前小節 羽休めの午後

 ────ドーム型の天文台のような施設の地下深く。その山岳地帯を貫いた超巨大地下工房。
 〝人理継続保障機関カルデア〟はそこに造られている。
 その居住&ruby(スペース){区画}}}。中央管制室を繋ぐ十字路を超えた先。
 鏡のように連なる鋼鉄のドアの一つに〝藤丸立花〟と彫金のネームプレートが張り付いていた。
 奥の浴室から音が伝わる。汗まみれ泥だらけのアンダーシャツと下袴きが脱ぎ捨ててあった。
 這いのぼる湯気。熱く重いシャワーの雨が彼女を濡らし叩く。
 頭と肩に水飛沫を上げていた。
 体表を滴る水は盛り上がりに応じてせわしなく方向を変えた。
 熱湯は胸と背中に滑り落ちて土埃と汗を流していく……。
 草冠をあしらった美しいレリーフと&ruby(ふ){斑}を散らした御影石のタイル。
 ドラゴンの彫像から湯が吐きつづける。
 清潔感漂う真っ白なホーローのバスの存在はとてもここが標高6000メートルの大雪山であるとは思えない快適さを物語る。
 藤丸立花は思いっきり息を吸って吐き出した。

「はぁ~~~~~♡」

 片肢をバスタブからこぼして両手を頭の上に伸ばす。

「生き返る~~~♪」

 居眠りしているかのように瞼を閉じた。
 ────サーヴァントの足を引っ張るマスターなど愚の骨頂。全くの論外である。
 戦闘状況下において、たった一人になってしまった場合でも、移動と連絡と生還。
 刻々と移り変わる状況に絶えず的確な判断を下し、肉体的にも精神的にも健全な状態で生きてカルデアへと帰る事。
 敵を回避する行動すら立派に敵に対処する手段となる。これは難局を切り抜けるのに極めて高い価値を発揮する。
 ジャングル戦、サバイバル訓練、白兵戦、山中訓練、市街戦、空中降下、精神面でのコントロールや放射能による行動制限等 。は、ごく初歩的の段階、ニュートラル的なものであると言える。
 その日々の過酷なシュミレーションが成果が、彼女の&ruby(グランドオーダー){聖杯探索}を成し遂げたのだ。
 しかしながら、未成年の女子には少々堪える内容なのは変わりない。
 彼女の筋肉の張りもようやくほぐされてきた。
 最初はとてもとても苦しかったが、今ではここでの生活にすっかり馴染んで思う存分謳歌していた。
 休息の懈怠が爪の先まで行き渡り、何もかもゆったりした時間が流れていく。
 ノックとドアの音がした。

『────失礼します。立花様……』

 曇りガラス越しに影が一礼する。機敏で美しい動作だった。
 影の正体は、暗殺教団のうちの一、〝静謐のハサン〟。
 着替えを届けにやってきた。

「ワァ~~ありがと~~」

 彼女は顎を反らせて、はにゃーんと答えた。

『ダ・ヴィンチ様が夕食後の20時間に体育館に来て欲しいそうです』

「そう……解ったよ」

 笑顔の片頬を浮かばせた。
 だが……、

『────それと清姫めは私が処理しますのでどうぞご安心下さい、立花様。どうぞごゆるりと……では』

 次の一言で立花は仮面の顔になってしまった。
 ────何という不安。
 問題は言うまでもない、あの&ruby(バーサーカー){清姫}が毎日やってくることだった。
 安珍様。安珍様と、相手が女だろうと飽きずに毎夜毎夜平気で立花に媚態を示した。勿論立花にはそのケは一切ない。

 ────掌の中で&ruby(ダーク){短刀}が光った。

『女中は私一人で十分。消えろ、この色狂いめ!』

 ────チラチラと小さい焔を蛇の舌のように吐き出す。

『キィ~~~~ッ!この毒女がぁ!』

 毎日の喧嘩はいつものことだった。
 カルデア館内での魔力供給に制限のある状態でも飛んだり跳ねたり、時々物を壊したり……。流石である。
 あぁ、頼むからお願い。昨日交換したばかりだから……。 私のベッドを焦がさないで……。溶解〈とか〉さないで……!

「あ"ぁ"~~~!もう!!」

 濡れて額に張りついた髪を掻きあげると、立花はバスタブから上がった。
 実にくだらない。冗談みたいなつかの間の休日。
 その仲裁に明け暮れる夕暮れ時であった……。

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最終更新:2017年06月14日 00:52