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死闘!リングの赤き虎

「ここに虎の穴設立を宣言する!!」


 大文字である。集中線もある。
 ここまで読みに来た諸兄なら、どういう光景なのか想像もつくと思う。
 ともかくもライダーのサーヴァント――甲斐の虎・武田信玄は、その日カルデアの食堂にて、声を大にして叫んでいた。

「いきなりだね」
「いきなりですね。それで信玄さん、その虎の穴というのは一体?」

 現代価値観に当てはめると、奇人変人がやたらと多い。それがここまで目にしてきた、英霊という人種の特徴である。
 中には常識人もいるが、ちょっと多数派とは言い難いのでそこはそれ。
 ともあれ、こういう光景にも慣れつつあった、立香とマシュの両名は、信玄に対して意図を尋ねた。

「わしはな、常々思っておるのだ。今後人理を巡る戦火(いくさび)は、激化の一途を辿るだろうと」

 してほしくないのが本音である。
 冠位時間神殿という、特大のインフレを見たきたからこそ、藤丸立香は切に思う。
 それでも生憎信玄には、あれを体感する術がない。なればこそ全く臆面もなく、こういうことを言えるのかもしれない。
 まぁ実際のところ、苦境への対策は、練っていくに越したことはないのだが。

「そこで、虎の穴なのだ! 具体的に説明すると、戦力増強のための訓練所だな!
 霊基を鍛え、技を磨き! 戦略計略に至るまで『しぇあ』する! 異なる時代、遍く戦場、それらの知恵と力の全てを、結集してこそのカルデアよ!」

 なるほど、確かに理にかなっている。
 言われてみれば、サーヴァント達が、それぞれの時代の技法や知恵を、比較し合い学び合っている光景も確かにあった。
 そのための場を改めて作り、より効率的な研鑽を、実現しようということか。
 暑苦しいのは気になるが、それを置いておくなら、正論ではあった。

「確かに、鍛錬は大事です。私も多くの経験と、教授を受けて強くなりました。
 サーヴァントの皆さんも、同じように強くなれるのなら、それは素晴らしいことだと思います」
「然り、然りよ。そなたが言うのなら尚のことよな。そこでこの計画の実現のため、気骨ある武士(もののふ)を見繕ってみた。
 ……出でよ! 栄えある一期生に選ばれし、獅子をも屠る虎の戦士達!」

 大手を振って、胸も揺らして。
 大仰に仲間を呼ぶ信玄だったが、生憎とこの場は食堂である。
 故に紹介された者達も、派手な演出とは縁もなく、普通に出入り口から入ってくる。
 というか前フリをされるまで、廊下で待機していたのだろうか。食堂に立つブーディカの苦笑が、微妙に生温かかった。

「ハーイ! 皆さんお立ち会い! 呼ばれて飛び出て何とやら、ケツァルコアトルここに参上ネ!」
「いや、一期生って何よ……虎って何よ……急に水着で来いって言うから、何事かと思ったら、本当に何よこれ」

 その一。天空闘技ルチャ・リブレを、こよなく愛するケツァルコアトル。
 その二。天使をも屠るヤコブの拳を、戒めより放ったルーラーのマルタ。
 そこへ虎の穴である。嫌そうな顔をしたマルタが担ぐ、でかでかとした虎印の旗である。
 ここへ来て藤丸立香は企画の意図を、というか何から思いついたのかを、若干の白けと共に何となく察した。
 ちなみに馬鹿でかい旗印は、案の定エミヤ謹製だったとか。いやもう、毎度ご苦労様です。

「あの、先輩。この妙な偏りを覚える人選は……」
「うん、まぁ、多分、誰かが変な本でも読ませたんだと思う……」
「外国のルチャの歴史には、『蛇の穴(スネークピット)』というジムもあったと聞きマース!
 蛇の技はジャガーの技。私のルチャとは違うけど、みんなで汗を流し合い、鍛え合えるなら大歓迎ネ!」
「まぁ実際、それはいいの。その意図は確かに理解できるのよ。
 でもこの格好で出てくる意味は!? 拳的にも見た目的にも、色々恥ずかしいのよこれ!」

 虎の穴。その語源を遡ってみれば、マルタの疑問も解消される。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず――というが、直接の語源はそちらではない。断じてマニアグッズの販売所でもない。
 さる伝説的な格闘漫画に、優秀なファイターを育成するための、地獄の訓練場が存在する。
 虎の強さ、禿鷲の翼、蛇の狡さと執念。それらを併せ持つ無敵の戦士を、屍の上にこそ築き上げる、残虐非道のレスリングジム――それこそが虎の穴の語源なのだ。
 正直、立香自身も情報としてしか知らない。懐かしアニメを扱う特番で、衝撃の結末とやらを見た記憶しかない。
 本当に一体そんな古典を、誰が信玄に読ませたのだろう? そちらの疑問は浮かんだのだが、当面の答えなら、とりあえずは得た。
 というかやっぱり、ビーチ以外で、水着を着るのはハズいことなのか。痴女みたいという認識はあるのか。今度その辺からかってみよう。

「かか、やはり虎の目に狂いなどなし。どいつもこいつも血気盛んに、今よ今よと奮えておるわ」

 確かに選出眼は確かだろうが、でも耳の方は節穴ではないのか。
 金の目を光らせ笑う信玄を、不安げな顔で立香は見つめる。
 この企画、出処も大概ではあるのだが、チームの空気がこんな感じでは、尚更前途多難ではないのか。
 尊い理想が実ることなく、空中で乱れ飛びぐちゃみそに砕ける。そんな嫌な未来を幻視し、ため息をついたその時だ。

「おお、ここだったか皆の衆! いやいや、探しに探したぞ!」

 ややこしい声がもう一つ。というか雄叫びと呼べるものが一つ。
 そちらを振り返ってみれば、あるのは例のライオンヘッド。
 見るまでもない、思案も要らない。この声とテンションの持ち主は、かの偉大なる大統王・エジソンをおいて他にはいるまい。
 正直言ってこの凱旋が、歓迎できるものかどうかは、だいぶ怪しいものではあるけど。

「エジソンさん! 貴方も信玄さんに呼ばれてここに?」
「そのミセス・信玄の誘いを受けた、ミス・コアトルから話を聞いてな。彼女の思想に痛く沁み入り、力になれればと駆けつけたのだ」
「オー! やる気十分、バッチリネ! お姉さんそういうの大好きよ!」
「うむ! 技術の結集、分配、洗練! まこと意義ある偉大な一歩だ!
 突出し一代で消え行く、儚い天才の独善ではなく! 普遍化・伝承を尊び、道筋を作るその御業こそ、真なる大天才というもの!」

 なるほど、話を聞いてみると、彼が食いついたのは妥当かもしれない。
 技術の量産・普遍化を重視し、偉大な発明の恩恵を、誰でも受けられるようにと走った。
 そうしたトーマス・エジソンの思想は、まさしく今回の企画意図にも、ものの見事に合致するものだ。
 無論、暴走の危険性はある。手綱を握ってやる必要はあるだろう。
 それでも曲がりなりにもブレインだ。であれば、迷走し始めたこの計画に、あるいは新たな光明を示せるかもしれない。エジソンだけに。発明王だけに。
 そう思っていた、その矢先だ。

「故にだ、ミセス・信玄よ! 此度の虎の穴計画、是が非でも――」

「新日本のカチコミじゃあァァァァァ!!!」


 突如として、信玄は吼えた。
 戦国最強・甲斐の虎が、文字通り獣の咆哮を上げた。
 当然ながらこの奇行には、その場の全員が驚かされた。恐らくはエジソンの背後にいた、二人の人影ですらもだ。

「ホワット!? いきなり何だね君!?」
「知っておるぞ獅子頭! その風貌は新日軍の証! 虎の穴を掲げる我らの、唯一無二の天敵の御旗と!」
「し、新日!? どういうことですか!? 先輩は何かご存知で!?」
「と言われても! 言われてもだよ!」

 問われても知ったことではない。朧気に察することはできるが、どうしてそうなるのかが分からない。
 恐らく信玄が言っているのは、競艇のCMやらで見かけた、日本のあのプロレス団体の名前だ。
 確かに何となく思い出すと、彼らはライオンのエンブレムを、団体マークにしていた気がする。
 エジソンの国籍を考えてやるなら、そこはむしろWWEではないのか。そんなツッコミも浮かんではきたが、詳しくは知らないので引っ込めることにした。

「故にこそだ、新日本! 貴様らが我らの芽を摘むため、刺客として送り込まれたことは承知しておる!
 ならば芝居も問答も無用! 今こそここで雌雄を決し、虎の穴設立の狼煙としようぞ!」
「ホワイ! ナンデ! 私違う! アメリカ人新日本違うヨ!」
「はは。諦めるがいい、絡繰の王。この手合いにはご自慢の理屈も、ご高説も通じぬというもの」

 動揺するエジソンの背後から、がちゃりがちゃりと具足が響いた。
 巨体の影から姿を現し、同時に光を放った男は、黄金纏いし古代の王者。

「であればここは、この我自ら、理を示してやる他あるまい。真に金の雨が降るのは、誰のリングであるのかをな!」

 最古の英雄、ギルガメッシュ王。それも超ノリノリモードである。
 これはこれで興が乗るという、いつもの謎の判断基準に、スイッチが入ってしまったらしい。
 鎧を脱ぎ捨て、ファイトスタイルを合わせ、シュッシュとステップを踏む様は、間違いなく変な影響を受けたアレだ。
 第三再臨のその姿も、慢心を捨てたためではないと、それは確実に理解できた。というか金の雨って何だ。お前は何を知っているのだ。

「ちょっ……何を煽ってるのですか英雄王! こういう時こそ年長者が、争いを納めてくれないと……!」
「まぁ言ってやるな、凄女の姉さん。これも肩肘張った王様にとっちゃ、貴重な息抜きなんだろうさ」

 あれでも王様なんだからよ、と。
 マルタの制止に被せてきたのは、ドスのきいた男の声だ。
 彼女をそちらの表記で呼ぶのは、このカルデアには一人しかいない。
 何でもあり(バーリ・トゥード)ならコイツが怖い。喧嘩上等ステゴロ殺法・鉄拳必滅のベオウルフである。
 当然こうした状況において、彼が黙っているはずもない。手元の鎖をジャラジャラと言わせて、獰猛な笑みを浮かべている。

「なっ、アンタねぇ! 状況分かって言ってるの!? これ喧嘩よ!? 十割言いがかりよ!?」
「いいじゃねえか、上等だ。理由や発端がどうだろうと、気持ちよくヤれるんなら構やしねぇ。それに相手が凄女サマとくりゃ、俄然その気にもなるってもんだ!」
「ワーオ! 素敵、大好きよ! 元気百倍百パーセント、全霊尽くして頑張っちゃう!」
「先輩、これはもう収拾がつかないのでは……」
「うん……多分、逃げるにも遅いね……」

 もはや言葉は通じない。
 ギルガメッシュの物言いは、なるほど的を射ていたのだろう。
 まともな人間はマルタ一人だ。それもカッとなりやすい、鉄拳制裁モードときている。
 もう一人もいるにはいるのだが、この手の荒事の解決は、エジソンには畑違いというものだろう。
 事実無駄にバンプアップした体を、ぶるぶる震わせてオロオロとしている。なんか夏にも見たな、こんなの。

「……ああもう、しゃらくさい! やってやるわよ! そのふざけた呼び方した口の前歯、まとめてヘシ折ってやるんだから!」
「貴様ら全員土俵(リング)に上がれ! まとめて手討ちにしてくれるわ!」
「ふはははは! 良いだろう! ゴングを持てぃ藤丸立香! 真の王気持つ者の力、シックスメン・タッグにて魅せてくれるわ!」
「できれば痛くしないでね諸君! スポーツだから、運動だから!」

 かくして鐘は鳴ってしまった。
 ぎゃあぎゃあとまくし立てる六人の勇士が、シミュレーションルームへと駆け出してしまった。
 余談だが、後に調べたところ、例の格闘漫画において、新日本プロレスは信玄の掲げる、虎の穴の敵対勢力として描かれたのだという。
 この構図に従うのなら、カルデアにおける虎の穴もまた、悪の組織になってしまうのではないか?とも思ったのだが、それはもう後の祭りの話。



Battle 1/1

選択可能NPC
・ケツァルコアトル(ライダー) レベル70
・マルタ(ルーラー) レベル70

エネミー
・レインメーカー(アーチャー) HP100000/100000
・暴走キングコング(バーサーカー) HP107000/107000
・キング・オブ・スポーツ(キャスター) HP90000/90000



 自称・虎の穴、対、暫定・新日本プロレス。
 神代・近代まとめて括った、英霊たちのデスマッチ。
 異色極まるシックスメンタッグは、文字通り凄惨を極める試合となった。
 何しろ、ほとんどがプロレスを知らない。恐らくルールを理解している者は、全体の3分の1である。
 ルール無用の悪党たちの、拳と汗とが乱れ飛ぶ試合が、まともに終わるはずもなかったのだ。
 ケツァルコアトルが飛びかかるのなら、ギルガメッシュがドロップキックで返した。
 ベオウルフがストレートパンチを見舞えば、マルタが腹筋にラッシュを放った。
 信玄に至っては馬を持ち出し、真っ先にエジソンを失神に至らしめた。
 ついでに三名のビッグバストが、揺れたり押しつけられたりしたわけだが、そもそも対戦した男というのが、自分大好きマンと色気より血の気マンである。
 たかだかラッキースケベごときで、足を止めるようなタマではない。
 というか戦闘画面においては、剣とか鎖とか翼竜だとか、色々飛び交っていたような気がする。正直、もう全部見なかったことにしたい。

「ふ、ふふ」
「ははは」

 幾多の汗と血が流された。白いマットが赤く染まった。
 四角いジャングルに死屍累々。最後まで立っていた者は、赤鉄の虎と黄金の王。
 もはや双方満身創痍。立って笑ってこそいるが、戦闘続行は不可能だ。
 それでも、気合でできそうな二人ではあったが、同時に悟ってもいたのだ。
 これ以上は無意味だと。断じて虚しさが理由ではない。言葉より鋭い万の拳で、語らい殴り合ったからこそ、これ以上はもう不要なのだと。

「見事だ、赤き東の武者よ。斯様な試合とはいえ、この我を、よくぞここまで興じさせた」
「貴様こそだ、英雄王。世界は広い。歴史も深い。最古の王たる貴様を通して、この信玄、学ぶべき道を見定められた」

 赤い備えと、金の鎧。
 獣の瞳と、炎の眼。
 赤と金とが交錯し、互いに互いを称え合い、受け止めながらニヤリと笑った。
 であれば、取るべき手は一つ。次になすべきことは一つだ。

「認めよう。貴様なれば叶うと。貴様の大業、虎の穴計画、必ずや成し遂げてみせよ」
「今更言われるまでもない。それに他ならぬ貴様の力も、存分に使わせてもらおうぞ」

 しかと、手と手を握り合った。
 白いマットのジャングルで、俺とお前が最強の虎。
 光と影が並び立つなら、それはまさしく無敵の群れだ。
 固い握手が交わされた瞬間、いつの間にやら集まっていた、ギャラリーの大歓声が上がった。
 仔細など知らぬ。理由など分からぬ。それでも魂揺さぶるバトルが、目の前に展開されているのだ。
 なればこそ、等しく魅了される。実況も解説もおらずとも、確かに共有できたものが、このカルデア・スタジアムにはある。
 拍手が響いた。指笛が鳴った。比喩ならざる万雷を喝采が成した。
 生まれも境遇も違えど、同じ目的の下に集った、藤丸立香のサーヴァント達が、今は同じ光景に歓喜し、感動と興奮を分かち合ったのだ。
 これぞ、スポーツの醍醐味である。これぞ、プロレスの真髄である。
 並び立つ二人のファイターは、その身と力と魂をもって、それを証明してみせたのだった。

「……何だったんでしょうか、これは」
「もういいよ、何でも」

 当の藤丸立香自身を、完全に置き去りにした上で、だったが。






 事の顛末を正直に話すと、虎の穴計画は失敗に終わった。
 この乱痴気騒ぎで機材を壊され、珍しく激怒したダ・ヴィンチが、団体の即時解体を命じたのだ。
 食事も娯楽も何もかも、このカルデアの全権を、一時的に担っている者の厳命である。
 さすがに信玄もこれには従い、実に残念な顔をしながら、すごすごと引き下がったのだった。

 それでも、残したものはある。
 無論、信玄の望んだものは、叶うことはなかったのだけれど。というかこれはどちらかというと、ケツァルコアトルの望みだけれど。

「ノスオトロス! ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン! 無様なケルトジャパンの皆様、この顔触れをよーく! 覚えておくことね!」
「おい、誰だ。今監督更迭と言った者は誰だ。私はやれる。まだまだイケるぞ。ケルトジャパンはまだこれからだ。よいな、更迭などないぞ」

 あれからほんの少しの間、カルデアのサーヴァント達の間に、プロレスブームが巻き起こったのだ。
 群雄割拠、戦国乱世。どこで知識を得たのやら。
 触発された英霊達が、次々とユニットを結成し、彼らが一様に飽きるまで、熾烈な抗争劇が繰り広げたのだが、この件はまた、別の話。



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最終更新:2017年06月26日 23:16