ヒストリー
3

ジン


研究が終わると、淡島博士は何食わぬ顔でオステルンを退社しました。高齢のため隠居すると説明しておいて、実際には長野県に秘密の研究所を作り、DTの研究を続行したのです。

淡島博士が研究したのは、細胞同士のRNAを介したコミュニケーションについてでした。デーモンウイルスの本来の機能は、感染した細胞にこのコミュニケーション能力を与えることではないかと考えたのです。

そして何年かDTセルを育成、観察し、ついにDTセルのコロニーが意識を持っているのを発見しました。

ジン」と名付けられたこの意識体は、培養基の大腸菌に生まれ、池の水の藻類などを経て、最後は鳥類や哺乳類を含む、温室の生態系全体に棲息するようになりました。最初は電流の刺激に反応するだけだったジンですが、人間の言葉を覚えるなど、知性を身につけるようになります。

そしてナノマシン「DT]の機能を利用し、生物の遺伝子を模倣して酵素を作ったり、メタンガスを作って火を出したりと、人間には不可能な技も覚えました。ここに世界で最初のDTマスターが登場したのです。

淡島博士は死んだ戻橋博士から、遺言を託されていました。それは冷凍保存していた戻橋博士の細胞から、クローンを作ることです。淡島博士はジンに戻橋博士の遺伝子を渡すと、妊娠中の牝ウシに移住させました。

ジンはウシの胎児を作り変え、ヒトの赤ん坊の姿で生れ落ちました。このクローン人間は通常の十倍近いスピードで成長し、2年ほどで成人しました。今やこのクローン人間が、ジンと呼ばれるようになりました。
最終更新:2022年06月30日 23:04