終末の七騎(1)

 立香が生まれ育った、本来彼が住んでいる東京の町は兎も角として、特異点としての東京には全く良い思い出がない。
特異点・新宿に到着したと思えば投げ出された先は、全身が挽肉になりそうな程の高度百m以上の高所。
あの時はモリアーティの助けがあって、何とか五体バラバラにならずに済んだが、その後の展開も、もっと酷い。
特異点を旅する以上不可避の事だから仕方がないとは言え、苦難と苦労の連続であった。新宿は、見てくれだけは立香の知る東京と近しいだけで、その実態は全く異なる、正に隔絶された魔境そのものであった。

 してみると、今回の特異点の最初のアプローチは、実に穏やかな物だった。
何の変哲もない、草むらの上。そこに立香は、寝転がる形で、当該特異点へと到着していた。
いい天気だ。肌寒くなく、暑くもなく。カルデアの制服だと少し暑いかな? と思う程度の気温から言って、五月の半ば位なのだろうか?
実に、平和な始まり方だった。此処が本当に特異点の最中だと忘れる位に、平々凡々としたスタート。

 ――だが、立香の表情は穏やかな物じゃなかった。寧ろ、険しいとさえ言える。
1999年代の東京にレイシフトしてから、まだ一分と経過していない状態だと言うのに、此処が早くも、敵の腹中。
異なる時代を辿ろうとする、破滅の点の描かれた紙上である事を如実に証明する、雄弁な証拠を発見してしまったからだ。

 >>……えぇ、何だあれ……

 立香がそう零すのも、無理はない。
――浮上しているのだ。周囲のビルや建造物の高さから言って、高度七~八百m程の高さであろうか?
その高さを、『宮殿』が浮いているのだ。或いは、城と言うべきなのかも知れない。
兎に角、そうとしか言いようのない巨大な建造物が、謎の浮力を以って浮遊しているではないか。

 その宮殿の様式は、遠目から見た限りでは西洋風の城(キャッスル)や宮殿(パレス)との類似点は全然見られない。
かと言って、立香の故国である日本の天守閣のような、彼にとって馴染みの深い様式も、全くしていない。
直感的なイメージを語るのならば、何処となく、オリエンタルな風を思わせる様式だ。中国のようなデザインではなく、中東にそのデザイン性は近い……かも知れない。

 すわ、あれが特異点の元凶か。立香がそう思うのも無理はない。あれは余りにも、異物感が過ぎる。と言うより異物そのものだ。
では、仮にあれが元凶だとして、どうやってあそこまで行くのだ? 見た所、立香が今現在いる所から、浮かぶ宮殿の真下まで、十㎞近い距離は余裕で離れているであろう。
それだけ離れていても、解る。あの空中宮殿は、都市の一画レベルの大きさを余裕で誇る上に、何よりもあの高度だ。空を飛べねば話にならない。
さて、この特異点に自分が招いたサーヴァントで、あそこまで辿り着ける手段を持った者はいたかと、立香は考える。考えながら、自分が今いる場所の考察を忘れない。

 自分が何処にいるのか、それは直に解った。看板があったからだ。
如何やらここは、東京都は江東区の埋め立て地、夢の島の公園であったようである。
現在位置が解っただけでも、結果は上々。直に移動を始めようとして――立香は気付いた。
此処は確かに東京の筈。都市の形をした魔境とも言うべき特異点であった、あの新宿にも、人間が沢山往来していたではないか。

 ――『何故、この夢の島には、人っ子一人いないのか』?

「これが、人理の焼却を解決したと言う、カルデアのマスターなのか? 年若いとは聞いていたが、これでは若いではなく、幼い、ではないか」

 言葉の意味の理解が、一瞬遅れた。
だが、理解してしまった瞬間、今自分は危機の最中にいると言う実感が湧いて来た。自分の事をカルデアのマスターだと見抜いている存在。
サーヴァント以外、誰がいよう。そして、自分の事をそんな風に言う存在は決まって、はぐれのサーヴァントか或いは……適性存在だと、決まっているのだ!!

 急いで声のした背後の方向に振りかえる立香。果たせるかな、其処には、四体の人物達がいた。その内男は一人で、残りは全員女。男女比がやけに激しかった。
四人の中で唯一の男、差し詰め黒一点とも言うべき人物は、煮溶かした純金を糸状に伸ばしたと言っても信じられる程、見事に輝く長く伸ばした金髪を持った、
絶世の美男子であった。とてもではないが、立香とは比べるべくもない程、顔つきが整っている。
だが、その身に纏う橙色の、焔を思わせるような軽鎧の、何と威圧的で、厳めしい事か。一目で見て解る。このサーヴァントは、この四人の中では直接的な戦闘要員。それも、恐るべき技量を持った、手練の存在であると。

「……いや、違う。『父』に愛されているが如き天運と、『父』の如き愛と懐を持った、善き霊の男であったか。成程、賢王の産んだ狂気の獣を倒した事はあるか」

「にん、……げん……? 神、じゃないの……?」

 次に反応したのは、鎧を装着した男性とは、身長が頭一つどころか二つ分以上も離れた、幼い少女であった。
引きちぎられた鎖のついた、足枷と手枷を身に着けており、身に纏っている衣服は、奴隷のそれと言われても納得が出来る程、粗末なカーキ色の布いきれであった。
そして何よりも、言葉遣いが、とてもたどたどしい。アステリオスの言葉を、立香は連想する。

「――香る、臭う……!! 神の臭いが染みついてるぞ、貴様!! 貴様についていけば、神を喰らい殺せるのだな!!」

 そして、奴隷のような装いの少女は、ある物を後ろから押していた。それは正しく、この場にいる四人のサーヴァントの内の一人だった。
キャスターのような物が付いた台の上に強制的に背を預けられた状態でかつ、両手を後ろ手に拘束され、両脚も太腿から下を拘束されている。これでは動けまい。
そして、そのサーヴァントを拘束しているものは、見るからに細くて頼りのない、立香ですら引きちぎれそうな細い紐であった。
これに拘束されているのは、頭頂部から獣毛の生えた耳を生やし、両目にアイマスクを被せられた長身の女性だった。胸と局部に布を巻き付けた状態と言う露出度の高い装いで、思わず目が吸い込まれそうになる程、胸が大きかった。

 >>さ、サーヴァント……!!

「そんなに驚かれなくても大丈夫ですよ~? ほら、怖くなーい、怖くなーい」

 腕を大きく広げ、にこやかな笑みを浮かべるのは、ややシースルーの入った黒いドレスを身に纏う、姫カットの黒髪ロングの女性だった。
年齢から言って、二十代後半程の女性であるのだが……ただの女性ではない事は、一目で解る。彼女がサーヴァントであると言う事も、勿論ある。
だがそれ以上に、その背中から生える、昆虫の翅を思わせるような器官が、酷く不気味であった。翼ではなく、虫の翅と言うのが、えも言えぬ生理的な不安感を惹起させるのである。

「カルデアのマスター、藤丸立香で、間違いないな?」

 鎧のサーヴァントが問うた。

 >>……ああ
   違う

「素直だな。ならば、それに免じて名乗らねばなるまい」

「う……いい、の……? 『Ⅱ(ゼフテロス)』……」

「構うか。どの道お前達の誰もが、このマスターを殺すつもりも何もあるまい。今更と言うものだ」

 目線を、少女の方から、立香の方に向け、鎧の男は言った。

「滅びの跋扈する街、東京へよく来たな、藤丸立香。……いや、アンティクトン、と聞かされているのか? お前の場合は」

 >>初耳だ!!
   その単語、(悪の組織の親玉の)進研ゼミで出たばかりの所だ!!

「……初耳? ……『Ⅶ(エウゾモス)』め。予め伝えておいたのではないのか」

「どうせ私達にすら姿を見せた事もない人なんですから、頭から信用するの止した方が良いんじゃないんですか、Ⅱ。ほら、自己紹介しておきましょ」

「手間どらせおって」

 Ⅱと呼ばれた男が、改めて立香の方に向き直る。

「我々は、この世界を……いや、この星を滅ぼす為に、『恐怖の大王(アンゴルモア)』に招聘された終末の七騎。そして俺は、その七騎の内の一人。『終末のⅡ』、『セイバー・ゼフテロス』」

「その……わたしは、『終末のⅥ』……『バーサーカー・エクトス』……」

 ペコリ、と立香の方に少女が挨拶を送る。

「『終末のⅤ』、『アサシン・ペンプトス』です、宜しくね、立香くん」

 ドレスの女性が言った。声が弾んでいる。

「『終末のⅢ』、『ランサー・トゥリトス』」

 ぶっきらぼうに、拘束衣に包まれた獣耳の女性が言った。見た所、その身体に槍を隠しているようには見えなかった。

「我らはこの特異点を跋扈する終末の七騎、この星を滅ぼす宿命を埋め込まれ、滅ぼすだけの力を秘めたる英霊である」

 >>四騎しかいない
   残りは何処だ

「あら、痛い所を突いて来ますね~。まぁ私達、集合掛けてもろくに全員集まったためしがないですから、この四人がデフォルトだと思って下されば、まぁ」

 >>何の為に、世界を滅ぼすんだ!!

 立香も流石に事此処に至れば、この場にいる四名のリーダー格は、セイバー・ゼフテロスと名乗った金髪の美青年である事を理解する。
この男が一番口が立つ。と言うより、彼以外の三名が、真っ当なレスポンスを返してくれるとは思えなかったのである。
彼以外の三名は、拘束されている為か話す気もないのと、言葉遣いもたどたどしいのと、まともに立香とコミュニケーションを取ってくれるのか危うい能天気さの女性ときたものだ。必然的に、誰と話をするべきなのかは絞られる。

「そうあれかし、恐怖の大王に斯様な宿命を埋め込まれ、呼ばれたから、と言えば納得するか? 尤も俺は、あの程度の呪いに膝を折る程の腑抜けでもないが」

 ふん、と鼻を鳴らし、不機嫌そうな顔を露にするセイバー・ゼフテロス。その客体は、誰であるのか。

 >>……お前達が、今回の敵、って事だな

「身も蓋もない事を言えば、そうなっちゃいますねぇ。でもご安心。私達、まだ敵対する気はないですから」

 と、口にしたアサシン・ペンプトスの方に目線を送る立香。そんな事信じられるか、と言うような目であった。

「警戒するな。少なくとも今ペンプトスが口にした事は、事実だ。我ら七騎は、お前がこの地に足を踏み入れてから『一日』が立たぬ限り、お前に対して殺傷をする事は勿論、身体についての危害一つ加える事が出来ない。この宿命を俺達は、『終末のⅦ』……『キャスター・エウゾモス』に埋め込まれている」

 其処まで口にするとゼフテロスは、懐に差していた鞘から一本の長剣を取り出し、その剣先を左に突き付けさせた。
剣身自体が、熾火の様に燃えているロングソードで、その燃えていると言う特徴だけを見れば、ネロが振う宝具を連想させる。

「よってこの場に於いて俺達は、お前を見逃す以外に道はない。何処にでも好きな所に行くが良い。そして、今日と言う一日を、我々の対策の為にでも使うのだな」

 >>意外と親切だね

 立香は本心から、そんな事を思った。
少なくともこの夢の島は、この特異点の元凶ともなったサーヴァント達の本拠地。
そこに、よりにもよって彼らの目的を挫ける、唯一と言っても良い外の時空からの闖入者(インベーダー)、藤丸立香が迷い込んでいるのだ。
真っ当な神経の持ち主なら、即座に立香を叩いて、殺してしまうであろう。それをしないと言うのは、恐ろしいまでに慈愛に満ちた、温情溢れる措置としか言いようがない。この奇妙な待遇の指摘に、眉一つ動かさず、セイバー・ゼフテロスは口を開く。

「……さっさと行け、藤丸立香。俺達と世間話に興じる暇があれば、数多の特異点で示したサーヴァントの采配を示し、時間神殿を生き延びた強運を掴み取れ。此処は最早、お前に都合の良い土地じゃないからな」

 >>じゃあ……また、明日

「うん……また、あした……」

 ゼフテロスの剣先が示す方向に、駆け出して行った立香を、バーサーカー・エクトスが手を振って見送った。
抜けるような青空の下で行われた、奇妙な邂逅は、かくの如くに終わりを告げた。

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最終更新:2017年12月09日 01:17