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セコ113-128

128 名無しの心子知らず :2007/11/15(木) 02:17:25 ID:thsURUXG
昭和50年代前半に小学生だった者だけど、
当時は、衛生観念の疎い家庭や、子供同士の行事に消極的な家庭って
今より多かったと思う。

同級生のTさんの家は、母親が看護婦にもかかわらず乳児の妹のよだれまみれで、
いたるところべたべた。
出されたお茶っていうのが砂糖がたくさん入った甘たるい紅茶で、
それは石油ストーブの上でカンカンに沸いたやかんから注がれたのだ。
カップはシブで真っ黒。

家は新しい新築で大きく3階建て。
お金がないために汚いのではないと、子供心に感じた。

Tさんは普段から汚れた服で、嘘はつく手癖は悪いで、評判のいい子ではなかった。
同級生は嫌っていたけど、その母たちが気をつかって誕生会などはもれなく
Tさんも呼んでいたけど、他の子が子供なりに、一律500円くらいのプレゼントを
持ち寄るのに対して、Tさんは煎餅の袋ひとつ。
しかもあまった煎餅を持ち帰ってた。(親にそうするように言われてたみたい)

逆にTさんの誕生会っていうのが、汚部屋にて超てんこ盛りの具なしスパゲッティのみ
黙々と食べさせられた。

Tさんは今でも同じ地域で家庭を持って暮らしてるらしいけど、
町内では有名なセコケチらしい。
たとえば子供の服はもらいもので済ますポリシーだったり、
おかずをたかったり、公園で芝生を盗んだり。
なんだか変わった家庭で育つと、そのまましっかり受け継ぐものなんだなあ…、と
>>80のH美ちゃんを読んで思ってしまった。

夜更けに長文ですいません。



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最終更新:2009年11月04日 18:17