終末の七騎(4)

 三十と六体のラクシャーサ達を、手に持ったゲイ・ボルクで鏖殺した時の事であった。
雑兵の割に、鬼達は手応えのある敵だった。恐るべき密度の筋肉を搭載した彼らは、極めて軽捷な動きで相手を攪乱・追い詰めながら、
恐るべき威力の格闘戦で一瞬のうちに仕留めに掛かる恐るべきマン・ハンターであった。加えて、彼らの肉体の頑健さよ。
常日頃から石や砂を噛んで食していなければ説明が出来ない程彼らの肉体は頑丈で、生半な剣では傷一つ付けられず、矢にしてもそもそも刺さらない可能性だって高い程だ。
十人、ラクシャーサ達が徒党を組む事を許してしまったのならば、百人以上の熟達の兵士達で構成された一団をぶつけなければ先ず勝ち目はあるまい。それ程までに、ラクシャーサ達の軍勢の力は兄弟であった。

 だが、彼らの不幸は相手が悪すぎた事だ。
バーサーカーのクー・フーリンは、単騎で千軍を軽快に上回る程の強さを発揮する。個人対個人の戦いも、個人対軍団の戦いも。このサーヴァントは突出している。
先端速度が音の数倍に達する程の速度でゲイ・ボルクを振えば、直撃した相手は粉々にされ、掠っても衝撃が身体中を伝播して爆散する。
槍に取り付けられた凶悪な形状と鋭さの突起を高速回転させて相手を挽肉に変えたり、槍そのものを超高速で投擲して相手を貫いたり、
超音速以上の速度で投げられた事によって発生した衝撃波を直撃させて肉片に変えさせたり、等。
クー・フーリンとラクシャーサ達の戦いは、最早戦いと呼べるものですらなかった。一種の殺戮、蹂躙。そう言った言葉の方が相応しかろう。
ラクシャーサ達がどれだけ抵抗をしても、クー・フーリンはその巨体からは想像も出来ぬ速度で抵抗を回避し続けるばかりか、寧ろ攻撃したラクシャーサの側が、
避け様に彼が放った攻撃で即死してしまう程であった。彼我の戦闘力には、これだけの差があったのである。

 この場――メイヴが通るであろうルートである所の大廊下に陣取っていたラクシャーサ達を、ものの三分で片付け終えたクー・フーリンは、
眉一つ動かさずに、その場を去っていた。何人も鬼達を殺した後とは思えぬ程、表情に動きはない。何時も彼が浮かべている、仏頂面。
この表情のままに、彼は玄関の方へと向かって行った。今更、殺した相手に思いを馳せると言う、童貞のような真似はしない。
この側面のクー・フーリンは、相手を殺す装置のような物。殺す事が常態化しているのである。今回も、自分と言う装置を動かすマスターが拉致されたから、この場で殺戮を行っているだけ。彼にとって殺しは、仕事であり、何の情感も湧かぬ物であった。

「――まぁ、とても『お片付け』が速いのですね、クー・フーリンさん。綱や金時達にも見習わせてあげたい程です」

 ……そんな自分よりも、殺す早さで勝っていると言うのだから。この女は化物か何かかとクー・フーリンは考える。
彼女は、クー・フーリンが向かっていた、この宮殿の大玄関の真ん中で、血脂が付着した刀を丹念に、ラクシャーサの着ていた衣服の切れ端で拭っていた。
花を手折る事にすら自責の念を感じそうな程の儚げな美しさと、女体美の見本の様なプロポーションの女性が行うには、余りにも殺伐とした行動。アンビバレンツさは相当なものだった。

 ――この黒髪の女性の名は、『源頼光』。
カルデアで召喚された、クー・フーリンと同じクラスのサーヴァント。そして、カルデアに於ける特記戦力の一人でもある女性だった。

「お前の方が速いだろうが。厭味にしか聞こえんぞ」

「そんな……私はそんなつもりで言ったつもりでは……」

 と、泣き出しそうな表情を浮かべる頼光。
胴体にラクシャーサの血液をベッタリと付着させたままでは、寧ろその表情はアンバランス極まりない。怖さすら感じる。

「オレに殺す速さで勝るとは……こうして共闘するのは初めてだが、賞賛に値する。コツでもあるのか」

「コツ、ですか……? 簡単ですよ、貴方ならすぐできます。一人で多人数を相手取るコツは、『相手が動くよりも先に相手を潰す』こと。巧遅より拙速を重点において、斬られたらすぐに死ぬ箇所を、相手が攻撃に移るよりも速く斬る事です」

「成程、合理的だ。次は念頭に置く」

「クー・フーリンさんも次は私より早く鬼退治出来ると思いますよ。私、何分天竺の方の鬼は初めて戦う物でして……。私ともあろうものが、潰す事に時間が掛かってしまって……不慣れを晒して恥かしいです……」

 つくづく、会話の内容が一般のそれよりもズレている、バーサーカーらしい者達の会話だった。
いや、ズレているのは寧ろ頼光の方か? 箸より重い物を持った事もなさそうな、嫋やかな外見からは想像も出来ない程、彼女の言動は過激なそれであった。
そしてその、今の身体の状態の方も。実際問題クー・フーリンの方も、このギャップには少しだけ言葉を失っているらしい。表情に、何処かしら苦い物が走っていた。

「鬼、と言う生き物はお前の領分だったな、ライコウ」

「領分、と言うのは言い過ぎです。ちょっとだけ、詳しいだけですよ」

 この女性で鬼に詳しくないの水準であれば、誰が詳しいのかと言うレベルであるのだが、クー・フーリンは構わず話し続ける。

「アイツの奪還が現状の最優先事項だが、可能な限り、この宮殿の主も仕留める事も視野にオレは入れている。出来ると思うか」

「それはかなり難しい事かと……」

「ほう。お前の口から弱気の言葉が出るとは珍しいな。理由があるんだろう、話せ」

「一つに……『虫』の言った事が事実であるのなら、ラーヴァナと言う鬼は間違いなく、神に値する力を持った鬼。この時点で、厳しいと言う点が一つ」

「数で叩けば問題ないだろう」

「勿論、ある程度はそれで有利になりましょう。但し……相手が一人であるのなら。クー・フーリンさんも実感しましたでしょう。この宮殿に数多く待ち構える、天竺の鬼の数々を」

「……そうだな。『統率が取れている』上に、『個々の強さも決して低い物じゃない』。これが集団で待機していると言うのは、厳しい所だな」

 確かに二名は、ラクシャーサの軍勢を相手にちぎっては投げ、の大活躍をして見せた。
しかしそれは、この二人がクー・フーリンと、源頼光と言う特記戦力であったからが理由としては大きい。
それ以外のサーヴァント、特に、近現代のサーヴァントであったのならば、ラクシャーサ達は問答無用で彼らを蹂躙出来るだけのスペックは実際にあった。
今回二人は運よくラクシャーサ達を無傷で打ち倒す事は出来たが、次はどうなるかは解らない。
何せ彼らは、個体としての強さも勿論の事、極めて統率の取れた、訓練された軍隊染みた動きを行って来るのだ。敵としては、最もやり合いたくない手合いだ。
これらの特徴は、生前頼光が討ち滅ぼして来た鬼には無かったものである。何せ日本の鬼は、殆どが単独での行動である。
徒党を組んで襲い掛かってくると言う事も有るにはあったが、それにしたって策も糞もなく一斉に襲い掛かってくるか、良くて、
待ち伏せとか前衛後衛の概念を理解・駆使して襲ってくると言うのが関の山だった。ラクシャーサ達の戦い方は老獪で、狡猾。
そして時に、鬼としての一番の武器である身体能力を駆使した力技も絡めさせてくる、と言う練度の高いそれ。
欲望の具現である鬼達を、此処までの軍隊に鍛え上げたのは間違いなく魔王・ラーヴァナであろう。頼光は勿論、クー・フーリンも理解しているだろう。
部下でこれなのだ。首魁であり、あのラーマですら苦戦を免れなかったラーヴァナが、期待外れの小物であろう筈がない。

「最後の理由ですが……此処は、敵の本拠地。そして恐らくは、この本拠地こそ、ラーヴァナの宝具。正直な所、此処まで簡単に侵入出来た事が、不思議でなりません」

 それについては、クー・フーリンも同じ思いを抱いている。
内部は確かに、ラクシャーサ達の巣窟であり、一歩足を踏み入れれば二度と五体満足で脱出出来はしまい。
だが、本当にそれだけなのか? 此処までの大宮殿、敵の侵入に備えての、トラップの一つや二つ、あって然るべきではあるまいか?
それらの気配を、とんと二人は感じない。敢えて罠を開帳しないのは、ラーヴァナの余裕か? それとも……。
どちらにしても、ただ空を浮かび、ただラクシャーサが内部に待ち構えているだけの宝具であるとは、二人は露も思っていない。確実に、何かある。それを置いて念頭に動く必要が、二人にはあるのであった。

「マスター……あの子の奪還については、虫達が失敗する事はないでしょう。京を騒がせた賊達……此処でその力を発揮出来ねば、本当に役立たずです」

 頼光の口から、酒呑と茨木の二人の事が語られる時、その口ぶりは、辛辣のそれを極める。
鬼に対して頼光の当たりが強いと言うのもあろうが、それ以上に、生前の因縁も強いのだろう。
とは言え、今の言葉から、奪還屋としての二名の実力を、頼光が強く買っているのも事実。だからこそ、頼光は作戦の立案の際に、酒呑と茨木の二人に、立香の救出を命じたのであろう。

「とは言え、連中がしくじる可能性も考慮しなくてはならんだろうよ。後二分。鬼の小娘二人が此処に戻って来なければ、オレ達がラーヴァナの下へと向かう」

「えぇ、それで――」

 頼光が言葉を途中で打ち切る。そして二名は、示し合わせたように、宮殿の入口部。
つまり、空へと通じ地面に落ちて行く箇所へと、二人は目線を向け始めた。凄まじい覇気の持ち主が、超高速で此方に迫って来ているのを、
二人はサーヴァントに備わる霊性の察知能力で感じ取った。疑いようもない、手練。ラクシャーサを遥かに超える程の実力の持ち主が、空を飛んでこの宮殿へとやってくる!!

 件の主は、入口に頼光とクー・フーリンが目線を向けてからゼロカンマ二秒後に、雲を突き破り、その勢いのまま、入口の縁に着地。
鋭い目線を、二名に送ってきた。炎を思わせる橙色の軽鎧を身に纏った、後ろを長く伸ばした金髪の美青年。それが、此処にやって来た新手。
サーヴァントの特徴であった。その背に二対十二枚の、焔で構成された翼を噴出させたその姿は、ある種の天使のイメージを見る者に与える。
但し、天使は天使でも、博愛や慈愛等を象徴する穏やかな側面のそれではなく、懲罰・憤怒・征服と言う、天使の強権的な側面の方を、人はその姿に感じ取るだろう。

「……不動尊が、来臨されたのかと思いました」

 鞘から、童子切安綱の威容を引き抜かせ、静かに頼光が告げた。
クー・フーリンもまた、兇悪な姿へと変貌したゲイ・ボルクを構え、眼前の天使を睨みつけた。
頼光は、目の前に現れた天使を、仏教における如来の化身、怒りの炎を背負い仏教に帰依しない衆生を改心させる明王の一柱・不動明王をその天使に見た。
一方クー・フーリンは、眼前の天使を見て、自身の師であり、自分が戦いたくないと零す程の強敵であるスカサハの姿を、その天使に見た。
抱くイメージこそ違えど、共通して思う事は一つ。目の前の天使は、桁外れに強い。それこそ、それまで二名が斬って捨てて来たラクシャーサ達が、蟻か羽虫にしか見えない程に。

「……悪魔(デーモン)に定められた行く先とは、ただ一つ」

 懐から、天使が長剣を引き抜いた。
それと同時に、剣身が激しく、太陽のプロミネンスの様に燃え上がった。空気との摩擦で燃え上がったのか? 違う。
この剣は、天使の意志に呼応して燃え上がるのだ。裁くと決めた存在を天使が認めた時、その剣は、断罪の為に神の炎を纏うのだ!!

「地獄の呼び声が聞こえるか、サーヴァントめが」

 クー・フーリンの方に、射抜くような目線を向け、歴戦を経た戦士ですら竦みかねない程の殺意を放出させながら、天使は言った。 

「ほざけ。さっさと昇天して、天国で神の足の爪でも磨いてろ」

 その言葉と同時に、クー・フーリンの巨体が、霞と消え、一瞬で天使の前に現れた。 
そして、手にしたゲイ・ボルクで彼の喉を抉って抹殺しようとするも――果たして、誰が信じられたであろうか。
天使の姿が、『クー・フーリンの刺突の速度よりも速く消えた』。この狂王ですら、刺突を放ち終えたその瞬間に、自分の攻撃がスカを喰った、
と認識する程の、圧倒的な速度。「馬鹿な」、と、彼が呟いたのも無理はない。そして、その『馬鹿な』、と言う言葉は、槍の穂先に器用に佇立する、天使の姿にも掛かっていた。

「失せろ、下郎」

 その一言と同時に、上段に構えていた焔の剣を、天使は右腕一本で振り降ろす。
剣の腹は勿論、剣先ですらクー・フーリンの身体を捉える事はない。客観的に見れば、天使の攻撃はスカを喰う形になる、と見えるだろう。
だが狂王は、剣が振り落とされたのと同時に、即座にバックステップを刻み、二十m以上も懲罰の天使から距離を離した。
天使は、槍の穂先に直立したままの姿勢で空中に浮遊、その状態で、剣が振り降ろされきった――刹那。
黄金色の爆炎が、天使を中心とした直径十五m以上の範囲まで炸裂した!! 床の黄金、貴金属で出来た太い支柱、それらの全てが、融解のプロセスを一瞬で通過。
即座に気化し始め、吸えば直ちに身体に影響が出る、超高温の金属蒸気が、屋上にまで立ち昇って行く。どれだけの、摂氏であったと言うのか。あれの直撃を受ける等、ゾッとしない話であった。サーヴァントであっても、無事では済むまい。

 天使が炸裂させた金炎は、燃焼の必須要素である可燃物が存在していないにも関わらず、激しく、床の黄金を薪代わりに燃え上がっている。
その炎の最中に、天使は佇んでいた。黒いシルエットが、焔の中で揺らめいているのだ。その様子だけを見れば、影絵の様であった。
既に天使は地面に降り立っていて、その状態からゆっくりと、此方の方に歩いてくる。これを見た頼光が、安綱の太刀に紫電を纏わせ、この状態で、一閃。
すると、空間に描かれた安綱の一閃の残像から、紫色をした電気の波濤が放たれ、それが、凄まじい速度で天使の方へと飛来して行った。
黄金焔を突き破り、天使が、頼光の方へと弾丸の如き勢いで突っ込んで行く。目を疑うような速度だった。
頼光の超絶の技量から放たれる、弓の一射よりも、天使の移動速度は『速かった』。それは、弾丸より速く移動出来る、と言う事と同義だ。
しかもこの上、これだけの速度を維持していながら、対面から放たれた頼光の雷撃を、右方向にカーブを描いて移動する事で、容易く回避。
避け様に天使は、その背に背負った翼から、黄金の火炎の放射を頼光へと見舞わせる。殺到する火炎の奔流の数は、計十二。翼の数と同じであった。
刀身が見えなくなる程の勢いで紫色の電気を纏わせた安綱を、勢いよく大上段から振り降ろし、その動作と同時に迸らせた極大の稲妻で火炎放射を全て迎え撃ち破壊した、
その動作だけを見れば、平時の頼光らしく余裕で攻撃に対処したと見えるだろう。実際には全く違う。紙一重も良い所の迎撃であった。
額に浮かべた汗は、今の頼光の信条を如実に表す何よりの証拠。一歩対処が遅れていれば、その時点でこの世界から消滅していてもおかしくない程の速度で、
天使は攻撃を放っていただけでなく、攻撃を放つタイミング自体も非常に申し分ない。何かの歯車が狂っていれば、その時点で頼光は消えていたのだ。焦らない、筈がなかった。

 天使の狙いは頼光よりも、クー・フーリンの方にあるらしかった。
正に雷光の如き速度で狂王の下に接近した彼の天使は、その手に握った焔の剣を以って、彼の首を刎ね飛ばそうと試みる。
しかし、クー・フーリンはそう易々と首を差し出す者ではない。短刀でも扱うような取り回しの絶妙さで、長柄武器を振い、天使の攻撃をクー・フーリンは迎撃。
体勢を崩した所を、ゲイ・ボルクの穂先で頭を破壊しようと試みるが、その迎撃にあおられ、天使は勢いよく、三十m程も吹っ飛んだ。衝撃を殺す為に、攻撃された方向にわざと自分から飛ばされた、と言う訳ではないらしかった。

 ――軽すぎる――

 クー・フーリンは率直に、今の一合でそう結論付けた。
思えば、槍の穂先にあの天使が乗った時もそうだった。このサーヴァント、余りにも『軽すぎる』。見た目と装備から推測出来る、凡その重さを大幅に下回っている。
まるで、羽毛のような軽さだ。この天使だけ、重力と言う実存宇宙のルーラーの桎梏の外にでもいるかのようであった。
しかもこの上、攻撃が半端ではなく重い。自らの体重と、攻撃の威力は、神代の時代であっても不可分だ。重い部位を高速で打ち付ければ、衝撃も威力も強い。当たり前だ。
あの天使には、それが通用しない。実際上の重さは上記の通りであると言うのに、実際与えられる一撃については、Aランク相当の筋力のそれに匹敵する。
何かしらのスキルか、宝具か。或いは、天使であるが故の『加護』か。どちらにしても、その異様さは狂王として、本来の側面としてのクー・フーリンも、味わった事のないそれだ。過去の戦闘のデータに一切見られない強者。それが、目の前の天使であった。

 吹っ飛ばされた先で着地した天使が、一瞬で体勢を整えるや、空手の左手をサッと水平に伸ばした。
瞬間、黄金色の燐光を舞い散らせながら、その手にある物を収めさせた。盾である。直径ザッと七十cm程の、円形盾(ラウンドシールド)。
紅蓮の縁取りに、中央に凝らさせた翼の意匠。その盾を持ち構え、天使は頼光とクー・フーリンの両名を一瞥する。断罪者の目を、彼はしていた。

「少しは出来るようだ。其処の人の子も、人の規矩から考えれば、驚異的な実力とすら言えるだろう」

 「だが――」

「それだけだ。人界の怪物や、人界の戦士と戦った経験など、悪魔を相手に戦った経験の前には、並べて無意味であると知れ」

 この、増上慢とすら言える態度が、全く驕りにすら聞こえないのが、目の前の天使の恐るべき所であった。
思い上がるなと常ならば頼光もクー・フーリンも言っていただろうが、それに恥じぬだけの実力を、確かにこの天使は有している。
しかもこの態度の上に、油断も何もあった物ではないのが、恐るべき所。如何なる精神的な攪乱にあっても、この男は、それに惑わされる事もなく相手を滅ぼせるだろう。そんな確信が、二人にはあった。

「行くぞ」

 それと同時に、天使の姿が朧と消える。
クー・フーリンだけが、その姿を目で追う事が出来た。己の身体を、ルーン魔術で強化しているが故だった。筋力・耐久・敏捷性に反射神経。
ルーンで身体能力を強化させた全てクー・フーリンは、英霊達のトップランカーの中でも抜きん出た値を叩き出す。相手を抉り殺す準備は、整っていた。

 クー・フーリンの眼前に天使が現れるや、即座に炎の剣を縦に振り降ろす。
これを、ゲイ・ボルクの柄でガッキとガードする狂王。カウンターと言わんばかりに、槍を持っていない左手、其処に生えたナイフのように鋭い爪で、
天使の身体を引き裂こうとするも、この攻撃は円形盾で簡単に防御されてしまう。剣を槍から離し、そのまま一撃を見舞おうとする天使であったが、
何を感じ取ったか、直にクー・フーリンから距離を取る。十m程のバックステップ。それを行った瞬間、クー・フーリンと、先程まで天使がいた地点に、
十数本もの矢が音に等しい速度で飛来して来たではないか!! 矢の全てに、紫色の稲妻が纏われ、これを推進力に恐るべき加速を得ていたらしかった。
天使は既に矢の軌道上から逃れていた為攻撃を喰らう事は先ずなかったが、問題はクー・フーリンの方。彼は今も、矢のルート上に存在した。
しかし、この超絶の技量から放たれた矢の全てを、ゲイ・ボルクの一振りで粉砕、破壊し終えた後即座に天使の方へと駆けだして行った。
遠方で、クー・フーリンにだけリスクを背負わせてしまった頼光が、歯噛みの表情を浮かべる。彼女は、大弓を構えていた。
本来ならばこの矢で天使を射殺するつもりであったが、いとも簡単に回避されてしまった。クー・フーリンは矢避けの加護スキルがあるが為、弓矢による攻撃も対処出来るだろうと信頼して攻撃をしたが、結果的に彼にリスクを負わせる形になってしまった。実に、恥かしい顛末だと頼光は悔しがった。

 地を蹴り、射られた矢もかくや、と言わんばかりの速度でクー・フーリンは天使の下まで接近。
次に動きを繋げられるような余力を残した、最小限度の動きで、槍を振う。しかしその速度は勿論、音に聞こえた槍兵のクラスのサーヴァントのそれ。
余人に見切れるそれではない。盾で防ぐか、それとも剣で弾くか、はたまた回避を選ぶか。どれを選んでも、それに対応出来る自信がクー・フーリンにはあった。
しかし、天使の選んだ行動は、半手彼の先を往く。盾で攻撃を防いだと同時に、地面に焔剣を突き刺したのだ。
その瞬間、地面から黄金色の巨大な火柱が立ち昇り始め、それを以って敵対者を焼却しようと試みたのだ。
天井を火柱の形に貫き、そのまま宮殿の屋根をも貫通し、宇宙空間にまで達するか、と言わんばかりの高さのそれは、確実にクー・フーリンの肉体を捉えた。
しかし、クー・フーリンも攻撃を無為に喰らうだけではない。天使が剣を地面に突き刺したのと全く同じタイミングで、既に飛び退いていた。
が、無傷ではない。聖なる炎が、その身体を灼いた。痛み如きに止まらないクー・フーリンが、うめき声を上げる程の高温。いや、温度だけではない。
この炎自体が、サーヴァントに特効の何かを宿している。直撃してしまえば、待っている未来は一握の灰燼すら残らぬ死であろう。

 ゲイ・ボルクを、地面から剣を抜こうとする天使のその隙を縫って、クー・フーリンが投擲。
初速にして容易く音のそれを超えたそれは、天使との距離二十と余mの内、半分を過ぎた所で空気摩擦によって赤熱し始めた。
そして、放たれた攻撃はそれだけではない。見るが良い、大弓を構える頼光を。『稲妻を纏わせた大斧を構えて天使に向かって接近する頼光』を。 
『安綱の太刀に紫電を纏わせ、上空から襲い掛かろうとする頼光の姿』を!! 彼女は自身の宝具である『牛王招来・天網恢々』を限定的に発動させ、
自身の分身を暫定的に二体、この宮殿に召喚させ、これを以て数の理で相手を撃滅しようと考えたのだ。頼光の分身のステータスは、頼光本体のそれに準拠する。
しかもこの上、それぞれが所持している武器は、サーヴァントとして召喚される頼光四天王が有する宝具と同じ性能を誇っているばかりか、
これを本来の持ち主と全く同じ技量で扱う事が出来る。つまり、単純に頼光と同じステータスを持っているばかりか、それぞれ趣の異なる宝具を凄絶の力量で操る分身を召喚すると言う宝具に等しい。恐るべき、宝具であった。

 これにはさしもの天使も目を見開く。が、それで焦っている訳ではない。
表面上のリアクションは驚いてはいるのに、何をするべきなのかは、この男は確りと認識していた。
投擲されたゲイ・ボルクを、大きなモーションで回避した天使は、続けて、此方に対して飛来する、可視化された風が纏われた一本の弓を、
左腕に握った盾を振って弾き飛ばす。矢自体の衝撃エネルギーと、纏わされていた風の影響で、天使の身体が大きくのけぞり、吹っ飛んで行く。
これ追撃するが如く。上空から安綱を持った頼光が急降下し、地面から頼光四天王が一・坂田金時が有する黄金衝撃の大斧を手にした頼光が高速で接近してくる。
背負った十二枚の焔の翼を以って、空中での姿勢を制御。浮遊した状態で体勢を整え終えた天使は、鋭い目線を、『斧を持った方の頼光に向けた』。

「貴様か」

 その言葉と同時に、翼から橙色の光条が一本迸り、頼光の胴体を貫いた。
「かっ……!?」と言う声を上げ、頼光が膝を床に付く。体中の血液が全部蒸発した、と錯覚せんばかりの熱量が、彼女の身体を苛んでいる。
吐く息がほのかに、鉄血の臭いを帯びている。内蔵を焼かれた。黄金衝撃を手にした頼光が地に膝付けた瞬間、安綱を握った頼光と、弓を握った頼光が、煙のように消滅した。
そして、現状この空間に残っている頼光が先程握っていた黄金衝撃も、消滅。残ったのは、今床の黄金に突き刺さった童子切安綱の一振りのみ。
そう、頼光は宝具を使って分身を招聘させる段階で、それぞれの分身が保有する武器をチェンジリングさせていたのだ。
何もそれぞれ、分身によって得意とする武器がある訳ではない。分身は、『頼光とその四天王が保有する武器の全ての扱いに長ける』のだ。それは本体の頼光とて同様。
こう言う特徴があったからこそ、頼光は、分身に己の武器たる安綱を持たせ、逆に分身が持っていた黄金衝撃を自分が持つ事で、天使にフェイクを仕掛けたのだ。
安綱を持っている自分が、本体である。そう思い込ませる為にだ。しかし、そう思って下手に攻撃を叩き込んだ瞬間が、最期。
攻撃をし終え、隙だらけになったその時を狙って黄金衝撃で葬り去る、そんな算段だったのだ。だが、その作戦は結果的には失敗。
天使自身が保有していた、炯眼によって破綻してしまった。頼光自身ですらが認識出来ずにいた、僅かと言う言葉すら使う余地があるのか疑わしい、彼女本体と分身の技量の僅差。天使は、あの短い一瞬でこれを看破し、本体を的確に叩いたのである。

「無垢で、純粋な魂をお前は持っているな。異郷の神を身体に宿した身とは言え、お前はその力を、人の世の安寧の為に使った。その高潔さに免じ、タルタロスに堕とす事はやめておこう。神は、お前を赦し、受け入れ、天国での安息を約束するであろう」

 そう言って炎の剣を構えたその時、いつの間にかゲイ・ボルクを手元にアポートさせていたクー・フーリンが、天使の下へと接近。
頼光を処断しようとする天使目がけ、槍を叩きつけようとするも、これを天使は、横方向に大きくステップを刻む事で回避。天使の瞳に、瞋恚が宿り始める。

「悪魔めが」

 最早言葉を交わさないクー・フーリン。
そのまま更に天使を追い詰めようと接近するも、天使も同じ考えだったらしい。
互いの武器の間合いに入るや、二の腕から先が消滅したと見える程の速度で、各々の槍と剣を奮い、打ち合いを行い続ける。
そしてその状態で、二人は移動を始め、宮殿の玄関を後にし、先程ラクシャーサを撃滅する為に移動した廊下の方へと消えて行く。それを追って、頼光が立ち上がり、彼らを追跡し始める。

 ――以上が、メイヴと立香が此処に来るまでに、クー・フーリンと頼光が待機していなかった理由であった。




――――

「立香か。世界を救ったお前の偉業、俺は見事だと讃えよう。だが、契約する相手は選んだ方が良い。悪魔と契約する事は罪だ。そして、悪魔に世界を救ってやったと言う口実と名目を与える事は無上の罪だ。神の罰が与えられるのではない。その口実と名目の故に、付け込まれるのだぞ。考え直せ、藤丸立香」

 炎の剣の剣先を、オルタの方のクー・フーリンに差し向け、セイバー・ゼフテロス……いや、ウリエルは言った。驚く程冷たく、批判的な瞳だった。

 >>俺達を襲わないんじゃなかったのか!!
   オルタの兄貴は悪魔じゃない!!

「話を思い出せ。俺は確かに、襲わないとは口にした。だが、『あくまでも害意を与えないのは、お前一人であり』、『お前の従えるサーヴァントに害意を与えない』とは俺は一言も言ってない」

 ――我ら七騎は、お前がこの地に足を踏み入れてから『一日』が立たぬ限り、お前に対して殺傷をする事は勿論、身体についての危害一つ加える事が出来ない――

 ……そう言えば、そうだったと立香は思い出した。
あの時ウリエルが口にした言葉には、確かに『サーヴァント』の文言が存在しない。
命を保証されているのは自分一人だけで、実際にはサーヴァントは其処には入っていないのだ。だが、冷静に考えれば当たり前の話か。
もしもその制約にサーヴァントが含まれているのなら、一方的に敵サーヴァント達は、カルデアのサーヴァントに殴られるだけではないか。これは面白くなかろう。
立香には危害を加えない。だが、立香の従えるサーヴァントはその限りじゃない。今にして思えば、当たり前も当たり前であった。

「アイツに会っているのか、マスター」

 >>夢の島で……

「夢の島? ティル・ナ・ノーグか何かか。何にしても、厄介な奴と出会ったな。話がまるで通じんぞ」

 身体に負った傷を、ルーン魔術で修復させながら、クー・フーリンは言葉を紡いだ。
話が、通じないとはどう言う事か。寧ろあの島にいたサーヴァント達の中では、一番話しやすくて与しやすそうだったが。……いや、今はそれよりも。

 >>二人とも、傷の方は……!!

「問題ありませんよ、マスター。貴方はいつものように、頼れる指示を、私達に送れば良いだけです」

「メイヴ。貴様は支援に徹せ。とてもではないが、お前の身体能力で追い縋れる相手じゃない」

「えぇ、いいわよ。マスターは、戦車の中で待機していてね」

 言ってメイヴは戦車から軽やかな動作で降り立ち、それと同時に、流れるように美しい桜色の髪をふわり、とかきあげさせて、流し目をウリエルの方に送って見せた。
桜色の光が、体中から煌びやかに輝かんばかりに、魅力的で蠱惑的な仕草だった。その動作の一つ一つが、美しく、男の劣情を駆り立てさせる。

「はぁい、そこのお堅そうな戦士様? 背負われている炎の翼は、貴方の責任の具現化かしら? それとも、神の威光の発露でしょうか? そんな窮屈で、退屈な物なんて放り捨てて、私と一緒に、『楽しい事』でもしましょう? 乳白のぬるま湯で湯浴みを済ませた後に、香のたかれた寝所で、至福の一時を――」

 声が、普段以上に艶やかで、性的な何かに溢れている。男の耳を蕩かし、頭蓋の中を沸騰させる程に、その声音は色気に満ち溢れている。
スキル・魅惑の美声を、明白に相手を『堕とす』為に用いている。この誘惑に抗える男など、英霊全体を探したとて、一掴みどころか一摘まみのそれであろう、と言う確信がこの場の全員にはあった。

 ――だが。

「呪いなど俺には聞かぬわ、汚れたサキュバスめが」

 メイヴが口上を言い切るよりも速くウリエルがそう告げると、十二枚の焔翼から、翼の数に等しい、焔塊のミサイルを超音速で射出。
それに反応すら出来ず、今もメイヴは魅惑の文言を唱え続けていたが、流石に、矢避けの加護スキルを保有するクー・フーリンは反応が速い。
即座にメイヴの前に立ちはだかる様に移動し、ゲイ・ボルクを高速で回転させ、その全てを粉砕させた。

「え、く、クーちゃん!?」

 自分に起こった命の危機、それをクー・フーリンが助けてくれたと言う事実を同時に認識した瞬間。
メイヴはある種のパニックの様な物を起こした。状況の理解に、渋滞が生じている状態だ。完全に理解するまで、後三秒程の時間が必要であろうか。

「貴様の淫猥な桜色の魂には反吐が出る、サキュバス。貴様の堕ちる地獄が、楽しい事など何もない、贖いの場所である事を死を以って知らせしめてくれるわ」

「フラれたな、メイヴ」

 そのクー・フーリンの一言を耳にした瞬間、相手を堕落させる為の、営業用の艶美な微笑みが、凍結した。
書き割りを変更するかのように、メイヴの表情は怒りに染め上げられ、耳が充血した様に真っ赤に染まる。
するとメイヴは、懐に差していた鞭を勢いよく取り出し、ビュンビュンと振って見せる。
メイヴに取って許せない事とは、欲しいと思ったものが手に入らない事。例えフラれたとて、一瞬でも自分に意識を向けた、と言う事実があれば、
実の所メイヴの溜飲はある程度下がる。そう言った様子もなく、本当に興味もなさそうな態度を取られる。それはメイヴの怒りのツボを突く行為だった。
そして、その行いは、生前、自分の事をフったばかりか、興味すら示さなかったあの男、正しい側面のクー・フーリンとの一件を思い出させるのだ。
我慢が出来ない。目の前の天使、ウリエルの心を、徹底的に堕として、堕天使にしなければ、彼女の溜飲は最早収まらない。

「クーちゃん、遠慮はいらないわ!! 一緒にそこのつまらない男を、潰してやるわよ!! やるわよ、徹底的に!!」

 心底面倒な事になったと、クー・フーリンは頭を抱えそうになる。
酒呑と茨木に合わせて、メイヴを立香の奪還役に指名させたのは他ならぬ彼なのだが、こんな事ならそもそも、
この宮殿に彼女を誘わなければ良かったと後悔していた。今此処で、要らぬストレスを、クー・フーリンは抱えたくないのであるから。

 >>勝てそう? オルタ兄貴

「相手自身が強い事もそうだが、それだけの実力でありながら、御多分に漏れず、元々の実力を更に強化されている。厳しい戦いにはなるだろう」

 言って、狂王が槍を構え、ウリエルの方を睨みつけた、刹那。
廊下の方面から、敵意と殺意を火花の如く散らせながら、高速で接近してくる何かを、この場にいるサーヴァント全員は捉えた。
そして、その内の一つが、玄関の方まで、矢のような勢いで飛んできた。いや、吹っ飛ばされた、と言うべきか。
身体中に傷を負い、纏う衣服の所々を破かせた状態で、余裕の一切ない表情をした酒呑童子が、だが。

 >>酒呑!!

「生きていたのですか、虫」

「うちが生汚いんはよぉく解ってるやろ、牛」

 床に大の字に倒れたまま、そんな軽口を叩いた酒呑は、直に、倒れたままの状態から背筋の力だけで跳躍。
空中で姿勢を整え着地し、自分が吹っ飛ばされた方向に鋭い目線を向ける。すると、その方角から、「のわああぁああああぁあああああぁぁ!!」、と
少女の本気の叫び声が聞こえてくる。いやそればかりか、その声が近付いて来る。その声の主が、水平に玄関に吹っ飛ばされながら入場。
ズザザザザ、と背中を床と擦り剥かせながら滑って行き、メイヴの乗る戦車の車輪に頭から、衝突。頭を抑えて涙目になりながら、茨木はこの場に姿を見せ始めた。

「旦那はん、無理やわ。ラクシャーサの大親分、強すぎて話にならんわ」

「う、ぐ……か、勘違いするなよ、汝(マスター)!! 今回はちょっと、酒呑も吾も本調子じゃなかっただけだ!! お前と魔力の供給をシッカリしておけば、こんな不様は――」

 と、茨木が立ち上がり、事態の釈明を図ろうとするも、酒呑はかぶりを振るいながら、茨木の言葉を遮り、言葉を続ける。

「うちらと違って、あの大旦那、戦闘になると雅もへったくれもあらへんわ。『がち』、って言うんやろか。戦いについての考え方が、うちらとは違い過ぎてやりにくいったらないわ、もう」

「当然よ。我ら、人理にその名の刻まれるラクシャーサやアスラは、神を下さんが為に、悠久の年月を弛まぬ鍛錬と苦行に費やす。命を賭けた死闘の何処に、雅の入る余地があろうや」

 と、言う声が、玄関に響き渡り、その一秒後程に、側頭部にねじくれた角を生やした、身長三mを超す大巨漢。
即ち、ラーマーヤナにおける聖王ラーマの宿敵にして、ラクシャーサ達の王にして神、羅刹王ラーヴァナが姿を表した。
彼は己の回りの空間に無数の、『筋骨隆々たる太い腕を生やさせ』ているばかりか、己の頭上一mと、背後一mに、ラーヴァナ自身と全く同じ顔をした頭部を、
浮遊させているのである。極めて不気味な様相。見るだけでゾッとする光景を、ラーヴァナは展開させているではないか。

「おう、誰かと思えばⅡ(ゼフテロス)の美丈夫ではないか。どうした、儂に抱かれに来たか」

「ほざけ、Ⅰ(プロトス)。貴様の出過ぎた真似に異議を唱えようとした矢先に、この始末よ。空中にいる宮殿であれば、誰からも侵入されまいとは、貴様の言であったろうが」

「ふむ、それを言われると儂も弱いな。何かしらの手引きがあったのだろうが……とんと思い浮かばぬ。が、そんな事は良いだろう」

 腰を低く落とし、構えを取ったラーヴァナが、剣呑な笑みを浮かべ、この場にいる一同を一瞥した。

「貴様と儂とで、この場にいる全員を殺し、藤丸立香を地上に送り届ければ、ゼフテロス。貴様も満足するだろうが?」

「……フン。悪魔の統領と肩を並べて戦うなど、憤懣やる方ないが……事情が事情か。不様を晒してくれるなよ、プロトス」

「カカカ!! それは、儂の台詞よ、ゼフテロス」

 >>最悪だ……

 と、立香が零す。
片や、頼光とクー・フーリンのオルタと言う、カルデアの特記戦力ですら大苦戦させるセイバー・ウリエル。
片や、酒呑童子と茨木童子と言う、コンビの適性が極めて高い上に、此処の戦闘能力も申し分ない二名を一方的に圧倒するライダー・ラーヴァナ。
これらが二体同時に襲い掛かってくると言うのであるから、悪夢以外の何物でもない。……いや、この場にいるサーヴァント達は皆、カルデアの関係者達。
しかも奇妙な事に、彼らははぐれサーヴァントではない。立香と確かに絆を築き上げた、パートナーにも等しい存在なのだ。
それに、何もこの状況、彼らに戦いを挑んで勝利を得る、と言う事が前提条件ではない。話の流れから推測するに、結局、立香がこの場から逃げ果せれば良いのだ。
もっと言えば、自分を救出に来たサーヴァント達も一緒に、この場から退散できればベスト。無理して倒す必要がない、退散すれば御の字だ。

 だが、それが難しい事も、重々承知だ。
念話で、クー・フーリン及び酒呑に、この場から退散出来るか、と訊ねてみるも、双方共に難しいと返事が返ってくる。
覚悟を決め、指揮をするか、と、戦車から出ようとした、その瞬間である。

「――セイバー忍法・レールガン!!」

 と言う、何処かで聞いた、例えるなら……アルトリアと全く同じ声音の一喝が、玄関に響き渡る。
そして、それを塗り潰すかの如く、ドン!! と言う轟きが、この場を支配する。
カッ、と目を見開かせたウリエルが、竜巻の如き勢いで、大空が広がる入口の方へ回転させ、それと同時に焔の剣を振り降ろす。
何かが、バターめいて切断され、真っ二つになったそれがウリエルの身体を避けるように通過して行き、そのまま、爆発。

 ギラリ、と、敵意を宿した恐るべき瞳を大空の方に向けるウリエル。
果たしてその方角には、一つの異様な乗り物の外側に降り立ち、腕を組んでウリエルを睨む女性がいた。
レトロ・フューチャーめいた古典的デザインの宇宙船……に似たトンチキな乗り物の上に佇むその女性は、ジャージに短パン、マフラーにブーツと言う、
独特の恰好を嫌味なく着こなす、と言うよりも、それらの服装がとてもよく似合っている、金髪の美女であった。

「ふ、フフフフフ……。セイバーばかりを増やす上位次元の高次情報生命体め……味を占めて、またしても男の方の私を実装しましたね……!! これはもう、SK(Saber Killerの略)としての責務を果たすべきでしょう!!」

 >>(あれ、今回ってそう言うイベントじゃないよね……?)

 と、脳裏の脳裏を意味不明な電波が過る。

「その金髪に、悔しいほどにイケメンの顔立ち、そしてその、赤い方の私を思わせる燃える剣……。セイバーのキメラですか、貴方は!! この私が、ウケたキャラクターの属性・特徴の盛り合わせは、危険だと言う事を教えてあげましょう!!」

 ビッと、ウリエルの方を指差して、カルデアに於いて『謎のヒロインX』と呼ばれるサーヴァントは、高らかに宣言した。
それを見るウリエルとラーヴァナの表情は、ゲテモノでも見るかのようなそれに、なっているのであった。

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最終更新:2017年12月25日 00:48