脈打つ癇

目を開く。
眼孔に飛び込んできたのは、樹木が生い茂る大地。
大地は斜めに形成されており、背後を向けば一面の森。
―――山、だろうか。
地面はしっとりと濡れていて、アメリカなどの荒野ではないことは即座に理解できた。
その程々に水分を含んだ地形からおおよその天気事情を知る術は、サバイバルに特化したサーヴァントたちから学んだことだ。
聴覚を研ぎ澄ます。少なくとも近くに獣の類いはいない……と信じたい。
周囲を見渡すと、共にレイシフトに挑んだはずの金時と酒呑童子の姿も見当たらない。
…レイシフトに失敗したのだろうか。
カルデアの通信も途絶している。
返ってくるのは砂嵐のような音声だけ。

「とりあえず、登ってみよう」

此処が山ならば、頂点があるはずだ。
多くを見渡せる場所に立てばすぐに出会えるかもしれない。
見た限り、頂点もそう遠くではない。
アーラシュやハサン達と挑んだ山登りに比べれば遥かに容易いはずだ。
その目論見通り、山登りに徹して10分ほど。
山の頂点に、辿り着いた。
其処から見下ろした世界は、異質の塊だった。
右手、東の方角には和の趣を全面に押し出した街が聳え立っている。
京の都、と呼べばいいのだろうか。
貞淑に、それでいて主張は抑えず。
絶妙なバランスで積み上げられたソレは正に、『和』だった。
左手、西の方角には中華街のような、現代の様相を取り入れた街が光輝いている。
目を凝らしてみると、多くの出店や露店が開かれているのがわかる。
交易が盛んな様子も見てとれる。
その全面に押し出した『中華』の様相は、見る者の目を引き寄せる。
そして、遥か前方、南。
その先には―――建物というものがほぼ存在しない町。
他二つに比べれば遥かにみすぼらしい。人が住んでいるのかも危うい。
焼け落ちた家屋。煤で汚れた大地。ぽつぽつと存在する、木材で立てられた物置のような住宅。
穴も空いている。天井がない場所もある。
……家と呼んでいいのかすらもわからない。
『荒廃』。その一言が似合う大地だった。
それらが、山から見下ろした景色だ。
ホールケーキを四分割して一つを食べたらこんな形になるだろうな、というほど均等に分けられた和・中・荒廃の街。
それらが共通する点は、ただ一つ。
『和』も『中』も『荒廃』も―――その奥地に、装飾の違いはあれど巨大な建造物が立てられている。
住宅や店から離れたそれは―――『離宮』と呼ぶに相応しい。

「……おかしい」

マシュやダ・ヴィンチちゃんから聞いた情報によると、此処は1150年の日本のはず。
それが、こんなにも混沌とした―――様々な文化と荒廃した空間がくっきりと分けられた場所ではないはずだ。
日本史に詳しいという訳でもないが、こんなモノが作られていたならば確実に歴史に残っているはずだ。
……特異点、と化しているのだろうか。
本来、あるはずのないものが存在している。
何らかの介入によって変わってしまったのかもしれない。
調査のためにも、まずは二人と合流しなければ―――そう、思った瞬間。

「はいお嬢さん手ェ上げて。
そうしてくれたらお兄さん射たないから」

背後から、声が聞こえた。
背筋が凍るような殺気。空間全体を押し潰すような威圧感。
―――間違いない、サーヴァントだ。
しかし、周りは森。木々に満ちている空間だ。
どう足を運んだとしても音が鳴ることは避けられない。
…ロビンフッドのような、森での行動に特化したサーヴァントなのだろうか。
此処は大人しく両手を上げる。
敵意はないと示す。

「はーいじゃあゆっくりこっち向いてー?
遠くから射ち抜くのもできたんだけどさ、それじゃつまんないでしょ?
後ろ姿しか見えなかったしさ、ほら、出会いは大切にしましょって言う―――」

振り返った先にいたのは。
白髪の青年。
構えた木製の弓の上部に装備された白い毛束。
ところどころに獣の毛を使った保温性に富んだ着物に、腰には矢筒を備えている。
アーチャーのクラスのサーヴァント……だろうか。
柔和な笑みからは、殺意など読み取れない。
それどころか人懐っこいと呼んでもよさそうな優しそうな印象すら受ける。

(……この人なら、わかってくれるかもしれない)

どっちみち、サーヴァントの協力無しではこの先は危険だ。
ここで一つ協力関係を結ぶことができれば良いのだが―――。

「あの、わたし、藤ま」

その先の言葉は、紡げなかった。
何故ならば。
青年の顔から笑みが消え、一瞬で空間が凍りつくような殺意を産んだからだ。

「―――貴様、日の本産まれか」

日の本産まれ。
日本人か、と問うているのだろうか。
だとすれば頷く他ない。
嘘をついても仕方がない。ここは正直に―――



―――肯定より先に、鏃が飛んだ。
反応なんて、出来るはずもない。
空気を裂き、人体を撃ち抜いても尚突き進むであろうその矢は、互いにはほぼ10メートルの距離もないというのに渾身の一撃で放たれた。
あ、わたし、死んだ。
そう理解する暇もない。
何一つ自覚することもなく、何一つ理解することもなく、矢は急激なスピードで私に迫り。
―――急激なスピードで、止められた。

「……へ?」

思わず、呆けた声が漏れる。
矢は眼前で止まっている。
いや、『受け止められている』。
豪腕が強力な握力で矢を握り止めている。

「いやはや、乱暴だねえ。それも嫌いじゃないが―――なあ、西の離宮のアーチャーさんよ。
客人にいきなり矢ァ射つのはちょいと礼儀知らずってモンじゃないか?」
「…やかましいよ、東の離宮。
お兄さん、ちょっと虫の居所が悪くてね」

突如現れ命を救った、法衣に黒髪の女性。
長い鉢巻が風に揺れるその姿が、印象的だった。
―――この人も、サーヴァントだ。
直感だった。
西の離宮のアーチャー。そう呼ばれた白髪の青年と、目線が衝突している。
とてもじゃないが、割り込める雰囲気ではない。

「…まあいいか。南が出張ってきたならお兄さんとしても事を荒立てるつもりはないしね。
此処等で、おいとまさせてもらうよ」

何やら二人の間で、目線で会話が進んでいたのか。
そう言い残すと、白髪のアーチャーはゆらりと姿を消した。
現れるときも、消えるときも音は立てない。
防音のスキルでも持っているのだろうか―――そう思っていた。

「……さて。面倒な西の離宮のも帰って貰ったし。
嬢ちゃんにも話聞こうかねぇ。何してんの、こんなところで。
この山は魔物が出るんで立ち入り禁止だろうに」

そう語る法衣の女性に、事のあらましを説明しようとしたが―――指先で、止められた。

「どうやら長い話みたいだ。此処で面倒な奴等と出会っても嫌だ、ウチに来な」
「……"ウチ"?」

オウムのように、同じ言葉を繰り返す。
ウチ。うち。家。

「こんな所で話しても疲れるだけだろうさ。
案内してやるよ」

がばっ!と。まるで荷物を運ぶかのように肩に抱き抱えられる。
一昔前のラジカセを背負うDJのように。

「我らが城―――東の"妖婦離宮"にね」

まだわたし、行くとも言ってないんですけど。
話を聞かない人だなぁ……そう思いつつも、ずんずんと運ばれていく自分であった。

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最終更新:2017年07月01日 23:42