アットウィキロゴ

バイオグラフィー

結成

結成は3人が通っていた学校内で結成された。当初は学校内の文化祭など行事程度であったが、アイルがドイツに帰った際、録画していた映像を動画サイトに投稿すると、中性的な歌声で徐々にドイツ国内で彼らの存在が広まっていく。
ドイツ国内に広まっていくにつれて本格的活動へと事を進めていったが、ある日アイルが戦争、地震、スラムの街など世界の現実を目の当たりにして、一時本格的活動へ移るのを止め、インディーズバンドでありチャリティーバンドとしての活動を決意する。
そして、ラグの母親の会社と契約してチャリティーバンドとして活動をはじめる。会社自体はファッション関係の会社であったが、契約は何も言わず受け入れてくれたという。
フランスの会社と契約した理由として、今のドイツとフランスの現状を直したいという理由がある。
3人はまだまだ幼いながらも、チャリティーなどの活動に専念していることから再び注目が上がっていく。

デビュー

デビュー当初はライブ活動などを中心としていた。
デビューしてからしばらくはカバーの曲などを中心に披露していたが、2009年の夏に「Go Out」を作り、アルバムを出す前に様々なライブで披露していった。
そして、ライブパフォーマンスなどで大きな反響を呼び大型ライブにも出演できるようになった。
2009年の冬あたりにメジャーレーベルのリプリーズ・レコード会社からオファーがあったものの「私達は将来この音楽活動を続けていくつもりはありません」と話しオファーを断った。
それ以降もずっと小規模のライブなどで出現したりなどしている。

解散まで

2010年に入るにつれてライブ回数が大幅に減少。
CDを出すのも2010年で2回と、2009年に比べて少なくなっている。
しかし、ドイツのインディーズ専門雑誌にて素顔を公開し再び注目集める。雑誌内では3人が集まる時間が合わないため活動が減っている。と話している。
そして、2011年の1月1日のドイツ、フランクフルトで行われたライブにて解散を発表した。「この2年間で寄付金はたくさん集められた。しかし、今現在世界で困っている人達を全員助けるためにはとてもじゃないけど足りない。少しの期間でもいい。どんな形でもいい。一人でも多くの人を助けられるように自ら行動を起こしてほしい。」と述べている。(私の直訳なので間違っている場合もあるかもしれません)
ライブ終了後、大きな声援を受けながら舞台を下りていった。

そして彼らが活動してから2年の間、たくさんの人々が彼らに影響を受け、10代の人達によるチャリティー行動が増えている。

解散後

解散発表直後にブログ内で「今までありがとう」の言葉がが書かれた記事だけが残され、今までの記事は消えていた。
解散についての詳細については多くは語られていないものの、以前からブログ内で、アイルが自分の体調が良くなくなってきており、病気の治療に専念していく意志が見られていたため、そのための可能性が高い。他にも甲状腺の手術などで声が出しずらい状況であるのも理由のひとつだと言われている。

2011年3月に開催されるフェイスペイントのコンテストで、彼らの名前が出ている。
最終更新:2024年04月07日 17:50