線で見られたのは、言うまでもない。

「うぁ……」
 俺は自分の机でグッタリしていた。人生初のヘリ酔いである。ていうか一介の学生がどうして、機関砲やら対戦車ミサイル積んだ軍用ヘリに乗って登校して、おまけにヘリ酔いにならなければならないのか。
「今日はまたずいぶんとグッタリしてるな~」
 ……俺に向かって言ってるんだろうが、とりあえず俺はその声を無視した。
「うわっ、無視するかお前」
「うるせぇよ坂井……」
 無視しきれなくなって顔を上げると、ニヤニヤしたクラスメートの坂井がいた。
「さては、何かあったんだな?」
「何もねぇよ……」
「まったまたー、嘘つくなって」
「うるせぇっての、この塚野の犬が……」
「俺は犬じゃねぇ!」
 と本人は言っているが、こいつの所属してる部(理系選択のくせに何故か文芸部)の連中は『坂井=塚野(同じ部の女子)の犬』と認識している。無論、俺もそう思ってる。さらに言うと、こいつのあだ名は「塚野の犬なんだし、犬っぽいやつにしよう」ということで『ジョン』と呼ばれている。ただし主に部内での呼び方だが。
「こぉらジョン!」
「っ!」
 坂井が恐る恐る振り返ると、すぐ真後ろにE組の塚野がいた。つーか、この学年で他クラスに遠慮なく入れるのは奴ぐらいのものだ。
「原稿早く書けって、あれほど言っただろ!」
「そ、そんなこと言ったって、いい案浮かばねぇんだ――」
ゴスッ!
「げはっ」
 塚野のジャブが、坂井の鳩尾を抉った。恐ろしいことに、この塚野という女、黒帯所持者らしい。
「なら、部室に監禁されてでも書きなさい」
 恐らく聞こえちゃいないだろうが、塚野はそう言って、坂井を引きずっていった。
「なんだかなぁ……」
 そんなやり取りを見て、俺は余計にグッタリとなった。
ガラガラガラ
「ほらぁ、全員席付けー」
 グッタリしてるから視線は下だが、声とセリフで担任の古賀先生だと分かった。ちなみに、1年の時も担任はこの先生だった。
「広瀬」
「へ?」
 いきなり名前を呼ばれて、顔を上げた。
「お前に話がある」
 そう言って、先生は俺に手招きした。
 俺、何かしました?
 心当たりが――それなりに(特に今日の朝)あるから、俺はとりあえず先生の後についていった。
 そして誰もいない廊下に出ると
「広瀬ぇぇ!」
ガバッ
「うわっ」
 いきなり担任に抱きつかれ、もとい泣きつかれた。
「広瀬、お前1年の宮野と付き合ってるだろう!?」
「え、ええ……」
「実は――!」
……30分後……
「――ということがあったんだ!」
「は、はぁ……」
 先生の長い長い話を聞いて、俺はそう返事するしかなかった。っていうか、それ以外に反応のしようがない。

 つまり、先生の話を要約するとこうである。
昨日の入学式の後、柚花が職員室に来たらしい。そんで俺の住所を聞いてきたらしい。もちろん生徒の住所などは必要時以外に教えるわけにはいかないから、最初は先生も断った。すると、柚花が鞄から拳銃(恐らく、俺が屋上で見た『ベレッタM92F』だと思われる)を取り出して、
「教えてくれないと、引き金引きますよ?」
 と、銃口を突きつけてきたそうだ。

「絶対、あの目は本気だった……」
「……で、俺にどうしろと?」
「頼む!お前から宮野に、人の命に関わることはしないでくれと言ってくれ!」
「そんなの先生が言えばいいじゃないですか」
「俺が言ったら殺される!」
 つまり、俺に死ねと?
「頼んだぞ!」
「あ、ちょっと――」
 呼び止める前に、先生は走り去っていた。
「……俺にどうしろってんだよ……」
 もうガックリ項垂れるしかなかった。
最終更新:2009年05月22日 11:39
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