1章 ドジっ子と告白と拳銃と
「さて、いよいよ俺も先輩か……」
通学路を歩きながら、俺はつぶやいた。
4月上旬、入学シーズンが到来だ。そして、今日は古桜学園の入学式である。
同時に俺、広瀬幸一がこの学園に入学して1年が経ったことにもなる。
毎日の学校生活を無難に過ごし、留年することなく2年生にもなった。
成績もそれほど悪くなく、交友関係もまずまず。
まあ、強いて不満を挙げれば、彼女がいないくらいか。けれど、それはさほど気にはならない。
……いるならいるで、嬉しいことだが……。
などと、色々考えていると
ドシンッ!
「きゃっ!」
「うおっと!」
注意力散漫だったか、T字路で誰かとぶつかったらしい。
見ると、俺と同じ学園の制服を着た、黒髪の女子が尻餅をついていた。
「大丈夫か?」
言って、手を差し出した。
「は、はい……」
その女子は俺の手を取ると、勢いをつけて立ち上がった。
「ご、ごめんなさい」
「いいて、よそ見してたのは俺もだから」
そう言って、手を横に振った。
「あ、あの……もしかして貴方も古桜学園の人ですか?」
「ああ、古桜学園2年の広瀬だ」
「せ、先輩ですか!?」
俺が2年生だと知ると、その子はオドオドしだした。
「先輩ってことは、新入生か」
「はいっ、1年C組の宮野柚花といいます!」
「いや、フルネームで名乗らなくてもいいんだけど……」
どうやら、そのへんはしっかりした子らしい。
「(……あれ?1年?)」
普通初日は、新入生と顔を合わさないはずだ。なぜなら
「なぁ、入学式って新入生は通常より10分早く登校じゃなかったか?」
「ああっ、そうでした!」
訂正、どうやらかなりのドジっ子らしい。しかも天然も含有のようだ。
「えっと、その、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げると、宮野は大急ぎで走っていった。
「……なんだかなぁ……」
一人残された俺は、所在無げに頬をかいた。
「(……ん?)」
一瞬、視界に黄色いものが見えた。
視界を下に向けると、古桜学園の学生証が落ちていた。拾い上げると、さっき会った女子の顔写真がついていた。
「宮野の、だな」
どうやらぶつかった時に落としたのだろう。
「仕方ない、事務室に届け……」
ようかと思って、俺は考え直した。
この学園の事務員、中身はともかくとして、外面が相当怖いのだ。明らかに堅気じゃない顔をしてる。あの顔を見ただけで大抵は恐怖し、中には泣き出す奴も出ている。俺も最初会った時は半泣きになった。
どう考えても入学直後の宮野を、あの事務員に会わすのは可哀相だ。
「(……後で届けてやっか)」
俺はその学生証をポケットに入れると、学園目指して歩き出した。
キーンコーンカーンコーン……
入学式があって、今日は授業がない。
俺達在学生が学校に来た理由は、式の会場設営と後片付け、ただそれだけだ。しかも後片付けは3年生がすることになっている。よって、式が始まると2年生はお払い箱になってしまう。
部活以外の連中が帰っていく中、俺は自分の席でボーっとしていた。宮野に学生証を返すには、式が終わるのを待たざるを得ないからだ。
『――であるからして、君たちには――』
教室のスピーカーから、学園長の長話が聞こえてくる。
「まだかかりそうだな……」
俺はげんなりすると、コーヒーでも買いにカフェテリアに向かった。
……1時間後……
『――これを持ちまして、入学式を終了致します――』
カフェテリアでコーヒーをすすっていると、やっと式が終わったらしかった。
「そんじゃ、行きますか」
俺は椅子から立ち上がると、1年の教室に向かった。
宮野に学生証を返した後、俺はそのまま帰らずに屋上にいた。
「大事なお話があるんですっ!」
と、気迫のこもった宮野に連れて来られたからだ。
「で、大事な話って?」
もしかして告白?なんて冗談半分で思いながら、俺は話を切り出した。
「あ、あの……」
最初はオドオドしていた宮野だったが、覚悟を決めたらしく、俺にこう言った。
「私と、つ、付き合ってください!」
「……へっ?」
内容を理解するのに少し時間がかかった。
「付き合うって……」
「だ、駄目でしたか……?」
「いや、そうじゃないけど……」
俺は滅茶苦茶戸惑っていた。
初めて会って3時間で告られるとは、思っていなかった。
「ちなみに聞くけど、どうして俺を?」
「一目惚れですっ!」
妙に力の入った声で言われた。
「まあ、今は付き合ってる奴いないし……」
別に断る必要はないよな。
よく見ると、宮野って結構可愛いし。
「いいんですね!?」
ガバッ!
「嬉しいです!」
「うわっ!」
いきなり抱き付かれてバランスを崩しそうになったが、踏ん張って何とか耐えた。
「それじゃあ、これからよろしくお願いします、広瀬先輩」
「あ、ああ」
あまりのテンションの高さに、少し引いちまった。
カキーン……!
その時だった。後ろのグラウンドから、野球部のボールが飛んでくる音がしたのは。
「せ、先輩危ない!」
「へっ!?」
バスンッ!
……今、耳元ですごい音がしたんですけど……
「危なかったですね、先輩」
「み、宮野……?」
宮野を見た俺は、自分の目を疑った。正確には、宮野の右手を見てだが。
……宮野さんや、あんたが今握ってるの、拳銃という物じゃありませんか?
振り向くと、穴の開いた野球ボールが転がっていた。
「み、宮野、それって……」
「本当、護身用の『ベレッタM92F』持ってて良かったです」
「……」
俺はカチコチに固まっていた。
大体、何が起こったか見当がついた。つまり、野球部のホームランが俺に向かって飛んできて、そのボールを宮野が撃ち抜いたと。
「先輩は、私がちゃんと守りますから」
宮野は首を少し傾げ、笑顔で言った。
「あ、ああ……」
――拳銃を平気で発砲する子と、俺はこれから一緒にいることになるのか……?
「(……俺、もしかしてヤバイ子と付き合っちゃった……?)」
告白を受けて早々、俺の不安メーターはかつてないほど上がっていた。
「あれ?先輩どうしました?」
「いや、なんでもない、なんでもない……」
不思議そうに首を傾げる宮野に、俺はそう答えるのが精一杯だった。
最終更新:2009年05月22日 11:38