終末の七騎(3)

「中々の趣味の御殿よな、異郷の鬼を統べる王よ」

 この場に姿を見せるなり茨木は、プロトスと立香、そして彼女自身が現在身を置いている王の間を見渡しながらそう口にした。

「眩いばかりに輝く金に銀、壁に床に天井にと敷き詰められた宝玉。弁財天に媚を売らねば、斯様な物は作れまい」

 カルデアには、黄金律、と呼ばれるスキルを持つサーヴァントが複数存在する。
黄金律、それは即ち、己の人生において、どれだけ財貨に愛されているかを示すスキルである。
財宝に『魅入られた』、ではない。その逆だ。『財宝に魅入られている』事を示すスキルとも言えるだろう。
このスキルを保持するサーヴァントは、『金』と言う概念に一生困る事がなく、そしてその恩恵(おこぼれ)をマスター自身も与る事が出来る。
正に、貧する者にとってはこれ以上となく羨むべきスキルであろう。ただし、こんな夢の如きスキルであっても、QPに限っては対象外なのが泣き所であるが。切実に。

 初めて、立香がこの宮殿に招かれた時、彼はプロトスが黄金律を保持したサーヴァントなのではと考えた。
余りにも、彼の保持する宝具の威容が凄まじかったからだ。城の外観は、純金・純銀で構成され、其処に夜の星空を切り取ってそのままペーストしたかの如く、
拳大の大きさの宝石が至る所に鏤められていたからだ。ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルド、メノウ、オパール、ヒスイ……。
立香が連想しうる様々な宝石が外壁と言う外壁にはめ込まれたその様子は、色取り取りの鉱玉が鏤められた山の如く。星をまき散らせた空の如く、であった。
宮殿内部には、龍や虎、大蛇に象、鷹に鷲に亀に猪など、様々な動物を象った大理石の彫像が至る所に設置されており、
しかもその大きさたるや下手な高層ビルよりもずっと巨大。だが、特に驚くべきだったのはその精巧さだ。
その精緻さたるや今にも動き出してそのダイナミズムを立香に示さんばかりのそれ。ただの彫像の癖に、命すら宿っているのではと立香は思った程である。

 床も、天井も、壁も、柱も扉も窓枠も。全部が純金・純銀で構成され、その全てに当然の如く宝石が鏤められ、そしてその全てが、
神がノミを使って生み出したような精巧さを誇っていると言うのだから、この宮殿は別の意味で恐ろしい。
勿論、一般開放されていると思しき所ですらこんな様子なのだ。勿論、プロトスの間がこんな調子ではない、筈がない。
野球やサッカーが出来て余りある程広大な一室、その全てに、貴金属の閃きと鉱玉の煌めきが瞬いている。此処では宝石も金銀も、露程の価値もない、陳腐な代物なのではないかと、ひねくれさせる程の力が満ち満ちているのだ。

「欲しいのであれば、このようなもの、飽きる程くれてやる。喜捨に理解が無いわけではない。それ、拾え」

 言ってプロトスは、開いた右の掌に、無数の宝石を転移させ、それを茨木の方目掛けて放り投げた。
本当に、欲しいのならくれてやる、程度の投げ方だ。相手を殺すとか、傷付けるとか言う意図が一切ない。欲しそうだったから、恵んでやる。そんな意図が、ありありと見て取れる程だった。

 ――そしてそれを茨木は、手に持った骨刀を残像が見える程の速度で一薙ぎ、尽く打ち返した。
その全ては、プロトスの方に超高速度で飛来して行き、これを彼は右腕一本を乱雑に動かす事で、全て弾き飛ばしてしまったではないか。

「鬼は貧する者、浅ましい獣。それ故に、喰らうもの、侵すもの、奪うものをえり好みする」

 「だが、今は」

「汝の放り捨てた宝石よりも、汝の首の方が、億万倍の価値があると思っておるのでな。その素っ首、我が伊吹酒呑御殿の厄除けにでも飾ってやろうぞ」

「――ふはっ、フハハハハハハ!!」

 茨木の啖呵を聞くや否や、プロトスは、顔を抑えて哄笑を張り上げる。
部屋全体が振動する程の、大爆笑。床も壁も、天井から釣り下がる数多の蝋燭を従えるシャンデリアも。魔王の呵々大笑に怯えるが如くに、震えを上げていた。
音源近くにいる立香は、余りの大音に思わず耳を塞ぐ。鼓膜が、馬鹿になりかねない程の大きな音であったからだが、茨木だけは、動じずにプロトスの顔を睨みつけていた。

「日の出づる国の子鬼は、大言壮語をしておらねば死んでしまう宿業を埋め込まれているようだ。いやはや、愚かを通り越して、哀れでならん」

 其処までプロトスが口にした瞬間だった。 
プロトスの身体から発散される鬼気や敵意が、幾何学的に増大して行き、王の間を塗り潰して行ったのは。
茨木とプロトスのやり取りに呑まれていたか、無言を貫いていた他の鬼達が後退り、怯えた目付きでこの場の主君であるプロトスを見つめている。
彼らは知っているのだ。この巨躯の大鬼が、その気になればどれだけの暴威を発揮出来るのか。知っているからこそ、その筋骨隆々の体躯に、怯えを宿してしまっているのだ。

「苦行(タパス)に瞑想、ヨーガも耐えられんような小娘如きがこの羅刹王の首を斬り落とすなど、冗談にしても不遜が過ぎる。地獄の何たるかを味合わせた後に、貴様の柔肌、剥がして鞣して我が足の敷物にしてくれるわ」

「ほざけ、地獄を見るのは汝の方よ。吾一人で戦うなど、吾は言った覚えはないぞ」

 茨木がこの言葉を発するのと同時に、先程のプロトスの大笑で、鼓膜がイカれかけていた立香の聴覚が回復。
そして、彼女の発言を聞くだに、えっ? と反応する。まさか、他にもいるのか? この空中宮殿に、侵入出来たサーヴァントが。

「二人で千軍に匹敵すると謳われた、大江の山の双首魁。茨木童子と『酒呑童子』の双名を、相手取れる幸運を喜ぶが良い。さあ、出番ぞ、酒呑!!」

 そう茨木が大喝する。ビリビリと空気が震え、音の塊が壁に叩き付けられる。
……が、威勢良く声を張り上げた割には、此処にいると言う酒呑は、一向にその姿を現してくれない。
そんな事態が、五秒程続く物だから、茨木は額から汗を流し出す。「あ。焦ってんなコイツ」、と言う事が立香にも伝わってくる。一方で、怪訝そうな目で茨木の方を注視するのは、プロトスの方だった。

「酒呑!! いるのだろう、なぁ!! 酒呑、しゅてーん!!??」

 ――あ、こいついつもの調子に戻ったな――

 普段ならば涙目で酒呑の名を叫ぶ姿を微笑ましく見れたのであるが、事今の状況でそれは出来ない。と言うか、カリスマがぶっ壊れるのが早過ぎる。
一分半程度しか保てていなかった。セミみたいに儚いカリスマだ。マジで腹括るしかないのか? と、立香がいよいよ覚悟を決めようとしていたその時であった。
果たして茨木の言った通り、プロトス配下の鬼達と、それに化けていた茨木が出て来た、彼ら専用の通用口から、腹を抑えて涙目の状態の、小柄な少女が姿を見せた。
額から生える一本角が特徴的な女性だ。この時点で、彼女が人間であると言う選択肢が立ち消える。それに、服装も凄い。
服と言うか適当に布を切って局所局部に張り付けただけの露出度の高い衣装に、着崩すにも限度があろうと言う改造和服。
そして、身の丈程もありそうな両刃の直剣に、『酔』の一文字の書かれた赤提灯、そして、玻璃製と思しき大きな瓢箪を腰に抱えた、伊達の権化のようなこの小女を、立香はよく知っている。そう、彼女もまた、茨木同様カルデアで契約したサーヴァントであるからだ。

 アサシン・酒呑童子。
一度戦闘となればカルデアの中でも特に強力で頼れる特記戦力が、この場にやって来てくれたのだ。
……だが、どうにも様子がおかしい。腹を抑えて涙目、と言うのもそうなのだが、何故か笑いを堪えているのである。一体全体、何があったと言うのか。

「だ、旦那はん……お、おもろいカッコし過ぎやろ……おっかしいわぁ……」

 爆笑を堪えるのに酒呑は必死らしく、腹に力を込めながら、何とか言葉を発している様子であった。 
あぁ、と。そう言えばそうだったな、と立香は再認する。自分の服装の、余りの愉快さを、茨木が此処に来たせいですっかり頭から抜け落ちていた。
そうだ、今の藤丸立香の姿は、スケスケピンクのベビードール。その上下着はやらしいビキニだ。とてもではないが、関係者には見せられない恰好なのだ。
成程、これは笑わない訳がない。立香ですら、他人が自分と同じ立場に陥っているのを見たら、不覚にも噴出してしまうかもしれないのだ。
酒呑が、今の自分の姿を見て、勤めて笑わないような努力をするようなサーヴァントであるとは、立香は思っていない。と言うか現に笑っている。
恐らく茨木が何度叫んでもその呼び声に応じなかったのは、間違いなく、立香の姿を見て笑いまくっていたからなのだろう。

「あ、あかんわ……其処のライダーさんと戦う前に、笑い死んでまうわ……」

「しゅ、酒呑!! し、死ぬな酒呑!! 置いてかないでくれ!! お、オイマスター!! お前がそんな変な恰好してるから酒呑が死にそうなんだぞ!! 何とかしろ!!」

 >>死にたいのは俺の方なんだよなぁ……

 生き恥同然の恰好を晒された挙句、それを見て笑われ、何故かあらぬ存ぜぬの責任を此方に転嫁されてしまえば、立香の希死念慮も爆上げすると言う物。
自分の両目から変な液体が出そうになるが、グッと堪えた。自分の心は人よりちょっと強いのだ。こんな事に挫けちゃいけないぞ立香、と自分を励ます。

「……成程。面白い。その体躯と、雅な姿からは想像もつかぬが……貴様、根の所から完全なる『鬼』だな」

「そちらの方こそ、噂通りの大層な『ワル』みたいやねぇ。鬼を知り尽くし、その上で伊達と雅を追い求める、ほんまもんの悪鬼羅刹やわぁ」

 酒呑の口から、笑いが消えた。
普段立香達と話す時に浮かべる、いつもの微笑みを浮かべながらプロトスと喋っているが、立香には解る。笑みの質が違う。
それは酒呑が、殺しても咎めのない敵と相対した時に浮かべる、鬼とは何かを理解せしめる兇悪な笑みだった。
相手を甚振っても良いと言う嗜虐心、徹底的に破壊しても良いと言う残虐心。それらが綯交ぜになった今の酒呑の笑みは、見る者の心胆を寒からしめる、恐ろしいまでの威力で満ち満ちているのだった。

「うちの事はあんたはん知らんやろうけど、そっちの悪名は、大陸渡って天竺まで歩いてた時に聞き及んでてなぁ? 是非に逢って、酒呑み交わしたい思うとったんよ」

 >>このサーヴァントの名前を知ってるのか!?

「勿論よ、旦那はん。旦那はんが召喚した、ラーマの坊やから話も聞いとるやろ? 苦しい修行の果てに、神をも超える神通力を会得した悪鬼……羅婆那王。『ラーヴァナ』っちゅうんは、其処にいる大旦那の事よ?」

「……見事。儂の名を当て得るか」





真名判明

終末のⅠ ライダー・プロトス



真名



ラーヴァナ





「日の出づる国の、さぞ名のある蛇神(ナーガ)の化身(アヴァターラ)と見た。彼の国では、神が鬼の姿をとるらしい」

「そない結構なもんでもあらへんよ、お褒めになるのがお上手やねぇ」

「酒呑は汝が思う何十倍も強いぞ!! 汝の命運、尽きたものと思え!!」

 と茨木は、腰巾着の台詞のテンプレートのようなセリフを全くの無意識の内に口走るが、これを本心、心から言っていると言うのだから性質が悪い。
茨木に対して一瞬苦笑いの表情を向ける酒呑だったが、直にライダー・プロトス、もとい、ラーヴァナの方に目線を送る。

「どうりで、我が眷属たるラクシャーサ共が、其処の子鬼が正体を明かしても襲い掛からんと思った。蛇の鬼よ、貴様の手引きだな」

「うちは仲よぉく、美味い酒を飲もう思っとったんやけどなぁ。もう少しこまめに宴会開いて、部下をお酒に強うしといた方がええよ? 立派な身体つきの割に、皆すーぐ潰れて……。だらしのうてしょうがなかったわぁ」

「忠言として頂いておこう」

「酒呑は酒にも強いぞ!! 汝が思う何十ば――」

「茨木、うるさい」

 立てているつもりだったのに、突然梯子を外され、「えっ、えっ……?」と困惑気味の表情を隠せない茨木を尻目に、酒呑はラーヴァナと言葉を交わし続ける。
ここまでの酒呑の言葉を聞いて、立香も理解する。冷静に考えれば、思い浮かんで当然の疑問だった。
何故茨木童子がこの場で正体を明かしてもなお、ラーヴァナの部下と思しき鬼達は、彼女を排斥しようとしなかったのか。
答えは単純だった、酒呑童子が秘密裏に鬼達を操っていたからに他ならない。酒呑が保有するスキル、『果実の酒気』。
あの羅生門での一件の時は人々や鬼達を暴走させる程、酒気には見境がなかったが、酒呑がその気になれば、このスキルを応用してある種の洗脳を行う事が出来るようだ。
言ってしまえば現状鬼達は、酒呑によって催眠、或いは言いなりに近い状態にあるのだろう。改めて、味方にすると心強いサーヴァントだと、立香は強く思った。

「ほいでなぁ、ラーヴァナの旦那。うちらが此処に来たのは他でもなくてな。ほら、今大旦那が可愛がってる、其処の愛らしい、カルデアのマスター。おるやろ?」

「うむ」

「うちらの所のマスターを、返して欲しいんやけど、宜しいな?」

「よかろう」

 うむ、と肯じるラーヴァナ。これに驚いたのは立香と、茨木だ。
絶対に断る物だと思っていて、これを前提にしてこれから立ち回ろうとしていたのだから、この即答に驚かぬ筈がない。

「金も取らぬし、代わりとなる魔力や、虎の子である宝具も寄越せと言わぬよ。誓って、マスターは無傷で返してやろう」

 ハッハッハ、と、豪放磊落とした笑いを上げ、ラーヴァナは一同を見渡すが――酒呑だけは、剣呑な笑みを隠しもしていなかった。
犬歯を見せ付けるようなその笑みは、酷く獰猛で、眼を離せば食い殺されかねない程の狂的な何かが渦を巻いていた。

「――うちらの命は?」

 短く、酒呑が問うた。笑みを、浮かべたままだった。

「――置いて行って貰う」

 ラーヴァナもまた、危険な笑みを浮かべた。  
性別と年齢、そしてラーヴァナ自身の体格もあって、見た目上で感じられる脅威性と危険性は、酒呑の比ではなかった。

「普段なれば、お前のような好き鬼とは酒を飲み交わしたい所ではあるのだがな……蛇の化身は、気に入らぬのよ。その化身に、愚息を殺されているのでな」

「要するに、八つ当たりやね。あぁ、厭や厭や。羅刹王たる男が、牛女見たいな事言わんといて欲しいわぁ」

「気に入らぬ者の命を、気分一つで焼き尽くす。鬼の在り方から外れてないであろうがよ」

「ま、それもそか」

 ヘラヘラと笑いながら、酒呑が肯定する。
鬼の価値観を有した者同士のやり取りは、立香にとっては、異次元の住民同士のやり取りにしか見えなかった。
気分次第で人を殺し、財を奪い、犯し、そして友すら裏切る、天性の魔。それが、鬼であると言ったのは茨木童子であったか。
自分がサーヴァントとして従える、この二人の鬼は、その価値観に頭までどっぷりと浸かった、恐るべき反英雄である事を、今更ながらに立香は思い知っていた。

「カルデアのマスターを相手に、寝台で汗をかくのも悪くはなかったが……。やはり、阿修羅や鬼(ラクシャーサ)の本懐は、戦いよ。異郷の鬼を相手に戦いに興じられるなど……、これ以上の贅沢もあるまい」

 目線を、酒呑童子から茨木童子の方にラーヴァナは向ける。ピクッ、と、茨木が反応し、手にした大刀を構えた。
だが直に、酒呑も茨木も、ラーヴァナの目線が金髪の子鬼の方ではなく、その背後で怯えたように構えていた、配下のラクシャーサの方に向いている事に気付いた。

「女の色香に絆される、苦行と修行の足りぬ鬼は儂にはいらぬ。死んで出直せ」

「――茨木、避けや!!」

 酒呑が一喝すると同時に、茨木は殆ど反射的に、酒呑の方へと跳ね飛んで行く。
それと、全く同じタイミングだった。ラーヴァナの双眸から、黄金色の光線が射出され、それがラクシャーサの一団を貫いたのは。
苦悶の叫び声が、王の間を震わせる。レーザーに貫かれた鬼は、レーザー自体が内包させる超高温で一瞬で蒸発、灰の一握りも残さず消滅し、
その周りの鬼達にしても、光線の余熱で火達磨の状態に成り果てていた。炎上する火の棒の如き有様になっていた鬼達は、狂ったように苦しみの踊りを続けていたが、
それを行うだけの生命力もとうとう尽きたか、地面に倒れ込み、その命を使い果たしてしまった。

 >>ぶ、部下を……

「あの蛇鬼の意思次第で、どうせ儂に対して武威を向けるであろう事は容易に想像がつく。予め消した所で、何の支障もありはすまい」

 其処までラーヴァナが言うや、立香の傍から、風のようにラーヴァナが消え失せる。
彼は、立香から見て二十m程先の地点に瞬時に移動し、その位置で、童子の名を冠する鬼二名に向き直っていた。
恐るべき速度であった。その巨躯からは想像も出来ない程、軽捷な動きをライダーは行う事が出来るようであった。立香は、ラーヴァナが近くから消えたと気付くのに、二秒程も時間が必要であった。

「旦那はん」

 此処で、酒呑が立香の方に目線と意識を向けた。

「うちらが時間稼ぐさかい、此処から旦那はんは逃げておくれやす」

 >>逃げるって、此処空の上だよ!!

 そう、ラーヴァナの宝具と思しきこの宮殿は、そもそも地上ではなく、地上から数百m以上も上空地点を浮遊しているのだ。
宮殿自体が何か強靭なワイヤのような物で吊り上げられているとか、ではない。不思議な力で確かに浮いているのだ。
勿論宮殿の近場には、この建物に準ずる高さを誇る建物や、地上へと繋がるタラップのような物もない。完全に、高高度でこの宮殿は独立しているのだ。
そんな条件下で、どうやって逃げると言うのか。いやそもそも――其処までの高さでありながら、どうやって酒呑も茨木も、『この宮殿にやって来れたのだ?』

「安心しいや。うちらの他にも、協力者がいるんよ。『ヤマアラシの兄貴』に、『ファラオの兄さん』……癪やけど『牛臭い女』。それに――」

 酒呑が全てを言い切るよりも前に、立香の背後に広がる、広大な純金製の壁が、ボオン、と言う音を立てて砕け散った。
何だ何だと思いながら、バッと、皆が音源の方に顔を向ける。酒呑、茨木、ラーヴァナの三名は、それが何であるのかを理解したが、立香だけは理解出来ずにいた。
精確に言えば、理解するよりも速く、壁を壊してこの場にやって来た何かに、ベビードールの襟首を掴まれ、そのまま何かの上に乗せられてしまったからだ。

「後は首尾よくな、『このーとの奥方』さん」

「はいはーい」

 やる気のない返事を酒呑に送りながら、それは、王の間から立香を連れて逃走した。
鎧を纏った、黒光りする獣毛が特徴的な巨牛に引かれた戦車。その上に腰を下ろす、桜色の美しい髪が特徴的な美女。
即ち、カルデアに於いて『女王・メイヴ』と呼ばれるライダーのサーヴァントは、そのままの吶喊の勢いで、王の間の壁を破壊し、この場を去って行ったのであった。




――――

「? マスター、何でそんな恰好してるの? そう言う趣味がおあり?」

 キョトン、とした表情で、戦車内部で仰向けになった状態の立香に顔を向け、メイヴはそんな事を問うて来た。
後頭部をしたたかに打ち付けられて、目が回る。戦車を引く牛にベビードールの襟を咥えられ、そのまま器用に戦車内部に投げ入れられたのだ。
運よく戦車の中にシュートインされたからよかったものの、これで失敗していたら文句なしの即死であった事は想像に難くない。

 >>あのオッサンの趣味で着させられました……
   不可抗力だよメイヴちゃん

「そうなの。てっきり、マスターもそんな趣味に目覚めたのかと。お望みなら、私が男役になってベッドの上でリードしても良いのですよ?」

   うーん総受け体質
 >>安易に生やそうとするのはNG

「ノーマルな体位とか性癖ばかりだと女の子も飽きますよ? もっとほのかなアブノーマルさもないと、ね」

 女装趣味のアブノーマルさはちょっと別なんじゃないかと思いながら、何とか体勢を整え、メイヴの下まで近づこうとするも、彼女に止められる。
一応ここは敵地である。無暗に外にマスターが露出するべきではないと彼女は説明して来た。彼女の宝具であるチャリオット・マイ・ラブの内部は、
一種の亜空間・閉じた世界であるらしい。つまり、外部からは隔絶された空間と説明出来る。空間ごと破壊する程の超高威力の宝具攻撃でもなければ、
牛は兎も角戦車部分はビクともしない程の強度を誇る。ならば、内部に閉じ籠っていた方が安心安全。こう言う理屈であった。

 >>結構理に適った戦略が練れるんだね

「当然。これでもケルトの女王よ。多少なりの戦闘の心得はあります」

 実際戦闘においても、鞭を振ったり、バリバリの膝蹴りを繰り出す事もあるのだから、確かに、間違ってはないだろう。

「ふふん。感心したかしら? したのなら、ホラ。言うべき事があるのではなくて?」

 >>メイヴちゃんサイコー!!

「そう。その挨拶と心構えを忘れないようにね!!」

 実際問題、淫蕩で、わがままな面が強い事を除けば、メイヴはまだ話が通じる方だと立香は思う。 
現にこうして、方法こそ荒っぽかったとは言え立香の事を救出してくれたのであるから、どうあれ、マスター思いな面もある事は間違いない。
褒めて気を良くしてくれるのであれば、言い方は悪いが、御しやすい方とすら言えるだろう。尤も、助けてくれた事については心から感謝をしているが。

 >>メイヴちゃんや

「なぁに?」

 >>どうやって此処に来れたの?

 ラーヴァナ達との一件の際は、バタバタした状況であったが為に、聞くに聞けなかったが、先程も言った通り此処は空に浮かぶ宮殿だ。
必然的に此処にコンタクトするには、空を飛ぶ何らかの手段がなければ不可能な事なのである。
今の所立香がであった、茨木や酒呑、そしてメイヴも、空を飛ぶ手段は有していない。此処には通常、足を踏み入れられぬ筈なのだ。
それなのに、如何様にして彼女らは、この空中宮殿に侵入する事が、出来たのか。其処が疑問であった。

「もうすぐクーちゃんとライコウ達との合流場所だから、詳しい説明は省くけど、手引きがあったのよ」

 >>……手引き?

「此処から脱出したらしっかり教えるわ。さ、もう到着よ」

 そう言って、戦車を引く二頭の巨牛に指示を飛ばし、ブレーキを掛けさせるメイヴ。
其処は宮殿の玄関とも言うべき所である。立香も、ラーヴァナに拉致された時は最初に此処を通された。
馬鹿みたいな広さと奥行き、そして高さを誇る広大な空間で、勿論例にもよって、此処もまた純金と純銀、その他貴金属に宝石宝玉類で満ち溢れていた。
「成金趣味ねー、あの男」、と、趣味が合わなそう、と言う事が一見して理解出来る声音でメイヴは玄関の方を見渡し――疑問気な表情を浮かべる。

 >>どうしたの?

「……打ち合わせどうりなら、あそこから皆で飛び降りて此処から逃げ出す算段だったのだけれど……」

 え、マジで!? と言うような表情を浮かべる立香。
メイヴが鞭で指示した所は、外へと通じている巨大な入口部なのであるが、其処から一歩足を踏み出せば、其処はもう雲の上。
つまり、完全なる外なのだ。メイヴの言った通り、入口まで走って跳躍すれば、一気に高度千m弱の地点をフライ・アウェイ出来る。
当然、人の身でこの紐なしバンジーをやれば、その結果は語るに及ばず。サーヴァントですら、最悪の結果が待ち受けているだろう。
本当に、こんなダイナミックなやり方で逃げるつもりだったのか、とメイヴに訊ねようとするが……言葉が、引っ込んだ。メイヴの表情が、想定外の事態に出くわしたようなそれになっていたからだ。不穏な空気が、誰もいない玄関を支配する。

「変ね……。クーちゃんも、ライコウも、此処で待機――」

 其処まで言った、瞬間だった。
メイヴから見て左百m先に広がる、純銀と純金がマーブル模様を織りなしている壁が、ドロドロに溶け始め、液化した金銀のファウンテンを何かが突き破り、
この玄関の方に姿を現した。この場に現れたのは、二名。傷と怪我を負っている、バーサーカー・『クー・フーリン』と、『源頼光』であった!!

「く、クーちゃん!?」

「メイヴか……。マスターを救出した役目を果たした所悪いが……想定外の奴と接敵した。備えろ」

「まぁマスター……。御無事で何よりです……が、今は再開を喜べる状況では御座いません。悪いのですが、私共を指揮して動かして欲しいのです」

 衣服の所々が破れ、水どころか油すらも弾きそうな玉の如き肌を、立香やクー・フーリンに露出してしまっている、と言う事態すら、頼光は気にしていなかった。
それ程までに、融解している純金と純銀を、ガス蒸発させて此方に迫る存在が強すぎると言う事なのだろう。
長く伸ばした金髪、世の女性の魂すら恋の炎で焦がさんばかりの絶世の美貌。そして、焔を思わせるような橙色の軽鎧を装着し、
その背から炎と光で構成された二対十二枚の翼を展開させていると言う、神威に満ち溢れたその姿。立香は、その姿をしたサーヴァントを知っている。
何故ならば、つい先程夢の島で会話をした、終末のⅡこと、セイバー・ゼフテロスその物であったからだ。

「――新手が一人。そんなにも、審判の日が待てぬと言うのか? なれば、よかろう」

 セイバーがその手に握っている、剣身が激しく燃え上がっている刃渡り一m弱の長剣の
その剣身を包む焔が、セイバーの意志に呼応するが如く、より熱く、より烈しく。松明の如く燃え上がり始めたではないか。

「罪ありし者が堕ちる場所は、いつだって地獄であったと言う事を。このセイバー・ゼフテロス……いや、『ウリエル』が思い出させてくれる」





真名判明

終末のⅡ セイバー・ゼフテロス



真名



ウリエル






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最終更新:2017年12月14日 23:50