憤怒

07

熱き心と赤き姿を持つ男、『南極のライダー』が、はぐれサーヴァント、エレナ・ブラヴァツキーから追い詰められていた頃。
南極の何処かにある巨大な建物――いや、それを建物と呼んでも良いのだろうか?
それを構成する材料は鉄筋だけ。それ以外には木材も鉄材もコンクリートも、一切全く使われていない。
長短太細さまざまな鉄筋を捻って絡ませて交わせる事で建物のような形になっている。
そんな現代アートのような存在の目の前で、二人の男が対峙していた。
一人は軍服を着た男。
『南極のライダー』が着る軍服は統一感のないパッチワークのようなものであったが、この男が着ている軍服は大日本帝国陸軍のそれであった。腰に軍刀を提げ、背中には長銃を背負っている。中々の重装備だ。
一方、軍服の男と向かい合っているのは、対照的に軽装極まりない格好をした男であった。
薄手のノースリーブ。鎧とジャージを足して2で割ったようなズボン。蒼色混じりの緑髪に、紅い瞳。両腕は金属製の義手になっている。
武器らしいものは何一つ装備していない。極寒の大地に立つにはあまりにも寒々しい格好である。

「問おう――」

先に口を開いたのは軍服の男だった。
静かな、しかし怒気を隠そうともしない声である。
軍服の男は背中から長銃を抜き、天上を指す。その先には真っ赤に輝く小さな太陽――『擬似太陽』があった。

「――あの太陽は貴様が揚げたのか?」

問いながら、義手の男を睨み付ける軍服の男。
信じがたいことに、彼の瞳の中には小さな炎が灯っていた。
まるで、彼の怒りが現象として現れているかのようである。
大日本帝国陸軍の軍服という、神秘の薄い近代の服装に似合わぬ異常だ。
炎の灯った瞳に睨まれているにも関わらず、義手の男は全く臆せぬ様子で

「や、違うぜ」

と答えた。
飄々とした、緊張感のない声だった。

「アレを揚げたのはライダーの野郎だ。流石のオレも擬似とは言え太陽を作るなんてこたぁ、できねー」
「その口ぶりからすると、貴様はライダーとやらと既知の仲なのか?」
「ん? ああ、そうだな。知り合いっつーよりは――」

仲間だが――と。
義手の男が続けた言葉は、ぱぁんという発砲音で掻き消された。軍服の男が一瞬の間に長銃を構え、撃ち放っていたのである。
鉛の弾丸は義手の男の顔面を射抜かんと空を駆ける。
しかし、義手の男は亜音速で飛んで来たそれを、まるで蝿か蚊のように叩き落とした。
叩き落とされた弾丸は氷の地面に深々とめり込んだ。

「おいおい何するんだよ。あぶねーじゃねーか」
「貴様はライダーとやらの仲間なのだろう? 第二の日の丸を掲げたライダーの仲間――」

軍服の男は、いつのまにか軍刀を抜いていた。
左手に長銃、右手に軍刀を携えて、彼は言葉を続ける。

「ならば、貴様もライダーと同罪だろうがよ。我らが陛下の象徴と言える太陽――その模造品を作った罰を受けるがいいッ!」

軍服の男が、発狂した猛獣の如き怒声で絶叫した瞬間だった――信じがたい現象が起きたのは。
おお見よ! 彼が握る軍刀の刀身を!
先程まで冷たい銀色の輝きを放っていたはずのそれは、今や真っ赤な炎を纏っているではないか!
その姿、宛ら世界樹を焼き滅ぼした炎剣・レーヴァテインの如し。
しかしそれ以上に注目すべきは、軍服の男が放つ戦意だろう。
その凄まじさたるや──ただ戦意が強いだけではない。
戦意の重量──十人、百人分では足りない。
数十万人が放つほどの超重量の戦意を、軍服の男はたった一人の人間の身から放出しているのだ。
ほんの一瞬ではあるが、義手の男は戦意溢れる軍服の男の姿に、氷の大地を覆い尽くす大軍勢のイメージを錯覚した。
実に意味不明、理解不能。
そんな現実を目の前に、義手の男は──

「は――はははははははっ! あはははは! ははははははははははははははは!! 」

哄笑(わらう)哄笑(わらう)哄笑(わらう)
実に愉快そうに、気狂いじみた大声で──笑う。

「テメェ、見たところ近代の英霊らしいのに、なんだそれはよぉ!? 面白ぇ!」

義手の男は拳を硬く握り締め、ファイティングポーズを取った。

「キャスターの『鉄筋の処刑場(クメール・ルージュ)』の護衛を任されてからは暇で暇で消滅しちまうかと思ってたが──ったく、こんな面白そうな奴がやってくるだなんて、ツイてんなぁ! こうなると兄貴が一緒に召喚されてないのがますます惜しく感じるぜ!」

ばちばちばちばちばちばち!
男の義手から二色の火花が飛び出す──薄緑の電撃の火花と、橙の灼熱の火花。

「ライダーの野郎から『戦士(はぐれサーヴァント)戦士(藤丸立香)の仲間になるかもしれぬから、戦争が始まるまでは戦うなよ』と言われてたが、こんな面白そうな奴を見て『それでも我慢して戦いません』だなんてオリコーさんな事言えるかぁ!? 言えねえよなぁ!?」

義手の男の美麗な顔面に、鍛え上げられた両腕に、岩盤を思わせるほどにゴツゴツとした腹筋に、紋様が浮かび始めた。血管が透けて見えているかのように真っ赤な紋様である。
まるで、戦意の昂りが外見に現れているみたいだ。
もしこの場に藤丸立香がいれば、彼の赤い紋様に、刃物使いの赤い集団を思い出していただろう。
これぞ、義手の男が『南極のライダー』より与えられた『赤化』の顕れである。
この影響下にある彼は、普段の数倍の戦意を持ち、それに比例して肉体ステータスも上昇している。『狂化』に近いスキルだと言えるだろう──だが。
だが、そんな義手の男以上の戦意を、『赤化』無しの只人の身で放てる軍服の男よ。貴様は何者なのだ?
狂人か、異常者か、英雄か──その全てを兼ねた存在なのか。
戦意と戦意──心熱き戦士二人は向かい合う。
両者の戦意の熱量によって、彼らの間の空間には歪みすら生じそうであった。
場の緊密度は最高潮まで達している。戦闘の始まりまで、あとほんの少し。ちょっとした切欠で、二人の戦士の死闘のゴングは鳴らされる。
例えばそれは、風が吹いたか。どこか遠くから音が響いたか。

「──『レッド・ランサー』」
「?」
「ライダーから与えられた、この南極でのオレの仮名みてえなモンだ。真名の代わりにそう呼んでくれ」
「無駄な名乗りだな。今から焼き殺す悪鬼の名を、覚えていた所で意味などあるまいよ」
「ちなみに軍服のお前さんは、クラスだけでも名乗る気はあるかい?」
「あるわけがないだろう、莫迦が」

軍服の男がありったけの侮蔑の念を込めてそう吐き捨てた、その時である。
南極の何処かから、轟音が鳴り響いた。
火山が噴火するか、ミサイルを同時に何十発も発射でもしない限り、ここまでの大音量は発生しまい。
普通の人間がこの音を耳にしたら、何事かと驚き慌てるだろう──しかし。
しかし、レッド・ランサーと軍服の男──二人の戦士が取ったリアクションはそうではなかった。
轟音が鳴った次の瞬間、彼らは全く同時に互いに互いの方へと駆け出していたのだ。
二人にとってこの轟音は、死闘のゴング程度にしか聞こえなかったのである。
轟音の正体? 知った事か。今は目の前の敵を倒すのが先──寧ろこのタイミングで始めずに、いつ始めるのか。
そう言わんばかりに迷いのない戦闘開始であった。
レッド・ランサーは、摩訶不思議なステップにより、かの新撰組の魔剣の使い手、沖田総司も真っ青な縮地を起こした。
そして、軍服の男の目の前に一瞬で現れるやいなや、金属製の義手を固く握り締め、ボディーへ重いパンチを叩き込まんとする。
当然ながら、この一連の行動も、神速としか表現出来ないほどの超スピードであった。
並のサーヴァントであれば、これほどまでの高速のレッド・ランサーを相手にすれば、なす術なく倒されているだろう──だが。
だが、軍服の男はあろうことかレッド・ランサーの神速の拳に反応し、抜いた軍刀で防いでみせたのである。
レッド・ランサーはしっかりと目にしていた。軍服の男が体や軍刀から炎をジェット噴射する事で、敏捷と筋力を何ランクも上昇させていたのを。どうやら彼は、炎を放出・操作する異能を持っているらしい。
剣と拳が衝突したその瞬間、キィンという甲高い音と共に、二人を中心とした空間が震えだす。
氷の大地には蜘蛛の巣状の罅割れが生じていた。
その光景はまるで、世界の全てがこの戦意に狂った戦士達の魔戦に怯えているかのようであった。

「はッはぁ! まだまだぁ!」

連打(ラッシュ)
一撃目が防がれて落ち込むような素振りを一切見せず、レッド・ランサーは二撃目、三撃目と、猛攻を続ける。
雷と炎を纏わせた拳が次々と飛んで来るその様は、まるで流星群のようであった。
軍服の男は右手に握った軍刀で星々を防ぎきる。
一撃一撃が必殺の拳を防ぐ度に、氷の大地に刻まれる罅割れは大きくなっていった。
五十と六発目の拳が防がれた直後にレッド・ランサーが見せた僅かな隙──とは言っても、それは本当に『僅かな』であり、相手に攻撃の好機を見出させるものではなかった──に、軍服の男は爪先から炎をジェット噴射させ、後方に飛んで行く。
一旦離れて休むつもりなのか、と思ったレッド・ランサーであったが、飛んで行く軍服が長銃を構えているのを見て、その考察は誤っていたと悟る。逃げる為でなく、銃の射程範囲内に敵を収める為に距離を取っていたのだ。
発砲音が響き渡った。
銃口より吐き出されたのは鉛の弾丸──ではない。
それは、炎。炎の弾丸である。
ソドムとゴモラの街を焼き尽くした天の裁きを彷彿とさせるそれは、音速の倍に迫る速度でレッド・ランサーへと走る。
だが、レッド・ランサーは炎を纏わせた拳で真正面からぶん殴る事で、これを弾き返した。
返された弾丸は、軍服の男の真横スレスレを擦り抜け、遥か後方に位置していた氷山に着弾。途端、先程遠方から響いて来た轟音と並ぶ程に騒々しい音を立てながら、氷山が木っ端微塵に爆散した。
たった一発の炎弾で、これほどまでの破壊を生むとは、なんたるエネルギーか。

「だがそれも当たらなきゃ意味がねぇよなぁ!?」

レッド・ランサーが言う通りである。
摩訶不思議な歩法により神速の域に達している彼に照準を合わせるのは、困難を極めるであろう。
仮に合わせられても、せっかく撃った弾丸を拳で弾き返されては意味がない。
だが、軍服の男はそんな言葉など知るかとばかりに、続けて五発の炎弾を撃ち放った。
レッド・ランサー目掛けて、ではない。
鉄筋で作り上げられた建物擬きめがけてだ。

「ッ!?」

これには流石のレッド・ランサーも魂消たらしく、目を見開かせた。
彼からすれば、この鉄筋の建物擬きを攻撃される好ましくない事なのだろう。与えられる攻撃が氷山を爆砕出来るものであれば尚更だ。
ならば、これから彼が取る行動はただ一つ。着弾の阻止である。
姿が霞と消え、瞬間移動したかと見紛う程の速度で炎弾の側へと到着するレッド・ランサー。炎弾を殴り、地面に叩きつける事で、鉄筋の建物擬きに着弾するのを防いだ。当然ながら、叩きつけられた側の地面は、数百個の地雷が同時に起動したかのように爆ぜる。
これらの行動を一秒足らずで五回終えたレッド・ランサー──その時だった、彼の側頭部に強い衝撃が与えられたのは。
衝撃の正体は、炎の弾丸であった。
軍服の男は、着弾の阻止に躍起になっていたレッド・ランサーの隙を突き、頭部目掛けて六度目の発砲を為していたのである。
弾が当たらなければ、当たる隙を作らせれば良いという、至極シンプルな理屈で、軍服の男は槍兵の頭を撃ち抜いたのである──否。

「撃ち抜かれてはいねえ」

氷山すら木っ端微塵に爆散させる程の威力を持つ炎の弾丸は、彼の側頭部に触れた位置で、ピタリと止まっていた。まるで、それ以上の進行を許されていないかのように。皮膚一枚貫く事すら、不可能であるかのように。

「後からこんな事を言うのは卑怯だから嫌だけどよ、神サマ所縁じゃない攻撃はオレに効かねえんだわ」

卓越した格闘技術に、神所縁以外の攻撃を無効化する体。
如何に軍服の男が炎を扱う戦意の塊とはいえ、両者の差は圧倒的であった──だが。
それでも。

「──まだだ。この程度で諦めてたまるものかよ」

男は──軍服を見に纏った『戦意』は諦めない。
不利な状況下に置いて、意思の炎を絶やさないその姿、さながら鬼人の如し。
レッド・ランサーはひゅうと口笛を吹き、

「ライダーの野郎が見れば、涙を流しながら感激しそうなぐらいにガッツのある戦士だなぁ、お前」

と賞賛した。
絶対防御の槍兵と、不屈の意思を持つ鬼人。
両者の戦いは第二ラウンドへと突入するのか。
と、思われたその時。
ひゅるるる、とそんな気の抜ける音と共に。
赤が降ってきた。

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最終更新:2018年03月06日 21:20