人の道 正しき道

 ――私にはその景色が最近、見えてきた。

 ――しかし、きっと彼にはずっとその光景を見てきたのだろう。

 ――凍るように冷たくなっていく女性の身体。

 ――彼はその光景を見ていつも何を思ったのだろうか?

 ――少なくとも、私は………………



「月も星もよく見える……今宵はいい日だね、マスター」

⇒「そうですね」
「シミュレータですから」

「この景色も作られたものだとしたら、すごいね、人類」

 アサシン・碓井貞光を召喚してしばらくの日が経った。
 今、彼は藤丸と共に戦闘シミュレータの中に入っている。



 ◇  ◇  ◇



 召喚された当初彼はそのことに驚きを隠せなかったが、すぐに慣れた。
 そして、すぐにマシュに声を掛けた。召喚台詞を吐いたものの2秒後くらいの速さで。


 坂田金時いると知り、彼は金時にもすぐに会いに行った。
 主君、源頼光よりも先に。

「見た目はずいぶんと変わったけども……中身は昔から変わっていないみたいだね、うん、安心した。
 今度久々に相撲を一本取ってみるとするよ、金太郎君がどれだけ強くなったか……いやー楽しみ楽しみっと」

 そして、その後に頼光に会いに行った。
 頼光はいつも金時に見せるような母親面は全くしなかった。
 それこそ、正しい主君と部下の関係性のやりとりそのもの。
 その後、二人で頼光の手料理を食べた。

「まあ、頼光様がああいう性格のなのは昔っから知ってたしね……
 ここには頼光様の暴走を止めてくれそうな人が多いみたいだし……うん、僕としても助かるよ」

 キッチンで多くのサーヴァントに料理を習う頼光を見て彼は微笑んだ。
 それは安堵した表情にも藤丸には見えた。
 生前の頼光を知っているからこそ、カルデアでの彼女の姿を見て嬉しかったんだろう。


「おやぁ、どこかで見たツラとおもたら、どこぞの牛の腰巾着の影がうっすいさんやないか」
「……酒呑童子か、何故君が此処に?」
「そらぁ、そこの旦那はんが召喚したからに決まっとるやろ?」
「へぇ、君にしては随分と正直に答えるんだね、少々驚いたよ」
「……相変わらず、ただの『人間』にしては食えない小僧やわぁ」
「今の僕はサーヴァントだから『人間』とは違うらしいけどね。
 まっ、僕としてはマスターに迷惑を掛けたり、金太郎君を困らせたり、
 頼光様と揉め事を起こしたり、カルデアの人達をたぶらかせない限りは君に言うことはないよ」

 廊下ですれ違った酒呑童子と軽口をたたいた。
 両者が戦いになる雰囲気もなかった。

「そりゃあ、マスターの安全優先だからね、あの相手は酒呑童子だよ。
 僕だって手を抜ける相手じゃないから、この大鎌だって抜くし、どんな手段を使うかわからない。
 それにこの狭い廊下でやり合ったらまず危険が及ぶのが君だよ」

 尤もな意見。
 あまりにも普通。
 しかし、仕える武士として当たり前のような口ぶり。

 『いい人すぎる』というのが藤丸が抱いた印象であった。


 そして、しばらく経ち、絆もそれなりに深まった。
 そこでマイルームで話を斬りこんでみることにした。


「貞光さん、ゴールデンの母親を殺したって話は……」
「ゴールデン……? 金太郎君のことかい……ああ、本当だよ」

 藤丸が意を決して斬りこんだ。
 が、あまりにもあっさりと答えられたので驚きを隠せない。

「……マスターが知っての通り彼の母上は人食いの山姥だった。
 多くの人を食べ、多くの人の幸せを奪った。
 放っておけば、さらに悲しむ人が増えただろうね」
「…………」
「だから、斬ったよ、聞こえてきた山の声に従って、ね……」
「…………」
「けどね、彼女はこう言った『貴方はとても正しい人、だから、あの子を立派な武士にしてくれ』と……
 死にゆく身体を無理に動かして、そう伝えた彼女は紛れもなく『一人の母親』だったよ」
「…………」
「鬼や怪異は幾度も斬ったが、『ヒト』を斬ったのはその時が……多分、初めてだったよ。
 僕は彼に恨まれたって仕方ない。何しろ彼に唯一残った肉親だよ。
 それを奪った僕は……いや僕自身でさえ忌むべき鬼たちと何ら変わらないと思えてきたよ」

「貞光さんは、ずっと後悔してるの?」
⇒「その時の貞光さんはきっと『正しい選択』を、したんだと思います」

「結果的にはそうかもしれないね……だが、人間誰しもが過ちを起こす。
 それが『間違いだった』なんて後から客観的な視点になってからじゃないとわからないものだよ。
 それこそ君が守ろうとした人類史だって『誰かの正しい選択』も『誰かの間違えた選択』もひっくるめてるんじゃないかな?」

「…………」

 沈黙。
 静寂。
 時計の秒針が時を刻む音まではっきり聞こえる。


「……少し偉そうなことを言ってしまったかな、気分を悪くしたなら謝ろう、マスター」
「…………いえ、私から切り出した話なんで気にしてないです」
「そうか……よし、なら相撲でも取ろうか!」
「いや、なんでさ!」
「こう、しんみりした気分を晴らすには運動して、お風呂に入って、ご飯を食べて、あったかい布団で寝る……それが一番だよ」
「それは確かに! でも、相撲はしません、女の子ですから!」
「そ、そんな……」

 と、そういうしみったれな気分を吹き飛ばすために戦闘シミュレータ内に入った。

 彼らが戦闘シミュレータ内に入った理由、要は気分転換である。



 ◇  ◇  ◇



 ▽ここで戦闘!!!
 ▽藤丸は大量のQPと再臨素材を沢山手に入れた!!



 ◇  ◇  ◇


『戦闘終了です、お二人ともお疲れ様です』
「さあ、帰ろう、カルデア温泉がそこに待っている……はず!」
「あのう……貞光さん」
「ん? どうしたんだい、マスター?」
「多分混浴じゃないと思いますが、大丈夫ですか?」

 ちょっとだけ時間が止まった気がした。

「いや、僕はそれでも一向に構わないが?
 それとも何か混浴ではないといけない問題でもあったのかな?」
「いえいえ、無いです、何も!」
「そうか……ならいい、で、温泉の後はおいしいご飯!」
「応ッ!」
「うん、いい返事だ!」


 どこまでも、普通の人間らしい生き方。
 戦いだけじゃなくて、それ以外の一人の武士としての生き方を教えること。
 それが『彼女』が『彼女の子』に望んだことだったかもしれない。

 だからこそ、そのお手本として、誰よりも正しくあり続けるのは……


「………やっぱり、難しいね」
「貞光さん、何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ、仮に何か聞こえたとしてもただの独り言さ」
「じゃあ、何か言ってたんですね」
「さあね」


 ただ、僕はあの日、熊と相撲を取る彼を見た時。
 『僕よりも……いや、誰よりも……もしかしたら頼光様よりも強い武士になる』と感じた。

 その僕の直感だけは間違っていなかった。

 今だって、いや、いつだってそう信じ続けている。



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最終更新:2017年10月21日 01:07