終末の七騎(5)

「何だ……? この……驚異的なまでに知性を感じさせない言動と立ち居振る舞いの小娘は……」

 ヒロインXに対してラーヴァナが抱いたファースト・インプレッションは、この言葉に全て集約されていると言っても過言ではなかった。
要は、最悪も同然と言う事である。ラーヴァナがそう零すのも無理はない。実際彼女と長い付き合いの立香ですら、彼女の言葉には知性を感じさせなかった。
『セイバー殺すべし、慈悲はない』、と言う裂帛の気魄だけはシッカリと感じられたので、このヒロインXが疑いようもなく本物である事は、間違いないのだが。

「ゼフテロス、知り合いか?」

「真っ当な精神の持ち主なら、近付こうとも思わんだろうが」

「ムムム、毒舌系イケメン系のキャラと来ましたか……上位次元存在め、ターゲット層を――」

 >>すいません、話こじれるのでやめて下さい

 これ以上ヒロインXにペースを握らせると、ややこしい状況がよりややこしい物に代わりかねない為、立香は彼女の事を制止させる。
「あっ、はい」、と素直にマスターの言う事を聞くや、コホン、とわざとらしい咳を一度やって、仕切り直し。ヒロインXは口を開いた。

「やいそこのセイバーの風上にも置けないセイバー!! よく聞きなさい、セイバーとはこの世界における主役の象徴的クラス!! このクラスで召喚されれば人気投票はトップ独占、出番も増え、性能も約束……されるかどうかは分かりませんけど、兎に角このユニヴァースにおける特権的クラスなのですよ!! それを、何ですか貴方は!! セイバーが組むには全く値しない、DMMユニヴァース辺りに出てきそうな外見のサーヴァントとタッグを組むなどと……!! そこになおりなさい、この私がセイバーとは主役の――」

「もう殺して構わんか」

「話の内容の一割と理解出来ないが、有益な言葉をあの哀れな女は全く口にしていないと言う事だけは解った。やれ、プロトス」

 「おう」、と口にするや、ラーヴァナは目線をヒロインXの方に向け――。
瞬間、その双眸から黄金色の光条が迸る。鬼の軍勢をも焼き尽くし、蒸発させるだけの熱量を秘めたそれは、掠るだけでも並の英霊にとっては致命傷。
それが、弾丸以上の速度で飛来すると言うのだから、恐るべき攻撃であった。
そしてこれを、眼にもとまらぬ早業で、手にしていた聖剣に蒼白い光を纏わせてから振い、明後日の方向に弾き飛ばすヒロイン。
「ほう、出来る」と呟いたのはラーヴァナの方だった。そのエキセントリックな言動からは全く想像も出来ないし、サーヴァントの事に詳しい立香も忘れがちになるが、ヒロインXはカルデアに召喚されたサーヴァントの中でも屈指の実力者の一人なのだ。本当に、忘れがちになるが。

 聖剣を構え、臨戦態勢を取るヒロインX。
身体から漲る敵意と、投げ掛けられる鋭い目線。彼女の身体から遊びが消えた。
こうなった状態のヒロインXは、凄まじい練度から繰り出される剣閃や剣撃を武器に、立ちはだかる相手を斬り崩すと言う、修羅の如き戦いを繰り広げる一個のサーヴァントだ。頼もしい事ではあるが――今は、戦いを繰り広げる時ではない。

 >>ヒロインX、今は逃げる時だ!!

 当初の目的を、立香は忘れた訳ではない。
此処での目的は、ウリエルとラーヴァナの討伐ではない筈だ。勿論、それが出来ればベストである事は理解している。
理解しているが、今は余りにも情報が少なすぎるし、あの二体を一緒に相手取って、無事に済むかと言えば、それはないだろうと立香は考えた。
犠牲を厭わなければ、二人を倒す事も可能だろうが、それは立香としても奥の手だ。追い込まれに追い込まれ、断腸の思いで決断を下さねばならない。
そんな時以外に、犠牲を払うと言った真似はやりたくない。少なくとも今は、その時ではない筈だ。
よって、この場で取る最大の良策は、皆無事に此処から逃げ果せると言う事。そうと、立香は考えたのだった。

「――セイバー!!」

 彼女も、素直に従った。
敵方のセイバー、ウリエルを相手に燃えていたヒロインXだったが、立香が本気のトーンで指示を下したので、その意を承ったのである。
レトロフューチャーめいた宇宙船の排気ノズルから、バーニアを勢いよく噴出させるや、それを推進力に、立香の方へと猛進。
一瞬で時速を超え、秒速三四五㎞以上の速度に突入した宇宙船は、あっと言うよりも速く立香の方へと接近。
だが、宇宙船は立香に激突する様な軌道を往くのではなく、彼の真横を丁度スカるような軌道で移動をしており、ヒロインXは器用に、
宇宙船の上からすれ違いざまに立香の衣服を引っ掴み、そのまま抱き寄せて回収。そしてそのまま、物理的にあり得ない程無茶苦茶な機動力……。
音速を超過する速度を叩き出しておきながら、慣性の法則なぞゴミ箱に捨てて来たとでも言わんばかりのUターンを描き、宇宙船はそのまま、空へと続く出入り口の方へと消えて行く。

 刹那の様な速度で立香を回収、そしてラーヴァナの宮殿から退却し、ゴマ粒のような大きさになるまでヒロインX達が遠ざかるまで、一秒と掛からなかった。
一同が事態を認識し始めたのは、殆ど同じタイミング。そして、動き出すのはウリエルが一番速かった。
クー・フーリンが瞬きを終えたのと同時に、金髪の天使の姿は既にそこには無く、黄金色の残光と残像、ヒロインX達が去って行った方向に虹のように伸ばしながら去っていた。

「一応の任務は達成だ。次に会う時が、命の諦め時だと思え。羅刹王」

「フハハハハ、このラーヴァナ。遠方より来る客人を持て成さず、手ぶらで返すような恥知らずな真似は義にかけてせぬと誓っておるのでな」

 言うや、ラーヴァナの空いた右手、その周辺の空間が棒状に歪みだし、それをグッと彼が握った。
その動作に呼応するように、歪んだ空間が凄い速度で色付き始め、曖昧だった形が露になり始める。
剣だった。ルミノールを発光させたような蒼白い光で、ペルシャの曲刀・シャムシールめいた湾曲した刀身が構成されたような、不可思議の剣。
刃渡りは凡そ一m程。長剣だった。サーヴァントの筋力、況してやラーヴァナの筋力にとっては、長剣の重さなど枝以下のそれにしか感じぬであろうが、
如何せん剣身が光で出来ているのだ。其処から繰り出される一撃の速さたるや、きっと、想像を絶する物なのであろう。

「酒も馳走も振る舞えぬが、死の神にとくと儂の強さを語れるだけの土産話だけはくれてやる、と言う約束だけはしてやろうぞ。来い、小童共」

 この瞬間、ラーヴァナの身体から醸し出される死の匂いが、ムン、と濃密なそれに変わった。
いやがおうにも、この場にいる全員の身体が強張る。普通に戦っても、目の前の羅刹王は強い。鬼を虫と称する頼光ですら、寒い物を背骨に感じていた。

「聞こえなかったようなら、教えてやる」

 ブワッ、と、空へと通じる入口の方から、巨大な何かが羽ばたいて参上した。
獅子の身体に、人の顔。そして、翼をその背に携えた、トレーラートラックを思わせるような巨躯を持つ、ギリシャの神話が語る所のキメラを連想させる存在。
このような獣に与えられた名を、ラーヴァナの記憶と知識は知らない。『スフィンクス』の名前と、その名に秘められた神秘の秘翳を、彼は知らぬのだ。

「次に会う時が、お前の命の最後だ」

 そこで、眼にも止まらぬ速さでカルデア側のサーヴァント。
即ち、クー・フーリン、メイヴ、頼光、酒呑童子に茨木童子が跳躍、今も空を飛んでいるスフィンクスの背に飛び乗った。
逃がさぬと言わんばかりに、ラーヴァナの回りを旋回していた、分離されたラーヴァナの頭部その物の目線が、一斉にスフィンクスの方を向き始める。
そして其処から放たれたのは、部下である羅刹の軍勢を焼きつくして余りある威力の、黄金色の熱線!!
これをスフィンクスは、野性の勘とも言うべき能力で、レーザーが射出されるよりも早い段階で動き出す事で回避。
すぐに、ラーヴァナの居城から一目散に退散しようとするが――カルデアのサーヴァントらは此処で知る事になる。

 ――何故、ラーヴァナと呼ばれるサーヴァントは、全盛期のラーマと渡り合えたのか。その、一端を

 スフィンクスが物凄い速度でラーヴァナの拠点から離れ始めた、その時だった。
黄金を溶かして変形させて、宮殿の形に仕立て上げた様な彼の居城、その外壁部分が黄金色に激しく輝き始める。全員がその眩い輝きは何だ、疑問に思いだしたその時だった。






     『宮殿の外壁全体から、幾千幾万本もの、ラーヴァナが放ったような光条が無数に射出され、それらが一斉にスフィンクスに向かって殺到を始めたのは』





――――

 音速超と言うぶっ飛んだスピードで移動する乗り物、その内部ではなく『外部』に乗っているにも関わらず。
Gや風圧、そして発生する衝撃波が一切身体に叩き込まれない事について、立香は最早突っ込む気すらなくしていた。
ロケット花火の先端に蟻を乗せて、射出させているような状況で無事なのは、まぁこの乗り物の主がヒロインXだからなんだろう……。
立香はそう思っていた。そんな感じで、全てが許される。きっとそうなんだろう。うん。

 >>……良い宇宙船だね

「でしょう!! 見る目がありますねマスター!! 中古宇宙船取扱惑星・ガリバーで見つけた掘り出し物……ここまでの美品は、さぞ前の持ち主の扱いが良かったんでしょうね!!」

 これ中古なんだ……と呟く立香。
突っ込みたい所が次々と会話すると現れてくるが、もう無視する事にした。
超常の見本市のようなサーヴァント達の中にあって、Xとオルタの方のXは輪を掛けて超常的な存在だ。色々な意味でだが。
細かい事を突っ込み続けるとキリがない、全てを「そうなんだな」と言う感じで受け入れる事が、ヒロインX達と付き合う上で最も疲れない事柄なのだと、改めて立香は理解したのであった。

「このまま逃げ切って良い空の旅を!! ……と言いたい所でしたが、あのバカセイバー、追って来ますよ」

 >>え?

 と思った立香が後ろを振り返って――愕然とした。

 >>ねぇ、ヒロインX

「はい」

 >>この船、今どれくらいの速度で?

「音の2.5倍です」

 つまり、こう言う事だ。
音の二倍と言う凄まじい速度で移動をしているこの宇宙船に、セイバー・ゼフテロス、もといウリエルが『追い縋っている』。
しかもウリエルはヒロインX達が逃走を図ったあの時、若干出足が遅れた筈なのだ。それなのに、悠々と追いつき始めているばかりか、
徐々にその距離が狭まっている事から推察するに、ウリエルの方が移動速度が速いと言う事を意味する。

「マスター、よくその宇宙船にしがみついて、歯を食いしばるように」

 その言葉と同時に、彼女らの駆る宇宙船は、雲海の中に突入。
雲、つまり微小な水滴が密集した場所に入って初めて解った。この宇宙船、全体に透明なバリアのような物を張っているらしい。
水滴が全く立香達に直撃しないで、目に見えない透明な膜に次々と水がぶつかって行くのを、立香は見たのだ。

 >>え、何するの?

「とうっ!!」

 立香にこれからを答える事もなく、ヒロインXは宇宙船の進行方向とは反対側にバッと跳躍。雲海に内部に躍り出た
空に身を投げたヒロインX、勿論投身自殺を希望しての行動ではない。迫りくるウリエルに対抗する為に、彼女はこの果断な行動をして見せたのである。
これにはウリエルも面喰い、カッと目を見開かせ、急停止。そして、それもまたヒロインXは織り込み済み。
いつの間にか青と黒の聖剣を引き抜いていた彼女は、銀河流星剣の秘奥を今まさに、この熾天使のセイバーに開帳。
宇宙船の移動速度以上のスピードで二振りの聖剣を、鋭い軌道で振いまくるが、敵もさる者。
手にした炎の剣と、ラウンドシールドで、ヒロインの攻撃に次々対応。剣でいなす、盾で防ぐ。彼女の攻撃は全く、ウリエルの身体を害する事がない。

 東京の遥か上空で紡がれる、焔の剣と二振りの聖剣が紡ぐ、音を超越し凌駕する凄まじい攻防。
突きが盾で防がれ、薙ぎが剣で弾かれ、振り下ろしが最小限度の体捌きで交わされて。
並の者なら殺された事にすら気付かぬ速度での一撃を、次々と彼らは繰りだし、そして当たり前のように回避し防いでいる。これが正しく、サーヴァント。
人類史に、その綺羅星の如く輝く活躍を刻み込んだ者達が行う、恐るべき魔戦なのだった。

 そんな攻防が続く事、一秒程。
ヒロインXは空に身を投げたと言う状態からも解る通り、時間が経てば高度数百mの高さから一気に真っ逆さまの状況なのだ。
現に彼女は今まさに、落下を始めた。それを狙わぬウリエルではない。直に追撃を仕掛けようと、背負った二対十二枚の翼から、焔で構成されたミサイルを放った!!

 ――だが、ヒロインXは、手にした青い方の聖剣からビームを射出。これを推進力に急速に横方向へとスライド移動。
ウリエルの放った炎のミサイルを全て回避し尽くした。この回避の仕方と、空中での移動方法には彼も驚いたらしい。「むっ!!」、と言う反応があった。
そして、ヒロインXの向かった先には、立香を乗せたあの宇宙船があった。あの後雲海のある一点で、急速にUターンを行い、一気にヒロインXの下まで戻っていたのだ。
スタッ、と宇宙船の翼部分に着地した彼女は、ウリエルの方に鋭い目線を投げ掛け、狙いを定める。
直撃するかどうかは分からない、何せ相手は音の速度で移動する怪物。倒せれば御の字だが、そうも行かない可能性の方が高かろう。
よってこの場は、この一撃を『この場から退散する為の方便だが、それで倒せればラッキー』程度のそれに想定。
黒い方の聖剣に魔力を溜め、彼女は高らかに叫ぶのだ。それは、竜(ドラゴン)の咆哮の如く。獅子(ライオン)の雄叫びの如く!!

「無銘勝利剣(ひみつかりばー)!!」

 叫びに呼応し、黒の聖剣の剣身に、アメジストの如き色味の光が纏われ始め、それ自体が激発。
魔力がスパークを起こしているのが、立香にも解る。この状態の聖剣をウリエルの方目掛けて振り上げる。
そして放たれた、黒の魔力の大波濤に、ウリエル自身が呑み込まれて行く。
この間、宇宙船は移動を続けており、ウリエルがどうなったのか。その結末を見る事無く、あっという間に彼から離れて行く。
ゼロカンマ数秒経つ頃には、あの熾天使がゴマ粒にしか見えない程にまで立香達は遠ざかっていた。

 >>……生きてると思う?

「偉大なるクラス・セイバーの始祖として言わせていただきますと……あんなのがこれから実装されるとなると、私の旅路は険しい物になると、言わざるを得ませんね」

 それは、暗に肯定しているのと同じであった。
ウリエルは強いのだ、と。そして、今の一撃を受けて、彼は生きているのだ、と。
既に二名を乗せた宇宙船は、雲海を抜けていた。下を見ると、コンクリートジャングルではなく、緑と山が目立つのが解る。
東京都の郊外も郊外に、彼らは出ていたようである。「この辺りで落ち合う予定になっています」、ヒロインXがそう告げたのを耳にして初めて立香は、あの恐るべき場所から遠退けた事を、実感したのであった。

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最終更新:2018年02月18日 02:04