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PARTⅧ 二〇〇一年 四月十六日 AM7:55 [-Tokyo- Kaiou hospital]  「違う。それはオモチャじゃない!」  唯は必死にソレを説得していた。  しかしソレにとっては見るもの全てが新鮮らしく、何にでも触れては口にしたり、無邪気に壊していた。姿も見えない、ソレがどんなモノなのかもわからないが、余りにも純粋なソレは貪欲なまでに、己の好奇心を満足させようとしていた。 「いい子だから、お願い、止めて!」 『?』  唯の呼びかけに一瞬ソレは怪訝な表情を見せた。いや表情は見えないが、そのような感情が唯の心に流れてきたのだ。  しかしソレは唯の訴えの意味を解さずに、次のモノが目に止まるとまた手に取り、壊そうとする。 「やめて!」  唯は布団を押しのけ跳ね起きた。冷たい空気が流れ、薄暗い壁が彼女の視界に飛び込んでくる。見知らぬ簡素なベッドの白いシーツが、窓から差し込む微量の光を反射してやけに目立っていた。 「ここは?」  ぐるりと辺りを見回す。右手の方にスライドドアがあり、細長い小さな窓から電気の光が漏れていた。そこから流れる話し声が、何か別世界から流れてきたもののようにきこえる。 (病院? なんで私病院になんているんだろ)  唯は自分の記憶を探ってみたが、その理由は見つからなかった。公園を入ったところから視界が暗転したのまでは覚えているので、多分その時に倒れでもしたのだろうか? 「それにしても、変な夢だったな」  唯はまだ眠気に呆けながら、今でも鮮明に覚えている夢を思い返した。  そう、あれは多分、まだ生まれて間もない赤子だ。この世の法則も、常識も何も知らない無垢な生命。そして新しい世界を知りたがる欲求の塊。  恐怖も何も知らない、いや、恐怖でさえも好奇心の対象になるような、全ての欲望がほとばしる生命を、唯は初めて目の当たりにしたような気がした。 (この夢が想像の産物だったら、私はかなりの欲求不満ってことになるのかな)  唯は自分が辿り着いた答えに少し顔をしかめた。面白半分に雑誌にのっていた夢占いの記事を読んでいたが、実際に納得のいかない結果を押しつけられると気分が悪い。  確かに全ての欲求が得られているといえば嘘になる。父のこと、兄のこと。そして自分の本当の家族のこと。  それ以外にも物欲は人並みにあるから色々と悩みも多いし、神坂家での彼女の置かれている立場――養女という微妙な立場から、下手にわがままも言えずに我慢してきた事も多々ある。  だが唯がいつの時か本に見た一文の、 『運命と呼ばれるものの中で、幸福や不幸は人の出会いから生まれ、その量は自らの感性によって左右される』  という文句が本当ならば。 「私は幸せだよね」  ベッドの上で両足を抱きかかえるような姿勢に変えながら、唯は自分にそう言い聞かせる。  養父である憲一、義兄の公史、憲一の部下であった規崎達彦。  その他にも学校の友人達や先生達、近所のおばさん、買い物でよく行く魚屋のおじさん。みんな暖かくて、頼もしかったし、テレビや雑誌では色々暗い話が出てくるときもあったが、それは唯にとっては別世界の出来事だった。  普通に笑い、普通に泣き、普通に怒り、普通に喜ぶ。この何の変哲もない日常が続くことこそ、彼女にとっての幸せだった。    唯がそんな思考にふけっている間に、さっきまで汗で張り付いていた寝間着は、新鮮な空気に触れて乾き始めていた。  頬に触れる毛布の感触が、何故か心を落ちつかせる。  そうしているうちに、次第に呆けていた頭が鮮明さを取り戻すと、唯はこれからのことを考え始めた。  ベッドの横にある時計をみると、すでに八時をまわっていた。公史も心配してるはずだ。それに自分を放っておいて、一人で夕飯済ますような兄ではないから、腹も空かしていることだろう。 「ってゆうか、ただ単にものぐさなだけなんだけどなぁ」  唯は顔を綻ばせながら呟くと、部屋の明かりをつけようとベッドを抜け出そうとした。  公史は彼女が学校の部活などで遅くなると、きまって食事をせずに唯の帰りを待っていた。 「家を出るのもめんどくさいし、金がかかるし、自分で作るなんて無謀なこと出来るわけもない」  というのがその理由だったので、始めは呆れていたが、いつしかそれが普通になっていたのだから不思議だ。  ただ最近、あの台詞は兄の照れ隠しだったのではないかと疑っている。  唯はベッドの周りにスリッパはないかと探したが、無いとわかると覚悟を決めて素足で冷たい床を践んだ。そして部屋の証明のスイッチがあるだろう所まで、大股に走るようにして向かう。  自分の行動をはしたないとは思いながらも、どうせ誰もみていないから気にしないことにした。  しかしさすがにいきなり扉が開いて、誰かが入ってくる事までは想像できなかった。 「うわ」  突然扉が開いて背の高い男が入ってくると、びっくりしてその場に硬直する。 「なにやってんの? お前」  不自然な姿勢で固まる唯に、ため息の混じった声が掛かった。  病院の廊下からの光に照らされて、公史が立っていた。手には大きめのボストンバッグを持っていて、苦笑混じりの表情で唯をみている。 「お、おはよう」  突然のことに戸惑って、唯は思わず朝の挨拶をすると、ついに公史は吹き出してしまった。 「寝過ぎだお前は。終いには目が溶けるぞ」  そう言いながら、公史は涙目に答える。  笑われた方の唯は頬を膨らませて睨むと、部屋の明かりをつけた。しかし表情とは裏腹に何故か悪い気はしない。  久しぶりに兄の笑顔を見ることが出来た事が、彼女の胸に充実感を与えていた。 「とっ、ところで、何を持ってきたの?」  唯はまだ笑いをこらえている公史の持っているバックを指さすと、彼は涙を拭きながら着替えを持ってきたのだと答えた。 「でも必要なかったな、まさか起きてるとは思わなかった」 「そうだね」 「どうしたんだ?」  急に考え込む仕草をする唯に、公史は不思議そうに訪ねた。 「実はまだ、何で病院にいるかわかんないんだけど」 「何も覚えてないのか?」  顔をしかめていう唯に、公史は驚きを隠せなかった。唯はそれを怪訝に思ったのか、小首を傾げる。 「どうかしたの?」 「いや、なんでもない」  まだ混乱していて一時的に記憶を失っているのだろうか?  公史は色々と想像してみたが、今は深く詮索しないようにした。  思い出したとしても凄惨な殺人事件の現場だ、今はショックを出来るだけ和らげた方が彼女のためになるだろう。  あの加藤とかいう刑事には悪いが、今は彼女をそっとしておいてやりたかった。 「今日は一晩ここに止まれるようだから、ゆっくりしてろよ」  唯の質問を無視して公史は歩き出すと、室内のベッド脇にある椅子に座った。唯は兄の様子から何かあったことを読みとってはいたが、深く突き詰めなかった。 「そうもいかないよ、病院って高いんでしょ? 入院費とか。しかも個室だよ、ここ」 「ああ心配すんな」 『どうせ金は警察から出る』  公史はそう言ってしまおうとして口をつぐんだ。唯もなかなかどうして侮れない。  彼女は昔から嘘を見抜くのが上手かった。はじめはただ単に公史自身が単純で、読みとりやすい性格だからだと思っていたが、時々他人の嘘も見抜いたりするので、彼だけに限ったことではないらしい事がわかる。  どうやら彼女は、人のうちに秘めた感情を肌で感じることが出来るらしく、カードゲームなどをするとその強さが際だった。 「まぁ、親父の貯金もあるしさ、一日ぐらい泊まっても平気だろ」 「でも無駄使いはできないでしょ?」 (お兄ちゃんは、相変わらず解りやすい性格をしてるな)  唯は心の中で意地悪く笑った。こと兄に関しては、なぜか考えてることがわかる。  今の兄が何を悩んで、何を隠しているのかはわからないが、しかしそれが自分へ向けられる優しさであることは間違いないだろう。 (虐めるのは可愛そうかな)  唯は必死で取り繕う兄に少し罪悪感を感じると、心の中で謝りながら公史の前に立った。 「帰ろう、お兄ちゃん。私、おなか空いちゃった」 「ん? そうだな。そういえば俺も何も食べてなかった」 「あはは、だと思った」  暫く二人は笑っていたが、少しすると途絶えてしまった。困ったような顔をし始めた唯に、公史は全く気付いていない。 「あのさ、私、帰りたいんだけど」 「それがどうした?」 「着替えなきゃ帰れないでしょ?」 「ああ! ごめんごめん」  やっと妹の言いたいことに気付いた公史は、そそくさと部屋を出た。扉越しにわざとらしいため息が聞こえる。そんな唯に公史は苦笑を返した。どうも彼はこういった気を利かせることが苦手らしく、良く唯にからかわれていた。 「まだ子供のくせに」  悔し紛れに呟いた公史は廊下の壁に寄りかかりながら、何気なく携帯電話を取り出す。 「あれ?」  着信の表記が、携帯電話の液晶画面に浮き出ていた。  送信者は規崎達彦。着信時のシグナル機能をバイブレーションだけにしていたのが仇になり、きがつかなかったのだ。  公史は達彦に電話をかけ直してみたが、達彦には繋がらなかった。 何回か繰り返し呼び出しても達彦が出ることがなかったので、ついに公史は諦めて携帯電話をジーンズのポケットにしまい込む。  しかしこれが達彦からの最後の連絡だったとは、彼は想像もしていなかった。  そして次の日、捜査の難航していた神坂憲一殺人事件は、容疑者である規崎達彦の逮捕によって幕を閉じた。
PARTⅧ 二〇〇一年 四月十六日 AM7:55 [-Tokyo- Kaiou hospital] 「違う。それはオモチャじゃない!」  唯は必死にソレを説得していた。  しかしソレにとっては見るもの全てが新鮮らしく、何にでも触れては口にしたり、無邪気に壊していた。 姿も見えない、ソレがどんなモノなのかもわからないが、余りにも純粋なソレは貪欲なまでに、己の好奇心を満足させようとしていた。 「いい子だから、お願い、止めて!」 『?』  唯の呼びかけに一瞬ソレは怪訝な表情を見せた。 いや表情は見えないが、そのような感情が唯の心に流れてきたのだ。  しかしソレは唯の訴えの意味を解さずに、次のモノが目に止まるとまた手に取り、壊そうとする。 「やめて!」  唯は布団を押しのけ跳ね起きた。冷たい空気が流れ、薄暗い壁が彼女の視界に飛び込んでくる。 見知らぬ簡素なベッドの白いシーツが、窓から差し込む微量の光を反射してやけに目立っていた。 「ここは?」  ぐるりと辺りを見回す。 右手の方にスライドドアがあり、細長い小さな窓から電気の光が漏れていた。 そこから流れる話し声が、何か別世界から流れてきたもののようにきこえる。 (病院? なんで私病院になんているんだろ)  唯は自分の記憶を探ってみたが、その理由は見つからなかった。 公園を入ったところから視界が暗転したのまでは覚えているので、多分その時に倒れでもしたのだろうか? 「それにしても、変な夢だったな」  唯はまだ眠気に呆けながら、今でも鮮明に覚えている夢を思い返した。  そう、あれは多分、まだ生まれて間もない赤子だ。 この世の法則も、常識も何も知らない無垢な生命。 そして新しい世界を知りたがる欲求の塊。  恐怖も何も知らない、いや、恐怖でさえも好奇心の対象になるような、全ての欲望がほとばしる生命を、唯は初めて目の当たりにしたような気がした。 (この夢が想像の産物だったら、私はかなりの欲求不満ってことになるのかな)  唯は自分が辿り着いた答えに少し顔をしかめた。 面白半分に雑誌にのっていた夢占いの記事を読んでいたが、実際に納得のいかない結果を押しつけられると気分が悪い。  確かに全ての欲求が得られているといえば嘘になる。 父のこと、兄のこと。そして自分の本当の家族のこと。  それ以外にも物欲は人並みにあるから色々と悩みも多いし、 神坂家での彼女の置かれている立場――養女という微妙な立場から、下手にわがままも言えずに我慢してきた事も多々ある。  だが唯がいつの時か本に見た一文の、 『運命と呼ばれるものの中で、幸福や不幸は人の出会いから生まれ、その量は自らの感性によって左右される』  という文句が本当ならば。 「私は幸せだよね」  ベッドの上で両足を抱きかかえるような姿勢に変えながら、唯は自分にそう言い聞かせる。  養父である憲一、義兄の公史、憲一の部下であった規崎達彦。  その他にも学校の友人達や先生達、近所のおばさん、買い物でよく行く魚屋のおじさん。 みんな暖かくて、頼もしかったし、テレビや雑誌では色々暗い話が出てくるときもあったが、それは唯にとっては別世界の出来事だった。  普通に笑い、普通に泣き、普通に怒り、普通に喜ぶ。この何の変哲もない日常が続くことこそ、彼女にとっての幸せだった。    唯がそんな思考にふけっている間に、さっきまで汗で張り付いていた寝間着は、新鮮な空気に触れて乾き始めていた。  頬に触れる毛布の感触が、何故か心を落ちつかせる。  そうしているうちに、次第に呆けていた頭が鮮明さを取り戻すと、唯はこれからのことを考え始めた。  ベッドの横にある時計をみると、すでに八時をまわっていた。公史も心配してるはずだ。 それに自分を放っておいて、一人で夕飯済ますような兄ではないから、腹も空かしていることだろう。 「ってゆうか、ただ単にものぐさなだけなんだけどなぁ」  唯は顔を綻ばせながら呟くと、部屋の明かりをつけようとベッドを抜け出そうとした。  公史は彼女が学校の部活などで遅くなると、きまって食事をせずに唯の帰りを待っていた。 「家を出るのもめんどくさいし、金がかかるし、自分で作るなんて無謀なこと出来るわけもない」  というのがその理由だったので、始めは呆れていたが、いつしかそれが普通になっていたのだから不思議だ。  ただ最近、あの台詞は兄の照れ隠しだったのではないかと疑っている。  唯はベッドの周りにスリッパはないかと探したが、無いとわかると覚悟を決めて素足で冷たい床を践んだ。 そして部屋の証明のスイッチがあるだろう所まで、大股に走るようにして向かう。  自分の行動をはしたないとは思いながらも、どうせ誰もみていないから気にしないことにした。  しかしさすがにいきなり扉が開いて、誰かが入ってくる事までは想像できなかった。 「うわ」  突然扉が開いて背の高い男が入ってくると、びっくりしてその場に硬直する。 「なにやってんの? お前」  不自然な姿勢で固まる唯に、ため息の混じった声が掛かった。  病院の廊下からの光に照らされて、公史が立っていた。 手には大きめのボストンバッグを持っていて、苦笑混じりの表情で唯をみている。 「お、おはよう」  突然のことに戸惑って、唯は思わず朝の挨拶をすると、ついに公史は吹き出してしまった。 「寝過ぎだお前は。終いには目が溶けるぞ」  そう言いながら、公史は涙目に答える。  笑われた方の唯は頬を膨らませて睨むと、部屋の明かりをつけた。 しかし表情とは裏腹に何故か悪い気はしない。  久しぶりに兄の笑顔を見ることが出来た事が、彼女の胸に充実感を与えていた。 「とっ、ところで、何を持ってきたの?」  唯はまだ笑いをこらえている公史の持っているバックを指さすと、彼は涙を拭きながら着替えを持ってきたのだと答えた。 「でも必要なかったな、まさか起きてるとは思わなかった」 「そうだね」 「どうしたんだ?」  急に考え込む仕草をする唯に、公史は不思議そうに訪ねた。 「実はまだ、何で病院にいるかわかんないんだけど」 「何も覚えてないのか?」  顔をしかめていう唯に、公史は驚きを隠せなかった。唯はそれを怪訝に思ったのか、小首を傾げる。 「どうかしたの?」 「いや、なんでもない」  まだ混乱していて一時的に記憶を失っているのだろうか?  公史は色々と想像してみたが、今は深く詮索しないようにした。  思い出したとしても凄惨な殺人事件の現場だ、 今はショックを出来るだけ和らげた方が彼女のためになるだろう。  あの加藤とかいう刑事には悪いが、今は彼女をそっとしておいてやりたかった。 「今日は一晩ここに止まれるようだから、ゆっくりしてろよ」  唯の質問を無視して公史は歩き出すと、室内のベッド脇にある椅子に座った。 唯は兄の様子から何かあったことを読みとってはいたが、深く突き詰めなかった。 「そうもいかないよ、病院って高いんでしょ? 入院費とか。しかも個室だよ、ここ」 「ああ心配すんな」 『どうせ金は警察から出る』  公史はそう言ってしまおうとして口をつぐんだ。唯もなかなかどうして侮れない。  彼女は昔から嘘を見抜くのが上手かった。 はじめはただ単に公史自身が単純で、読みとりやすい性格だからだと思っていたが、 時々他人の嘘も見抜いたりするので、彼だけに限ったことではないらしい事がわかる。  どうやら彼女は、人のうちに秘めた感情を肌で感じることが出来るらしく、カードゲームなどをするとその強さが際だった。 「まぁ、親父の貯金もあるしさ、一日ぐらい泊まっても平気だろ」 「でも無駄使いはできないでしょ?」 (お兄ちゃんは、相変わらず解りやすい性格をしてるな)  唯は心の中で意地悪く笑った。こと兄に関しては、なぜか考えてることがわかる。  今の兄が何を悩んで、何を隠しているのかはわからないが、しかしそれが自分へ向けられる優しさであることは間違いないだろう。 (虐めるのは可愛そうかな)  唯は必死で取り繕う兄に少し罪悪感を感じると、心の中で謝りながら公史の前に立った。 「帰ろう、お兄ちゃん。私、おなか空いちゃった」 「ん? そうだな。そういえば俺も何も食べてなかった」 「あはは、だと思った」  暫く二人は笑っていたが、少しすると途絶えてしまった。困ったような顔をし始めた唯に、公史は全く気付いていない。 「あのさ、私、帰りたいんだけど」 「それがどうした?」 「着替えなきゃ帰れないでしょ?」 「ああ! ごめんごめん」  やっと妹の言いたいことに気付いた公史は、そそくさと部屋を出た。 扉越しにわざとらしいため息が聞こえる。そんな唯に公史は苦笑を返した。 どうも彼はこういった気を利かせることが苦手らしく、良く唯にからかわれていた。 「まだ子供のくせに」  悔し紛れに呟いた公史は廊下の壁に寄りかかりながら、何気なく携帯電話を取り出す。 「あれ?」  着信の表記が、携帯電話の液晶画面に浮き出ていた。  送信者は規崎達彦。 着信時のシグナル機能をバイブレーションだけにしていたのが仇になり、きがつかなかったのだ。  公史は達彦に電話をかけ直してみたが、達彦には繋がらなかった。 何回か繰り返し呼び出しても達彦が出ることがなかったので、 ついに公史は諦めて携帯電話をジーンズのポケットにしまい込む。  しかしこれが達彦からの最後の連絡だったとは、彼は想像もしていなかった。  そして次の日、捜査の難航していた神坂憲一殺人事件は、容疑者である規崎達彦の逮捕によって幕を閉じた。

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