終末の七騎(2)

 拝啓、お父様、お母様。カルデアの頼れるスタッフと、頼れるサーヴァント。そして、一番頼りにしてる後輩、マシュ・キリエライトへ。









 貞操の危機です。助けて下さい。本当に。マジで。マジで!! ヤバいよこのオッさん!!




――――

 立香の身に何が起こってしまったのか。それを説明するだけなら、何て事はない。
夢の島を脱出し、都道306号線方面に出たと同時に、拉致られてしまった。要するに、こう言う事である。
だが、誰が、何の為に? 実を言うと立香ですら、この二つの理由はまだ判別出来てない。確かなのは、一つである。

「おう、おう。儂の見立て通りであったか。その服装は良く似合っておる。愛い奴よの、藤丸立香」

 カカカ、と笑いながら、男は、立香の尻を撫でていた。手つきが凄まじくいやらしい。完全に女相手にセクハラを敢行する狒々親父のそれであった。

 身の丈優に三mには達する程の、褐色の肌を持った凄まじい巨漢だった。短く刈られた短髪に、体格に相応しい厳めしい顔つきは、凡そ堅気のそれであはありえない。
巨躯の持ち主だが、肥満体(デブ)、と言う訳ではない。その身体つきはデブと言うよりは寧ろ、力士のそれに近い。しかも、脂肪分はほぼゼロで、殆どが筋肉である。
城壁を思わせるが如き厚みの胴体と、丸太を思わせる程の太さを誇る鍛え上げられた四肢。こんな手で頭を撫でられれば、ヒトの頭蓋骨など直に粉々だろう。
だが、側頭部に生えている、一対のねじくれた巨角を見てしまえば、彼が纏う金糸と銀糸で編まれたガウン状の外套が与える印象など一瞬で吹っ飛んでしまおう。
そう、この巨漢は、人間ではないのだ。と言うより、自らを男はサーヴァントであると豪語した。

 ――『終末のⅠ』、『ライダー・プロトス』。男は自身を、確かにそう名乗ったのである。

「多少足が筋肉質な所も、また良いな。『女の恰好』をさせる時に不格好だとほざく輩もおるが、これはこれで乙なものぞ」

 ――結論から言う。
藤丸立香は現在、『女装』をさせられていた。特異点と化した新宿で、燕青を迎え撃つ為にアラフィフが考案した作戦の事を思い出す。
あの時も立香は女装をさせられてしまったが、あの時の恰好はまだ、燕青がパーティー会場と言うTPOを重視する場を拠点としていた為か、
立香の恰好も極めてフォーマルなそれで――あくまで女性にとって――、死ぬ程恥かしい、と言う程でもなかった。
後でマシュによって一斉送信された女装の画像を見たメディアから、「もう少し、こう、カッチリしたものじゃなくて、フリフリの物とか着てみない?」と提案されたのも今となっては懐かしい。死んでも着るか。

 だが、今現在、ライダー・プロトスを名乗るサーヴァントに着ろと強制された衣服は、ハッキリ言って新宿で着させられたそれの比じゃないくらいヤバかった。
それはそうだ、端的に言って今現在立香がプロトスに着させられている服は、スッケスケでピンク色の『ベビードール』である。オイオイ娼婦か何かか。
カルデアから支給されている礼装であるところの、あの制服の下に着用していた下着であるトランクスは脱がされ、ビキニパンツ状の下着を、今現在立香は装着されている。
ナニがとは特に言わないが、この手の下着は初めて着させられたせいか、ナニのポジショニングが気になってしょうがない。今すぐにでもなおしたいか、そもそも下着その物を脱ぎ捨てたい気分だった。

 お前は何処の男娼だ、と言いたくなるような立香の恰好であるが、勿論この格好は、彼自身が望んで選んだものではない。
着る事を、強要されているのだ。「貴様に似合うような服装を見繕ってやった」、と言われて、この服を着る事を、ライダー・プロトスに強制されていた。これが、今の恰好の真相である。

 都道306号線に出るや否や、藤丸立香の目の前に、この巨漢。ライダー・プロトスが姿を現した。
今現在好色親父として振る舞っている装いからは想像も出来なかろうが、初めて立香がこの男を見た時に、イメージした者は『破滅』と『死』だった。
今を以っても、断言出来る。立香は、あの場で抵抗をしていたら、本当に殺されていたのではないか、と。それ程までに、プロトスから送られる殺意の量の桁が違った。

 ――儂と共に来い。よもや、断れるとは思わなかろうな――

 現状、サーヴァントの一人もいない今の立香に、プロトスの脅迫に首を横に振れる筈もなく。
断腸の思いで彼の提案を呑み、拉致された先は、立香がこの特異点にやって来て最初に目についた、最大の異常点。即ち、『空に浮かぶ宮殿』であった。
其処からの光景は、正にある種の悪夢のようなそれだった。空中宮殿そのものが、信じられない程の速度で立香達のいる地点のほぼ真上まで空を移動し始めたのだ。
そして、周辺の建物よりも少し高い程度の高度にまで降下して行くや、プロトスに立香は抱えられ、巨躯からは信じられぬ程の身軽さで、ライダーは跳躍。
一瞬で周辺に建っているビルの屋上まで着地するや、また更に跳躍を始め、宮殿内部までライダーはいとも簡単に侵入して見せた。
そう、宮殿内部に足を踏み入れた事で、漸く立香は気付いたのだ。この宮殿こそが……ライダーの宝具なのだ、と!!

 宮殿内部に拉致された立香は、死を覚悟していた。これは、此処に来てから二度目の覚悟だ。
一度目の覚悟は、セイバー・ゼフテロス達と邂逅した時だ。結局あの時は、彼らの行動を縛っていると言う約定に、立香は救われた。
だが、その約定が本当のものであるのか、と言う保証は何処にもない。立香を騙す為の方便、と言う見方だってあり得るのだ。
何れにしても、此処までの強硬手段を取るような相手だ。無事で済まされるとは思えない。良くて幽閉か、悪くて拷問、最悪処刑の可能性すら考えられる。
何時だったか、キャスターの側面で召喚されたクー・フーリンが、自分には天運のような物があると言ったが、正に今回は、その天運に縋るしかない状況だった。

 そして今回もまた、立香は天運に愛された。そして、命すらも無事に済んだ。
……その代わり、とでも言うつもりだろうか。命と引き換えに、後ろの方の貞操が失われかねないのは。
今までの幸運を、尻の初めてを失う事で帳消しにする、とでもするのか? 成程、大した天運もあった物だ死ね。
と言うより冷静に考えて、あの巨漢に相応しいサイズのモノを受け入れたら、身体が裂けて死ぬのではなかろうか。
此処で初めて、命の危機が全く去った訳ではない事を立香は理解してしまった。最悪である、死に方にしても、もっとマシな奴があっただろうに。

 ラピスラズリで出来た杯を下手に持ち、これ見よがしにふらふらさせるプロトス。
つい先程まで其処には、乳白色の酒がなみなみと注がれていたのだが、今現在それは、プロトスが飲み干した為、すっかりカラとなっていた。

「注ぐのが遅いぞ、カルデアのマスター。お前の国では、小姓に仕来りを教える習慣もないのか」

 >>自分未成年何でそこら辺の機微が……
   すいませんゆるして下さい何でもしますから!! 

「何、今の御代では子供は酒を飲めぬのか」

 立香は、近くにおいてあった、乳白色の酒が注がれている、木製のポッドを大儀そうに持ち上げる。
ラピスラズリの杯と簡単に言ったが、実際上のサイズはプロトスの体躯に合わせたそれの為、非常に大きい。優に一リットルは入る巨大な杯なのだ。
そして、それに酒を注ぐ為のポッドもまた、非常に大きい。二十kgは平気である。これを、立香は持ち上げ、必死にプロトスの杯に注いでいるのだ。
つくづく、身体を鍛えておいてよかった。これで酒も注げなかったら、何を言われたか、されていたか。解った物ではなかった。

「カルデアのマスターよ。酒は良いぞ。あれを最初に創造した存在は、誰であろうと神になる。酒を造った先駆けは、その時点で神としての資格を得る。それ程までの発明ぞ」

 グビグビと、酒を飲みながらプロトスは語り始める。
ライダーの飲む酒は、例えて言うならヨーグルトに似た爽やかな香りが漂って来て、成程、香りだけなら確かに立香も味わっていたいものだった。
語りながら、プロトスが尻を撫で続けているせいで、全く話に集中できないが。

「過去の屈辱、未来への不安、そして、今宿す激情。これらを酒は忘れさせてくれる。あの雷神(インドラ)ですら、嘗ては神酒(ソーマ)で己の哀しみを慰めていたものよ」

 語り続けるプロトス。

「お前ももうすぐ、大人になろうが? カルデアのマスターよ。酒の味と魔力を知るべきであろう」

 そう言うや、ライダー・プロトスは、自身が座る玉座の横に備え付けてあった、鐘の下がった台を、指で軽く小突いた。
それだけで、その純金で出来ていると思しき大鐘は、荘厳な音を鳴り響かせ、これを受けて、立香とプロトスのいる『王の間』に、
人間ではそもそも比較する事すら無礼に当たる程に、肉の付き方もその質も違う鍛えられた筋肉を搭載した、身の丈二m程もある朱色の肌を持つ人間達が颯爽と現れた。
いや、人ではない。彼らもまた、形こそ違えど、その側頭部から角を生やしていた。そう、彼らはいわゆる、鬼であった。

 恭しく、鬼の一人が、プロトスに対して何かを献上した。
杯である。プロトスが握る物と同じ、ラピスラズリを削って加工して作ったそれ。
捨て値で売っても数千万は下るまい価値を誇るその杯の大きさは、人間が保持するには常識的なサイズであり、プロトスがもつそれを縮小させたようなものだった。

「どれ、お前も飲んで見ろ。案ずるな、毒はない。苦くもないぞ。寧ろ甘い位だ、お前の口にも合うだろう」

 そう言って、プロトスに対して、杯を差し出したままの姿勢を維持する鬼の杯に、プロトスが目を向け、それを立香に手渡そうとしていた、その時である。

「だが、その前に――不遜の輩には死んで貰わねば、な」

 好色な親父が浮かべる様なだらしのないにやけ面を浮かべていたプロトスの表情が、一瞬にして、剣呑なそれへと変わるや、
血走った双眸から黄金色の光線を射出させ、『杯を差し出している鬼』を貫こうとする。しかしこれを、鬼は後方宙返りで簡単に回避。
光線が誰も立っていない床を貫く。避けた鬼が持っていた落としたラピスラズリの杯が、済んだ音を立てて砕け散る。
その音と同時に、地面に着地した鬼の姿が茫乎と霞み、その姿を露にした。額の辺りから伸びる立派な角。後ろに伸びた立派な金髪。
金色の生地を拵えて作った、裾の短い改造和服を、その少女は着崩して身に着けていた。――いや、少女ではあるが、彼女は人間ではない。
そう、立香は彼女をよく知っていた。知っていて、当たり前だ。何せ彼女は、カルデアに所属するサーヴァントの一人であり、立香が契約しているバーサーカーのサーヴァントであったからだ。

「ほう……? 儂が撫でれば骨も肉も拉げそうなか弱い身体つきをしておると言うに……見た目では解らぬ物よ。その肉も骨も魂も、疑いようもなく鬼のそれ。貴様、何処の羅刹(ラクシャーサ)だ? 許す、名乗りを上げよ」

「よかろう。同じ鬼のよしみ……そして、これからくたばる汝の儚い運命を憐れんで、吾の名を教えておこう」

 その言葉と同時に、少女は何処からか、やや反りのある剣身を持った己の背丈ほどもある長大な剣を取り出して握り締め。
その身体から炎を放出させ、兇悪な笑みを浮かべて、玉座に大儀そうに座るライダー・プロトスに啖呵を切った。

「大江の首魁にして、龍神の力を継ぐ鬼に並び立つ者。人界に生きる者共は、吾の名である『茨木童子』の名を聞くや、大層恐れたものぞ?」

「恐れたのではなく、笑っていたのであろうよ。名は体を表すとはよくも言ったものよ。その名の通り、身体も精神も『童子』と来たか」

 口角を吊り上げ、ゆっくりと玉座から立ち上がるプロトスの姿を見て、短気の性情を持った茨木童子の身体から、
恐るべき怒気が発散されて行くのを、立香は感じ取った。決戦の時は近い。そして、これから起こるであろう激しい死闘によって、自分の命も危うい事も。
数多の特異点を巡った事で培われた危機察知能力が、告げているのであった。

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最終更新:2017年12月12日 02:15