■特殊能力
『バトル大好きマシーン』
魔人の中でも図抜けた身体能力を発揮する、別に珍しくもないパワータイプの魔人能力。
まあ出力が高いので強いっちゃ強いのだが、発動中は謎の駆動音がしてうるさいため隠密行動に向かない。
発熱が激しく、肩甲骨のあたりから蒸気を噴き出して排熱する。
『Dear My Dear』
ダブルスの相方にバフを掛け、瞬発力を上げたりロケットパンチを飛ばしたり空飛ぶドラゴンに変えたりできる。
代償として、術者は掛けたバフ量に応じた便意を催す。継続的なバフの場合、一度出しても5分後に再度催す。この制約は本人に認識できない。
さてさてさて。
ニュースもニュース、特大ニュースが舞い込んでいらっしゃいました。
喧騒溢れる朝の学校、それもクラスメイトのかしましい井戸端勧誘をのらりくらり。
あたしはすり抜けるように自教室を離れ、ずんずんと廊下を突き進む。
道行く一人一人に挨拶を投げながら、隣のクラス、もひとつ隣、さらに隣のまた向こう。
開いたドアに思い切りよく体重を預け、目的の教室にぐいと頭を突っ込んだ。
「よっすよっすー!好きマいるー?」
いるかな?どうだろう。
まあ、朝の教室なんてどこだって誰かしらはいるもので、誰かがリアクションをくれればそれでいい。
総シカトを喰ったらそりゃあ恥ずかしいったらないけど、まああたしに限ってそれは大丈夫!
ハイそんなわけで、入口付近にたむろっていた男子の一人が反応する。
「急にうるせーわ優子、朝からテンションぶっ壊れてんのか」
「はぁーん?やんのか近藤」
こいつ近藤なんだけど、別に覚えなくていいよ!多分今しか出番無いから!
「それより好きマだって。いる?」
「隙間?」
「卓ちゃん、それ多分高島のことだよ」
「へ?……あー!バトル大好きマシーンの略!?なーる、よく分かるなヤスヒコ!さすが現文満点の男!」
「補習でだけどな!」
「「がはは!」」
近藤の下の名前が卓也でもう片っぽがヤスヒコなんだけど、まじで覚えなくていいよ。
「……チッ」
「「あっすいません……」」
弱い。そんなんだからモブなんだぞ。
「で?いんの?もーーーこんなやり取りするくらいなら自分で確認した方が早かったわ、テンションすっかり冷や水被ってんだけど」
「ごめんなさい……あの、今日はまだ見てなくて」
「あーそうなん?じゃあ登校遅れてるんかな」
「そこはなんとも……すみません、こちらのヤスヒコに至っては現文で補習を取る程度の男なので……」
「所詮お情けのテスト内容でようやく満点を取れるような卑賤な人間なので……」
「「がはは」」
ごめんやっぱめっちゃ強いな。なんだこいつらちょっとキモいぞ。
「んー……まあいいや、さんきゅー。お昼また来るわー」
かー!
携帯持ってねーやつはめんどくせーなー!
◆◆◆
「ギョエェ~~~!遅刻してしまいます!」
みなさんこんにちは!
私、高島バトル大好きマシーンと申します!
花より蝶より三度の飯より、二度まで保たれるという仏様の柔らかな物腰さえをも差し置いて、バトルこそを好きであれ、人間性を伴わぬ戦闘機械であれという願いを込めて名付けられた、私立ハイスクール高等学校学園大付属高校普通科の三年生!
ひどいですよね~。
普段通りであれば、余裕を持った登校の後、教室の隅の花瓶の水を換え、窓際の席に座り朝の日差しを浴びながらその日の予習をして過ごす全国の教師100人に聞いた理想の女学生と言って差し支えのない私ですが、今日は日課の1000人組み手のお相手を怪我させてしまい、病院までお連れしていたらこんな時間になってしまいました!不覚!
そもそもこんな習慣やめてほしいんですよね。私、別にバトルとか好きじゃないので……。
両親の名前が『高島我が子をバトル大好きマシーンに育て上げ太郎』と『木津(旧姓)腹を痛めた我が子がバトル大好きマシーンに育ち美』だったばかりに、私の人生はまるでレールに載せられたトロッコのよう!もう!反抗期でも迎えてやろうかしら!ドルンドルン!
「ああ、始業まであと5分!というのにまだバスにも乗れておりません!どういたしましょう!」
中等部時代から続けてきた皆勤賞が、ついに途絶えてしまうのでしょうか!
私には全国の教師100人に聞いた理想の女学生で在り続けるというひそやかな目標があるというのに!
◆◆◆
「そんで走って間に合ったのね、はいはい」
「ちょっと!人の話を遮って勝手に納得しないでください!」
「ええー。じゃどしたの?」
「走って間に合いました」
「ほらね、この話月1くらいで聞いてるもん。せめてバリエーションを増やせ」
昼休み。
午前の授業を終え、改めて目的の友人ーー高島バトル大好きマシーンを捕まえたあたしは、中庭の適当なベンチを見繕い、弁当を広げつつ並んで腰掛けていた。
天気がいいとこんなに気持ちのいいロケーションは他にないんだけど、今日はあいにくの曇り空。
まあ晴れたら晴れたで陣取り合戦が加熱するわけで、これはこれでいいと言えばいい。
はー。からあげおいしー。
「そんでねー、話があるんだけどさ」
「はい!なんでしょうか」
いつも返事がいいんだよなー、こいつ。
「『大会』に出ることになったのね」
「たいかい!」
「分かってないだろー?」
「はい!」
いつも返事がいいんだ。
「いい?『大会』ってーのはね……」
◆◆◆
『大会』というのは。
すべてが謎に包まれた主催者、H・リー(正体はハリー)。
刹那主義者で快楽主義者、そしてついでに毒を喰む趣味の悪いタデ虫だ。
嗜好に問題こそあれど、ある日その男は宣言した。
面白い戦いを見せろ。
その暁には、望むままの過去改変……そして、その頂点に立った者には、5000兆円を差し出すと。
人間性に問題こそあれど、その言葉に偽りがないならば、それはさしたる問題ではなかった。
過去改変。5000兆円。すごい!
なれば、『大会』には、参加する意義がある。
裏を返せば、もしそれらの報酬も与えられず、ただ対価無き闘争を強いるというのであれば、これは到底許されるべきではない。
絶対に参加したくない。
コミティアへ行きたい。行きたかった。
まさかそんなことは無いとは思うが、これだけの労力に一切の報酬が用意されず、かといって拒否しようものなら駄々をこね、実質参加を強制されるようなことがあるならばーーこんな仮定は机上の空論ではあるのだがーーそんな主催者は急に「お前も参戦しろ」と詰められてヒーコラ言いながら戦場へ立てばいいと、そのように切に思う。
そうは思いませんか?
◆◆◆
「ーーということなのよ!それに!なんか知らんけど招致されました!わかった!?」
「わかりました!5000兆円と望むままの過去改変ですね!!」
「そう!!!いい返事だ!!!」
「がんばってください!!!」
「そう!!!違う!!!」
「えっ!?」
「あんたも出るのよ!5000兆円はあたしのだからー、過去改変は好きマが自由にしていいよ☆」
「えっえっ、私も5000兆円がいいですけど……!?というか私招致されてませんけど!?」
「大丈夫!」
目の前の少女は、そう言い放つと最後のからあげを口の中へと放り込む。というかなんでこの人の弁当箱いつもからあげオンリーなんでしょう。ちょっと怖いですね。
よせばいいのに、乱暴な咀嚼のままに無理矢理に呑み下し、案の定ゲホゲホと噎せながら、一呼吸置いてベンチの上へと立ち上がる。
お行儀よくないですよとか今日のパンツかわいいですねププとかぼんやり思う私をよそに、優子ちゃんは天高く空へ指を突き上げた。
「これは……ダブルスの『大会』よ!!!」
今日の天気は曇り空。
けれど、薄ぼんやりとしたぱっとしない曇天に亀裂が走り、すべて押しのけるみたいに太陽が顔を出す。
高く伸ばされた人差し指に、吸い寄せられるみたいに。
彼女のすべてを、肯定するように。
だから私、確信したんです。
彼女の宣言する通り、これはダブルスの『大会』で……だから対戦相手も当然ダブルスに違いない。
もし単独で参戦しようものなら、レギュレーション違反で全身が内部からドロドロに溶け出して、跡形もなく死んでしまうに違いない!
仮に参加者に全然そんな予定がなかったとしても、急遽ペアを組んでダブルスになるに違いないんだって!
「ダブルスの……バトルですね!」
「そういうこと!5000兆円はあたしのもんよ!」
最終更新:2020年02月10日 01:54