5章 留学生と幼馴染と対戦車ライフルと
「突然だが、転校生を紹介する」
その日、担任が言った言葉は、確かに突然だった。
「転校生ですか?」
学級委員長の目が点になった。
無理もない。そもそもこの古桜学園は、小・中からのエスカレーター式で昇ってくるやつらが殆どで、外から入試を受けたやつもいるが、それはごく少数だ(俺もその少数に入るんだが)。
まして2年の途中から編入してくるやつなど、ほぼ皆無だ。
「あー、転校生といっても、アメリカから来たやつだ」
「つまり、留学生、ですか?」
「ちょっと違うが、まあそんな感じだ」
外国人なら納得がいった。親が日本に行くことになって、それについて来たのだろう。
「入ってきてくれ」
先生が廊下に向かって手招きすると、古桜のとは違う制服を着た、金髪ショートの女子学生が入ってきた。
「金髪萌え~……げはっ!」
突然坂井が吠えようとするが、そこは皆承知していたように袋叩きにして黙らせる。
「それじゃあ、自己紹介して」
先生がそう言うと、その女子は流暢な日本語で自己紹介した。
「はい、アメリカのフロリダから来ました、アリス・リヴェーチェです」
最後にペコリとお辞儀をすると、クラス中から歓声が沸いた。
「君の席だが……広瀬の隣が空いてるから、そこに座ってくれ」
「はい」
頷くと、その子は俺の隣にあった空席に座った。
「よろしくね、広瀬幸一君」
「あ、ああ」
半ば反射的に返事をしたが、すぐに違和感を感じだ。
「どうして、俺の名前を知ってるんだ……?」
「ああ、やっぱり覚えてないんだ。私のファミリーネーム、結構珍しいと思うんだけど」
「……」
頭の中で、過去に遡っていくと、小学生辺りで思いつくものがあった。
「もしかして、アリス!?」
「そう。思い出してくれた?コウちゃん」
「なんだ、知り合いだったのか?」
古賀先生が驚いたように言った。周りの視線もこっちに向いた。
「ええ、小学校の同級生だったんです」
俺がそう答えると、袋叩きから復活していた坂井が、水を得た魚のように質問してきた。
「おいおい、お前アリスちゃんとどういう関係なんだよ?」
「どういうって、言った通りだ」
「ほほぉ、つまり幼馴染ですか、羨ましいねぇ」
坂井がそう言うと、周りのやつらもキャーキャー騒ぎ出した。
「もしかして、昔の彼女とか?」
「あのなぁ、俺とアリスはそんなんじゃねぇって」
俺はアリスを見た。
「アリス、お前からも言ってやってくれ」
アリスは頷くと、席から立ち上がり、クラスを見渡して言った。
「私とコウちゃんは、昔のカップルとか、そんなんじゃありません」
アリスが言うと、皆興奮が冷めたように静かになった。
(やれやれ……)
すると、アリスがさらに続けて言った。
「コウちゃんは、私の許嫁ですから」
――2年C組が、きっちり10秒は凍りついた。
「……それで、どういうことなんですか……?」
柚花が不機嫌そうな声で聞いた。
昼休み、血相を変えた柚花がC組にやってきた。恐らくクラスの誰か(十中八九、坂井だと思う)が、アリスの『許嫁発言』を告げ口したのだろう。
「はぁ……ちゃんと説明するから」
アリスは元々、日本人とアメリカ人とのハーフだった。日本人であった父親の仕事で、小学1年生まで日本にいた。そんで、その父親と俺の父親が同じ職場で意気投合したらしく、その関係で俺もよくアリスと遊んでいた。
アリスの父親のアメリカ行きが決まって、小さいながらも送別会をやった後、アリスが俺に言った。
「また日本に戻ってきたら、コウちゃんのお嫁さんになる」
その時俺はマセガキらしく、『その時彼女がいたら?』と聞いた。すると、アリスは笑って、こう答えた。
「大丈夫、私、誰にも負けないから」
「――というわけだ」
「は、はぁ……」
柚花は呆気にとられていた。
「俺はてっきり冗談だと思ってたんだけどな……」
「私は今まで、ずっと本気だったよ」
あまりに自信満々に言われたから、俺は苦笑いした。
「はあ、つまり、ご両親の転勤に付いてきたと?」
すると、アリスは首を横に振った。
「ううん、2人ともフロリダにいるよ」
「へ!?」
俺と柚花は素っ頓狂な声を上げた。
「じゃ、じゃあ、どうして日本に来たんですか!?」
「それはもちろん、コウちゃんに会うためだよ」
「ええっ!?」
「だから……」
アリスが柚花に向かって指を差した。
「宮野さん、私と勝負してください」
「は?」
今度こそ、柚花は呆気にとられた。
「貴女がコウちゃんに相応しいか、見せてください」
アリスの顔には、自信が見て取れた。
「勝負、ですか?」
「ええ、放課後に校庭に来てください」
「……分かりました」
頷いて、柚花がアリスを見た。
二人の目が合ったと思うと
バチバチッ!
――と、火花が聞こえてきそうだ。
「おいおい……」
一体どんな勝負をするか知らないが、すっげー嫌な予感がする……。
話は唐突に飛んで放課後。
「先輩も来ましたね……」
柚花とアリスは、すでに校庭に来ていた。
「それでアリスさん、一体どんな勝負ですか?」
「これ」
そう言って、アリスは鞄から一挺の大型拳銃を……って待てやっ!
「なんでお前まで銃を持ってんだよ!?」
「だってアメリカじゃ、銃は誰でも持ってるよ」
いや、ここは日本だから!
「『Mk23』……ですか」
「あら、よく知ってるね」
「勝負というのは、それですか?」
「ええ、その通り」
カチッと音がした。銃の安全装置を外した音だ。
「他の方が良かった?」
「いえ……私にとっては好都合です」
怖いくらいニッコリ笑うと、柚花も鞄から銃を……って、なんか異様に銃身が長いんですけど……。
柚花が鞄から出したのは、1m半はありそうな、滅茶苦茶大きいライフルだった……って、どうやったらその鞄に入るんだ……?
「私はこの『バーレット M82A1』で勝負します」
「ちょ……対物ライフルを人に向けるのは……」
さすがのアリスも、少し引いていた。
「問答無用です!」
ドゴォォンッ!
「きゃっ!」
「うおっ!」
コンシールド(携帯性)全く無視の銃から放たれた弾は、アリスのすぐ横を通り過ぎて
ドォォォンッ!
……後ろにあった校舎に直撃して、壁に大穴を開けた。
「うそぉ……」
鉄筋コンクリート仕様の校舎の壁に大穴……。
「柚花!そんなの食らったら即死だろーが!」
怒鳴るが、柚花は全く聞いちゃいねぇ。
「くっ!」
パンパンパンッ!
ドゴォォンッ!
たまにアリスも応射するが、如何せん弾の威力が違いすぎた。何せ一発で壁に大穴開けるだけの威力があるから、掠っただけでも致命傷になりかねない。
「きゃっ!」
そしてついに、ライフル弾に煽られてアリスが転倒した。
「勝負あり、です」
アリスに銃口を向け、柚花が言い放った。
「……ええ、私の負けね」
肩をすくめ、アリスは銃を地面に置いて両手を上げた。
「貴女、強いわね」
「先輩のためですから」
柚花が笑顔で言うと、アリスもクスクス笑い出した。
「コウちゃん、いい子を彼女に持ったね」
いや、『強い=いい子』の法則ってあるのか?
「なかなかいい勝負だったわ」
「いえ、こちらこそ」
そして握手する二人……って、なんか友情が芽生えてますよ?しかも何気に左手握手だし。
「(ま、仲が悪くなるよりいいけどな……)」
こうして柚花とアリスの決闘は、柚花の勝利で幕を閉じた。二人の仲も悪化することもなかったし、めでたしめでたし……と思っていたが、俺は重大な問題に直面した。
「(そういえば……)」
俺はカクカクと、ロボットのように視線を左側に向けた。そして、あまり見たくないものを見てしまった。できることなら、認識したくはなかったが。
(壁、穴開いてるよな……)
職員室隣の壁は、トラックでも突っ込んだかのような大穴が開いたままだった。
「(また理事長に呼び出されるのか……)」
そう思うと、空笑いしかできなかった。
最終更新:2009年05月23日 22:45