「おい、見ろよヅラァ」
部屋にったった一つしかない、それもごく小さな窓の外を双眼鏡越しに眺めていた高杉が、何が可笑しいのか、肩を震わせて笑いながら背後の桂に促した。
「ヅラじゃない。桂だ」
もはや反射的に言いながら、高杉から双眼鏡を受け取った桂は、高杉と場所を入れ替わるため腰を上げた。高杉は、のそのそと四つん這いで退くと、桂が買ってきた食糧のビニール袋を漁った。
「おい、ヅラァ」
「ヅラじゃない、桂だ。なんだ、高杉、わざわざひとが買ってきてやった食糧に、何か文句でもあるという
のか」
袋の中身を見た段階で既にイラッとしていたが、余計な口答えをされたものだからなお気分が悪い。高杉は、じめじめとした畳の上に、ビニール袋の中身をぶちまけた。
「これぁ、どーゆーことだ?」
すでに盛り付けられて、ごはんや福神漬けと一緒にプラスチックの容器に収まったカレー、煮るだけで食べられる蕎麦、緑茶の茶葉、んまい棒十数本とのど飴、がばらばらと散らばった。それから高杉は桂をにらみつけ、カレーの容器を掴んだ。
「・・・張り込みっつったら、アンパンに牛乳だろうがぁぁぁぁぁぁ!」
高杉は絶叫しながら、桂の顔面めがけてカレーを投げつけた。
桂は、勢いよく飛んできたカレーを軽く躱した。躱したのはいいが・・・。
かつらが躱したカレーはそのまま窓を突き抜け、外に飛んでいった。

「エ、エリザベス殿・・・?」
万斉は、愛しのエリザベスに突如降りかかった出来事に、サングラスの奥の目をぱちぱちと瞬かせた。エリザベスは、どこからともなく飛んできたカレーを頭から被り、白いボディが黄色くなってしまった上に、どろどろの可哀相な状態になっている。
早く帰って風呂に入れば大丈夫でござる、と万斉はエリザベスを慰めながらエリザベスが被ったカレーを拭ってやる。そういえば、なにやらすぐ脇にあるアパートがなにか騒がしい。
「だ――――っ!高杉、お前・・・酷いぞ――――!」
「っ、てめーが避けるからだろーが!」
「大体、食い物を投げるという、お前の行為自体が間違っているぞ!」
「それ以前にてめーが買ってきたもんが悪ぃ!」
「何が悪いというのだ!?暴力に訴える前に、先ず話し合うということしないからお前は・・・・・・」
道の脇に建っているボロボロのアパートの、今しがたガラスの割られた窓。その窓越しに見える部屋の中で、外に丸聞こえの大声でどうしようもない言い争いを繰り広げる男二人は、万斉もエリザベスも良く知る人物だった。
一人は、左目を繃帯で覆い、女物と見紛う程派手な色柄の着物を胸元を大きく肌蹴て着付けた男―鬼兵隊の頭であり、数日前までエリザベスを幽閉していた張本人、高杉晋助。もう一人は、長くて真っ直ぐな黒髪と端正な顔立ち、高杉とは対照的に、落ち着いた色合いの着物をきっちりと着付けた男―エリザベスの元飼い主(?)桂小太郎だった。
二人とも、その首には多額の懸賞金が懸けられた指名手配犯だ。それが、こんなに堂々と、喧嘩なんてしてていいのだろうか。ていうか、晋助と桂小太郎って、もう完全に袂を分かったんじゃないの?次に会ったときは全力でぶった斬るとか言われてなかったっけ、晋助。と、万斉は思いました。アレっ作文?ねぇ、コレなんかおかしくね?おかしくね、コレ?
『桂さん・・・・・・』
万斉が、なぜか急に痛み出した頭を抑えながらエリザベスの方に目を遣ると、エリザベスは、目に大粒の涙を溜めていた。

万斉はエリザベスの手を握り締めて、高杉と桂のいる部屋へ向かった。





あとがき
次回で最終回です。実を言うと最後の数行だけは既に考えてあって、携帯に入ってます。
と、同時にそろそろ次回作も考えなきゃなぁとか思ってます。
最終更新:2009年02月28日 21:01