AD1908
その光景を、一言で表すのならば"白"というのが適当だろう。
積み重なった雪が、大地を、木々をただ一色に染め上げている。
人どころか生き物の影すら見えない未開の山奥。
だがその中を駆け抜ける一つの影があった。
雪に紛れるようなグレーの軍服に、ロシア帽(ウシャンカ)をかぶった青年。
2本の足で走っているものの、その速度は人間のそれではない。
野生の狼すら置き去りにするほどのスピードは、青年が人ではないことを示していた。
「――もう逃げられないッスよぉ、アーチャーさーん」
だが青年の進行方向上に一人の少女が立ち塞がる。
雪原に似つかわしくない、少し汚れたメイド服に身を包んだ少女。
その頭頂には人ならざるものであることを誇示するかのように、獣の耳がぴょこりと生えている。
だがそれよりも目を引くのは、少女の足に装着された黒いブーツだ。
あまりに無骨で、機械的ですらあるそれはあまりにも少女に対し、"似合っていなかった"。
「この地に正しく呼ばれたサーヴァントは残すところあんただけッス。
あとはアーチャーさんが大人しくしてくれたらいいんスけど……」
にへら、と緩んだ笑顔を向ける少女に対し、アーチャーと呼ばれた青年は手にしたボルトアクション式ライフルを向ける。
「――お下がりを、我が主」
だがその時、二人の間に新たな人影が割り込む。
革鎧に身を包んだ短髪の青年。
その姿、言葉にするならば威風堂々。
軍服姿の青年とも、メイド服姿の少女とも異なる出で立ちの美丈夫だった。
「大丈夫ッスよぉセイバーさん。撃たれても即死を回避するぐらいは……」
「御冗談を。主に傷をつけたとあっては騎士の名折れ。大人しく下がっていただきたい、キャスター殿」
「……いや本当にやめてほしいんスけどね……
主とかリーダーとか…そういうのガラじゃないんスから……」
真面目な表情でそういうセイバーに、キャスターは本気で嫌そうな表情を浮かべる。
「あー……まぁそれについては後でじっくり話し合うッス。
それよりもアーチャーさん、一応聞いておくッスけどここで引き下がってくれるっていう選択肢は……」
その言葉にもアーチャーは言葉を返さない。
向けた銃口が返答変わりだといわんばかりに。
「……そうッスよね。
まぁ、正しくサーヴァントとして召喚された以上、あたしたちみたいな"英霊モドキ"に負けるのは悔しいでしょうけど、これも"運命"と思って大人しく……」
「……残念だが、そうはいかない」
そこでアーチャーは初めて口を開いた。
低く、だが遠くまで通る声が雪原に響く。
「たとえ俺がどんなに弱い英霊だろうと、ここが例え地獄だろうと、俺は諦めない。
アレは、お前たちが"セマルグル"と呼んでいるアレは、……それほどまでに危険だ」
「……承知してるッスよ、そんなことは。で、言いたいことはそれだけッスか? だったら――」
だがその時、キャスターの言葉を遮るように大地が揺れる。
そして山の方角から何かが崩れるような轟音が雪原に響き渡る。
キャスターが向けた視線の先、唸りを上げて迫り来るのは白い瀑布と化した大量の雪。
雪崩だ。
「――偽伝宝具(パッチワーク・ファンタズム)、展開」
少女をかばうように前に出たセイバーが抜刀する。
鞘から解き放たれた黒い刀身の両手剣が、セイバーの言葉に反応するように鈍く光る。
「切り裂くがいい、≪伝承魔剣(クォデネンツ)≫――ッ!」
真名解放。
剣から放たれた剣閃が、縦一文字に雪崩を切り裂いた。
セイバーの一撃によって制御された雪の暴流は、まるでその場所だけを切り取ったように、キャスターたちのいる場所だけを避けていった。
「いやぁ助かったッス。あたしはどうにも霊体化が下手ッスからねぇ。
死にはしないでしょうけど、雪の下に埋もれるのは勘弁ッスよぉ。」
「礼を言うのはこちらの方です、我が主。
私がこうして力を発揮できるのも、この"偽伝宝具"あってのもの。
これがなければ私はシャドウサーヴァント相当の霊基しか持ち得なかったでしょう」
「まぁそう言ってもらえると悪い気はしないッスけど
……にしてもまんまと逃げられたッスねぇ……」
先程までアーチャーがいた場所には一面の雪しかない。
運が良かったのか、それとも雪崩が来ることを想定してここまで逃げいていたのか。
どちらにしろ、アーチャーにはまんまと逃げられてしまったようだ。
「追いますか、キャスター殿?」
「……いいや、ほっとくッス。今回発見できたのも割と偶然ッスからね」
あのアーチャーはアサシンに匹敵する気配遮断能力を持っている。
発見するのには相当な時間がかかるだろうし、こちらにはそんな時間もない。
それにアーチャーの狙撃能力は恐ろしいが、こちらには対応策もある。
「それよりも外側から余計な厄介が入る前に"セマルグル"の欠片を集めるッスよ」
「御意。では他のサーヴァントの掃討を行っていたアサシン、バーサーカーの両名と合流しましょう。
……そういえば主殿、僭越ながら一つ程お願いがございます」
「だから主とかそういうのはやめてほしいんスけど……で、何スか?」
「はい。自分たちのことを"英霊モドキ"と卑下するのはよしましょう。
我々は超駆英霊(オーバードライブ・サーヴァント)、場合によっては英霊を凌駕する存在です」
「……まぁセイバーさんがそれでいいならいいッスけど。
セイバーさんはほんとポジティブッスねぇ」
ケヒヒ、と卑屈な笑い声をあげるキャスター。
そんな少女に対し、セイバーは真面目腐った顔を向ける。
「ええ、何事も前向きに行きましょう。
主が前向きであれば、我々臣下もマンモスうれぴー、という奴です」
「……セイバーさんの笑いのセンスだけは訳が分かんないッスねぇ」
最終更新:2017年05月21日 00:56