夜明け 1
明確な日時までは覚えていないが、しかし1999年の4月というところまで分かれば十分だろう。
当時の僕は中学校に入りたてで、制服を着ることにまだ慣れていなくて、周りの環境の変化にみんながみんな追いつけず、戸惑っていた。
1週間ほど経って、その中学1年の学級が、後に学級崩壊を起こすほどの問題クラスとなることが、なんとなく理解できてしまうほどに、騒がしいクラスへと変貌するのだが、僕の記憶では、これはその前に起こったことだと思う。
僕の家に、新しいパソコンと、インターネットが来た。
うちの親父は、仕事でそれを使うこともあって、確か僕が小学校の4年生から自宅にパソコンを持っていた、わりと先進的な家庭だと思うのだが、インターネット環境は持っていなかった。
まぁ、当時のことを考えてみれば、むしろパソコンを持っているのも珍しいくらいで、ネット環境がないことなど当然であった。
しかし、4軒隣のニシカワの家では、その当然が通用しなかった。
彼はネットを環境を持っていて、小学生の頃からインターネットを使っていた。
そして何より、そのインターネットがどれだけ素晴らしいかという話を、僕によく語っていた。
思えばこのニシカワとの付き合いも、この文章を書いている時点で既に15年以上になる。
付き合いは幼稚園の頃からなので、まぁ俗に言う幼馴染の関係だ。
そう考えれば、大なり小なり様々な影響を彼から受けているし、僕も同じように影響を与えているだろうと思う。
その中でも、このインターネットに関する影響というのは特に大きい気がする。
ニシカワからネットのことを教えてもらっていなければ、おそらく僕や僕の家族がインターネットという物に触れるのは、もっとずっと後になっていただろう。
ニシカワがケーブルテレビのプロバイダのことを教えてくれなければ、非定額制の課金システムを嫌う、うちの親父は、インターネット環境を用意してくれなかっただろう。
そして何より、彼がいなければ、彼と共にネットの世界に身を置かなければ、後に起こる様々な事件は、起きなかっただろう。
それくらい、様々なものを彼から与えてもらった気がする。
それがいいのか悪いのかは、何年も経った今でも、分からないが。
とにかく、僕の家に新しいパソコンが来た。
当時のパソコンとしては、それなりにいいもので、確か20万だか30万だかしたものだったと思う。
既に、僕の家からはなくなっているので、機種名やスペックなどは知る由もないのだが、ハードディスクが5Gほどしかなかった、と言えば、おおよそのスペックの予想は付くと思う。
ちなみに一応言っておくと、ノートではなくデスクトップだ。
まぁ、当時はその程度の機種でさえ、20万や30万するものだったのだ。
おそらく、今なら自作すれば、1万を切る可能性すらある程度のパソコンなのだろうが。
それでも、当時の僕にとっては十分過ぎるくらいに、高性能のパソコンだった。
そして、革命的なことが確かに起きた。
当時、僕らは先に挙げたニシカワも含めて、モンスターファーム2というゲームにハマっていた。
CDを読み込むと、その情報からモンスターが再生され、それを育成して戦わせることができる、というゲームだ。
僕らはその対戦にかなりハマっていて、時期を見て集まり、大会などと言いながら、対戦会を開いていた。
当然、それくらいハマっていたのだから、やり込めばやり込むほど、攻略情報が気になってくる。
今までの僕なら、そのまま本屋に行って攻略本でも買ってしまうところだが、違った。
ネット環境のおかげで、それをタダで見ることができたのだ。
それだけではない、ネットの掲示板という場所では、数多くの人が集まり、情報交換をしていた。
大会のモンスターに勝つための育成方法から、自分の好きなモンスターに関する話まで、ありとあらゆる話が展開されていた。
もちろん、既にこの文章を見るに至っているみなさんにとって、今更掲示板などというのは、何の感動を生み出すものでもないだろう。
しかし、思い出して欲しい、初めてインターネットというものに触れた、その瞬間を。
初めて掲示板に、あるいは2ちゃんねるにアクセスしたその瞬間、もしくは、初めて書き込みを行ったその瞬間を。
きっと間違いなく、何かしら大きな感動があったのではないかと思う。
そういう僕も、もちろんその通りで、しかも多感な中学1年生当時である。
感動しないわけがない。
多くの人が綴っている掲示板を見て、共感であったり、反感であったり、様々な感情を抱いた。
で、その勢い止まらず、僕はインターネットという環境を手に入れて、2,3日も経たないうちに、掲示板への書き込み行為、いわゆる「カキコ」をした。
「ホームページの閲覧者のうち、リアクションを起こすのは、1割」というデータが、今のブログ全盛時代にも当てはまるかどうかは、僕は知る由もないのだが、少なくとも、当時の常識において、このデータは正しいとされていた。
つまり、ページを見る人の中で、掲示板に書き込みをする人というのは、1割ほどしかいないとされていたのだ。
そんな、完全なるWeb1.0時代において、これほどアクティブな行動に出られたのは、もちろん僕の性格に縁るものも大きいのだが、行き着いたホームページの成果もあったのではないかと思う。
そのホームページの名前を、モンスターファームのページ、という。
後にMFPと名前を変え、モンスターファームの二大攻略ページの一つとして有名になるサイトだ。
そもそも当時の状況を考えれば、日に何百というアクセスは、大手と言って過言ではないアクセス数だったのだが、インターネット初心者の僕が、アクセス数というものに関心を持つわけもなく、そのページの凄さなんてのは、理解できることもなく、インターネットに触れてしばらくの間は、そのページに通うことだけに集中していたのだったと思う。
最終更新:2007年11月18日 04:22